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王宮の人たち

王宮の花たち

掲載日:2026/09/24

十年後に戻ってきたら、子どもだった王子様が私より年上になっていました。~アレク、あなたはいつの間に大人になったの?~ リメイク版


この作品に登場する「王宮の花たち」の一人が語ります。

 王宮の花たち 


 その日も、私は四人の令嬢のあとをつけていた。


 前を歩くのは、私たち『王宮の花たち』の中でも、ひときわ目立つ四人組だ。


 美しいドレスに身を包み、髪も爪も隙なく磨き上げられている。廊下を歩けば、誰もが一度は振り返るほど華やかだ。


 そして、揃いも揃って売れ残っている。


 もちろん、私も人のことは言えないが……


 『王宮の花たち』――なんとも優雅な呼び名だけれど、決して褒め言葉ではない。


 正式には『見習い心得』という。平民にも受験資格のある見習い試験に落ちた子女に与えられる資格だ。最初から試験を受けない人もいる。いろいろな事情があるのだ。


 見習いには制服があるけれど、私たちにはない。だから、おもいきりおしゃれをしているのだった。


 学院を卒業するまでに婚約者が決まらなかった令嬢を、王宮が引き取っている……というと、少し聞こえがいいかもしれない。


 けれど、私たちには文官として働けるほどの知識もなければ、侍女として仕えられるほどの技術もない。


 そんな私たちに気を遣って与えられるのは、他部署へのお使いや、来客を見かけたときに声をかける程度の仕事だ。


 声をかけるといっても、正式な挨拶ではない。


「ようこそお越しくださいました」


 言うのは、そのくらいである。


 そもそも、来客の予定はあらかじめ知らされている。受付の席に座っている義務もないから、華やかに着飾って王宮の廊下をぶらぶらしているだけ。


 それでも、初めて王宮を訪れた人は、私たちを見ると目を輝かせ、口々にこう言う。


「さすがは王宮だ。こんなに美しいご令嬢が大勢いらっしゃるとは」


 おのぼりさんというのは、実に素直でありがたい。


 そんな事情で、いつからか『王宮の花たち』と呼ばれるようになったらしい。


 四人組は、その花たちの中でも特に華やかだった。


 事情を知らない若い男性が彼女たちを見れば、きれいだと思う。そして、勇気を振り絞って話しかけるのだ。


 もっとも、王宮でいきなり求婚するような人はいない。たいていは道を尋ねるだけだ。


 王宮は広い。慣れていなければ、簡単に迷う。


 すると四人は、にっこり笑って嘘の道を教えるのだ。


「謁見の間でしたら、そちらの角を右に曲がって、階段を下りた先ですわ」


 四人のうちの一人が、上品に微笑んで告げる。


「ありがとうございます!」


 相手は疑いもせず、深々と頭を下げる。


 謁見の間は反対側である。


 わざと間違った道を教え、相手が困る姿を想像して楽しんでいるのだ。


 性格が悪い。


 しかも四人とも暇なので、毎日のようにやる。


 これまでにも、彼女たちのせいで迷子になった人を、私が何人も助けてきた。


 悔しいのは、私が一人で歩きながら「道案内しますよ」という雰囲気を全身から出していても、誰一人として話しかけてくれないことだ。


 そうです。私は地味な花なんです。


 小さくて色も薄くて、花瓶の端に挿してあっても、誰も気づかないような花なのだ。


 けれど、あるとき気がついた。


 四人に騙されて迷子になる人の中には、とんでもない有望株が混じっている。


 以前、私が道案内した男性は、爵位を継いだばかりの辺境伯だった。


 彼も四人組に騙されて反対方向へ向かっていたので声をかけたのだが、魔獣と戦ったときの傷が顔に残っていて、少し……いえ、かなり怖かったので、そのときは道だけ教えて、逃げるように立ち去ってしまった。


 けれど、あとになって思ったのだ。


 顔の傷なんて、たいした問題ではない。


 (辺境伯夫人よ?)


