2章『お節介のやり方』:1
「火器管制の最適化って思ったより時間かかるんだなぁ……」
2,3時間ほど実験を行った飛鳥は、いくつかのエラーの詳細や非効率な処理部分の洗い出しを済ませた専属研究班の面々と数分話をした後、「あとは自分達の仕事だから、今日はもういいですよ」との言葉に従ってアストラルの研究区画から出てきていた。
「ジェネレーター出力はともかく、思考制御システムとの噛み合いが悪いってなると、俺にはできることはないなぁ」
ジェネレーターの出力はパイロットの、つまりは飛鳥のメンタルに大きく依存する部分がある。極端な話、技術うんぬんより手っ取り早く気合でどうにか出来てしまうのだ。
だが制御システムの問題となると、技術方面に疎い飛鳥ではどうともしようがなかった。
「あの研究者連中とまともに話ができるって、隼斗にしろ泉美にしろどうなってんだよ……」
飛鳥も流石にちょっとしたコンピュータ用語ぐらいなら理解もできるが、その程度で付いて行けるような話で収まってくれることなどまず無い。
そもそも用語の時点でよく分かっていないのだから、あれもこれもと言葉の意味を聞いていると話がまるで進まない。良いか悪いかは飛鳥にも判別が難しいが、無理して積極的に研究に付き合っても邪魔になるだけだろうと、彼は声を掛けられた時ぐらいしか研究には関わらないようにしているのだ。
「照準周りのレスポンスが悪いのはマズいよな。アストラルは高機動機体だし、戦闘じゃあ機動射撃戦が中心になるわけだから、構えてすぐに撃てないのは問題だってのは分かるけど……。痛覚リンクの強度を上げればレスポンスの向上に繋がるって言ってたし、最悪それで誤魔化すしかないか」
痛覚リンクに限らず、五感のセンサー情報の取り込み強度を高めれば、機体との同期性が上がることからエネルギー効率が上昇するため、ジェネレータ出力に多少なりとも余裕が出る。またそれだけでなく、機体を制御する人間側の反応性を引き上げることができるのだ。
研究者たちが飛鳥に提案したのは、機体の制御系で発生する時間的ロスを、現在低めに設定されている痛覚リンクを引き上げることによって、パイロットである飛鳥の反応性を向上させて補うというやや無茶な方法だ。
当然痛覚リンクを引き上げれば、現在設定されている強度2のようにダメージが瞬間的な衝撃として伝わってくるのではなく、損壊がもろに痛みとなってパイロットに返ってくる。
「つっても、最大で4が限界だろうな。5以上は冗談じゃなくキツイってなんか隼斗も言ってたし」
飛鳥自身に痛覚設定を最大である5に設定した経験はないが、過去にその経験のある隼斗からは余程の事が無い限り戦闘時にその値には設定しないようにと念を押されている。想像程度しか飛鳥にはできないが、それでも相当辛いのだということには察しがついた。
とはいえ今この場で飛鳥が特別意識する必要はない。
飛鳥もテストがあるので、そうずっと研究所に入り浸れるわけでもない。そのためオーストラリアへの遠征までに最適化が完了している見込みはないが、オーストラリアでも最適化のための実験等は行えるので、さほど問題ではないのだ。
2週間後までには最低限の体裁は整うと専属の研究者は言っていたので、飛鳥もそれほど心配はしていなかった。
「つか、こういうのってホント……」
嫌なことを考えかけて、飛鳥は頭を振ってそれを打ち消した。
さて、既に実験の終わった飛鳥だが、それでも研究所内をうろついているのには一つ理由がある。
「え……と、確かここだっけ」
ケータイに表示させた研究所のマップをもとにやってきた部屋の前で、飛鳥は顔を上げる。空間投射ディスプレイで表示された部屋名は『所長室』だ。間違いはない。
「よしっ」
コンコンと軽くノックすると「入っていいよ」との声が聞こえた。ドアノブに手を掛けて、飛鳥は部屋に入る。
所長室の名の通り、部屋の奥にあるデスクでは主である御影五郎がコンピュータを操作して何かの仕事をしているのが見えた。
「失礼します」
「いらっしゃい」
御影はそう言って、画面から顔を上げた。齢は40を過ぎたところか。覇気という物が感じられない冴えない男性だが、これでも世界で最初にアークを発見した、アーク研究の第一人者だ。
「話がある、ということだったね?」
「話というか、少し聞きたいことがあるんです」
以前はあまり関わりのない二人だったが、飛鳥は泉美の件で御影とあれこれ話をする機会があった。それ以来、飛鳥は時折こうして御影にアークに関わることで話を聞いたりしているのだ。
