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第8話 罠だらけの泉②

どうしても終わらせなければならない雑務を片付けてエレベーターで下の階へ。

 広報課のフロア、少し苦手なんだよな。


 企画課に広報課とキラキラ部署ばかり、空気もどことなく色付いている気がする。

 通り過ぎゆく社員はみなお洒落で、自分が浮いている気がする……気がするんじゃなくて多分本当に浮いてるな。


 法務課なんて見てみろ、空気が重すぎて雨でも降るのかと錯覚してしまうぞ。


 そんな昨日はゾンビに成り果てた俺は、意を決して広報課エリアに足を踏み入れる。

 ウッ眩しい……。これが陽の者のオーラ……。


 このままいたら細胞が入浴剤よろしく溶けてしまいそうだ、さっさと社員証を回収して薄暗い巣に戻らなければ。


 普段自分から赴くことがないから勝手がわからない。

 入口でもじもじすること数秒、こういう時頼りになるのは同期だ!


 ということでカウンター越しに目当てのポニーテールを探す。


「おーい千波〜」


 フリフリと揺れる髪を見つけて、なるべく彼女にだけ届くくらいの音量で名前を呼ぶ。

 振り向いたのはキリッとした顔立ちの同期、千波(ちなみ)ちな。


「あら、立野……よね?」


 目をくしくしと擦って、首を伸ばす千波。


「同期の顔まで忘れたか」


「だってあんた、会いに来てくれないじゃない」


 軽口を叩いているが、いたって普通の間柄だ。

 同期で入社、一度も同じオフィスで仕事をすることのないまま数年が経ったが、広報課と法務課という絡みのある部署同士で話すうちに、こんなアウェイで助けを求められるくらいには仲良くなった。


「俺から会いに来ることはないだろ、法務から広報に相談することなんてほとんどないんだから」


「そんな立野がここに来てるからびっくりしてるんじゃない」


 手に持ったバインダーを机に置いて、カツカツとヒールを響かせる。

 すらっと通った鼻筋に、鋭角な眉尻、初見は怖そうに見えるが話すと普通。ちょっと冗談が過ぎるところが玉に瑕か。


「来たくて来てるわけじゃなくてだな……瑚夏さんっているか?」


 俺の言葉に、千波は目を見開いた。


「あなたが?瑚夏さんに……?ほんとに、明日は雪どころか槍が降るんじゃない?」


 まぁ意外な自覚はある。


「槍なんか降ってみろ、この世の終わりだぞ」


 というか人工物が大量に降ってくるって、それもう人為的だろ。


「だからこの世の終わりだって言ってるのよ……まさかとは思うけど、あんたもしかして……」


 言葉がしりすぼみになっていく千波。

 言いたいことはわからんでもない。「お前ごときが瑚夏ゆりを異性として狙っているのか」と。


「あー、誤解してるかもしれんが」


「誤解であってほしいわよ」


「話を最後まで聞けよ」


「はいはい、昔からそうよね」


「そんな昔を語り合えるほど長い付き合いでもないだろ」


「あー悲しいな〜ちなはこんなに立野のことを思ってるのに……」


 だめだ、一向に話が前に進まん。


 アラサーが自分のことを名前で呼ぶなよ、人生のエグ味が増すぞ。レバーみたいに。


「それで私の予想だと、あんたが次の(・・)ロミオってことで合ってる?」


「完全に間違ってる。俺は哀れなメロスだよ、親友セリヌンティウスを人質に取られたな」


「誰が邪智暴虐の王よ、好き放題言ってくれるわね」


 千波の後ろからひょこっと顔を覗かせる瑚夏さん。


「……はい、瑚夏さん。これレビューです。問題ないと思います」


「ちょっとちょっと!ちなちゃんとは雑談できて私とはできないって言うの〜?」


 あぁだめだ、めんどくさい人間が二人になった。

 これじゃあ話が進まないどころか後退するんだよ。


「え、瑚夏さんと立野ってそんなに仲良いんですか?」


「もちろん、だって二人っきりで熱い夜を……」


「ストーップ!また誤解を招くような言い方を」


「え!じゃあじゃあ!」


 半分本気、半分おもしろがったような表情で千波は身体を乗り出す。


「やっぱり立野がロミオってこと?」


 目を細めた瑚夏さんは、楽しげに口を歪めた。


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