2章『アーク・ライセンス』:4
「まだちゃんと営業開始してない区画なだけあって、やっぱ人すくないな」
アスファルト舗装の広い道路を歩きながら、飛鳥は辺りを見渡してそう言った。一歩前を歩いていた伊達が、同じように周囲をそれに答えた。
「そうだな。宿泊施設なんかには管理をしてるっぽい人もいたけど、客も含めて他はさっぱりだ」
「アクエルの来場者数が飽和しているうちは宿泊施設も機能しないと思うよ。やっぱり今の仕組みじゃこの辺りのホテルに宿泊できるのは2日連続でアクエルの来場チケットが当った人だけだし、そんな人は普通いないものね」
伊達の隣を歩いていた美倉がそう補足する。それを聞きながら、飛鳥は田舎から来たかのようにそびえ立つビル群を珍しげに見上げる。
「ホテル以外のビルなんかもあるけど、あんまり人はいないっぽいな。というかさ、別に封鎖されてはなかったけど、ここって入ってよかったのか? ゲートにそもそも人がいなかったぞ」
美倉の説明の通り、ビジネスゾーンは現在ほとんど機能していない。
もともとホテルなどの宿泊施設が主であり、そちらは現在アクエル自体に入場チケットが必要な関係上機能させることができない。ホテル以外にもオフィスビルのような建物もあるのだが、そちらはまだテナントが埋まっていないようだ。
そのため一部の関係者用通路以外からは人の出入りが無く、それもあってか遊園地ゾーン近くからビジネスゾーンへ入るためのゲートには係員が配置されてはいなかった。
「一般人の立ち入りは、禁止されてない。施設には入れないけど、通り抜けるだけなら大丈夫のはず」
抑揚のない愛の言葉を聞いて、飛鳥は曖昧にだが頷く。いずれにしても、立ち入りが禁止されているならゲートは封鎖されていただろう。
「こっち来る時にだって少しは人に見つかってもいたし、本当に入っちゃダメなら注意もされてただろうよ。それが無いってことは別に問題ないんだろ。……さて、とりあえずはまっすぐ港の方まで行って、左に曲がればいいんだけっけ」
「そう。北側はビジネスゾーンと遊園地ゾーンが、直接繋がってる。そのゲートには、人もいるはず」
「はいよ」
軽く答える伊達を先頭にして、一行は遠くにある港へ向かって静かな道をまっすぐ進んでいく。
ビジネスエリアは外部との物資のやり取りがあるようで、道路は当然だが貨物船から荷物を下ろすための港などもある。あまり大きくはないようだが滑走路もあるらしく、遊園地ゾーンと同じかそれ以上の面積を誇る区画でもあるのだ。
それもあって港はかなり大きい。目を凝らせば見えるそれだが、遠くの方に合っても十分な大きさを感じさせるほどだ。その港では、多くの人たちが忙しそうに駆けまわっていた。
「なんか妙にあわただしいな」
「そうだな、見た感じかなり忙しそうだけど……」
訝しげに呟く伊達に、飛鳥も似たような表情でうなずく。
港のところにいる人達は飛鳥達の場所から見える範囲でも非常にせわしなく動き回っていた。そういう仕事なのだとすればそれまでなのだが、それにしてもちょっとあわただしい。
何かトラブルがあったのだろうか、と飛鳥がその歩みは止めずに海の方に向けて目を凝らした時、
沖に浮かんでいたタンカーが、轟音と共に吹き飛んだ。
「なっ!?」
飛鳥はただ驚愕によって言葉を失ってしまう。
理由は明快。
だがそれはタンカーが爆発したからだけではなかった。
爆炎の踊る海面を跳ね上げ、一体の鋼の巨人が現れたからだ。
打ち上げられた海水は一瞬にして飛沫に変わり、それさえも内側から吹き飛ばされる。
漠然としたシルエットはその姿を鮮烈に見せつけてくる。それは、二脚二腕のロボットのような姿だった。
金属質の褐色を基調としたカラーリングの中、随所が朱色に輝いていた。胸の中心部には六角形の核が埋め込まれており、それもまた朱の光を放っている。
直線と角で構築されたフォルムは、洗練された兵器のそれに似ている。両の腕に取り付けられた計4つの武器が、その全体の形状と合わさりどこか戦車のような雰囲気を醸し出していた。
「なんなんだ、あれ!?」
飛鳥がそう叫ぶものの、他の三人は驚きのあまり飛鳥の声すら聞こえていない様子だった。
海から上がった褐色の機体は、海面を揺らしながらその場で滞空する。
全長12メートルにも及ぼうかという巨体を完全に静止させながら、赤く光る双眸で港に並んだ船舶をぐるりと見渡す。
直後、ガトリングガンの装備された右腕をゆらりと持ち上げ、それらを躊躇なく焼き払った。
耳障りな音を伴い放たれたのは、火炎の弾丸。普通の銃弾とは異なる特殊な弾丸は、空気摩擦や発射時の熱を受けて溶解、灼熱の炎となって標的一つにつき数十発と打ち込まれる。
港に停泊していた艦船は炎の嵐に飲み込まれ、次から次へと粉微塵になっていく。攻撃を受けた船の中にはタンカーなども混じっていたのか、流れ出た燃料に引火し海面に炎の大蛇がのたうちまわる様を見せた。
停泊中の小型の船舶ばかりだったためか被害はさほど大きくないようにも見えたが、それにしても異常な状況だ。港の人間は既に避難を済ませているのか、怪我をしたらしき人はいない。
その光景にあっけに取られていた飛鳥は、そこではっと意識を戻した。
見れば、一瞬で船舶を薙ぎ払っ褐色の機体の姿が、徐々にだが大きくなってきているのだ。
「おいおい、嘘だろ……」
絶句する飛鳥の脳裏によぎるのは、いつか教室で隼斗に読まされた雑誌のコラム。
(企業が開発してた巨大兵器って……、イマドキ都市伝説なんて流行らねぇぞ!?)
