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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
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4章『陽炎色の思い出』:5

 ホライゾン強奪作戦のあった翌日、長い休みを終えてもうそろそろ学校も始動しようかという日のことだった。

「渦流重光子狙撃銃に、遠隔操作磁性コロイド制御装置、誘導兵器への高度補正演算システム、それに加えて広域波形対応超小型アークジェネレーター……と。うーん、アストラルと同レベルかそれ以上の技術水準ね。そしてホライゾンはセンサー系、通信系の技術が強い。アストラルがエネルギー系と推進系に特化していたことを考えると、世代というよりは特化の方向性が違うわね。基幹技術は一緒で機体の特性を決定づける方向にだけ、技術基盤そのものの違いすら感じる……。相変わらずアークは謎が多いというか、無駄が多いというか……」

 手に持った書類で顔を仰いだ遥は、通りかかったテーブルにそれを投げ出した。

 アストラルとの戦闘結果から得られた情報をもとに、ホライゾンの全体を軽く調査した結果をまとめた資料だ。重要なものではあるが、現状ではまだまだ触り程度のことしかわからない。想像である程度補完もできるが、それも必要のない行為だ。

 知るべきことはしかるべき時に。

 各分野の先端で研究をしている研究員ならばともかく、それらを総括した場所にいる遥が不確定な情報をリアルタイムで得る必要などない。

「目下考えるべきは、こっちよね」

 遥は呟くと、スカートのポケットからケータイを取り出した。

 何度か操作をした端末の画面には『本郷泉美』の名と、彼女のプロフィールが表示されていた。

 先日突然現れ、この星印学園地下研究所のメンバーの一人となった彼女。

 しかしなにぶん突然のことであり、なおかつ直前まで軍属の兵士であったことから情報の秘匿度が高過ぎてほとんど何も分かっていないのだ。

 遥としてもこれから仲間になるであろう人のことをあまり疑ってかかりたくはないが、彼女だって性善説で身を滅ぼしたくはない。信用するための調査だなどと汚い綺麗事をのたまうつもりも当然ないが、良し悪しはともかく今は泉美のことを知る必要があった。

 そしてそれ以上に、彼女という人間の背景に隠された第三者の思惑もだ。

 ケータイの画面に表示された泉美のプロフィールは、生年月日や身長体重などが書かれた至極普通のもので、彼女の普通ではない経歴にまで深く言及したものではない。

「さて、と。やりすぎかもしれないけど、これぐらいしなきゃ不足だものね」

 遥は努めて明るい声音でひとり言を呟くと、目の前にそびえ立つ巨大な機械を見上げた。

 この研究所の各種演算処理を一手に引き受ける大規模量子コンピューター。

 いくつかの計算ユニットをまとめた大きな箱をさらに縦に大量に重ねることで、面としては比較的狭い範囲で高い計算能力を実現したスーパーコンピューターでもある。

 ここでは当たり前のように研究に使用されているものだが、開発元どころか導入された理由等々一切不明の超高性能マシンであり、なおかつ構造も一部不明なところがあるという色々アレな装置だった。『アマテラス』と同時期に開発されたとの話もあるが、こちらについても真偽は不明である。

 スポンサー的なポジションである東洞グループから研究のためにと直接もたらされたもので、とにかく高性能だから使っとけという考えで使用を続けているものだ。

 そんな謎の多いタワー型コンピューターの足元には、まるで付属のユニットのようにVRデバイス付きの座席が取り付けられていた。

 飛鳥が初めてアストラルに乗った日に遥が使ったように、アークとの連携や思考加速のために使用されるものである。ちょうど先日一葉が使用したものだ。

 普段アークのシミュレートに使用しているVRシミュレーターとは異なり、このVRシステムのみ純粋な思考加速機能が搭載されている。未だブラックボックスの解析に至らないところも含めて、『アマテラス』と類似した部分も多い。

 遥はケータイを手に持ったまま座席のカバーを開けると、そこにどさりと腰かけた。

 センサーでそれを感知した装置がカバーを自動で閉じると、脇からアームが伸びてくる。その先に取り付けられていたスタンドにケータイをセットすると、遥は頭をシートにもたれかけた。

