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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
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4章『陽炎色の思い出』:1

 破損した状態であっても、アストラルのテレポートは問題なく完了した。

 潜水艇からに乗ったホライゾンに関しては、バーニングが往復する形でエネルギーを供給して稼働させたテレポーターで、こちらも転送が完了している。

 破損したアストラルをハンガーに戻す作業を終えて、星印学園地下研究所の研究者である虎鉄が呆れた様子で呟く。

「派手にやられたのぉ」

「今回は大目に見てくれよ、余裕なかったんだから」

 ガジガジと後頭部を書いて、ばつが悪そうに飛鳥は答えた。

 機体の整備などは虎鉄がメインで担当しているので、この派手な機体の損壊状況はそのまま虎鉄の作業量増加に繋がる。当の虎鉄はさほど気にした様子は見せていないものの、ここまでアストラルを大きく破損させた経験のない飛鳥が勝手に気にしている感じだった。

 アークのフレーム材というのはデタラメに高い剛性と弾性を持つ非常に軽量な素材でできているのだが、その特性を維持するために、高圧電流を常に流し続けなければならないという性質がある。

 装甲が破損した部位から飛び散っている火花は、この高圧電流の漏電が原因だった。

 駆動系はそもそも機体内に満ちたアーク波を直付けのコンバーターによって電力に変換することで動作しているので、制御以外では機体各部に回路的なつながりはない。

 つまりフレームの一部が破損したとしても、機体のエネルギー系がショートして壊れるなどということは基本的にない。ないのだが、やはりバチバチと火花を散らしている様子を見ては不安にもなる。

「とはいえこの程度で済んでよかったじゃろう。関節のモータも多少大がかりなメンテナンスをすれば元通りにもなる。完全に破壊されては複製しなければならんかったからのう。そうなれば調整作業で3日は徹夜じゃった」

「駆動一つで調整3日か……。長いのか短いのか」

「徹夜じゃぞ、長いに決まっとるわい。……もともとモータという枠組みなだけで、中身の物質は独自の人工元素が使われていたということもあったからの。複製するための施設と技術が無ければ、それの構築にも数ヶ月はかかっておったわ」

 うぇ、と唸って、飛鳥は顔をしかめる。

 ある程度は既存技術との互換性があるようなのだが、アークというのは根本的に現代のそれとは全く異なる技術基盤の上に成り立っている。

 例えばモーターの話をするならば、今でこそ様々な種類のあるモーターだが、それらは1831年に発見された電磁誘導の法則を原理とする。つまりこの法則が今日までに発見されていなければ、モーターを語る上での理論はまた違った物になっていただろう。

 アーク技術はそこが既に違うのだ。

 アークに使用されているモーターにおいて、電磁誘導の法則を発見したのはファラディではなかったし、そもそもそんな法則が発見されていたかどうかも定かではない。段階を追って開発されたのではなく、トーマス・ダヴェンポートが発明したような実用的なモーターが偶然生みだされていたのかもしれなければ、理論もないまま洗練された結果としてアークに搭載されたモーターがあるのかもしれないのだ。

 これらは所詮ただの可能性に過ぎないが、かといって絶対的にそれを否定する根拠もない。

 単なる駆動系の一種に過ぎないモーターという技術一つをとっても、そこに積み重ねた200年ほどの歴史がまるで違う。

 全く同じものを作るというだけならば(それでも大変な苦労はするが)現物を真似してしまえばそれでいい。しかし改良などを施すとなるとやはり根幹を成す理論や法則は知っておかなければならない。

 そうしたとき、アークの研究者はパーツ一つ一つに封じ込まれた数百年の歴史を読み解く必要に迫られる。

 これはかなり面倒なことではあるが、同時に目の前にある製品一つから、それまでの現代人が知り得なかった数百年分の技術や理論を一気に吸い出すことができるのだ。

 星印学園地下研究所が単一の分野に限定せず、アークに関わることを総合的に研究しているのにはこうした側面もある。手に入れた異なる文明の技術を無駄にしないため、広くあらゆる分野への応用を視野に入れているわけだ。

