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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第4部‐彼方の瞳‐
101/259

3章『彼方の瞳』:6

【アーク・ホライゾン撃破

 コードH,D,T 取得を確認

 一部システム領域に対し、管理者権限を解放】

「3つもコードが……。全部中国のアークなのか?」

 システムメッセージに現れたのは三つのコード。撃破した対象であるホライゾンのコードHが一番前で、あとはホライゾンが取得していたコードがアルファベット順にといったところか。

 既に3つのコードを所持しているあたり、やはり中国最強のアークというのは伊達ではないのだろう。

 ちなみに、アストラルはこの時点で8つものコードを所持しているのだが、飛鳥はそのことにまで考えが及んでいない。

 海中にたたき落としたホライゾンを上から見下ろしながら、飛鳥は疲れた様子でたずねる。

「はぁ。んーで、これどうします?」

『……お疲れですか、アスカくん?』

「割と人生で一番疲れた気が……。つか、戦闘中って意外と頭使うもんですよね。考えるなってなると全部反射神経だし、神経焼き切れそうでしたよ。でもまぁ最後は助かりました、一人なら確実に落されてたし」

『確かに危なかったですね。タイミングもギリギリでした』

 思考が読まれる状況では、頭の中で隙を作るだけでそこを突かれる可能性もあった。必然ホライゾンの戦術やら能力の特性に強く意識を回すこともできなかったし、その穴を埋めてくれる一葉のサポートにはかなり助けられていたのだ。

 普通想像するようなオペレーターとはやっていることが随分違うだろうが、パイロットの飛鳥のサポートという意味ではさほどおかしなことでも無いのだろうか。

「しっかし、ここまでの奴がなんでこんな……」

 飛鳥としても機体の相性的な話をするならば、近付きさえしてしまえばアストラルの方が圧倒的に有利だったはずだ。一方的に狙撃される状況さえ突破すれば、あとは時間の問題だとさえ考えていた。

 思考を読むという相変わらずトンデモなアークの能力があったとはいっても、アストラルが展開する超高速戦闘に対応したのはひとえにホライゾンのパイロットの圧倒的な腕があればこそだ。

 だからというわけでもないが、こうして日本の領空を侵犯してしつこく居座り、あまつさえ撃墜されるまで戦闘行為を続けた理由が分からない。

 引き際を見極められないような程度の低い相手ではなかったし、撤退するホライゾンを追いまわすつもりなど飛鳥にはなかったのだ。

「考えるだけ無駄かね、こりゃ」

 似合わないことはしない、と割り切った飛鳥は軽い調子で呟く。

 そう言えばアストラルの能力ってなんなんだろうなー、などとぼんやり考えていると、一葉ではない声が通信で聞こえた。

『終わったみたいね、アスカ君』

「遥さんですか? はい、まぁなんとか。こっちの機体も結構ボロボロですけど」

『お疲れさま。ごめんなさいね、思った以上に大変なことになっちゃって』

「いやいやそんな。俺は研究のこととかよくわかりませんし、その分こういうことぐらいは任せて下さいよ」

 遥どころか最近勉強を始めたという一葉の話ですら、全く理解できない内容が結構な量出てきていたのだ。

 技術的な部分に造詣のない飛鳥では、例えば機体を調整したり新システムなどを導入したときに、意見を求められてもそれがどうしても感覚的なものになってしまう。スムーズな研究開発においては、少なからずの障害となっているのではないか、と飛鳥は考えていた。

(流石にちょっと勉強がいるか)

 あまり何でもかんでも分からないで済ませてもいられないだろうな、と飛鳥も少し気を引き締める。

 ともあれ、今はそんなことは気にしなくてもいいだろう。

「で、ホライゾンはどうするんですか? 余裕もなかったんで全力でやっちゃって撃墜したんですけど、不味かったりします?」

『いいえ、そんなことないわ。そもそもこの形で決着がつくことも、数ある可能性の一つだったらしいから』

「…………やっぱそんな感じっすか」

 だったらしい、という表現からして、彼女の個人的な予想ではなく何か確定的な根拠があるのだろう。例えばホライゾンの襲撃――と表現していいかどうかははっきりしないが――を事前に知っていた人間が白状したとかだ。

「とすると、ホライゾンはどうなるんです? もう自力で帰れるような状態でも無いですし、このまま放っておくわけにもいきませんよね。それとも俺は中国側の回収役が来るまで待ってりゃいいんですか?」

『いいえ、ホライゾンはこちらで回収するわ。侵略行為を働いた危険な人物と、その兵器だから』

 飛鳥は無言で返したが、その言葉でおおよそのことは理解していた。

 過程はともかくとして中国最強のアークである『アーク・ホライゾン』は、この時点でそのパイロットもろとも日本側の手に渡ったということだ。

(結果的に誰が得をしたのかって、そういう話になるわけか)

