3章『彼方の瞳』:5
「ちっ、リロードは間に合っちまったか……」
サブマシンガンの銃口でアストラルを牽制するホライゾンを見て、飛鳥はコックピットの中で忌々しげに呟いた。
先ほどまでの弾幕攻撃はかなり苛烈なものだったが、それでもただの時間稼ぎだったのだろう。リボルバーグレネードはとりあえずの弾数は打ち切ったとして、ミサイルも同様だろうと飛鳥は適当にあたりをつける。
ホライゾンの放ったミサイルは1セット8発。つまりはそれがアストラルを引きつけるのに妥当な数だったと判断したのだろうが、それもグレネードとの併用でなんとかという考えだったのかもしれない。
残弾の有無は飛鳥には分からないが、有効に機能させられる弾数が残ってはいないだろうということは予想できた。
『ホライゾンが持つ迎撃手段は、やはりサブマシンガンと重光子炸裂砲だけ、ですね』
「炸裂砲さえ捌けりゃ怖いものは無いか。ならもう回りくどいのはナシだ! 一気に叩き潰す!!」
言うや否や、飛鳥は機体を一気に加速させ、言葉通り正面からホライゾンの元へと突撃する。
それまでなら間違いなく接近しようとした時点で牽制のためにサブマシンガンを撃っていただろうホライゾンは、加速するアストラルに正確に銃口を向けたまま、その引き金を引くことはなかった。
次にその弾丸を使いきれば、アストラルに対する近距離迎撃の手段を失うに等しい。
重光子炸裂砲もあるが、あちらはリロードにかなりの時間がかかる。根本的に、サブマシンガンとの併用によって確実に当てることを前提とされた武器なのだろう。
向けられた銃口にも屈することなく、最大加速でアストラルは一直線に敵へと向かう。
アストラルがある程度の距離に近づいた瞬間、その頭部に向けられたサブマシンガンの銃口が火を噴いた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
回避はしない。
発砲の直後に左腕を掲げ、フォトンブレードでサブマシンガンの迎撃を弾き返す。最悪頭部さえ守れれば、サブマシンガン自体の威力は短時間なら問題にはならないことは、これまでさんざん被弾しているのだから自明のことだ。
連射される弾丸が次から次へとフォトンブレードに衝突して火花を散らす中で、飛鳥は一瞬たりともホライゾンの重光子炸裂砲から目を逸らすことはない。
被弾を恐れないアストラルの無茶な攻勢に、その思考を読めるはずのホライゾンが一瞬うろたえたように銃口を揺らした。
「――――ッ!」
それを見逃す飛鳥ではない。
直後にビームブースターを高出力で噴射し、既にかなり小さくなっていた彼我の距離を一気に詰める。
ホライゾンの元へ真正面から突っ込み、受けとめていたサブマシンガンの光弾や実弾ごとフォトンブレードを薙ぎ払った。
斬撃の余波が海面を切り裂くが、腕に伝わる重みはない。
『上です!』
一葉の言葉を受けて、振り返るより先に後方斜め上へフォトンライフルを向け発射する。発射音が響くと共にホライゾンが身をひるがえすのを音で感じ取った飛鳥は、稼いだ一瞬の猶予で即座にその場で振り返る。
その視線の先には、今まさに重光子炸裂砲の引き金を引こうとするホライゾンの姿があった。
牽制のためのフォトンライフルの二発目は追いつかない。
機体を強引にひねり、射線から逃れようとする。だが相手はその回避方向を読んでいるはずだ。
(間に合うか――――!?)