それもどういうわけか、間違いなくあの褐色の機体は港、つまり陸に向かって真っすぐ突き進んできている。それも飛鳥達がいる道の方に向けてまっすぐ、だ。
理解不能の状況だが、本能が導いた感情く感情はシンプルだ。
底冷えする恐怖に飛鳥が思わず逃げ出そうとした時、航空機にも似た甲高い音を立てて、彼らの頭上を何かが高速で突っ切った。
音に遅れて、地上を突風が駆け抜ける。
「もう一機!?」
高速で褐色の機体に突撃していったのは、白色の装甲に身を包んだ新たな巨人。
その外見は褐色の巨人とは趣の異なる流線型によって構築されていた。細身のボディは純白に染まり、要所の赤いラインがよく映えている。褐色の機体と同じように装甲の一部が光っているが、その色はスカイブルー。同様に胸の中心の球状の核もスカイブルーの強い光を放っている。
現代的というより、スペースシャトルのようなどこか未来的な印象を与えるその機体は、人間で言うところの肩甲骨の少し上辺りにつながった1対の細長い翼のようなものをハの字に展開。そこから後方に向けて光を照射した。
直後、その機体が一気に倍近い速度まで加速する。光波推進機構の類が、空中に二本の光条を残していく。
急速で接近する白い機体に褐色の巨人が反応し、左腕に装備したガトリング砲を白い機体に向けて迷いなく掃射した。
放たれる火炎の嵐。だが白い機体は空中に稲妻のようなジグザグの軌跡を残し、その速度を保ったまま一気に距離を詰めていく。
物理を無視したかのような異常な軌道は、炎の嵐の中を縦横無尽に駆け抜け突き破る。
そのまま褐色の機体の元へと飛び込んだ白い機体は、港側を背にするように褐色の機体に攻撃を加えていく。
「なに、戦ってるの?」
「見たまんまならそうなんだろうよ」
訝しげに尋ねる美倉に、遠方で戦いを続ける二機を見ながら飛鳥は答えた。だがそこで、彼はあることに気づいた。
「あれ、ちょっと待て、避難警告とかって出てたか? この状況はわけわかんねぇけど、それぐらいはされてなきゃおかしいよな」
「そうだな、でも俺は聞いてねぇぞ。……なんだ、施設になんかあったのか?」
「どっちでもいいけど、じゃあ避難はされてねぇってことか!? つまり、アクエルにはまだ大勢人がいるって……」
そこまで言ったところで、飛鳥の顔が一気に青ざめた。
遊園地ゾーンとビジネスゾーンの境界は、防音のためか大きな壁が立っている。そのため今2つの機体が戦っている場所は、恐らく遊園地ゾーンからは見えていないだろう。そうなれば、ほぼ確実に避難は行われていないはずだ。
拮抗する2機の戦いを視界に収めたまま冷や汗をかく飛鳥の隣で、やはり無表情の愛がこう言った。
「だからあの白い機体は、ここを守ろうと戦ってるんだと思う。ずっと、こっち側を背にしてる」
「でも、それで安全ってわけじゃ……」
言っているそばから、その均衡は崩れ去った。一瞬の隙をつかれた白い機体が、その片足を褐色の機体に引っ掴まれたのだ。
褐色の機体はそのまま大きく後ろに腕を回すと、身体ごと振り回すようにして白い機体を前方に投げ飛ばした。
乱雑に投げ飛ばされた機体はむちゃくちゃに回転しながら陸側に吹っ飛んでくるが、白い機体は冷静に光ブースターを吹かして回転を押しとどめた。
だが、落下までは止められない。
「冗談だろ……!?」
飛鳥が呻くのもむなしく、白い機体は重力に導かれ徐々に下へと落ちていく。なんとか着地の姿勢をとろうと身体を回すが、その落下点には飛鳥達がいた。
巨人が降ってくる。その目は地上に向けられていた。
『伏せてッ!!』
自分が叫んだのか、それとも他の誰かがそう言ったのか。それさえもわからないまま、飛鳥は隣にいた愛を押し倒すようにして地面に伏せ、その上から覆いかぶさるようにして衝撃から守ろうとする。伊達も同様に美倉の身体を地面に伏せさせていた。
直後、爆風が襲いかかる。
単純な自由落下の余波だが、上空100メートル以上の高さから叩きつけられた巨体が起こす衝撃は、至近距離で爆弾を起爆させたのと大差なく感じるほどだった。
「ぐあああああああああああああああああ!!」
背中を叩く衝撃と礫に、飛鳥は歯を食いしばったまま叫び声を上げた。
全てが収まるまでの数秒間、全身の神経を焼き切るような激痛が走り続けた。
「う、ぐ…………はぁ、はぁ」
息を切らしながら、飛鳥は膝立ちになって身体を起こした。飛鳥が身体をはって盾になっていたため、愛は怪我をしていないようだ。
「大丈夫か?」
