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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第5部-Bluff and Brave-
115/259

1章『銀枠の空』:2

 夏休みが明けて一ヶ月ほどが経った頃のことだ。


 長期休み明け特有の気だるい空気に満ちていた教室も、窓を貫く殺人光線が弱まるのにつれて、いくらか息を吹き返したように感じられた。

 それでも気温がそれほど下がらない辺りに、環境破壊やら温暖化やらの深刻さがうかがえる。

 だがそれもアーク研究の重要項目であるアークジェネレータの解析が進めば、いつかエネルギー基盤も変わって、少しは解決の兆しが見えてくるのだろうか。


 ――などと小難しい事は一切考えず、一人真夏に取り残された様子の飛鳥が自分のクラスへとやってきた。

「うい~っす」

 飛鳥は教室に入るや否や、聞く者のやる気まで削ぎ落としかねない声を誰にともなく発した。

 後ろのドア近くの席で前の席の生徒と話し込んでいた男子生徒が後ろを振り返った。

「おはよ、星野。早いじゃん」

 そう言ったのは、当たり前だが飛鳥のクラスメイト。最近やっと顔と名前が一致するようになった、篠原という少年だ。

 とまぁ、ここで名字しか思い出せない辺りに、飛鳥の自分の人間関係に対する適当さが伺える。

「早い? あと5分でホームルーム始まるぞ」

「そりゃそうだけど、いつも遅刻してくるじゃん。あぁそうか、そう言えば夏休み明けからこっち、ずっとこんな感じだったっけ」

「ああ、9月からは間に合うように来てるよ。……っていうか、何ソレ、俺は遅刻しなかったらそれだけで早いってことになるのか」

 半目になって尋ね返すと、篠原は何を当たり前のことをとでも言いたげに「うん」と頷いた。

「でもあれだろ、早く来てるのってさ――」

 そう言ったところで、飛鳥の隣を横切って一人の女子生徒が現れた。

「――あの子に関係あるんだろ?」

 無言で足を進める少女の背をチラリと窺って、篠原は意味ありげに口の端を釣り上げた。

「お前らホントそういうの好きだよな」

 飛鳥が視線を向けずにため息をつくと、篠原は逆にケタケタと笑いだした。

「もう告っちまえよ」

「話が飛躍しすぎなんだよ……。なんでそうなる」

「だって星野、授業中ずーっとチラチラ後ろ気にしてるじゃん。普通気があるように見えるって」

「うっ」

 自分でもほとんど無意識だった行動を指摘され、飛鳥は思わず顔をしかめる。

 とはいえ好きだとかどうこうの理由で泉美の事を気にしていたわけではない。

「つかそれはともかく、なんで篠原がそれを知ってるんだよ」

「何でって、俺は授業中でもガン見してるからな。おかげで今月の授業がまるで頭に入ってない」

 篠原はそう言ってぐっと拳を突き出して見せる。

 一体彼の言動のどこに自信を持てる要素があるのか。飛鳥は呆れた声で答える。

「それもうお前が告れよ」

「それは俺も思った。……ただやっぱり話しかけづらいんだよな。高嶺の花っぽいってのもあるけど、単純にさぁ」

「……やっぱそうなるか」

 飛鳥は彼の後ろの席に座ってケータイを弄っている泉美に、それとなく視線を向ける。

 やや鋭い目元にすっきりとした鼻筋など、東洋系として絶妙に整った顔の造形。ポニーテールに纏められたライトブラウンの艶やかな髪と、ともすればモデルにさえ見えるほどのスタイルの良さが目を引く。

 真っ直ぐに伸びた背筋と一目ではそれと分からない自然なメイクが、彼女の容姿に対する周囲の評価をさらに引き上げているように感じられる。

 退屈そうな表情をしていても、その目元に浮かぶ覇気と自信の一端が、彼女が人から向けられる視線の意味を完璧に把握しているのだと雄弁に語っている。

 ギラギラとした自己主張こそ無いが、『華がある』とすれ違う誰もが感じるであろう姿をしていた。

 これで愛想が良ければ間違いなくクラス一の人気者にでもなれただろうが、泉美の場合はそうではなかった。

「あれで性格が良ければな~」

 なんて失礼な事を小声で言ったのは、飛鳥ではなく篠原。

 泉美は転入生にありがちなクラス中からの質問攻めにあったわけだが、その時の対応でかなりとっつき辛い奴という印象を持たれてしまっている。その後もいくらか声をかける者もいたが、男女問わず例外なく冷たくあしらってきた結果、今はクラスでも完全に浮いてしまっているのだ。

