殿下の婚約者になりたいかって?当たり前じゃない。
『過保護ハイスペ幼馴染×2のせいで、大人になれませんわ!』と言うタイトルで長編化しました。よければそちらもお願いいたします。
「さっすが私だわ。筆記試験も魔法の実技試験も学年3位という好成績を残してしまうなんて。」
「すごいですね、イリー様!俺なんて両方とも学年2位で、、、。イリー様は3位でこんなに堂々と誇ってるのに俺は2位でも悔しくてそんな気持ちになれなくて、、。」
「ジーク、あなたさては馬鹿にしてるわね?」
レイモンド王国の王立魔法学園高等学校では本日成績発表が行われた。中庭の掲示板の前にはたくさんの生徒が集まり、各々自分の名前が何位のところに記載されているかを血眼で探している。歓喜の声や悲鳴など様々な声が行きかう中、侯爵家の長女アイリスとその従者ジークハルトはぎゃいぎゃいと言い争いを始める。
「ふつう従者は気を使って主よりも低い成績をとるものじゃないかしら⁉︎」
「優秀な従者ですみません!いやーあんまり勉強してなかったんですけどねぇ。」
「何よそれ!私知ってるのよ!そういう人間が一番陰で勉強してるの!2位なんて想定外☆みたいなこと言ってんじゃないわよ!本当に勉強してないっていうならちゃんと勉強したら1位くらいとれるはずよね⁉︎」
「まぁまぁまぁ落ち着いてくださいよ。イリー様のご命令とあらば1位くらい余裕ですよ!―――って言いたいところなんですけどねぇ。さすがにあれは無理かなぁ。」
ジークハルトが苦笑して目を向けた先には『1位 オリバー・レイモンド 学科500点 実技500点 計1000点』と書かれている。
「1000点満点は取れる気がしないですね。今回のテストかなり難しくて、2位の俺で930点、3位のイリー様で920点とかなのに。さすが王太子殿下は格が違いますね。」
ねっ。と小さく笑いながらジークハルトはアイリスの顔を覗き込む。アイリスはすっと冷静な表情になり、そうね。と答えた。
「殿下は幼いころから優秀でいらしたもの。勉学も魔法も剣術も、何においても1番で当然だわ。、、、私も殿下を支えるために精進しないと。」
「――そういってもらえて光栄だよ。」
声がしたほうに振り替えるとそこには金髪の美青年、オリバーがいた。オリバーはどこか冷たさを感じさせる笑顔を浮かべながら続ける。
「アイリス、君も素晴らしい成績だね。」
「もったいないお言葉です。殿下こそ今回も素晴らしい成績で感服いたしましたわ。」
「ありがとう。進学してもお互い頑張ろうね。それじゃあ。」
「はい。ごきげんよう。」
アイリスは先ほどまでジークハルトと言い争っていた時とはまるで別人のように完璧なカーテシーを披露する。その姿に周りの者は思わず息をのむほどだった。
「なんか、いつにもまして距離があるというか、、。よそよそしくしすぎじゃないですか、イリー様。王太子様とはいえ一応幼馴染で同級生じゃないですか。」
「仕方ないじゃない、殿下にも私にも立場ってものがあるのよ。それに」
数多いる婚約者候補のひとりにしかすぎないんだから。アイリスが小さくつぶやくとジークハルトは何とも言えない複雑そうな顔をして口をつぐむ。
ジークハルトの不安そうな顔を見たアイリスは、はっと我に返って口を開いた。
「―ちょっと、ジーク。いつまで黙って突っ立ってるのよ。ほら、さっさと帰って明日からの計画を立てるわよ!成績発表が終わった今、私たちはもう卒業を待つだけの自由の身なんだから!」
アイリスは意気揚々とジークハルトに語り掛けて、彼の手を取った。
彼はその行動に驚いたのか大きく目を見開いて、笑顔でアイリスに応えた。
「あ、、、そうですね!明日からは自由登校期間ですし、どこかに小旅行に行くのもありですね。――あ、そうそう、卒業パーティーのドレスのデザイン画も今日届くみたいですよ。」
「あら、じゃあ尚のこと早く帰らなきゃいけないじゃない。」
アイリスはジークハルトにエスコートされ、楽しそうに会話を続けながら人ごみを抜けて正門へ向かって歩いていく。その背を見つめる冷たい視線に気づかないまま。
――