ビームブースターを最大噴射し、横方向へありったけの力で加速する。
回避方向に向け直される銃口さえ振りきるスピードで。
ダンッ! という鈍い発射音とほぼ同時に、重光子炸裂弾の命中した海面が大きくはじけ飛んだ。
「もらいだ、行くぜ!」
ビームブースターの過剰な加速を抑え込み、アストラルは海面を蹴り飛ばすようにして、重光子炸裂砲の発射反動を両腕で抑え込んでいるホライゾンへと肉薄する。
ビームブースターのチャージは間に合わないが、迎撃手段の無い今のホライゾンに対してそんな大仰なものは必要なかった。
一瞬でホライゾンの真横へ辿り着くと、全身を振り回すようにしてフォトンブレードで切りつける。
だがホライゾンも読心能力を利用して直前で察知。振るわれる剣の軌道を見ずに空中でさらに機体をひねることでかろうじてダメージを回避した。
青い光刃が、ホライゾンの装甲を浅く抉る。
だがアストラルはそこで止まることはない。
「もう一丁!」
腕を振るった勢いで機体をそのまま反転させてすぐさま振り返りつつ、右のフォトンライフルを空中で回転するホライゾンの胸の中心めがけて発射した。
フォトンブレードの攻撃を回避するので精一杯だったホライゾンに、それを回避するほどの余力はなかった。
フォトンライフルの弾丸が直撃し、ホライゾンは決定的に姿勢を崩す。
飛びかったアストラルはフォトンブレードで一撃斬りつけると、チャージの追いついたビームブースターを噴射し、至近距離で発生させた強引な加速を蹴りに乗せて叩きつけた。
鈍い金属音が鳴り響き、ホライゾンはまるでおもちゃのように高速で吹き飛ばされる。海面を複数回にわたってバウンドし、蹴られた勢いだけで数百メートルもの距離を移動した。
やはりホライゾンは根本的に遠距離戦向けの機体だ。読心能力でうまくごまかしているが、アストラルの瞬発力に追い付けるようなものではない。
ありったけの運動量を叩きつけ、空中でひらりと宙返りをしたアストラルの遥か前方。海面に膝をつくような体勢で機体の動きを押しとどめたホライゾンが、おもむろに背中に手を回した。
「狙撃銃!? この距離で……か?」
ホライゾンが構えた大きな狙撃銃を目にした飛鳥は、怪訝な表情を浮かべる。
アストラルの蹴りで大きく吹っ飛ばされたと言っても、依然相対距離は500mも無いぐらいだ。この程度の距離など、瞬発力に秀でたアストラルからすれば近距離と言って差し支えない。
とり回しの悪い狙撃銃をこの状況下で引っ張り出すという戦術に、飛鳥は理解が及ばない。
『この目には全て見えている。避けれるものなら避けてみなさい』
そのとき聞こえたいきなりの通信はホライゾンからの、余裕を感じさせる少女の声だった。
(……ふざけやがって、何を企んでる?)
飛鳥がぶつけた通信の意趣返しのつもりだろうか。
身構えるアストラルの視界の中心で、ホライゾンは狙撃銃をまっすぐ前へと構えると、姿勢制御のスラスターとバックブースターをまとめて噴射して高速で後退を始めた。
「距離を離そうってか!? アストラル相手に舐めた真似を!」
ぐっ、と身をかがめたアストラルは空気を踏みつけるように前方へと加速する。大きく距離を離されては狙撃銃の脅威度が上がってしまう。有利な状況を維持するためにも、狙撃銃の銃口から一瞬たりとも目を逸らすことなくホライゾンに追いすがる。
そもそもの機動力自体アストラルの方が上であり、あちらは後退しているのに対してこちらは前進だ。推力の効率もアストラル側の方が上なのだが、ある程度加速しきったホライゾン相手にはすぐに距離を詰め切ることができないでいた。
(くそ、狙撃銃を向けられた状態じゃ速度を上げきれない!)
狙撃銃を構えるホライゾンの姿が見えてさえいれば、タイミングを合わせて機体を射線から逃がすことで回避できる。だがそれをするためには、この相対距離では機体の速度はある程度抑えておく必要がある。回避にビームブースターを使う時のためにも、接近にそれを使用することもできない。
幸いホライゾンは狙撃銃を両手で構えていて他の武器は持っていない。そもそも片手で扱えるような武器ではないだろうし、そこで隙を見せれば飛鳥は問答無用で距離を詰めるつもりだった。
その彼の考えを読めるからか、ホライゾンも銃を構えたままそれ以上のアクションを起こさない。だが速度はやはりアストラルが上。銃口から目を離せない緊張感こそあれど、それでもいつかやってくるだろうチェックメイトを飛鳥が確信したその時だった。
バババッ、と。
突如としてホライゾンの背後から6基の黒い板状の装置が射出された。
それらは高速でアストラルへと接近するとその周囲へ展開、菱形の状態から中心が二つに割れ、そこに薄青色をした半透明の光るプレートを形成する。
「な、なんだ!?」
『アスカくん、前です注意を逸らさないで!』
「くっ――――」
一瞬横に向きかけた視線を即座に前方のホライゾンへ向け直す。そこでは今まさに、重光子狙撃銃の引き金が引かれようとしているところだった。
認識とほぼ同時のタイミングで放たれた超高速の重光子弾を、アストラルはその下をくぐるようにギリギリのタイミングで回避――――
した、はずだった。
回避を確信した飛鳥の背中に、直後、疑似的だが強烈な衝撃が走る。
「づぐあああぁあああああああ!?!?」
突然の衝撃にまるで対応できなかったアストラルはその勢いを受け流しきれず、前方向に転がるように姿勢を崩した。
水面に腕を叩きつけ、辛うじて致命的に体勢を崩すことだけは防いだ飛鳥だったが、その思考は混乱に埋め尽くされていた。
(なんだ、いま何を食らった!?)
