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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
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4章『陽炎色の思い出』:4

 日が傾き始めるにはまだ少し早い時間に、一つの旅客機が空港を飛び立った。

 高度を上げるために傾けていた姿勢を水平に戻したのがほんの数分前。

 シートベルトを外してもよいというアナウンスを受けたアルフレッドとバーナードは、身体を縛り付けていた邪魔なベルトをワンボタンで解除した。

 アルフレッドは窮屈なシートに抑えつけられていた背中を反らして、思いきり伸びをする。

「くぅっ~~~~~~~~! ……はぁー」

 なんだかんだで金に余裕はある二人だ。飛行機のシートもビジネスクラスなので、それなりのスペースはある。

 それでもアルフレッドはもともと身体を固定されること自体が好きではないので、窮屈に感じてしまうのだ。

 真上に掲げていた両腕を下ろして、窓枠に肘をついた。

 その隣で、バーナードは首を振ってコキコキと鳴らす。

「よかったのか、フレッド?」

「ん? なにが?」

「スケートだよ。星野飛鳥と一緒にするつもりだったんだろう?」

「あー……」

 気のない声を出して、アルフレッドは小さくため息をついた。

 ホライゾンのパイロットである泉美との邂逅の後、ひどく動揺していた飛鳥はそのまま御影に連れられてアルフレッド達の下から去ってしまった。

 アルフレッドは飛鳥とスケートをするという約束を当然覚えていたし楽しみにもしていたが、去っていく飛鳥に対して声をかけることはしなかった。

「あんな状態の兄弟を誘えるわけねーだろ。そんな状況じゃなかったことぐらいはオレでもわかるぜ」

 言う割には、アルフレッドは改めて思い出したみたいに不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「そうか。まぁ、それならいいんだ」

 アルフレッドの横顔を視界の端に捉えながら、バーナードは軽い調子で言う。

 飛鳥が去った後、それ以上研究所にとどまっている理由もなくなったアルフレッド達は、そのまま空港へ向かった。そのときはまだ搭乗まで時間があったが、空港で土産物を物色するなどして適当に時間を潰したあと、こうして飛行機に乗り込んだのだ。

「…………」

「ふん、納得できないという顔だな」

 黙ったまま窓の外を眺めるアルフレッドを見て、バーナードは改めて呟く。

 アルフレッドは窓枠に肘をついていた腕をどけると、両手を頭の後ろに回してシートにもたれかかった。

「そりゃそーだろ。いきなり侵略だなんだってワケわかんないこと言い出したと思ったら、捕まえた機体から兄弟の知り合いが出てくるなんて、納得できるわけねーだろ。だいたいあの女、兄弟の何なんだ?」

「旧友だと言っていたんじゃなかったか? それにしては取り乱し過ぎだとは思ったが、現代の日本はそもそも軍というものに馴染みのない国だったな。軍隊というもの自体に抵抗があってもおかしくはないか」

「兄弟、そういうの嫌いっぽい感じだったからな。必要以上に深刻に考えてそーだぜ」

「必要以上に、か……」

 どこか心配した様子を含んだアルフレッドの言葉を受けて、バーナードは少し思案する。

 アメリカではアーク研究は国ではなく3つの企業が主導しているが、その中でも国、特に軍や軍事力にもっとも近いのが、バーナードとアーク・リンガーの所属するアルケインフォース社だ。

 アメリカという大国を支える軍事力に、最も近いアークのライセンス所有者となれば、他国の軍事関係の情報も相当に入ってくる。

 当然、それには中国のことも含まれていた。

「……あの国、相当長い間国内に反乱の種を抱えていただろう? 強引な支配に伴う独立運動とその弾圧行為によって泥沼化していた問題だったが、あれがどうにもここ3年ほどの間に妙に鎮静化したようでな」

「チベット、だっけ?」

「ああ、そうだ。……政治的に円満に解決されたのではないことは、双方ともに世界へ向けて何の発表もしていないことから明らかなんだ。だが少なくとも、エネルギー革命以降に一層活発だったはずのデモ活動なんかが、3年ほど前を境にぱったり無くなっているんだよ」

「それ、なんでだ?」

「十中八九弾圧だろうな。ただ、権力暴力に訴えた無茶な統治行為は昔から有ったとされている以上、それで急にチベット側の活動が無くなる理由にはならない。……俺の勝手な見解だが、この弾圧にアークが使用されたんじゃないかと思ってな」