ここ、レイモンド王国は大陸の中ではかなり広い面積を治める大国といってもよい国だ。この国では王族の男児の婚約者は学園卒業後、婚約者のいない未婚の令嬢の中から決めるという習慣がある。
そのため、王族の男児と同世代くらいの令嬢はたとえどれだけ良い縁談話がこようとも、いったんは保留にして正式に王族男児の婚約者が発表されるまでは、自分も婚約者を持たず、最後まで自分が王家の婚約者として選ばれる可能性をあきらめないというのが主流である。
とはいえ、例外的に王族男児の婚約者発表を待たずして婚約、結婚する場合ももちろんある。というのも誰が王家の婚約者に選ばれるのかということは大方予想がつくようになっているのだ。例えば幼少期から王妃が主催しているお茶会に招待されていることや、学園で優秀な成績を収めていること、学園の卒業パーティーで王族の男児本人からダンスに誘われるということなどが未来の王家の妻として選ばれる条件に該当するといわれている。この条件にかすりもできなかった令嬢は潔くあきらめて早めによさげな相手と婚約するのだ。
そして現在、オリバー・レイモンドの婚約者として選ばれる確率が高いと噂されている令嬢が数人いる。その中でも特に話題に上るのがアイリス・アーバスノット侯爵令嬢だ。数世代前からじわじわと力をつけてきているアーバスノット侯爵家。その娘が王太子殿下と同じ歳で、学園でかなり優秀な成績を残しているとなれば、王家からするとまたとない幸運に違いない、この機会を逃すわけがないだろうといわれているのである。
本人の希望にかかわらず、アイリスは周囲から王太子殿下の婚約者筆頭候補だという目で見られながら生きてきたし、彼女自身もそうあるべきだと信じて疑ってこなかった。
――
成績発表の次の日、アイリスとジークハルトは王都から少し離れたところにあるポーレット伯爵領に来ていた。アイリスの生家であるアーバスノット侯爵領の隣に位置するこの地は、海に面しており他国との交易で発展した。珍しい交易品や他国の文化を取り入れた建造物が多くあることから今では観光地として大人気だ。
そんな伯爵領の中心に位置するポーレット家の門をくぐったアイリスとジークハルトはカーゾンと名乗る感じの良い老執事に迎えられた。
「おかえりなさいませ、お坊ちゃま。ようこそおいでくださいました、アーバスノット様。」
「おぼっ、ちゃ、、、ま、、フフフ。ジーク、あなたお坊ちゃまって感じじゃ、、フフ。」
「ただいま、カーゾン。そして黙ってください、イリー様。」
「本当に仲がよろしいのですねぇ。ささ、お坊ちゃま、お荷物はこちらに。アーバスノット様もお部屋にご案内させていただきますね。」
「ありがとう。じゃあイリー様、準備でき次第お迎えに上がりますね。」
「ええ、わかったわ、お坊ちゃま、、フフ。」
「いつまで笑ってんですか!はやく行って準備してください!」
アイリスはポーレット伯爵家の侍女頭について部屋へと向かう。部屋はポーレット伯爵家のゲストルームでもかなり上等なもののようで、侯爵家とも遜色ないほどの広さであった。
「滞在中はこちらの部屋をご自由にお使いください。何かございましたら何なりとお申し付けください。」
「ありがとう。あ、荷物はそこに適当に置いておいてちょうだい。あとでジークが、、、お坊ちゃまがなんとかするから。」
「いい加減やめてくださいよ、それ。」
ジークハルトが不服そうに部屋に入ってくる。先ほどまで着ていた執事服ではなく、一般的な貴族の息子が着るような質の良い服を着ているジークハルトは、どこからどう見ても従者には見えない。
「あら、ジーク。そうしていると本当にお坊ちゃまに見えないこともないわね。」
「一応ほんとのお坊ちゃまなんですよ。爵位を継ぐ予定もない四男坊ですけどね。」
まぁ優秀な兄貴が三人もいるおかげで従者できてるから良いんですけど。ジークハルトはそう言いながら手早くアイリスの荷物を片す。アイリスは近くの椅子に腰をかけながら、四男とはいえ従者なんて普通じゃないわよ。と心の中でつぶやいた。
普段はジークハルトとしか名乗っていない彼だが、フルネームはジークハルト・ポーレット。このポーレット伯爵家の四男だ。学園でポーレットの名を名乗らないのは、名乗ってしまえば、いったいなぜ伯爵令息が従者なんて!といろいろ面倒くさいことになるだろうという考えからである。