 しかし当の研究者である虎鉄は、目の前のボロボロになった研究サンプルを眺めながら、つまらなそうに息を吐いた。

「まぁよい、こっちはいつも通り適当に修理をすればいいだけじゃからの」

「うわー、やる気ねー」

「そもそも今回新しく搭載したシステムとやらに、どちらもワシは関わっておらん。修理が終わるまでアストラルが動かせんとなれば、興味も薄れるというものじゃ」

 それに、と虎鉄は視線を動かして続ける。

「いま気になるのは間違いなくこっちじゃからの」

「……ホライゾン、か」

 アストラルの隣のハンガーに固定されているのは、ついさっきまで洋上でアストラルと激闘を繰り広げていた黒い機体、アーク・ホライゾンだった。

 機能はほぼ完全に停止しており、コアはともかく干渉発光体の光が弱い。

 ただアストラルが与えたダメージの大部分はコア部分に叩きつけた『スーパーノヴァ』によるものだったようで、動きはしないものの目に見える機体の損壊はあまりなかった。

 この辺りで、アークにおけるダメージの概念を整理しておこう。

 アークが過度な被弾によって機能を停止させるのは、そのダメージがジェネレーター出力に悪影響を与えるからだ。

 アークのフレーム材は自身に掛かった負荷をアーク波へ変換し、それを放出することで負荷を和らげるという特徴がある。ただそのアーク波は基本的には機体外部に向かって放出されるのだが、一定を超えた大きな負荷の場合にのみ、機体内部にもそれが放出されてしまうのだ。

 その際、機体内部に溜め込まれた高密度アーク波の一部が乱れて、その乱れたエネルギーが常に機体外部とのアーク波のやり取りをしている、唯一の機関であるジェネレーターに向かって逆流。そこで何かしらのエネルギーへと勝手に変換されてしまう。

 そのエネルギーがジェネレーターへの強烈な負荷となり、それが重なるとジェネレーター出力の低下に繋がるわけだ。

 そこでさらに重要となってくるのが、フレームに使われている素材と、コア周辺に使われている素材との性質の違いである。どちらも負荷をアーク波に変換するという性質は同じなのだが、その他の特性が異なるのだ。

 アークのフレーム材は重機や建材などに使われている金属材よりも遥かに強固かつ軽量なものだが、それでも極端なダメージを受けては破壊されることもある。対してコアの素材は重量こそそれなりにあるものの、おおよそこの世界に存在するどのような兵器を用いても、破壊は不可能と断言できるほどの絶大な強度を誇る。

 ただしこのコア素材は、負荷変換によって発生するアーク波の多くが機体内部へと放出されてしまう特徴を持つ。そのためコアに受けた負荷はその他部位への負荷に比べてダメージとなりやすい性質があるわけだ。

 さらにコア素材はその性質維持のために大きなエネルギーを必要とするとともに、その内ロスした一部のエネルギーを光や熱の形で外部に放出しなければならないという制限もある。これが機体のコア部分が発光している理由なのだが、同時にその部分を装甲で覆うという事ができない理由でもあった。

 コアは機体の中で最も重要なジェネレーターとメインコンピュータ、そしてコックピットがひとまとまりになったユニットであり、絶対に守らなければならない部位である。

 上記の理由から、機体はダメージによってジェネレーター出力が一定を下回ると機体内に蓄積された高密度アーク波の全てを放出し、コアとフレームの状態維持、そして干渉発光体にのみそのエネルギーを回すようになる。

