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第7話 罠だらけの泉①

無事同僚と同じくミイラになった翌日……ミイラになってもゾンビになっても、社畜には等しく次の日の仕事が降ってくる。

 あぁ無情、レ・ミゼラブルだ。


 デスクに座ってPCの電源を入れたところで、ピコンッと通知が流れた。

 背中に流れる嫌な汗。


『金の斧と銀の斧、立野くんならどっちを選ぶ?』


 差出人はもちろん瑚夏ゆり。

 ここ数日ずっとチャットしてるな……?食虫植物にでも捕らえられた気分だ。


 真面目に返すのもバカバカしいとは思いながらも、少し捻った質問に目が吸い寄せられる。

 なるほど、ジュリエットの次は泉の女神か。シェイクスピアからイソップ童話とはなかなか。


「どうかしたか?立野」


 大きなあくびを噛み殺しながら、隣の同僚が話しかけてくる。

 こいつの大好きな瑚夏さんから意味のわからないチャットが来てるぞって言ったらどうなるんだろう。

 実現することもない妄想が、風船のようにぷくーっと膨らんだ。


 まぁ現実は「いいや、なんでもない」なんて面白みの欠けらもない言葉を返すだけなんだが。


 さて、瑚夏さんからのお題だ。

 正しい答えはもちろん「どちらも違う」。

 物語だと、目先の欲に惑わされずに正直に答えた木こりは、本人の斧のみならずすべての斧をもらえるという、正直者が得をするという教訓が仕込まれている。


 では俺が選択すべきは?


 ここからは推理ゲームだ。

 いや、そんなことしてないで仕事しろよって話はなしで頼む。


 正直なきこりよろしく「どちらでもない」と答えた場合、すべてがもらえるんだろう。

 すべてってなんだ。絶対面倒事じゃねぇか。


 俺が瑚夏さんからもらって嬉しいものなんて、果たして存在するのか?いや、しない(反語)。

 相手は「広報課のジュリエット」だぞ。もらえるにしても毒か、短剣か。


 ならば、ならば俺が答えるべきは金の斧か銀の斧。

 物語ならば、どちらかを選んだ欲張りで嘘つきな木こりは、どちらももらえないどころか、最初に落とした斧さえ没収されるのだ。


 そこまで考えたところで、再び通知がモニターを彩った。

 今度こそ仕事のチャットかとクリックすると、現れたのは「瑚夏ゆり」の四文字。


『あ、答えは内線ちょうだいね!ん〜〜悩んでる木こりさんにヒントをあげる!今日ちょっと、首元とか寒くない?』


 まるで俺の状況がどこかで見えているかのようなタイミング。

 思わずPCのインカメを指で塞ぐ。

 流石にオンラインミーティングソフトを起動していない限り、このカメラが動くことはないと信じたいが。


 このなんとも言えない、そしてなんとでも言えるヒントをどうしよう。


 首元?桜も散るほどの春の終わり、暖かさが顔を出すこの季節に?

 マフラーもしてなければ、ペンダントなんて洒落たものも着けていない。


 首元に手を遣ると、ふと違和感。

 ない……いつもはあるはずの感触が。ボールペンをぶら下げているストラップが。首から掛けているはずの社員証が。


 焦る気持ちを宥めながら机の上、引き出し、鞄の中に手を滑らせる。


 まずいまずい、あれを失くしたとなれば始末書ものだ。

 発行なんてすぐできるくせに、コンプライアンスがしっかりしてるんだから……誰だよ、法務を担当してる奴は。

 俺だな、はい、俺です。


 ルールを作る側がルール違反だなんてお笑い草だ。

 うちの課の威信をかけて見つけねばならない。


 とまぁここまでくればわかる。俺が泉に落としたのは切れ味のいい使い込んだ斧でも、ましてや金の斧でも銀の斧でもない、社員証だ。


 となれば、ありがたくも拾ってくれた泉の女神を満足させる必要がある。


 受話器を取って震える手で番号を押す。


『法務課の立野です……』


『はいおはよう立野くん!広報課の瑚夏です!』


 朝から元気な声で電話に出るジュリエット。


『ありがとうと言うべきか、恨めしいと言うべきか』


『そこは素直に感謝してよね。昨日エレベーターで落としてたよ』


 「何を」とは言わないし言ってくれない。

 彼女は彼女でこの会話を楽しんでいるんだろう。やっと少しずつ瑚夏さんのことがわかってきた。


『さて、そしたら木こりくん!』


『誰が木こりですか……泉の女神とでも呼べばいいんです?』


『そんな、社内の人に女神とか言ってたら疑われちゃうよ……』


 ぶりっ子みたいな声出して。


『ジュリエットも相当でしょ』


『ま、それもそっか!』


 このカラッとした性格も、広報課だなぁと思わされる。経理課ならもう少しねちねちと、営業課ならバッサリと、人事課なら穏やかに……ちなみに法務課は切り替えない、答えが出るまで。


『それで、俺の答えは「社員証」です』


『んへへ!正直者のあなたには、この金の斧と銀の斧も差し上げましょう』


 嬉しそうにそう言った瑚夏さんの声が遠くなる。

 あ、これ受話器から顔離してるな……?


 というか今気づいたんだが、この会話広報課の面々に聞かれてるのか。


『じゃあ契約書のレビューを広報課まで持ってきてね、正直な木こりさん。社員証とか金の斧とか渡すから!』


 ちゃっかり仕事の話もしてる……。


 会社で斧を渡されるなんてどんな絵面やねん、と心の中の関西人がツッコミを入れたところで、電話はブツンッと切れた。


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