アーバスノット家とポーレット家は領地が隣同士ということで古くから交流があり、アイリスとジークハルトも幼いころは友人として毎日のように会って遊んでいた。それなのに、七歳になったばかりのころ、急にジークハルトが家に遊びに来たかと思えば開口一番「俺、今日からイリー様の従者になったんで、そこのところよろしくお願いします‼︎」と言われたアイリスの驚きはこの上ないものだった。
アイリスにしてみれば一体何がどうなって彼が従者になったのか全く理解ができないが、どうやら父であるアーバスノット侯爵とジークハルト、それから彼の父のポーレット伯爵の話し合いによって決まったものらしいということであまり深く聞かないことにしている。というより、その3人の話し合いの内容なんて難しくて聞いてもどうせ理解できないだろうと諦めているといったほうが正しいかもしれない。
とにかく、行儀見習いとして自分よりも高貴な家で2,3か月世話になることがあったとしても、貴族の子息が従者として働くことは異例中の異例だということしかわからない。ましてジークハルトの優秀さならなおのことである。普通なら跡取り息子のいない貴族の家に婿入りするものだ。
ジークってば、とんだ変わり者よね。アイリスが小さく笑みを漏らしたところでジークハルトが口を開いた。
「それにしても、よかったんですか?せっかくの自由の身の期間の旅行先がうちで。」
「あら、まだ気にしてたの?ポーレット領は観光地として最近有名なんだし、むしろピッタリじゃない。それに、ジーク、あなた私につきっきりで3年も領地に帰ってなかったらしいから。」
アイリスがギラリと目を光らせて言うと、ジークハルトは気まずそうに目をそらした。
そもそも今回ポーレット伯爵家に旅行に来たのは、アイリスの父の発言が発端だ。昨日の夕食の席でアイリスの父はジークハルトに向かって、本当に伯爵領に行かなくてよいのか?と聞いた。
いったいなぜそんなことを聞くのかとアイリスが詳しく聞いてみたところ、どうやらポーレット家には大事な来客が来るらしい。一家全員で迎えたほうが良いのではないか、3年も帰ってないのだからこの機会にゆっくりしてきても良いんだぞ。という父の言葉を聞いてアイリスは驚愕した。
普段は王都のタウンハウスに住んでいるアイリスも1年に2回ほどは領地に帰るようにしている。そこで領民の生活や市場の品を視察して、現状を把握し、領民の生活をよりよくするためにはどうすればよいのかと考えるのが貴族の務めだと教えられてきたアイリスにとって3年も帰らないのはありえないことだ。
帰ったほうが良い。自分のことなど気にするな、とジークハルトに詰め寄ったが、一向に帰る気配を見せなかったので、アイリスは最終手段に出ることにした。明日からせっかくだし旅行にでもいきたいわ。海沿いの街がいいわね。でも、あまり遠いところだと疲れちゃうし、うちの領地から近いところが良いんだけど。と。そういったことで結果的にジークハルトを連れてポーレット領に来ることができたのだ。
「――まぁ、伯爵領に来たのは本当に構わないんだけど、逆に良かったのかしら。今日の夜、来客があるんでしょう?私までいて大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。来客といっても夕食をうちでふるまわせていただくことくらいしかすることはありませんし。あ、でも気になるようでしたらイリー様の夕食は部屋に用意させていただきますよ。」
「いえ、それは大丈夫だから気にしないで。」
「そうですか。―――よし。イリー様、荷物の片づけが終わりましたので、ショッピングでもいかがですか。」
ジークハルトはアイリスに向かって手を差し出した。アイリスはふふっと軽く笑い、その手を取って立ち上がる。
「伯爵領に来たのは7年ぶり――とかかしら。案内、頼むわよ。」
「任せてください。イリー様が好きそうな店をいくつかピックアップしてますんで。手始めに昼食でもどうですか?海が近いんで魚が美味いんですよ!しかも最近、東の島国の魚料理の店が新しくできて、、、なかなか人気なんですよ。」
