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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
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after 深淵に触れる者

 始業式を終えた星印学園はその後の授業も滞りなく進み、時計の指す時間通りに響いたチャイムと同時に放課後を迎えた。

 夏休み期間も活動していたところも含めて、多くの生徒が部活動へと一斉に向かう様は、勉強風景以上にここが高校であるという強い印象を与えるものだった。

 球技やら陸上やらの部活動に従事する生徒が我先にと駆けだして、グラウンドがやにわに活気に満たされるのももはや恒例ですらあった。

 夏休みの間も活動していた者のいたグラウンドさえ、こうして全生徒が学校へとやってきた日の放課後と比べれば随分静かだったのだと思わされる。

 だがそうして放課後も学校ですることがある生徒は、何も皆が皆余さず運動部というわけではない。

 文化系の部活もあれば、それに満たない同好会のようなものに所属する生徒だっている。

 たとえば九十九一(ツクモハジメ)という少年も、この星印学園における生徒会で副会長を務めている。

 そこで生徒会長を務める月見遥は、ずば抜けた容姿と頭脳に、カリスマさえ感じさせるほどの尊大さを兼ね備え、自らのありようで以って生徒達を律する旗のような存在と言える。

 だとすれば伊達眼鏡をかけた九十九は、人当たりの良い口調と表情で生徒からの信頼を集める、実務における生徒会の顔であった。

 生徒からも、教師からも一目置かれる存在が生徒会長である月見遥ならば、その彼らから信頼を置かれる存在が九十九一の在りようであった。

 故に彼はどこまでも優等生であり、どんな生徒に対しても分け隔てなく接することができる。

 そういう風に、誰もが思っていたことだろう。

 それは決して間違いではない。

 自分を戒める伊達眼鏡のフレームを掴む彼は、その時は間違いなく先に述べた通りの優男という性質をもっていた。

 しかし彼の本質はそれとはまったく異なるものだ。

 完璧に演じるために完璧に張り付けた優等生という人格を、彼はその触媒たる伊達眼鏡と共にその身から引き剥がす。

「はぁ」

 乱暴に外した眼鏡を胸ポケットに引っ掛けた九十九は、首を振って短く息を吐いた。

 まっすぐに整えられた髪の毛を掻きむしり、苛立った様子で手元のキーボードを激しく叩く。

 そうして優等生という皮を脱ぎ棄てた彼の眼は、飢えた獣のような剣呑さを孕んでいる。

「どういうことだこれは」

 その目で前を睨みつけた九十九は、苛立ちを隠す気配もなくそう言った。

 心の中の呟きが思わず漏れ出てしまったかのような鋭く低い声。

 例えば優等生の姿をした彼しか知らない者ならば、様子がおかしいではなくそもそも同一人物であることを疑うほどに、それは普段の彼からは想像もできないような声音だったのだ。

 とうに運動部の活動は終了し、グラウンドから放課後特有の活気が消えてしまった後の時間。

 もはやそこに残る人間の数も数えるほどしかいなくなった校舎の一角、人気のない生徒会室で九十九は手元の高性能なノートパソコンをひたすらに操作していた。

「転入生など、事前に何の情報も無かったんだぞ」

 彼はそのパソコンを使って、とある一人の生徒の素性を調べていた。

 そう、本日1年に転入してきた本郷泉美という女生徒のものだ。

 彼は表向きでは自他共に認める優秀な人間であり、故に一般の生徒がしれないような情報も教師から事前にもたらされることがままある。

 そしてそれはこの転入の件についても同様でなければならないはずだった。この生徒会副会長である九十九一に対して、隠さなければならないような情報であるはずがないからだ。

 しかしそれは、今日に至るまでもたらされることはなかった。

「情報が隠されていたとしか考えられない」

 彼は教師からもたらされるという受動的なものだけではないいくつかの情報網を保有している。

 だがこの転入の件は、その情報網にはどれひとつとして反応が無かったのだ。

 故に、彼はその情報が何者かの手によってこの時まで隠し通されていたのだと疑った。

「だが何故だ。たかが一人の生徒が転入してくるというだけの情報を、何故隠す必要がある」

 それが彼にとっての最大の疑問であった。

 浮かんだ疑問を解消するためには、彼にもたらされない情報を自ら探す必要がある。

 だから彼はそれを探っていたのだ。

 そのまずのスタート地点として、当の転入生である本郷泉美の素性を調べ上げることを選んだ。

 彼女にはこの国ではないところで生活していた長い期間がある。

 その間の事を調べるのは流石に骨が折れたが、九十九にとって不可能なことではなかった。

 そうして、合法非合法を問わない彼の行動によって、泉美の情報の一つが示される。

「なんだ、これは……」

 九十九は自らの目を疑った。

 彼女がこの学園に来る前の最後の立場。

 それが、彼の想像の遥か外側にあるものだったからだ。

「中国人民解放軍だと……!?」

 何故この国のただの私立高校に、中国の元軍人が転入してきたのか。

 彼の想像力では、あるいは彼の常識では、それは全く理解ができない事態であった。

「……どうなっている」

 まだ明確に何かが起こったわけではない。だがそれでも、十分に異常だと言える根拠はあった。

「それとも、この学園のどこかで行なわれている古代兵器の研究に関係するのか……?」

 何かを断定するには、まだ彼の知ることは少な過ぎる。

 九十九はもう一度、この事態を詳しく知ろうと決意した。

「一葉……」

 彼はその決意をゆるぎないものとするため、一人の少女の名を呟く。

 彼女の嫌う暴力の象徴。その一端が、この学園を確実に侵食している気配。

「させるものか」

 決意を、彼はもう一度口にした。

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