だが彼も忙しい身である。まとまった時間を取れることは少ない。
今この場にいるのだって、一週間以上も前から予定をつけての状況なのだ。
「これでよしっと。ああ、座っていいよ」
「ども」
仕事に一区切りがついたのか、椅子から立ち上がった御影は高そうなソファに手の平を向けて着席を促した。飛鳥も頷いて、御影に一歩遅れる形で向かいのソファに腰を下ろした。
来客を迎える応接室は別に在るのだが、御影の個人的な客人を招く際はこの部屋が使用されることもあるため、最低限の設備は整えられているのだ。インテリアとしての側面もあるわけだが。
「実験に呼ばれていたんだったか。試験も近いというのに、悪いね」
「まだ2週間前っすよ。それにこういうことに非協力的じゃ、何のためにパイロットやってるのか分かんないですし」
「ふむ。確かに、それもそうだな」
御影は頷くと、足を組んで背中をソファに預けた。
「さて、聞きたいことというのはなんだね? 自慢じゃないが技術関係に明るいわけではないから、そういった内容なら他の研究者に聞いてもらった方が良いんだが」
「いや、技術ってわけじゃないんです。アークの、なんていうか、もっと抽象的な部分で気になることがあって」
「抽象的なこと、か。なるほど、それならまずは詳細を聞いてみようか」
そう言って促す御影。飛鳥は短く息を吸うと、数秒話を組みたててから、おもむろに口を開いた。
「ときどき、変な夢を見るんです」
唐突な話の切り出し方である。普通ならキョトンとした表情を浮かべるところだろうが、御影はすっと目を細めて尋ね返した。
「……夢?」
「はい、アークに関わってからこっち」
わざわざ多忙の御影に話をする以上、それがアークに関わることであることは御影にも自明ではあるだろうが、飛鳥は念の溜め双補足した。
「夢というのは、どういうものなんだ?」
「変な砂漠みたいな場所を、ずっと歩き続ける夢なんです。……夢のはずなんですけど、それが自分の見たことのない風景で、それに普段は夢なんて覚えてないのにその関係の夢だけはいつもやけにはっきり覚えてるんですよ」
「夢というものは本来、当人の記憶からつくられる物のはずだが、それは一体?」
「わかりません。ただ思い返してみると、いっそ夢というより、自分じゃない誰かの記憶を見せられてるみたいな感じがするんです」
「記憶……か」
何か思い当たることがあるのか、御影は顎に手を添えてふと考え込むような態度を取った。
飛鳥としては何か手掛かり程度に繋がればいいかという程度に考えていたのだが、御影からはそれ以上の情報が得られるかもしれないと感じた。
続けて言う。
「それに普段見る夢なんかでも、自分のやけに昔のことを思い出すことも多くて……」
「自分の昔のこと……。それもアークと関係あるのかい?」
そこは飛鳥もあまり自身の無い部分だったが「たぶん」と曖昧に頷いた。
「俺、小学生の頃アメリカにいたんですけど、その頃スケートやってたんですよ。それで、アメリカへ行く何日か前にその夢を見たんです。そしたら行った先で、プロスケーターになってたアルフレッドと初めて会うことになった」
「ふむ。……だがそれは単に、アメリカへ行く日が近づいていたから君のどこかしらで意識していたからじゃないのか?」
「俺も最初はそうだと思ってたんです。……だけど、泉美のことは違う」
飛鳥は無意識のうちに手を組んで、真剣さを増した視線を御影に向けた。
「泉美、つかホライゾンと戦うことになった日の3日ぐらい前には、今度は泉美と最後に会った日のことを夢に見たんです。ホライゾンを鹵獲する計画なんて俺は知らなかったし、泉美のことだって正直夢に見るまではほとんど忘れてたぐらいだった。あんな夢を見る理由が無いんです」
「…………ふぅむ」
腕を組んで、御影も深く考え込む。
飛鳥の言っている内容がどういう原因によるものなのかということもあるが、そもそもアークに関わることなのかという疑問も当然あった。
そんな御影の様子を察して、飛鳥はダメ押しとばかりにこう言った。
「それにアルフレッドと戦った日……。適合レベルがAになったあの日に、酷い夢を見て……」
「…………」
視線で促す御影。飛鳥は彼と視線を交わすと、小さく頷いて続ける。
「これははっきりとは思い出せないんですけど。焼けたみたいになった荒野の上で、赤い月とアストラルの姿だけが見える夢なんです。なんて言うか、ほんとに世界が滅んだあとみたいな……」
「世界が、滅ぶ?」