いいわね。とアイリスが同意したのを確認したジークハルトはにっこりと笑顔になり歩き出した。
――
空が赤く染まり始めたころショッピングから帰ってきた2人は、荷物を部屋において夕食の席に向かった。
伯爵領は前に来た時よりも観光客でにぎわっており、見たこともない輸入品がたくさんあった。
とても楽しいショッピングだったが、所々でジークハルトが街の人々から「坊ちゃん!帰ってきてたのかい。久しぶりだねぇ。――おや、隣は彼女ちゃんか?別嬪さんじゃないか‼︎坊ちゃんも隅に置けないね。」なんて声をかけられたのが、なんとも腑に落ちない感じがした。まさかジークの彼女に間違えられる日が来るなんて、とアイリスは声をかけられるたびに苦笑いをしていた。
ジークハルトは声をかけられるたび「おっちゃん!久しぶり!元気してた⁉︎」なんて間髪入れずにこたえるものだから、アイリスは彼女じゃないと否定する間もなかった。
ジークハルトと今日の出来事を話しながら食堂に入ると、食堂にはすでにジークハルトの三人の兄が立って待っていた。彼らはアイリスを見るなりうれしそうに声をかけてくれる。
「アイリス嬢!久しいね。君の噂はよく聞いているよ。とても優秀な娘なんだって君の父上が話してくれてね。」
「あはは、そうそう、本当に侯爵はアイリス嬢のこと好きだよねぇ。」
「侯爵に会うたびにアイリス嬢の話を聞くから、なんだか久しぶりに会った気がしないな。」
「アーサー兄様、ユーゴ兄様、ウィル兄様!お久しぶりです!」
アイリスはジークハルトの三人の兄ににこやかに返事をする。小さいころ一緒に遊んでくれた彼らは、兄弟のいないアイリスにとっては本当の兄同然である。その親しみを込めてアイリスは彼らを兄様と呼ぶことにしている。
「いや、それにしてもアイリス嬢、見ない間にきれいになったね。もう立派なご令嬢だ。」
「ちょっと、兄貴!イリー様に変なこと言うなよ!」
「ん?何が変なんだい?アイリス嬢がきれいなことに間違いはないだろう。」
「そっ――それはそうなこともなくもないけど、、」
「なんだ、聞こえないな。はっきり言ったらどうだい、ジークハルト。」
ポーレット家の長男、アーサーがニヤニヤしながらジークハルトに詰め寄る姿をアイリスは微笑みながら見つめる。幼いころから変わらない光景になんだかホっとした気持ちになる。
「―――そういえば、皆様お座りにならないのですか。あ、もしかしてお待たせしてしまいましたか。」
アイリスがふと疑問に思ったことを口に出すと次男のユーゴと三男のウィルフレッドが答えてくれる。
「あぁ、いや―あ、もちろんアイリス嬢のことに会えるのは心待ちにしていたよ。ただ今日のお客様よりも先に座ることはできないからねぇ。そのお方をお待ちするために立って待っていたんだよ。」
「そうなんですね、ユーゴ兄様。そういえば、今日のお客様っていったいどなたなのですか?」
「なんだ、アイリス嬢。ジークハルトから聞いてないのか?」
「?ウィル兄様?聞いてないのかっていったいどういう――」
アイリスが問いかけた途端、食堂の扉がばたんと開いた。三人の兄とジークハルトはさっきまでの様子が嘘のようにサッと整列し頭を下げる。その様子を見て慌ててアイリスも頭を下げる。
(ジークに聞いてないのかってどういうことかしら。それに、伯爵家の皆様がこんなにきっちり頭を下げるなんていったいどなた、、、伯爵家よりも高位な方となればそれなりに数は限られるけど――)
「良い。顔を上げろ。」
どこか冷たさを感じさせる聞き覚えのある声にアイリスは背を震わせた。なぜ、いや、まさかそんなはずがない、心のなかで唱えながらアイリスはゆっくり顔を上げる。ジークハルトの両親の後ろから現れた二つの人影をとらえたアイリスの心臓はドクンとはねた。
金色の長髪をゆらしながら前に出てきたのはオリバー・レイモンド。彼は部屋を見まわした後、アイリスに気づいたのか驚いたように目を見開いた、がすぐに自身の後ろにいるポーレット伯爵、ジークハルトの父親に話しかけた。