 シート背面からヘルメット型の機器が縦回転しながら現れると、シートに体重を預ける遥の頭をすっぽりと覆った。直後に座席のカバーの斜光機能が起動し、外界との光が断たれる。

 遥はヘルメットの半透明部分の内側に表示された情報に合わせて右手を動かして、軽く操作すると、遥は両手をシートの肘かけの部分に乗せた。

 直後に手足を固定するリングが現れ、同時に簡易な神経接続が開始する。

 ヘルメットの内側に表示されたロードバーを眺めていた遥の意識が、数秒後にはVRデバイスの中に取り込まれていた。


「よし、それじゃあ始めましょうか」

 一面の白が広がる疑似空間の中で、腰に手を当てた遥は仕切り直すようにそう言った。

 実際のところ、今の遥にとってこの疑似空間自体にはほとんど意味が無い。アークの制御をするときなどはアークが見せる映像が映し出されるわけだが、今はそれをするわけではない。

 単に五感が感じ取る情報を制限することで、逆に目的の物事に対する集中力などを高めるのが目的だった。

 現に今の遥からは温度の感覚などはほとんどないし、身体の感触もだいぶと曖昧なものだ。そもそも上下左右という概念のない空間なので、重力なんかも感じなかった。

「うん、神経接続も問題無し。五感は相変わらず適当だけど、問題ないわね」

 自分で知覚できればオーケーということで、服すら着ていないマネキンのような身体のモデルが視界に映り込むが、他の誰かが入り込むことも無いので遥は特に気にしなかった。

 顔の前ではらりと掌を薙ぐと、小さなウィンドウが表示される。

「アスカ君の話では、彼が泉美さんと離れたのはちょうど7年前だったかしら。泉美さんがアークのパイロットになったのがその一年後……。ならその一年間に何があったか、よね」

 遥が行っているのは、タワー型量子コンピューターを使用したハッキングだ。

 対象は中国政府及びそれに繋がりのある組織のサーバーやデータバンク。具体的には中国人民解放軍や隣国である北朝鮮、ロシア辺りが対象になる。

「とはいっても、ロシアは軍関係は独立したネットワークを構築しているはずだし、セキュリティ云々じゃなくて物理的に侵入不能なのよね」

 そもそもここ数年で中露の水面下での繋がりはかなり強くなっているが、7年も遡ればそれほどではのものではない。中国のアーク研究開始以後の関係強化であることを考えると、今調べたいこととは合致しない。

「対象は中国政府、そして…………韓国政府、ね」

この状況で本来の対象とすべき北朝鮮は、ここ5,6年の間に韓国との間にあり休戦状態だった朝鮮戦争を正式に終戦としたり、かなり劇的な国政の変化が続いていた。何か中国との間にあったとしても埋もれている可能性が高いからだ。

何らかの手がかりが無い状態では、確度の高い情報を掴むことは出来そうもない。

 とはいえそれ自体は韓国も同じ。その上で遥が韓国政府にターゲットを絞ったのには理由があった。

 視界に表示された二つのウィンドウ。一方では黒い画面に白い文字が高速で流れ、こちらがある程度進む度にその横に意味のある文章が表示される。

「アーク・ホライゾンの所有と主な研究機関は中国の遼寧飛機航空工業だけど、これは元々韓国領土内で発掘されたものだったはず……うん、やっぱり。でも今回そのアークが日本に渡ったのに、韓国側から返還の要求が無い。この事態を知らない可能性もあるけど……」

 ハッキングによって大量に取得される情報を精査しながら、遥は呟きつつ自分の頭を整理していく。

 中国は先進諸国がアーク発見に伴いその研究を開始している間、ちょうど大きな経済成長の最中にあり、自国の経済を優先するためにアークの発見を捨ておいたという過去がある。実際にこの判断は間違っておらず、世界恐慌の名残からなんとか抜け出した先進諸国を置き去りにするように中国は大きな力をつけた。