「……うん、ありがと」
飛鳥が差し伸べた手を掴んで、愛もゆっくりと体を起こす。そのまま飛鳥は立ちあがり、地面に片膝をついた白い機体を振り返る。
その時、声が聞こえた。
『やっぱり、強制起動じゃ出力が足りないわね。このままじゃどうにもならないか。どうすれば……』
デジタル変換されたような機械的な音声。
「喋った!?」
飛鳥が驚いて声を上げると、その機体が飛鳥達が見ていることに気付いたのかその視線を彼らに向けた。
『あなた達、どうしてこんなところにいるの!!』
取り乱した様子でそんなことを言われたが、飛鳥達はそもそも戦闘が始まってからここに来たわけではない。飛鳥は怒りすら感じさせる口調で、
「そりゃこっちのセリフだ。なんでこんなとこでドンパチ始めてんだよ!」
『仕方ないじゃない! ここで止めなきゃあいつはこのまま侵攻してくる。戦うしかないのよ。……とにかく、突っ立ってないであなたたちは早く逃げなさい! 避難命令も聞いていないの!?』
「避難命令なんて出てないんだよ。機器の故障かもしれない」
『なんですって……!?』
状況を話す伊達の言葉に、白い機体は驚愕をあらわにしていた。だがその機体のひとまずの目的は変わらないのだろう、飛鳥達の方を振り返ると、
『全く……。とにかくあなたたちは逃げなさい。ここは危険すぎるわ』
「逃げるったってどこにだよ!?」
『どこでもいいから離れた場所に行きなさい! ここは私が食いとめる!!』
苛立ちを含んだ声に飛鳥は一瞬ひるむが、その機体が褐色の機体に対してまともなダメージを与えられていなかったのは明白だ。
「本当にできるの? 足止めもまともにできてないのに」
突きさすような愛の言葉に、白い機体は一瞬言葉に詰まったがすぐにやけくそになったかのように反論してくる。
『くっ、こっちだって正規のパイロットがいれば…………ってちょっと待って。……この反応はもしかして……』
白い機体は何かに気付いたかのようにまたブツブツとひとり言をつぶやきだした。すると、機体の胸の中心――核の部分から緑色の光が飛鳥達に向けて照射される。数秒の後、『やっぱり!』とどこか興奮した様子で飛鳥達の方を指さした。
『そこの君、ショートカットの少年!』
「お、俺か?」
伊達が戸惑いながらも自身を指さすが、
『違う、その隣の君よ!』
「俺かよ!?」
突然の指名にあっけにとられる飛鳥の耳に、さらにぶっ飛んだ言葉が聞こえる。
『あなた、この機体に乗りなさい!!』
「―――――――は?」
『いいから、早く!』
「ちょちょちょちょっと待て、お前何言ってんだ。は、乗れ? 俺が?」
混乱がピークに達し、状況が一切理解できない。え、なに、俺指名されたの? と飛鳥が何度も周りを見回してみるが、伊達にも美倉にも愛にも目が合うたびに頷かれてしまった。
「の、乗るってどういうことだよ!」
『そのままの意味よ、この機体に搭乗して操縦しなさいってこと』
「だったらなんで俺が……。俺はロボット操縦した経験なんかないぞ!」
『今は外部から無理矢理起動して動かしているけど、この機体の力を出すには適正のあるパイロットの存在が必要なの。その適性があなたにあるのよ』
「いやいやいやいやいやいや、本格的に意味わかんねぇから! 適正? 俺に? なんでそんなことわかるんだよ!」
『さっきスキャンしたからよ』
「ま、マジかよ……」
さっきの緑の光がその適性のスキャンを行っていたということなのだろうか。
「状況が出来過ぎてんだよ……」
危機が迫り、そして指名される適合者。それが自分。
それこそ飛鳥の見ている『アスター』と全く同じ状況。あまりにも出来過ぎた状況だからか、そんなくだらないことまで思い出せてしまう。
使い古されたテレビ番組のようなありきたりすぎる状況に、しかし飛鳥は確信を持てない。
これは物語ではなく、現実である。
ここに脚本はなく、だから無事であれる保証はない。
人間であるが故の、あるいは生物であるが故の純粋な本能が、飛鳥の身体を恐怖で縛りつける。
だが―――
『このままじゃあいつを止められない。……だけど、あなたが力を貸してくれるならきっとあいつを倒すことができる。……お願い、協力して。皆を守るために、あなたの力が必要なの!』
「っ――――――」
叫びのようなその悲痛な声に、飛鳥は目を見開いた。
(そうだよ。ヒーローが夢だとか語っといて、何ビビってんだ俺は。このシチュエーション、ヒーローにはもってこいだろうが、なぁ!)