「待たせてしまって申し訳ない。とりあえず座ってくれ。」
オリバーの声で部屋にいた全員が座り始めた。それを合図に、カーゾンを始めとする執事や給仕が料理を運んできた。
――
「まったく、びっくりしたわ。まさか殿下がいらっしゃるなんて。ジーク、あなた知っていたなら、言っておいてくれてもよかったじゃない!」
「まぁまぁ、そんな怒んないでくださいよ、イリー様。言っていたら言っていたで、イリー様、一日中殿下のことしか考えないでしょう?」
「あたりまえじゃない!もし失礼があったら、アーバスノット家に不利益があるかもしれないんだもの。」
「まじめですねぇ。俺は、せっかく久々にウチに来てもらったんだから、今日一日殿下のことは置いといて、楽しんでもらいたかったんですよ。」
ね?と言いながらジークハルトはアイリスの顔を覗き込む。アイリスはジークハルトのその表情にこれ以上怒る気にもなれず、ふぅっと息をついてから、それもそうね、と呟いた。
2人は夕食を終えて、アイリスの部屋に向かう廊下を並んで歩いている。
談笑しながら歩いているうちに、アイリスの部屋の前にたどり着いた。
「明日は何時ごろに起きたらよいかしら?」
「明日は、そうですね、、、八時ごろにお迎えに上がります。」
「そう、わかったわ。じゃあ、おやすみなさい、ジーク。」
そこでアイリスはふと気が付いた。
いつもなら笑顔で、おやすみなさいませ、イリー様、と返してくるはずのジークハルトが、何やら言いたげな顔をしている。
「ジーク?どうしたの?」
「あ、いや、えっと、、、」
言いづらそうにうつむいていたジークハルトは、意を決したように顔をあげる。
「――イリー様は、殿下の婚約者になりたいのですか?」
「何言っているの、当たり前じゃない。」
「え、あ、そうですよね。そりゃそうですよね、殿下は素敵な方ですし、、」
「あぁ、まぁ、そうね。」
「まぁそうね、って。殿下以上に素敵な方なんていないから婚約したいんじゃないんですか。」
「何を言っているの、ジーク。たしかに殿下は素敵な方でしょうけれど、貴族の婚約にそんな考えは無用でしょう?」
「え?」
「どれだけ家に利益があるか、どれだけ国に利益があるか、それがすべてじゃない。殿下と婚約できれば、我が家の権力基盤は確かなものになるわ。」
そこまで一気に言い切ったアイリスは、目を丸くするジークハルトに構わず、にやりと笑って再び口を開いた。
「それに、今この国に私以上に優秀な女性はいないわ!だから私が王妃になるしかないでしょ?」
いたずら好きの子どものような笑顔を浮かべて、アイリスはジークハルトに問いかける。ジークハルトもその顔につられて思わず笑みを浮かべた。
「――ははは!自分で言っちゃったら台無しですよ、イリー様。」
「あら?当たり前のことを言っただけじゃない?」
「うわー。否定できないのが悔しいですね。」
何やら思いつめた顔から笑顔になったジークハルトを見て、アイリスは安心したように微笑んだ。
「――それに!私が殿下と結婚したら、あなたにも良いことがあるのよ。王妃付きの従者なんて絶対に良い暮らしができること間違いなし、なんだから。」
「――え?」
「――え?」
「いや、イリー様。俺も連れて行ってくれるんですか?」
「え、もしかして付いてこないつもりだったの?」
オリバーと結婚しても、変わらず隣にはジークハルトがいること間違いなし、と想定していたアイリスは、予想もしていなかった答えに目を丸くしてジークハルトを見つめた。彼はそんなアイリスを見て、笑って言う。
「あはは!イリー様、俺のこと大好きじゃないですか。」
「な!大好きなんて、、。いや、もちろん嫌いじゃないわよ!でも、、」
「うそうそ、冗談ですよ。」
顔を真っ赤にさせて口をぱくぱくさせるアイリスの髪をさらりと撫でて、ジークハルトは口を開いた。
「ふふっ、急に変なこと言ってすみません。おやすみなさい、イリー様。良い夢を。」
そう言ってアイリスの髪を一束すくいあげて口づけをした。
さらに顔を赤くさせたアイリスの姿を見て、満足そうにジークハルトは自室に帰って行った。アイリスは去って行く彼の後姿を見つめながらその場に立ち尽くす。
