魔王を(素手で)斃したら婚約破棄された件
この世界は危機に瀕していた。魔の力が強まり魔王がそれを束ね、多くの村が地図から消えていった。
このままでは人類の危機
魔王を討伐するためのパーティーが組織され、私はその一員として選ばれた。生まれつき神の加護を持っていたから。そして旅に出たのだけれど……。
魔王を倒す旅は過酷だった。後衛として参加した私が、危険に晒される事も多かった。積極的に攻撃に参加しないまでも、自分の身は守れなければ死んでしまう。
その危機感に煽られて、私は攻撃の術を身につけた。ただしメインはバフでの援護なので、呪印を結ぶ為に両手は空けておかなければならない。すると素手で闘う以外の選択肢はなかった。
その結果、目まぐるしく呪印を結びながら攻撃を躱し反撃する、という私の戦闘スタイルが出来上がった。仲間も私が強くなった事を喜んでくれた。
命懸けの旅ゆえに、色々な事におおらかになる。ツッコミ不在のまま六年も旅を続けた結果、いつのまにか私のポジションは前衛になっていた。
そしてとうとう魔王城での決戦の日。魔王にトドメを刺したのは私だった。
…………。
トドメは勇者が!とか忖度している余裕はなかったのだ。一瞬一瞬が命のやり取りだった。パーティー全員が攻撃し防ぎ、目まぐるしく立場が入れ替わった。殺れる人が殺るしかない状況だった。私の攻撃が少しでも遅れていれば、飛んでいたのは勇者の首だった。そうなればパーティーは全滅し、人類は根絶やしにされた事だろう。
だからこの手で魔王を斃した事は、後悔していない。ただ「魔王殺しの聖女」という称号がついてしまった事に、違和感を覚え首を傾げた。
王都への帰り道で「やはり勇者が魔王を倒した事にした方がいいのでは」と仲間と話し合った。だってどのお伽話でも、魔王を倒すのは勇者だから。
けれど曲がった事が嫌いな勇者に「嘘はつけない」と一蹴された。そして苦楽を共にした仲間たちに「魔王を倒す聖女がいたっていいだろ」と肩を叩かれて、私は「そうかもしれない」と納得してしまった。
誰一人欠けても負けていたし、私がトドメを刺したのも偶々だ。あの戦いを身をもって知っていた為、トドメが誰かなど大した事ではない、とその時は思ってしまったのだ。
けれど凱旋した私たちを迎えた人々の意見は違っていた。
……いや、途中に泊まらせてもらった土地土地の領主の反応で、薄々気づいてはいたのだ。けれど目を逸らしていた。「魔王殺しの聖女」がドン引きされている事実には。
だって魔王討伐は人類存亡の要。きっと喜んでもらえると思っていたのだ。
しかし王城に招かれ王からねぎらいの言葉をかけられ。その視線が、私だけは頑なに映すまいとしている事に気がついた。
王だけではない。その後の立食式の祝勝会でも、囲まれる勇者や賢者とは違って私の周りだけぽっかりと空間ができていた。
たまに話しかけてくれる仲間たちに慰められながら、まぁ仕方ないかと諦めた。
普通の令嬢は素手で魔物を仕留めない
だからそこまではまだよかったのだ。釈然とはしないけれど、一応理解はできたから。
けれど翌日、再び謁見の間に呼び出された。
昨日とは格段に人の少ないその場には、第三王子がいた。魔王討伐パーティーに選ばれたと同時に、王命で決められた私の婚約者が。
顔を合わせたのは、その時一度だけ。大して印象に残らなかったので、顔も忘れていた。
けれどいつ終わるともわからない魔王討伐の旅。その所為で適齢期を逃す可能性が大きかった私に、彼との婚約は大きな安心を与えてくれていた。
けれど彼は、六年ぶりに会った婚約者に震えながらこう言った。
「こんなに怖い女は嫌だ。婚約は破棄する」
と。
頭の中が真っ白になった。
……酷い。強くならなければ生き残れなかった。男なら強さは歓迎されるのに。
現にパーティーメンバーは、昨日モテにモテていた。勇者や賢者は、綺麗なドレスを着た淑女たちにギラギラした目でにじり寄られていた。もう一人いた女性メンバーは、元々騎士だった事もあってか老若の女性にモテていた。しかも彼女の帰りを待っていた旦那ともラブラブだった。
何で私だけ……
『聖女』という肩書きが悪いんだろうか。
素手で魔物を撲殺する聖女
……確かに、コレジャナイ感がすごいけれど……
でも王命で王子と婚約させて、聖女だからって魔王討伐を命じておいて、討伐が完了したら怖いから要らないって………………酷すぎない!?!!?