そしてホライゾンは当然のように、飛鳥の混乱が覚めるのを待ってくれるわけもない。
「気にしてる――――」
暴れる機体を抑えつけてなんとか前方への加速を再開するアストラルに、ぴたりと合わせられた銃口。その先で、引き金に掛かったマニピュレータが微かに震えた。
「余裕もねぇか!」
アストラルは発射の直後に身をひるがえすことで狙撃をギリギリで回避するが、その方向に再び視界外からの攻撃が着弾した。
ほぼ直上から放たれた光弾が右脚部に直撃した衝撃で、アストラルは大きく姿勢を崩す。
「がっ!? くそったれ、さっきから一体何なんだ!」
理解不能の状況に苛立った様子で飛鳥はそう呻くも、それで状況が改善されるわけもない。大きく速度を落してしまったアストラルへ向け、後退を続けるホライゾンから狙撃弾が放たれる。
アストラルはほとんどあてずっぽうで振るったフォトンブレードでこれをなんとか弾くが、その衝撃で今度こそ致命的に姿勢を崩してしまう。
機体に残っていた前進する力のほとんどを失い海面に叩きつけられるアストラルの前方で、ホライゾンは悠々と距離を離していく。
「……こんの、なんだってんだよこれは」
すぐに海中から飛び出したアストラルは、遠ざかってゆくホライゾンへと加速を始める。それでも周囲を取り囲む黒い装置と視界外からの謎の攻撃を警戒してか、速度を上げきれない。
その時、通信越しに一葉の何かを思慮したような声が聞こえた。
『……そうです、思い出しました』
「思い出したって、何を?」
『確か、圧縮重光子は高圧のエアロゾル層を透過させると屈折するという性質があるんです。周囲に展開している装置は、おそらく何らかの方法でその層を作るコロイド粒子を制御しているんですよ!』
「つまり!?」
『つまりさっきの背後からの攻撃は、周囲の装置によって屈折させられた狙撃弾で、装置それ自体に攻撃能力はないってことです!』
「え…………。ちょ! それ早く言ってさぁ!」
なんでそんなこと知ってんだよというツッコミもあっただろうが、飛鳥が発したのはその言葉だった。
ホライゾンの重光子狙撃銃のリロードは15秒程度だ。今の一葉の情報をもっと早くに知れていれば、周囲に展開する装置を無視して一気に懐へ飛び込むこともできたのだ。
長話をしているうちに、最後の銃撃から既に15秒が経とうとしていた。
「くっそ……」
やや大胆に機体の速度を上げながらも、チャンスを一つのがしてしまったと歯噛みする飛鳥。
そのとき、どこか鋭さを伴った一葉の言葉が聞こえた。
『アスカくん。次の攻撃、なんとか耐えてください』
「……え?」
『私に考えがあります。この方法なら、恐らくホライゾンの読心能力を突破できるはずです』
「方法って……」
『説明はあとでします。一旦オペレートから離れるので、その間耐えてください!』
「い、いやいきなりそんなこと――――」
唐突過ぎる話に抗議の一つでもしようとした飛鳥だったが、彼が何事かを言う前に一葉からの通信は切断されていた。
「ったく、なんだってんだ……」
自分では意識が向かないことを指摘してくれるオペレーターがいなくなってしまった、という状況に思わずため息をつく飛鳥。