(――ジークったら、いきなりどうしたのかしら。それに、いきなりあんなことするなんて、、、)
ぐるぐる考え込んでその場にとどまっていた、アイリスに一つの人影が近づいてきた。
「――アイリス?こんなところで立ち尽くして何してるんだい?」
「え、、あ、殿下。い、いえ、ちょっと考え事をしていただけですわ。」
「なら良いけど、、、。少し顔が赤いみたいだけれど、何かあった?」
「えっ、、、!」
アイリスはオリバーの言葉に驚いて、口を開く。
「あ、ほ、本当に何もありませんわ、殿下。気にかけてくださって、ありがとうございます。」
「――彼が原因?」
「かれ、というのは、、」
「彼だよ。君の、従者の。」
「あ、ジークですか、、」
アイリスはジークハルトの名前を出したことで、彼にされたことを思い出した。再び顔が赤くなってしまうことを感じたアイリスは、それを隠すために自身の頬を両手で隠す。
「――いや、本当に何もないのです、ご心配をおかけして申し訳ございません。」
アイリスのその様子を見たオリバーは、頬を隠している彼女の両手を取った。アイリスはそれに驚いて、オリバーに問いかける。
「で、殿下?どうなさいましたか?」
「――君は、今日は彼と出かけていたの?」
「ジークとですか?はい、街を案内してもらいました。」
「そこで、街の人に何か言われた?」
「何か、ですか?えっと、皆様とてもやさしく声をかけてくださいましたわ。でも、何か言われたわけでは、、、皆様、私というよりかはジークに声をかけておりましたし、、、」
「そっか。――ねぇ、アイリス。」
オリバーはそこまで言うとアイリスの手を離した。
「はい。何でしょうか、殿下。」
「アイリス、君は、あの時の約束を覚えてる?」
「約束、ですか?」
何のことだろうか。と考え込んでしまったアイリスを見て、オリバーは少し笑って見せた。
「いや。何でもないよ。引き留めて悪かったね。もう夜も早いし、早く部屋に入りな?」
「あ、え、えぇ。お気遣いありがとうございます。」
「うん。おやすみ、アイリス。」
「おやすみなさいませ、殿下。」
アイリスはカーテシーをして部屋に戻る。
オリバーはその様子を最後まで見つめていた。
――
「もう出てきても良いんじゃない?」
アイリスが部屋に戻った後、オリバーは言った。その言葉に、廊下の曲がり角からジークハルトが姿を現す。
「まったく、盗み聞きなんて、意地が悪いなぁ。」
「申し訳ございません、殿下。」
「いいよ、別に。お互い様だし。気づいていたんだろう?」
気づいていたから、アイリスにあんなことしたんでしょ?と問いかけるオリバーに、ジークハルトは何も答えない。
「良かったね、アイリスが私と婚約したい理由。ただの政治的な考えで。」
「――何のことでしょうか?」
「――食えないね。さすがだよ。まぁいいや。私はね、君とは仲良くしていたんだよ。」
「もったいないお言葉です。しかし、俺はただのイリー様の従者ですので、そんなことを言っていただける身分ではございません。」
「『ただの』従者じゃないじゃないか。」
「――確かに俺は伯爵家の人間ではありますが、爵位を継ぐ予定はありませんので。」
「そうじゃなくて。」
オリバーはにやりと不敵な笑みを浮かべた
「王太子が知らないわけがないだろう?11年前に、君とポーレット伯爵とアーバスノット侯爵の三人で決めたこと。」
「、、、」
「アイリスは知らないんだね。」
ジークハルトはその言葉に、あきらめたように「はい。」と答えた。
「知りませんよ。イリー様は、知りません。」
「君はそれで良いの?」
「――何ですか?敵に塩を送るおつもりで?」
「まさか。単純な興味だよ。」
「――いいんですよ。そのほうが、いいです。」
「そう。でも、もし知ってしまったら、アイリスは驚くだろうね。」
オリバーはジークハルトの目を見つめた。
「君が『ただの従者』ではなくて、まさか――。」
お読みいただきありがとうございました。
好評でしたら、連載として続きを書きますので
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