 中国がアークを手に入れたのはちょうど7年ほど前。

 世界全体、特に先進国群で既に開始されていたアーク研究の情報は少なからず中国の研究機関にも届いていたので、アークの入手から実際にパイロットを集めて本格的な研究開発を始めるまでの期間は短い。

 その1年後あたりに、中国が持つ3つのアークのライセンス所有者が強制的な手段で選定された。

「あの国のアーク開発は、ロシアほどではないにしろ純軍事的だ。アークの研究も技術開発も、全て軍事転用が視野に入れられているものだしな。国内の反乱を鎮圧することさえ、アークを他国との戦争に投入するための予行演習のように捉えていたとするならば……。チベット側の運動を弾圧するために、アークをわかりやすい武力として使用した可能性もある。どういう使い方にしろ、現代兵器とは一線を画す。恐怖感を植え付けるには十分なものを持っているだろう」

「それって……」

「星野飛鳥のあの反応が、過剰ではないかもしれないということだ」

 これはあくまでもバーナードの私見に過ぎない、

 だが彼のもとに及んだ断片的な情報を繋ぎ合わせる限り、最も可能性の高い想像でもあった。

「今どき軍拡なんぞ流行らんとは思っていたが……。防衛レーザーDHELとアークの相性の悪さも考えれば、アークを軸に組み込んだ軍備拡張はあながち的外れでも無いということか」

 フランス人技術者、ハロルド・レッツェマンが発明した新型レーザーシステム『ハロルド・レーザー』。そしてそれを組み込み日本で開発された軍用防衛レーザーユニット『アマテラス』、正式名称を『Defensive High-Energy Laser』の存在により、世界の軍事において対空防衛は常に絶対を意味するものとなった。

 最大で100km近い長射程を誇り、非常識なまでの低コスト化により瞬時の大量配備と同時使用が可能。国土全域を覆う光の壁は、いかなる手段をもってしても突破は不可能と言われた。

 だがアークの存在はそれを無力化する。

 アマテラスという完全なる防衛手段、その全世界への拡散の流れを読んだ先進諸国は、その時点で、当時の世界恐慌の影響もあって軍備縮小へとシフトしていた。

 しかし中露をはじめとするアジアの一部の国々は、その流れに逆らいあえて軍拡を貫いていたのだ。

 制空という概念の消滅した戦争事情においては、もはや無意味に近かったその行為。しかしそれもアマテラスが多くの国に広まった直後に発見された、アークの軍事的有用性によって、その絶対性が脅かされた今、決して意義のないことではなくなっている。