 そうすることでフレームやコアが負荷を受けてもジェネレーターへ逆流する事が無くなるのだが、同時にアークはその戦闘能力を失うわけだ。

 これを『完全保護状態』と呼び、アークにおける機能停止を意味している。

 このように諸々の理由はあるわけだが、それでもぱっと見のボロっぷりはアストラルの方がはるかに上で、ちょっと複雑な心境の飛鳥だった。

「とはいえ、ワシも今はアストラルの修理を終わらせねばならん。ホライゾンを今後どう扱うかもわからん以上、下手に手を出すこともできんしの」

「そういや、中国のアークというか、そのパイロットってどんな感じなんだ?」

「漠然とした質問じゃのお」

 思いつきを尋ねたアスカに対して、虎鉄は顎をさすりながらいやに神妙な面持ちとなる。

「さての、詳しくはワシも知らん。……じゃが、軍事中心で開発しておったことを考えれば、相当に厳しい研究であったことはわかるじゃろう。軍事力である以上、それに適した訓練という物もあるからの」

「それって……」

「悪いがワシはもう行くんでの」

 戸惑う飛鳥をほったらかしにしてスタスタと歩きだしてしまう虎鉄。

 ついていくわけにもいかずぼんやりと突っ立っていると、遠くから遥達が揃ってやってきた。

 当たり前というわけでもないが、アルフレッドやバーナードも一緒にいた。御影の姿が見えないが、事後処理か何かに追われているのだろうか。

「アスカくん、いつの間に虎鉄さんと仲直りしてたんですか?」

「いや一葉さん、仲直りもへったくれも、別にケンカしてたわけでもないし……」

 開口一番そう言った一葉に、飛鳥は脱力した様子だった。遥が笑いながら言う。

「でも、虎鉄はアスカ君がアルフレッド君に勝ったことは随分と評価していたみたいよ。不貞腐れて八つ当たり気味なのは自分でもわかっていたのでしょうし、見直したってことじゃないかしら」

「そーいうことっすかね。まぁアストラルのメンテナンスの主任だし、うまく付き合って行けるならそれでいいですけど」

 かくいう飛鳥も、虎鉄の一葉への態度に毒気を抜かれたというのがあった。なんというかただの頭の固い爺さんだと思ってしまうと、憎まれ口の一つや二つほほえましいと思えてしまう。人間って不思議だ。

 ふとジトっとした視線を感じた飛鳥がそちらへ視線を向けると、やはりアルフレッドがジト目で睨んでいた。

「……どうした?」

「次は勝つからな!」

「はいはい……」

 見れば、アルフレッドの傍らに隼斗がいた。

 律義に飛鳥達の会話を通訳してくれていたようだが、おかげでアルフレッドが持ち前の負けず嫌いを無駄に発揮してしまっている。

 飛鳥が呆れた表情を向けると、隼斗は両手を合わせて謝罪のジェスチャーをした。

「さて、と。そろそろ機体から出てきてくれてもいいとは思うのだけれど……」

 固定されたホライゾンに向かって一歩近づいた遥が、腰に手を当てて呟いた。見上げたホライゾンのコックピットに動きはない。

 バーニングが動力を供給して連れ返るという形で、ホライゾンがここにきてから既に10分程度が経過している。その間にホライゾンのコックピット内から通信なりなんなりでコミュニケーションを取ろうとするアクションはなかったので、今のところは外から眺めることしかできないでいた。

 機能を停止したアークはコア部分以外のシステムを停止させ、エネルギーのほとんどをコア部分の保護に使用しているので、機体のコアを破壊して中からパイロットを引きずりだすということはまずできない。

 対象を撃破したアークからのアクセスによって、強制的にハッチを開けることもできるようだが、可能ならば本人の意思で出てきてほしいということで静観しているのだ。

「うーん、いつまでも籠られていても困るし、そろそろ出てきてほしいのだけど」

「なんだったら、俺がアストラルから強制アクセスしましょうか?」

 そう提案した飛鳥だったが、それに答えたのは遥ではなく、いつの間にか現れていた御影だった。

「いや、その必要はないよ」

 視線を向けた飛鳥は、そこでスーツを着込んだ見慣れない二人の男がいるのに気がついた。

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