「一葉さんも言ってたんです。自分が最初にライセンスの仮登録をした日に、怖い夢を見て、そのせいで研究に協力できなくなったって。もしかしたら、俺が見た夢もそれと同じなのかもしれないから」
「同じ夢を見た、か。それは音深君には確認してみたのか?」
「いえ。一葉さんもトラウマになってるみたいに言ってたんで、正直、思い出させるようなことはしたくなかったんで」
「そうか。いや、それならそれでいいんだ」
御影はその言葉に、感心したように深く頷いた。
腕を組んで熟考していた姿勢も崩し、肩の力を抜いて両手をひらりと広げた。
「では一つ聞きたい。君は君が見たその夢に、アークは関係しているとして、だ。それがどれだけ荒唐無稽な話であったとしても、それを信じられるかい?」
「はい、できます」
「わかった」
きっぱりと答えた飛鳥と、深く頷いた御影。
御影は簡単な話をするような態度で、しかし声音だけは真剣なもののままこう言った。
「君が見た君の知らない夢は、ほぼ間違いなく君ではない者の記憶そのものだ」
「やっぱり。じゃあ、昔のことを変に思いだしたのは……?」
「それはファンタジーのようになってしまって申し訳ないが、アーク同士の、あるいはライセンス所有者同士の邂逅を呼ぶ性質のようなものが影響をしているんだと、私は考えている」
「邂逅を呼ぶ性質……?」
「簡単に言えば、引き寄せ合う、といったところか。偶然の出会いやそれに繋がる出来事を、まるで作為的なまでの頻度や精度で引き起こす、そんな性質だ」
「ライセンス所有者が、引き寄せ合う……」
どこかで聞いたことのある言葉だ、と飛鳥は思い出そうとするが、うまく記憶の底から呼び出せない。そして今はそれ以上に、意識の表層を独占する疑問があった。
「じゃあ泉美のことを思い出したのは、あいつと俺がライセンス所有者同士で、それが引き合ったから? でもじゃあなんで今になって……」
「それは分からない。ただあの時が、アークにとって適切なタイミングだったということなのだろう」
飛鳥はその言葉に強い違和感を抱いた。御影の言い方では、それはまるで――
「――まるでアークが意思を持っているようだ。そう思ったんじゃないか?」
「っ! なんで……」
「そこは私も過去に不思議に思ったことだからさ」
驚愕の表情を浮かべた飛鳥とは対照的に、御影は無表情にそう答えた。
「最初のアークが発見されたのは15年前、……表向きには13年前となっているがね。それからたったの5年で、今確認されている26機全てのアークが発見されたんだが……。これもおかしな話だ」
真剣な表情で話に聞き入る飛鳥を一瞬だけ確認してから、御影は続ける。
「世界中で同時多発的に発見されたアークだが、それはアークが発見されたからと世界中で穴掘り大会が始まったからというわけでもないんだ。私のように地質学の研究のために発見されたアークもあれば、ただの炭鉱夫が仕事中に発見したという例もある。要するに発見に至るまでのプロセスに共通する部分が無いんだ。言いかえれば、アークを発見するための明確な手段が無かったとも言える。だというのに、それまで存在する可能性すら考えられていなかったようなロストテクノロジーが、たった5年の間に26機も見つかったんだ。おかしいと感じるだろう?」
「それは、確かに……」
「だから思ったんだ、まるで現れるべくして現れたようだと。その意志があったようだと。……飛躍し過ぎかな? だがアークという超技術を前に、自分の持つ常識は通用しないと本能的に感じたというのもある」
御影の言うことには、飛鳥も共感する部分があった。アークに常識が通用しないと直感したからこそ、彼は掲げるヒーローという夢に従って、戦うことを選べたのだ。
「それに」と御影は続ける。
「それにアークはロストテクノロジーだ。つまりあれは過去にこの世界に存在していた技術なんだよ。だとするなら、あれほどの技術を誇った一つあるいはいくつかの文明が、この世界から跡形もなく消滅している。……我々の技術水準を遥かに上回るロストテクノロジーを持った文明が、痕跡も残さずね」
「あ、そうか。あんなレベルの技術があったなら、それが衰退して無くなるなんておかしい。何かもっと、大きな理由があるはずなんだ」
「そう、そういうことだ。……結論から言おう。それは君が見た夢が他者の記憶であるということを肯定することにもなる」
御影はそこで一度言葉を切ると、核心を突く一言を言い放った。
「この世界は過去に、一つの文明ごと滅んでいるんだ。恐らくはアークによってね」