 ものすごい好条件だったではないか。


 別の日には、白髪のお年寄りを案内した。てっきり地方の貴族だと思っていたら、隣国の大使だった。


 供の人とはぐれてしまったらしい。


 そのあと、大使を捜してやってきた侍従が、これまた驚くほどの美男子だった。


 大使本人だけでなく、付き添いまで確認すべきだった。


 私は二度の失敗から学んだ。


 だから今日も、四人組のあとをつけている。彼女たちの犠牲者を救うためだ。


 掬うためでもあるが……


 準備だって怠っていない。


 服装は、仕立屋が「清楚で知的に見えます」と勧めてくれた、少し地味なドレス。


 手には、仕事中を装うための革のバインダー。


 表紙には、私の名前と家紋が金文字で入っている。さりげなく身元を知らせるための重要な小道具だ。


 私だって、いつまでも同じ失敗はしない。


 やがて、四人組の前に一人の若い男性が現れた。


 生地は上等だけれど、少し野暮ったい仕立ての服。よく磨かれた靴は新品だ。少し日に焼けた肌。姿勢も悪くない。


 男性は四人に声をかけ、何かを尋ねた。


 四人は顔を見合わせたあと、右の通路を示した。


 男性は丁寧に礼を言い、教えられた方向へ急いでいく。


 おそらく、また反対の道を教えたのだろう。


 私の勘が告げていた。


 (彼は買いだ。勝負よ)


 私はバインダーを胸に抱き、別の道を通り彼の前方へでてから引き返した。


 そして。すれ違う時。首をかしげながら彼を呼び止めた。


「あの、お待ちください!」


 男性が足を止めて振り返る。


「私でしょうか?」


「はい。失礼ですが、どちらへ向かわれるご予定ですか?」


「爵位の継承について相談するため、王宮の担当部署へ参りました。先ほどのご令嬢方から、この先だと教えていただいたのですが……」


「あぁ、それでしたら反対です」


「反対?」


「はい。こちらへどうぞ。私も近くの部署へ用事がございますので、ご案内いたします」


 もちろん、用事などない。


 けれど、バインダーを抱えていれば、誰が見ても仕事中の令嬢である。


「お忙しいところ、申し訳ありません」


「いいえ。王宮は慣れない方には複雑ですもの。迷うのも無理はありませんわ」


 歩きながら話を聞くと、彼は父親を亡くし、急きょ爵位を継いだばかりだという。


 しかも領地で、菓子工房をいくつも経営しているらしい。


 貴族で、若くて、独身。


 さらに、お菓子までついてくる。


 私の勘は正しかった。


 目的の部屋まで案内し、担当の文官を見つけて事情まで説明すると、彼は何度も頭を下げた。


「助かりました、文官様。お忙しいのに案内してくださっただけでなく、私の事情まで説明していただいて……」


 文官様。


 少々、胸が痛んだ。


 私は文官ではない。ただの花だ。それも地味な!