ショックを受けた私は、半ば無意識に動いていた。
騎士団長を盾にして私と対峙していた王子に、縮地を使って一瞬で迫る。そして六年間ずっと首から下げていたアダマンタイト製の婚約指輪を、ネックレスから引きちぎった。太い鎖が千切れる嫌な音がした。
親指と人差し指で指輪を挟み、王子の眼前に掲げる。そして力を込め、ゆっくりと潰した。非常に硬い金属でできた筈のそれは、まるで飴細工のようにぐにゃりと潰れた。
限界まで目を見開き呼吸を止め、元指輪から目を離せない王子と騎士団長。指の間で転がされ、丸い球状になっていく指輪。その塊を、ビシッと弾いて王子のつま先寸前に打ち込んだ。
ドゴォッ!と爆音を立てて、指輪だった物は王宮の石床を砕き見えなくなった。床の破片と埃が舞う。
足元の床が弾けた王子は、ひっくり返った。涙とそれ以外の液体で色々酷い事になっている。騎士団長も膝をついた。こちらも青ざめ立ち上がれないでいる。
玉座で白目を剥いている王。壁に張り付く文官。近衛は剣の柄に手もかけられないで震えている。
その惨状を見て我に返った。
これが普通なのだ
仲間と魔物と魔族以外との触れ合いがなかった為、すっかり忘れていた。
仲間相手なら、さっきのは軽い脅しで済んだ。けれど彼ら相手では、殺害予告としか取られないのだ。
思えば以前の私は、金属どころか木の実さえ潰せなかった。
ハハっと乾いた笑いを浮かべ、一歩下がった。私を見る周囲の目は、完全に化け物を見るそれだった。
もしかしたら、ここからまだ何とかなるかも……
未練たらしく周りを見渡したけれど、みんな死を覚悟した目で私を見ていた。
これはもうダメだと諦めた。
魔王にトドメさえ刺さなければ「魔王退治に尽力した聖女」として、しれっと普通の人間に擬態して暮らせたかもしれない。優しげに微笑んで、それこそ聖女の微笑みで人々に慕われたかもしれない。
けれど「魔王殺しの聖女」の肩書きがついた以上、もうそれは望むべくもないのだ。私は「勇者より強い聖女」(実際はそんな事はない。仲間は全員いい勝負だ)として恐れられ続けるのだ。
昨日の祝勝会で、仲間たちが求められるままに語った戦いの模様。激しい戦闘の末、素手で魔王の首を捩じ切った聖女として世界中に語り継がれていくのだ。
それを語る仲間たちに、全く悪気はなかった。私を称賛し誇りに思う気持ちだけがこもっていたのを、側で聞いていた私は知っている。
それでも人伝に伝わるのは、その気持ちではなく内容なのだ。
真っ赤に染まった手で魔王の首を掲げ、勝利の咆哮を上げる聖女
完全にアウトな絵面だ。実話だけど。
ここまで怯えるという事は、ここにいる全員が既にその話を聞いているのだろう。
なんだか全てが嫌になって、心の中で嘆いた。
もうやだ。マジ無理
過酷な戦いに耐え、魔王を討ち果たしたけれど。平和になった世界に私の居場所はなかった。……ついでに婚約者もいなくなった。
命懸けで頑張った結果がコレなんて辛すぎる。
もうこの国には居たくない。
「……国を出ます。探さないでください」
静まり返った場に、私の衝動的な呟きはよく響いた。
コクコクコクコクと超高速で頷く王。首が捥げて魔王と同じ目になりそうなくらいだ。全力で同意か。
ちょっとは引き止めて!
そう怒鳴りたかったけど、このままだと本当に捥げそうだ。そして私の所為にされそうだ。
殴りたい衝動に震える拳を握り締める。これ以上ここにいたら、本気で殴ってしまいそう。流石にそれは大惨事だ。
お尋ね者にならない為にも、私は急いでその場から離脱した。膝を曲げて溜めを作り、ジャンプして。
ボゴォ!と床石が爆散した。風が轟々と顔の横を流れていく。
空を飛ぶ魔族との空中戦では、よくこうやって空を移動したなぁ
少し前までの日常を思い出し、全身が疼く。
この際、憂さ晴らしに残党を始末しに行くのもいいかもしれない。このままでは気が収まらない。
飛翔とジャンプを繰り返し、八つ当たり気味に沸る戦いの血を持て余しながら私は王国の外へと向かった。
ーー完ーー
聖女が打ち込んだ指輪と踏み込みの足跡は聖女の恐ろしさを伝える戒めとして保存され、後の世には観光名所となった模様。
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