しかし一葉のいう考えとやらが成功するなら、じわじわとダメージを重ねられる現状を打破できる。
破壊された左のフォトンライフル、ほんの少し鈍さを感じさせる両腕、装甲が砕け火花を散らす右脚。
それらに意識を向けて、
(あと三発、凌げるか……)
特に損傷の激しい右脚部に直撃を貰えば、今度こそ危ない。破損した装甲の再生が追いつかない現状では、脚部の損壊だけにとどまらず、許容ダメージ限界をオーバーして機体の機能が停止する可能性だってある。
あるいは手持ちの武器がこれ以上破損すれば、たとえ打開策が見つかったとしても攻撃手段を失ってしまうことになる。
その他考えられるいくつかの状況をシミュレートして、しかし飛鳥は首を横に振った。
「……いや、選択肢なんてそもそもなかったな」
勝つか、負けるか。
ならば、できないなどという結論はあり得ない。
「やるっきゃねぇか! 無理すんぞ、気張れよアストラルッ!!」
ドンッ! と激しく空気を叩いて、アストラルはメインブースターの出力を一気に最大近くまで引き上げる。
直後、それを読み取ったホライゾンがまっすぐアストラルめがけて狙撃銃を発射した。
対してアストラルはビームブースターを目一杯噴射し、一気に真上に飛び上がる。直前で察知して追いすがろうと上昇を始める黒いコロイド制御装置だったが、それでもアストラルの超加速には追いつけない。
一瞬で数百メートルもの高度へ飛び上がったアストラルが見下ろすその視界には、全てのコロイド制御装置の姿が収まっている。下方向からアストラルにめがけて屈折させられた狙撃弾をハンドストライクで一瞬押しとどめ、その隙に機体を逃がすことで回避した。
直後に強い力で腕が弾き飛ばされそうになるが、なんとか堪えてホライゾンへと加速を再開する。
どこから攻撃が来るかわからなければ対応のしようもないが、大きく距離を離せばどのコロイド制御装置から攻撃が放たれようともある程度の角度は同じ。発射を見てから回避するのはビームブースター無しでは難しいが、腕を割り込ませるだけなら辛うじてなんとかなる。
前方への速度を失うのが痛いが、今は被弾を避けられればそれでいい。
再び周囲に展開しようとするコロイド制御装置を振りきるスピードで、アストラルは一直線にホライゾンへと突撃する。
頭部めがけて真正面から放たれた狙撃を回避し、直後に横方向へ加速することで背後からの屈折弾をやり過ごそうとするも、その回避方向に撃ちこまれた狙撃が脇腹の装甲を掠めた。
「くぅッ!」
それでもなんとか姿勢を崩さぬようにこらえたアストラルは、右手をフォトンブレードに持ちかえつつビームブースターを展開してホライゾンの懐へと飛び込んでいく。
「もらいだァァアl!」
だがその直後、狙撃銃が機能しない距離を目指し超高速で突進するアストラルの目の前で、ホライゾンの構える狙撃銃の銃身が真ん中のあたりで二つに折れた。
「なん――――」
自身の直感に身をゆだね、飛鳥は機体を一気に減速させる。
急ブレーキをかけ胸の前でフォトンブレードをクロスさせるアストラル。その目前で、狙撃銃だったものが光を放つ。
撃ちだされた弾丸は銃口付近で突如破裂、面を埋め尽くす大量の重光子弾となってアストラルに降り注いだ。
(散、弾、だとッ――――!?!?)