「お礼を差し上げたいのですが……このようなとき、ご令嬢のお名前をお尋ねするのは不躾でしょうか? その、王宮の作法には疎いもので」


 彼はおずおずと切り出した。


「不躾なんてことはありませんわ」


 私は微笑みながら、バインダーの表紙を相手に見える角度へ傾けた。


「ですが、特別なことをしたわけではございません。困っている方をお助けするのは当然ですもの」


 完璧だ。


 名前と家紋は見せた。


 親切で、控えめで、仕事のできる令嬢という印象も残した。


 私は優雅に一礼し、その場を立ち去った。


 歩調はゆっくり。


 角を曲がった瞬間からは早足だった。


 その日の夕方、屋敷へ戻ると、笑ってしまうほど大きな花束が届いていた。


 その後ろには、菓子箱を抱えた使用人が三人並んでいる。


「まあ、こちらもお嬢様宛てですか?」


 侍女が呆れたように尋ねると、使者は深々と頭を下げた。


「はい。若様より、本日のお礼とのことでございます」


 花束の中には、丁寧な手紙も添えられていた。


 私は手紙を胸に抱き、思わず笑みを浮かべた。


 どうやら今度こそ、私の勘は間違っていなかったらしい。


 それをきっかけに何度か会うようになり、婚約が決まるまでは、あっという間だった。


 会うたびに、彼は豪華な贈り物を用意してくれた。


 私は彼に、王都で流行している服装や髪形を教えた。初めは少し野暮ったかった彼も、会うたびに洗練されていく。


「今日はどうでしょうか?」


 彼は少し照れながら、毎回そう尋ねた。


「とても素敵ですわ。ただ、その飾り布は、もう少し落ち着いた色のほうが似合うと思います」


「では、次はそうします」


 素直な人だった。


 私の話をきちんと聞いてくれる。それだけでも、ずいぶん得をした気分になった。


 そして、いよいよ結婚を控え、王宮へ退職の挨拶をする日がやってきた。


「これまでお世話になりました」


「寂しくなるが、おめでたいことだからな。幸せになりなさい」


 上司は笑顔で祝福してくれた。


 たいした仕事をしていなかった私にも、最後まで優しかった。


 惜しかったのは、先週も同じように退職した者がいたことだ。だから、二番煎じになってしまった。


 けれど、その様子を見ていたおかげで、挨拶の品にはより豪華なお菓子を贈ることができた。


 なんと、その先週の退職者は、あの怖い顔の辺境伯と結婚するらしい。


 なんでも、彼の目の前でわざと転んでみせたのだとか。小道具は書類だったそうだ。しかも彼女は、「民を守って負った傷なのだから、自慢してまわればいいのです」とまで言ってのけたという。