 しかし一度軍縮に舵を切ったものを、再び軍拡へと戻すことは難しい。現に世界の認識として、アマテラスの存在によって大戦争の危機は既に去ったものとされていたのだ。

 結果的に先進諸国はじわじわと進む軍縮の流れの中、アークへの対抗手段として自らもアークの技術を水面下で高めるという方針をとった。

 ここにきて再び東西冷戦の緊張を強め始める世界の流れを、民間軍事会社としての側面も持つアルケインフォースの人間であるバーナードは、ことさら冷静に観察していた。

 次に起こる戦争では、間違いなくアークが戦場を席巻する。

 アーク技術を流用した、現代兵器からの発展的な兵器が辛うじてついていけるとしても、それ以外の大部分はアークに対して無力に等しい。

 それは世界最大クラスの軍事力を持つアメリカとて同じ。

 戦争を有利に進めるカードとして、敵を降伏させるためのジョーカーとして、敵のジョーカーに対する切り札として。

 アークはあらゆる戦場の中心となる。

 そしてそれを操るバーナード達ライセンス所有者もまた同様。

 第二の米軍とも呼ばれるアルケインフォースが持つアークのパイロットである以上、バーナードはその覚悟は決めていた。

「なぁ、フレッド。……もし戦争が起こってアメリカが危険にさらされたら、お前はどうする?」

 だがアルフレッドはどうだろうか。

 バーナードと違い、アルフレッドにはプロスケーターという彼を示す大きな印がある。

 たとえアークのパイロットとしての立場を、戦力としての意義を周囲が求めたとしても、彼にはそれだけではない大きな価値がある。

 だがアルフレッドは少しだけ悩んだ表情を浮かべた後、すぐに真面目な口調で答えた。

「うーん……。戦うかな、たぶん。戦争ってのが何なのかが実感ではわからねーけど、でも自分には関係ないだなんて言うつもりはねーよ」

 神妙な面持ちだったアルフレッドはそこで一旦言葉を切ると、ニカッといういつもの笑みを浮かべた。

「ま! アメリカにはオレのファンがたくさんいる。守るよみんな、それがプロってもんだと思うんだ」

 底抜けに前向きなアルフレッドの言葉に、バーナードは思わず目を見開いた。

 まるで自分の生き様を語っているかのように、アルフレッドの言葉には寸分の迷いも濁りも無い。

「ふっ……」

 変わらないのだ。

 自分をどこに置いているかの違いこそあれ、覚悟の種類の違いこそあれ、彼らは抱えるものも覚悟の大きさも何も変わりはしなかった。

「なるほどな、お前らしいよ」

「――だろ?」

 ニヤリと笑むアルフレッドから視線を外して、バーナードはシートに体重を預ける。 

 アルケインフォースにとって、引いてはアメリカにとって重要な戦力であると自らを定義していたバーナードは、だからこそ誰よりも強くある必要があった。

 しかし今度のホライゾンとアストラルの戦いの映像を見ていた彼は、そこで危機感を覚えていたのだ。

 一口にアークといっても、戦士の大半が子供であることもあって、現状ではまだ通常軍事を圧倒するほどの力を示しているものは多くはない。

 だが中国のアーク研究が軍事を主軸に置いており、かつアストラルと相対したホライゾンのパイロットの技量は相当なものだった。それが天性のものではなくバーナードと同様、訓練によって生み出された力だというならば、軍事を中心に研究を進める国家が持つアークの力は、ホライゾンと同等のレベルである可能性もある。

 守りきれるだろうかという不安があった。自分一人の力で。

 けれどアルフレッドに戦うという曇りのない意思があることを知った今、アメリカを守る力はバーナードとアーク・リンガーだけではないことを実感していた。

 肩の力を抜いて、軽く気を吐く。

「だがそう言うなら、少しは世界事情にも知見を広めるべきだとは思うがな」

「言うなよバーニィ。難しい話は苦手なんだ」

 顔をしかめるアルフレッドは、やはりカッコつけたところで認識は甘いと言わざるを得ない。

 アルフレッドの考え方は、言わば世界を狭く見ることで自分のやるべきことを明確化させているようなものだが、そのぶん裏に隠れた事情などが見えなくなる。

 そんなこと詳しくなってどうするんだという話でもあるが、アークのライセンス所有者である以上は世界にある戦争の理由には詳しくなっておく必要もあった。

「今すぐとは言わんが、多少は勉強でもしておけ。いつ当事者になるとも分からん世界だ」

「あーハイハイ、……ったく、説教はノーセンキューなんだぜ」

 唇を尖らせて拗ねたように呟いたアルフレッドは、もう一度窓の外に広がる景色に目を向けた。

 流れていく千切れ雲の下に広がる海を見つめる。

「……でも、ちょっと思うことはあるんだよ」

「思うこと? なんだそれは?」

「飛べないのってキッツイなって話」

「ああ、そういえばフラッシュには飛行能力はなかったな」

 飛行能力が無いアークには、空中戦だけでなく海上戦に対応することもできない。

 アルフレッドは今日のアストラルとホライゾンの戦いを眺めていて、改めて飛行能力の重要性に気付いたのだ。

「なんかフラッシュ用の空飛ぶ乗り物でも作ってもらおうかなー。機体は陸戦特化とか言ってたし、改造でなんとかはならなさそうだしな」

「おいおい、この前の共同研究から始まったフォーミュラプロジェクトはどうするつもりだ? 開発コード01の設計もそろそろ終わるってところだぞ。今更凍結はできないだろう」

「じゃーそっちは兄弟にプレゼントってことにして、別口で新しく始めればいいと思うんだ」

「このタイミングで2号機の開発か? まったく、無茶苦茶を言う」

「できるできる、あいつら忙しいほど楽しそうにしてるからな。ワケわかんねー奴らだぜ」

「開発が過労で倒れないことを祈ろうか……」

 軽口をたたき合う二人を乗せたまま、白い旅客機は太平洋を渡る。

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