防御に構えられたフォトンブレードの隙間を突き抜け、大量の弾丸がアストラルに叩きつけられる。
「ぐぅがああああああああああああああ!!」
なんとか至近距離まで詰めたのにも関わらず、再び大きく弾き飛ばされてしまうアストラル。
ホライゾンは狙撃銃を背中のアームに戻すと、腰に下げたサブマシンガンを手に取り掃射を行いながら大きく距離を離していく。もう一方の手には重光子炸裂砲が握られていた。
数回の交錯でアストラルは屈折狙撃だけで対応できると踏んだのか、先ほどまでとは打って変わってサブマシンガンによる攻撃も大胆だった。
アストラルは散弾の直撃を受けて吹き飛ぶ機体を無理矢理に抑え込むと、サブマシンガンの掃射から逃れるように弧を描いてホライゾンへと接近する。
「ふっざけやがって、どんだけ武器がありやがるんだアイツ!」
いちいち対策を考えるのすら馬鹿らしくなるほどの多彩な攻撃手段。機動面、耐久面で近接戦に向かなくとも、それを補って余りある鉄壁の迎撃兵器群がホライゾンにはあった。
(……こいつ、半端じゃねぇ)
素直にそう認識する飛鳥。
一瞬バースト・ドライブの存在が頭に浮かぶが、発動後の性能劣化があまりにも大きい上、現状のダメージで発動しても恐らく持続時間は3分以下。ホライゾンもほぼ間違いなくバースト・ドライブを使えるだろうし、後だしの形で使われてはアストラル側が不利になるだけだった。
絶体絶命。
「だけど…………」
飛鳥には、一つの希望がある。
「……三発、凌いだぞ!」
コックピットの中で、飛鳥はニヤリと笑みを浮かべた。その直後――
『アスカくん、無事ですか!』
「よしきた! なんとか無事っすよ!」
言いながら飛鳥は機体の速度を一気に上げる。ホライゾンの狙撃のリロードは15秒、このチャンスを逃すわけにはいかない。
『量子コンピューターを起動させてVR空間上で思考強化をしています。これで私もアークの戦闘に追い付けるはず!』
「なんか良く分かんないけど、作戦とやら任せるぜ!」
アストラルはサブマシンガンの掃射を掻い潜りながら接近しつつ、右手をフォトンライフルに持ちかえてホライゾンめがけて連射した。攻撃を回避させてその隙に接近しようと考えた飛鳥だったが、ホライゾンは後退の軌道を変えることはなかった。
理由は簡単。その必要がないからだ。
直進していたはずの青白い光弾が、ホライゾンの手前でいきなりその軌道を変えた。
正確には、ホライゾンを覆う青い粒子の膜にあたって瞬間に、だ。
「コロイドのフィールド……本体もか!」
奥の手に次ぐ奥の手。
ホライゾン本体から散布されたコロイド粒子がその周囲に展開、黒いコロイド制御装置と同様のエアロゾルの膜を形成し、フォトンライフルの弾丸を屈折させて防御したのだ。
「っ、ならよォ!」
構わずフォトンライフルを連射しながら、サブマシンガンの被弾を無視してアストラルは正面からホライゾンへ肉薄した。
「これならどうだ!!」
青いコロイドフィールドめがけ、左のフォトンブレードを勢い良く突き出す。放たれた剣の切っ先は弾丸をも超えるスピードを宿していた。
バヂィッ! と。まるで放電のような激しい音を響かせて、フォトンブレードの切っ先がコロイドフィールドによって食いとめらる。
「ふざけやがって、こいつも止めるのか!?」
重光子弾と違い機動を曲げられることはないが、何か異常な負荷でも掛かっているのか左腕の武器自体が小さく火花を散らした。
武器の形状を維持しようとする力に対して過剰な負荷がかかることによって発生する、装置への逆流現象だ。
思わず剣を引いたアストラルに向け、コロイドフィールドに綺麗に開いた小さな穴から、ホライゾンは炸裂砲の銃口を押しつけるようにして発射する。
身をひるがえしてギリギリのところで回避したアストラル。だがその瞬間、周囲に6つのコロイド制御装置が展開され、同時にホライゾンが再び狙撃銃を構えていた。
(来る――――)
そう思ったときだった。
『アスカくん、何も考えないで。私の指示する方向に機体を加速させてください。それで必ずホライゾンの攻撃を回避できます!』
一葉の声。他に手はない。
言われるがまま、飛鳥はただ正面のホライゾンのみに意識を集中させた。
アストラルももう余裕はなく、あと一撃モロにもらえば機体が停止しかねない。そしてホライゾンもまた、このチャンスを逃した後15秒耐えられるほどの手はない。
一瞬の緊張と、時間が止まる錯覚。
狙撃銃の銃口が紫の閃光を放った。
『右!』
一葉の言葉通り、右へ機体を滑らせたアストラルの左肩ギリギリの位置を、光弾が突き抜ける。そしてその先には、コロイド制御装置があった。
命中、屈折。
『左!』
屈折した光弾が再びその先の装置が形成するコロイド粒子膜を透過し、連続して複数回にわたって屈折する。
全方位から放たれる超高速の狙撃の嵐。
それら全てを。
『前左後ろ上下左左前右上後ろ前下左右左前下後ろ前上右!』
一葉の指示通りに機体を加速させることで回避する。
アストラルの連続回避にコロイド制御装置自体が追い付けず、受け止めきれなかった狙撃弾が海面を跳ね上げた。
10を超える連続攻撃を、アストラルはいとも簡単に捌いてしまう。
これまでは回避方向を先読みして屈折攻撃がされていたのに対し、今の攻撃は全てアストラルが回避した後にそれを狙って放たれたものだったからだ。
(……そういうことか)
コックピットの中で、飛鳥は薄く笑みを浮かべた。
間髪いれず、ホライゾンはもう一度狙撃銃を発射する。
『後ろ下上右下前後ろ前右上左後ろ右前上後ろ左前下右左前!』
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
全方向から放たれるという恐怖を踏みつぶし、叫びと共にアストラルは一気に加速した。当たらなかった紫の光弾が背後で水柱を上げるのも一切無視して、狙撃銃を構えるホライゾンに肉薄する。
(こいつが読める思考はここにいる俺のものだけ。一葉さんの考えにまで機体の能力は及ばないんだ!)