 最初から感じていた作為めいたものの輪郭がややはっきりしてくる。

 ホライゾンの行動にはまだ不審なものがあるが、少なくとも機能を停止した今は警戒する必要は無い。どういう事情があったにせよ、ひとまず戦闘は終わったのだ。

「んじゃ、この場はさっきまでこの辺りに展開してた海上自衛隊だったかに任せて、帰っちゃっていいんですか?」

『それも違うわ。……ホライゾン、星印学園地下研究所側で回収することになっているから』

「なんでまた?」

『詳しい事情は私も……。ただそうなるように御影博士が手配してくれていたみたい。万が一のために、近くに以前バーニングを運んだときの潜水艇を待機させてあるから、そこに機能を停止したホライゾンを回収するわ。その作業を手伝ってほしいの』

「了解っす。手順はその潜水艇の人に聞くとして……、こっちは自力で戻ればいいですか?」

『そうなるわ、機体は保ちそう?』

「飛んで帰るだけなら特に問題ないと思います。テレポーターに入れて大丈夫ならいいんだけど……」

『それはその時に考えましょう。それじゃ、そっちは任せるわね』

 どうせコックピットの中のカメラ映像は確認しているのだろうと考えて、飛鳥は黙ってうなずく。案の定それは見えていたようで、確認の言葉もなく遥との通信は切断された。

 テレポーターというのは地味に機体に負荷がかかるらしいので、あちこち破損している現状では何か問題が発生する可能性もある。とはいっても起動に失敗したら機体が爆発するなどという危ない施設でもないようなので、実際に動かなかったときに対応を考えればいいかと飛鳥は割り切った。

「しっかし、ここまで破損したのは初めてだな。やってくれたよ」

 今回の戦闘、飛鳥にとっても過去最も激しい戦いだった。

 両者がバースト・ドライブを発動させていたフラッシュとの模擬戦闘の後半は、あらゆる意味で別格なのでともかくとして、単純な戦闘の厳しさではこれまでとは次元が違う物があった。

 関節のあちこちの動作が悪く、右脚部に至っては割れた装甲の内側から小さく火花が散っている。

 武器面でも左のフォトンライフルは完全に使用不能になっている上、何度かの狙撃弾防御に加え最後のリミッター解除で右手のハンドストライクも出力が大きく低下していた。

 過去の戦いをさかのぼれば、エンペラー戦は互いにアーク戦闘の経験自体が少なかったし、最終的には隼斗の手によって決着がついた。

 それを除けばバーニングとの戦闘は最初から仕組まれていた出来レースで、フラッシュとはどちらも本気だったとはいえあくまで模擬戦。対して今回は、言わば異国の侵略者との戦いだったのだ。

 その分飛鳥も加減はなかったし、敵の攻撃の的確さからも容赦などは感じられなかった。それはこのアストラルの破損状況が如実に語っている。

 飛鳥はこれまでほとんど研究の領域に収まっていたアークでの戦闘行為が、明らかにその外側に外れているのを感じ取っていた。

(話がデカくなってきてる。……いやな感じだな)

 アーク研究に関して、こと日本においては決して一般人が知ることのないよう情報統制が徹底されている。だからこそ飛鳥や隼斗、それに愛は過剰なロストテクノロジーを支える重要な要素の一つでありながら、一般の学生としての生活も保障されているのだ。

 しかし他国の明確な戦力であるアークとの戦闘に駆り出されたという今回の件、隠すことはできるだろうが雑事では決して済まされない。

 飛鳥はこの戦いでは実質的には政府からの依頼で動いたわけだが、これもエスカレートすれば一般の範囲にアーク研究の具体的な内容が露見する可能性だってある。

 そうなれば飛鳥達が今後も普通の学生生活を送れるかは定かではない。

 飛鳥自身はアークに乗ることを選んだ時から多少は覚悟していた事実ではあるが、それでも彼をパイロットに招いた遥が望む状況ではないことだけは間違いない。彼女は研究を続ける為と妥協はしていても、根本的に軍事方面への開発に対しては積極的ではなかったのだ。

 それをまとめて、飛鳥はいやな感じだと表現していた。

『アスカくん、どうかしましたか?』

 穏やかな口調で尋ねたのは、再びアストラルへと通信を繋ぎ直した一葉だった。

 飛鳥は首を横に振って、何でもないことのように答える。

「いえ、別に」

 短い答え。

 当然本音ではなかったが、一葉に読心能力が使えるわけもない。

(俺はそれでも、俺に出来ることをやるだけか……)

 いきついた答えは、至極シンプルなものだった。

 エンペラー戦での敗北からずっと、飛鳥は強くなることを求めていた。そしてその思いはちゃんと彼とアストラルがもつ力へとつながっている。

 だから今回は笑顔で送り出してもらえたし、無事に自力で問題を解決することもできた。

 自分の弱さを恨んだあのときの飛鳥にできなかったことが、今の彼にならできるようになっているのだ。


 ならばこそ、今は自分の力を信じればいいのだろう。


 それでも、触れることすらできないところで進む何かの思惑に、不安を覚えないわけではなかった。

 彼とアストラルが持つその力が、彼自身の望まぬ形で利用されるかもしれない未来を考えないわけではなかった。

 人の心を読むことのできる彼女は、今も飛鳥の心の内を見ているのだろうか。

 だとすれば、

(……なぁ、ホライゾン。お前はこんな世界を、どういう風に見てるんだ?)

 その答えが、あるいは飛鳥自身の答えになるかもしれなかった。

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