隼斗にどんな時ならロボットに乗るか、と尋ねられていたことを想起する。それに乗ることでヒーローに近付けるなら、と飛鳥は答えた。まさしく今がその時だった。
頭を抱えていた腕を離す。ゆっくりと顔を上げると、どこか決意を秘めた目で白い機体を見据えた。
「俺にしか、できないんだな?」
『……ええ、そうよ』
肯定。
「俺になら、できるんだよな」
『ええ』
再度、肯定。
「そうかよ、ならやってやる」
力強く宣言して、白い機体に向けて一歩を踏み出す。その飛鳥を伊達が呼びとめた。
「アスカ、本気か!?」
「ああ、本気だよ。……状況も理由も何もわかんねぇけど、俺がやんなきゃならないんだ。だったらやるさ、俺は」
不敵に笑う飛鳥は、震える手を隠すように両手を握りしめた。その拳に傍らの愛の掌が添えられた。
「大丈夫。アスカなら、きっと大丈夫」
「おう」
励ましの言葉に飛鳥はもう一度力強く頷くと、皆に背を向けて白い機体へと歩を進めていく。
その時、美倉の心配そうな声が聞こえた。
「星野君……」
「心配すんなって、たぶん大丈夫だから。……じゃあ伊達、二人を連れて、どこかへ避難してくれ」
「わかった、任せろ。……さ、二人とも早く逃げよう」
戸惑いを隠せない様子の美倉と、感情の読めない愛を促して、伊達はそこを立ち去ろうとする。二人は頷いて、それに従った。
「う、うん」
「ん…………」
一瞬飛鳥の方を振り返ったが、美倉は素直に従った。愛は相変わらずの無言頷きだった。
去り際に伊達が視線を送ってくるが、飛鳥はそちらを見ずに適当に手を振って返す。三人の足音を背中に感じながら、飛鳥は白い機体と対面する。
『いいのね?』
「自分から巻き込んどいて言う台詞じゃないぜ。それで、俺はまずどうすりゃいいんだ? どこか開けて乗り込めばいいのか?」
『いいえ、違うわ。……どこでもいい、まずはこの機体に触れて。』
「触れる、だけでいいのか?」
『ええ。あなたが適合者なら、それでこの機体は応えてくれるはずよ』
よくわからない指示に首をかしげながらも飛鳥は右の掌を白い機体の足にぺたりと触れさせる。
その途端、飛鳥の手が触れている部分が青白い光を放ちだした。
「うわっ!?」
驚く飛鳥の右手の甲からも別の光が放射される。それは一度右手全体を覆うと、徐々に弱まり最後は『A』という文字の形になった。それと共に、その文字を残して光が消えていった。
「あ、アルファベット?」
『それがこの機体を動かすためのライセンス。アーク・ライセンスよ』
「アーク……ライセンス……?」
自分の右手に刻み込まれた光の文字をまじまじと見つめる飛鳥。
『ちゃんと登録できたようね、よかったわ。身体にもおかしな所はないわね?』
「あ、ああ」
『よし、それならそのコード――文字の部分を機体のコアに向けてかざして』
「わかった」
促された飛鳥は、手の甲をスカイブルーの光を放つ核の部分に向ける。
直後、彼の視界は光に包まれた。
「――――っ!?」
強烈な光に、思いきり目を閉じる。だが瞼の裏にまで焼きつくように光がどんどん強まっていく。
そして、全てが白く染まった。