銃身が二つに折り畳まれ、散弾を発射する形態になった狙撃銃がアストラルに突きつけられる。
『下をくぐって!』
ドンッ! と腹の中心を叩く低く鋭い音が響き、空間を埋め尽くすような紫の散弾が放たれる。
だがその時にはもうアストラルはホライゾンの下方、ホライゾンが形成する球状のコロイドフィールドと海面との間にいた。
「そのコロイド膜はエネルギーフィールドなんだろ! ならこいつで叩き割る!」
言葉と共に、光を湛えた右の掌を眼前のコロイドフィールドへと叩きつける。
新兵器のシミュレートの際、遥は言った。ハンドストライクには、エネルギーフィールドを大きく乱す効果があると。
ガラスが割れるような耳障りな音が響き、ホライゾンの周囲に展開されていたコロイドフィールドが勢いよく砕け散った。
フォトンライフルを手に取りながらそのまま足元をすれ違うようにしたアストラルの視界の中で、ホライゾンは全身から煙を噴き出していた。
『フィールド破壊の過負荷による逆流現象……チャンスです、アスカくん!!』
「オーライ、これで決めてやる!!」
アストラルはビームブースターを短く噴射し即座に切り返すと、フィールド形成装置へのダメージで身動きの取れないホライゾンへ肉薄する。
「セェアッ!」
すれ違いざまにフォトンブレードを振るい、ホライゾンを上方向に斬り上げる。再度ビームブースターを噴射し、ターンしつつさらにフォトンライフルで追撃する。
着弾の衝撃でひるんだホライゾンの元へ飛び込み、またしてもすれ違いながら斬り上げた。折り返しながらフォトンライフルを撃ちこみ、怯むホライゾンを斬り上げすれ違う。
反撃どころか体勢を整える暇すら与えられない連続攻撃にホライゾンはなすがままになっていた。それどころか、一撃を受ける度にホライゾンの上昇速度はさらに上がっていく。
そして5回目のターンの瞬間、アストラルはホライゾンの下側へ回り込むと背中のブースターを最大出力で噴射した。
真下から超加速を込めた斬撃を加えつつ、打ちあげられるホライゾンをはるかに上回る速度でその真上へと一気に飛び出していく。
「とどめだ、ホライゾン!」
フォトンライフルを格納したアストラルの右手は、ハンドストライクから溢れる光を握りしめていた。
アストラルは上方向へ高速で撃ちあげられるホライゾンに向かい、ビームブースターの最大加速を纏い真上から亜音速で突撃した。
ホライゾンの紫のコアへ向かって、まっすぐに掌を叩きつける。
リミッターを解除した、正真正銘の最大出力。
「スーパーノヴァッッッ!!!!」
視界を埋め尽くす白い閃光、大気がプラズマ化する超高温、隕石の激突を彷彿させる莫大な圧、巨大な爆弾をも上回る激しい轟音。
掌からあふれ出したありとあらゆるエネルギーが炸裂し、音速を遥かに上回るスピードでホライゾンを海面へと叩きつける。
とてつもない高さの水柱があがり、やがて波立つ海だけが残された。