 しかしこの期間の間に中国国内で発見されていたいくつかのアークは、他国に売却されてしまったのだ。

 その後アークの重要性が語られ出した頃には、既に国内にアークを持たなかった中国は、韓国やモンゴルで発見されたそれらを買収して研究を開始した。そしてその内の一つが、韓国で発掘されたアーク・ホライゾンである。

 だがどうやらこのときかなり強引な方法を取ったらしく、同じ時期から中韓の仲が非常に悪い。

 日韓関係が改善されたのもこのころで、一足先に韓国との関係改善に至っていた北朝鮮も含めて対中国的な形で3国の国交は大幅に改善されている。

 とまぁホライゾンの所有にはそんな背景があるので、韓国政府から望まずして売却したアークを取り戻そうという動きがあってもおかしくはない。

 しかし1日たった今も、その情報はなかった。

だからこそ遥はそちらに狙いをつけて情報収集をしたのだ。

「うん……うん。やっぱり今回の一件、韓国側も認識していたようね」

 遥が見つけたのは、ホライゾン強奪計画と同日にあった要人を保護するための指令書。

 本郷泉美の家族だ。

「ホライゾン哨戒計画と同時に韓国へ旅行、ね。そこで韓国政府に確保されて、現在も韓国国内で保護されていると。大胆なことをするとは思うけど……。つまり中国でのアーク研究はパイロットの血縁者が人質に取られていたってことかしら。まったく、えげつないことするわね……」

 呆れてため息をついた遥は、鋭い視線を眼前のウィンドウに向ける。

 アークは強い軍事的な力を持つが、それを操るのを個人に依存するという欠点がある。操作が一人で出来るというのもそうだが、燃料すらいらないということは極端な話、補給を断たれてもある程度は戦えるのだ。

 だからこそ首輪をつける必要がある。

 中国においてその首輪に選ばれたのが、ライセンス所有者の親類縁者だったということである。

 逆らえば家族を殺す。

 そう言うだけで、パイロットの子供は非道な実験、研究、訓練、作戦に協力せざるを得なくなる。

「でもこの情報を韓国政府にもたらしたのは…………北朝鮮以外には考えづらいわよね。ならやっぱり中国との間にアークがらみで何かあって、それがこじれたことが中国と離れたことの原因? そっちも見ておいた方が良さそうね」

 遥は中国と韓国の政府からハッキングで情報を引き出すことを続けつつ、その対象を北朝鮮にも広げる。

 最初の予想通り、真偽も定かではないような煩雑な情報が出てくるが、いくらかの手掛かりをもとに、遥は的確にそれを選択していく。

 過程を洗い出すことで、作戦の全容をつまびらかにしていく作業。

 結果はすぐに出た。

「何これ……? 『干渉発光体の複製及び同装置を搭載した大陸間弾道ミサイルの開発計画』ですって?」

 遥の目が驚愕に見開かれる。

 干渉発光体というのは、アークの装甲部に搭載された収束光波を打ち消す結晶体のことだ。現在の対空防衛の要であるレーザーを完全に無効化できる強力なもので、アークが持つ戦争価値における最大要因の一つでもある。

 だがこれはアークの中でもトップクラスに謎の多いもので、最近になってやっと直接の動力源が活性化されたアーク波であることが分かったぐらいだ。要するに10年以上かかってほとんど何も分からないほどに謎が多い。

 しかしそれさえあれば、世界各国にある光の壁を突破し攻撃を行うことができるのだ。

 ここにある大陸間弾道ミサイルも、アマテラスの出現によって価値を失った兵器の一つだが、これに干渉発光体を搭載できるとするならば、再びそれが兵器としての価値を取り戻す可能性もあるだろう。

 しかし干渉発光体は未だ複製どころか解析すら出来ていない。この計画が立ち上がったのは中国がアーク研究を始めてすぐのものだが、それから間もなく北朝鮮は中国と対立していた韓国との関係を大きく改善している。

直接的な根拠はやはり見当たらないが、この計画が未だ続いている可能性は低いと感じた。

「この資料が北朝鮮側から発見されたってことは、この計画は北朝鮮の主導か。……なるほど、トカゲの尻尾にされそうなのが分かったから、韓国とのつながりを強める方向にってことかしら」