「美人なのにもったいないよな。普通に話ができてれば学園のアイドルにでもなれたかもしれないのに。……この学校でさえなければ」

「規格外と比較するのはやめてやれ」

 惜しいなぁと呟く篠原に、飛鳥は苦笑する。

 どれだけ美人だろうが……という評価のされ方が、ことこの星印学園では実際に起こってしまうのだ。

 想起されるのは生徒会長、月見遥の姿。

 人間離れした美貌に、雪のような澄んだ銀色の髪と夜の海を思わせる瑠璃色の瞳を兼ね備えた学園一の美少女。

 立場上どんな生徒でも何度かは顔を見ることになるために、学年クラスを問わず、おおよそ美人というカテゴリではどうしても真っ先に名前が挙がるのが遥だった。

 挙句に当人は誰に対してもフランクな対応をするので、普通に話をしようと思えばそれも出来てしまう。ようは近寄りがたいということがないのだ。

 そんなものだから容姿が良ければ許されるとなり辛く、なまじっか美人な分、男子はともかく女子からの評価が妙に悪い。それが今の泉美の現状だった。

「なんとか、してやれねぇかな……」

「なぁんだやっぱ星野その気じゃん」

 飛鳥の思わず口をついて出た言葉に反応した篠原が再びニヤリと笑う。

「あっ、……ぬ、くぅ…………うっせぇよ」

 飛鳥は顔をしかめてぷいと視線を逸らすと、それ以上は何も言わず自分の席に向かった。

 机に鞄をかけようとしたところで、歩いてくる誰だかの足元が見えた。俯けていた顔を上げると、ちょうどそこにいた少女と目が合った。

「あっ」

 美倉由紀ミクラユキ。このクラスのクラス委員で、文芸部にも所属している地味めな子だ。

「…………」

 視線だけを交わすと、飛鳥は何も言わずに机に鞄を放り、そのまま左の方の席へと歩いていく。

 後ろで美倉が何かを言おうとするのをなんとなく感じ取ったが、結局、言葉は聞こえてこなかった。

「おっす、伊達」

「ああ、アスカか。今日も早いな」

「お前までそれを言うか……」

 もはや飛鳥の遅刻癖は、このクラスの常識と化してしまっているらしい。

 飛鳥の話しかけた相手は、伊達蓮治ダテレンジ。筋肉質な身体と日焼けした肌が、彼が陸上部に所属している証左であるといえる。

 伊達は自分の机に腰掛けたまま、視線を飛鳥ではなくまっすぐ前方に向けていた。

 そこではやや緊張した面持ちの美倉が、相も変わらず無言でケータイを弄る泉美に話しかけようとしているところだった。

「あ、あの、本郷さん」

「……なに?」

「え、と……お、おはよう!」

「ああ、うん、おはよ」

「あ…………」

 泉美の目線すら上げない無愛想な応対に、美倉も二の句が継げなかった。

 元々、美倉はコミュニケーションが得意な方ではない。クラス委員に立候補したのだって、そういう部分を改善したいからという目的があったからだ。

 この状況はいくらかキツイものがあるだろうに、美倉はうろたえた様子のままでもなんとか口を開く。

「あ、えと……今日は、現国で課題あるけど、その、やってる……よね?」

「ええ」

 やはりというか、冷たくあしらう泉美。美倉も非常に困った表情をしてたが、結局そこを離れて自分の席へととぼとぼ歩いていった。

 かなり落ち込んでいると言うか、少しかわいそうにも見えるところだが、飛鳥の抱いた感想はちょっと違っていた。

(その話題選択はちょっとなぁ……)

 そりゃ一言で終わるって、と苦笑いになってしまう飛鳥。この状況を締めくくるには少々シビアな考え方だが、間違っているというわけでもない。傍らの伊達も顔をしかめるばかりで、憤りを感じている風はなかった。

 重い足取りで席に戻る美倉に対し、その場にいた女子たちが近寄った。

「由紀、もういいんじゃない?」

「そうだよ。本人があんな調子なんだし、由紀が頑張ることなんてないって」

「っていうか調子に乗りすぎだっつーの、アイツ。由紀が構ってあげるせいで逆に調子に乗ってるトコ有るんじゃない? もうほっといた方がいいよ」

「でも、私クラス委員だし……」

 男子は概ね静観で結論が出ているのに対し、女子はどちらかというとハブる方向で対応していく形になっているようだ。

 結局、こうして泉美に積極的に関わろうとするのは美倉と飛鳥ぐらいのもので、伊達も含めて他の生徒は基本的には関わらないようにしている。

 コミュニケーション能力の塊のような隼斗も、この件ばかりは手を出さないスタンスをとっていた。とはいえそれは、飛鳥に対する配慮もあるのだろうが。

(あの様子を見る限り、美倉じゃ時間がかかるだけで解決はしないだろうな)

 正直、飛鳥としても自分が手を出すべきかどうか悩んでいた部分もある。言うなれば幼馴染みたいなものだし、飛鳥が強く介入すれば彼女の人間関係を狭い範囲で終わらせてしまうという危惧があったからだ。

 ただこの調子で既に1ヶ月ほどが経っているし、いい加減当人任せにして見ないふりを続けるのも辛かった。

 飛鳥が長期休み明けからの1ヶ月の間、遅刻しないように学校に来ているのは、泉美より早く教室にいることで、何かトラブルがあった時に仲裁に入れるようにするためだ。

 そうして見る限り、泉美自身が必要以上に周囲に関わらないため問題が起こるような気配はなかった。

 第三者なら、捨ておくのも賢い選択となるだろう。

「ま、俺じゃあないよな、それは」

 飛鳥は自嘲気味にそう呟く。

 頭の中だけでも、その情けない考えを浮かべたことを自嘲した。彼の目指す者の姿として、それは相応しくないからだ。

 自分自身に対してのものとはいえ、彼女を救うのだと誓った以上、それを違えることはしない。言葉が先行している上に、救うの定義が一方的ではあったが、間違っていないという確信もあった。それが飛鳥の持つ、泉美の記憶に対する信頼だった。

「正直、美倉のあれは見てらんねぇ。なんとかしてやれねぇか、アスカ?」

「ああ、やっぱお前はそっちか。……なんとでもするさ。任せとけって」

 窓越しに空を眺める泉美をまっすぐ見据えて、飛鳥は頷く。

 泉美のつまらなそうな目が、今の状況は望んだものではないのだと告げていた。

 あの日屋上で語った彼女の言葉に、その本当の願いが隠れていたのだとすれば、飛鳥がとるべき行動は一つ。彼はもう一度それを思い出した。


 そうして教室の前の扉が開いて、クラス担任である飛騨が教室へと入ってくるのに合わせて、飛鳥も自分の席へと戻っていく。

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