 そんなことを言われたら、いちころだろう。


 賢い花もいるものだ。きっと彼女も幸せになる。自分が幸せだと、人の幸せも素直に嬉しい。


 そのあと、彼と二人で、初めて出会った廊下を歩いた。


「ここでしたね」


 彼が懐かしそうに周囲を見回す。


「ええ。あなたが見事に迷っていた場所ですわ」


「あのとき、あなたが声をかけてくださらなかったら、どうなっていたことか」


「たぶん、地下の倉庫に着いていましたわ」


「そんなに違っていたのですか?」


「ええ。まったくの反対方向でしたもの」


 二人で笑い合っていると、廊下の向こうから三人の令嬢が走ってきた。


 あの四人組のうちの三人だ。


 髪は乱れ、顔は真っ青だった。


 三人は私たちに気づく余裕もないまま、柱の陰へ駆け込んだ。


「隠れて!」


 一人目が押し殺した声で囁く。


「ここなら見つからないわ」


 二人目が柱にぴたりと張りついた。


「どうしてこんなことになったのよ!」


 三人目が半泣きで髪をかきむしる。


 明らかに様子がおかしい。


 私は彼に人差し指を立ててみせ、音を立てないように近づいた。


「まさか、騎士がそばにいたなんて」


 一人目が唇を噛む。


「捕まっちゃったけど、大丈夫かな?」


 二人目が不安げに尋ねた。


「でも、少し脅しただけでしょう?」


 三人目が言い返す。


「怪我をさせるつもりなんてなかったもの!」


 二人目が涙声で叫んだ。


「まったく、いまいましい」


 一人目が吐き捨てる。


 あの女。


 アレクサンダー様。


 ギルバード殿下。


 そして、怪我。


 しばらく話を聞き、ようやく事情がわかった。


 どうやら四人は、リシアさんに手を出したらしい。


 いえ、今はリシア様とお呼びしたほうがよいのかもしれない。とにかく、とんでもない相手に喧嘩を売ったのだ。


 三人が必死に逃げているということは、残る一人はすでに捕まったのだろう。


 私は考えた。


 これは好機だ。


 彼に手柄を立てさせよう。


 私は柱の陰から飛び出し、三人を指さした。


「見つけたわ! もう逃げられないわよ!」


 三人が一斉に振り返った。


「なっ……あなた、いつからそこに!」


 一人目が目を見開く。


「誰か来て! ここに逃亡中の令嬢たちがいます!」


 私は構わず声を張り上げた。


「黙りなさい!」


 二人目が金切り声を上げる。


 三人が、私を黙らせようと飛びかかってきた。


「危ない!」


 彼は迷うことなく、私の前へ出た。


「彼女に触れるな!」


 三人を相手に、彼は懸命に立ち向かった。


 頑張っていた。


 ええ、本当によく頑張った。


 弱いなりに。


「離れなさい!」


 三人目が彼の腕を引っ張る。


「このっ、邪魔よ!」


 一人目が彼を突き飛ばそうとする。


「彼女は私の婚約者だ!」


 彼が叫び返した。


 格好よかった。


 もっとも、令嬢三人に押されて、かなりよろめいていたけれど。


 だから、私も自分にできることをした。


「きゃああああ! 誰か! 助けてください! 暴漢です! いえ、暴漢ではなく、暴れる令嬢です!」


 私は力いっぱい叫んだ。


「うるさい! 黙りなさい!」


 二人目が私の口をふさごうとする。


「助けてええええ!」


 私は悲鳴を上げ続けた。


 王宮は警備が厳しい。


 しかも近くには、騎士団と魔術師団の詰め所がある。


 私の声を聞きつけ、騎士たちと魔術師たちが、すぐに駆けつけてきた。


「何事だ!」


 先頭の騎士が声を張り上げる。


「その三人です! 逃げていたところを見つけたら、私たちを襲ってきました!」


 私は三人を指さして訴えた。


「違うわ!」


 一人目が首を振る。


「この女が急に騒ぎ出したのよ!」


 三人目が私を睨みつけた。


 三人は必死に言い訳をしていたけれど、遅かった。


 私の婚約者は、私を守って三人に立ち向かった勇敢な男性として、その場にいた全員に称賛された。


 後日、ギルバード殿下とアレクサンダー魔術師団団長から、それぞれの名前で礼状が届いた。


 もちろん、直筆である。


 彼の家族は大喜びした。


「王のお孫さんと魔術師団団長様から、直筆の礼状をいただくとは!」


「これもすべて、あなたのおかげです」


 彼からそう言われ、私は慎ましやかに微笑んだ。


「私は、当然のことをしただけですわ。それに、立ち向かったのはあなたですわ」


 彼の一族の間で、私の株は爆上がりした。


 結婚後は、私も彼の家の菓子店を手伝うようになった。


 あの一件が王都で評判になったおかげで、店の名は一気に広まった。


 店の前では、客たちがひそひそと噂し合っている。


「隠し子さまを守ったんですって?」


「違うわ、れっきとした王女殿下よ。その方をお守りしたご夫妻のお店なのよ」


「ギルバード殿下から礼状をいただいたそうよ」


「あのお菓子、王宮にも献上されているらしいわ」


「こっそり、侍従さんが買いにきてるらしいわよ」


 噂というのは、事実よりも少しずつ立派になって広がっていく。


 店は繁盛し、支店も増えた。


 新作ができるたび、私はリシア様へ献上している。


 すると、そのたびに丁寧な感想を記した礼状が届くのだ。


『木苺の酸味とクリームの甘さがよく合っていました』


『焼き菓子はアレクも気に入ったようです』


『アイデアを真似して、ビスケットにジャムを挟んでみました』


 さすがに私的な手紙を、店内に飾るわけにはいかない。


 けれど、そういう話はどこからともなく漏れる。


「王女殿下のお好きなお菓子ですって!」


 客の一人が声を弾ませる。


 その一言で、売り上げはさらに伸びた。


 今では、朝から店の前に行列ができるほどだ。


 あの四人組がいなければ、私は彼と出会えなかった。


 そう考えると、ほんの少しだけ感謝の気持ちが湧いてくる。


 本当に、ほんの少しだけ。


 だって、やっぱり思うもの。


 ざまあみろ、って。


 もっとも、そんなことを考えるのは、ごくたまにだ。


 私は今、全力で幸せになるのに忙しいのだから。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!


誤字や脱字をご指摘いただけることにも、心より感謝しております。

とても助かっています。


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