 遥はそう呟くと、一旦そのウィンドウを視界の外に追いやる。

 とにかく北朝鮮が最初期の中国でのアーク研究に関わっていたとすると、パイロットの扱いがどうなるかの予定も知っていた可能性が高い。

 仮にそれが正しいとするなら、泉美の家族を保護する必要があると伝えたのは北朝鮮かもしれない。

 しかしそれだけでは解決しない問題がある。

「それはともかくとして、泉美さんの家族が短期間でも国外へ行くことができたのが気になるわね。本来なら止められるはず。……泉美さんの要求があったのかもしれないけど、いくら中国最強のアークパイロットだとしても、そんな勝手が通るのかしら?」

 結局のところ、遥の泉美に対する不信感はそこに帰結する。

 今回の一連の流れが、個人の身勝手でどうにかなるとはどうしても思えなかったのだ。

 遥は手に入れた情報の中で重要なものをピックアップしてそれを整理していく。

 哨戒計画自体は中国だけで決定されたものだが、その計画が持ち上がったのは約1か月前。実効日までに計画を立てて家族に韓国へ行くように指示すること自体は、泉美の立場の強さ次第では不可能ではないかもしれない。

 しかし日本や韓国の政府関係者と連絡を取って計画を立てることが、はたしてその短期間で可能なのだろうかということだ。

 いかに泉美の特尉という特別な階級が軍の内で高い地位を持つものだとしても、家族を人質にとるほどパイロットに対して強い警戒を抱いていた中国が、安易に国外組織との接触を許すだろうか。

 通信は間違いなく傍受されるだろうし、彼女に接触する人間は検査なり調査なりが行われるはずだ。

 それを突破して彼女に近付けるとすれば、

「……軍の中にスパイがいた。それも泉美さんに直接接触できるほどの地位や権限を持った人物。……日本や韓国が送り込んだ人なのかしら?」

 しかし遥の知る限り、この二国は諜報に関してはそれほどの強みを持たない。個人的な印象に依ってしまうが、どうしても違和感が残るのだ。

 北朝鮮辺りが一番自然ではあるが、この国自体は中国と直接の敵対関係にあるわけではない。

中韓が決定的にぶつからないのはその間に北朝鮮があるのが大きな理由の一つであるほどだし、その関係が決定的に破壊されかねないようなリスクを負うとは考えづらかった。

 今回直接に利益を得たのは日本だけという結果からみても、ここに北朝鮮が介入していた可能性は低いのだ。

「だとするなら、ここには第三者の存在があるはず。一国の軍と敵対できるだけの力を持った組織の存在が……」

 ならば、それは一体何なのか。

「中国人民解放軍、そして遼寧飛機航空工業内部で、哨戒計画が立ち上がった以降に泉美さんと接触していた人物全ての経歴を洗い出す。その中に偽装の跡が見られるのがターゲット。消されているなら大元のデータにハッキングを仕掛けて繋ぎ合わせる。……よし、やるわよ」

 そう意気込んでハッキングの対象を一気に絞り込んだ遥。

 だが大量の情報に目を通しながら逐次修正を加えていた遥の視界の端、ハッキングのログを延々と表示し続けていたウィンドウが突如として停止した。

「え……?」

 直後、ハッキングによって入手した情報を表示させていたウィンドウが次から次へと勝手に消えていく。

「ちょっと待って、一体何が……」

 戸惑う遥だったが、消えていくウィンドウ達が彼女の操作を受け付けることはない。

「まさか、逆に侵入された? この量子コンピューターに!?」

 そして一面の白に戻った世界に、短い文章が浮かび上がる。



『これ以上を知ることは許されない』


『お前が知ることのできる事実はここまでだ』


『まだお前が我々を知るべき時ではない』



「何なの、これは……」

 現れた無機質な文字列に、遥は微かな恐怖を感じる。

 そしてそれさえ消えた後には、一つの言葉が残されていた。

「アヌ……ビス……?」


 ANUBIS――深淵

 謎の侵入者が最後に残したのは、たったそれだけの言葉だった。

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