第6話 ジュリエットは悪戯好き③
「同僚から支援物資の供給という任務を与えられたので、ちょっと選んでいいですか?」
会社は戦場、俺たちは明日の朝日を見るために身を粉にして働いているのだ。
「支援物資?供給……任務?」
困惑した瑚夏さんの声に意識がハッと引き戻される。
だめだ、俺も働きすぎで脳みそが空中浮遊してるな。
「あ、コーヒーとチョコ買ってこいってパシリです」
「じゃあ最初からそう言ってよ!」
ダンダンと床を踏む瑚夏さん。
まだ20代前半とか言われても信じるぞ、俺は。
プンスカ怒っている彼女を横目にチョコの吟味に移る。
個人的には比較的苦味の強いものが好きだ。目の覚めるというか、「チョコを食べてる」という実感が湧くから。
ただ、同僚は甘党だ。
デスクの引き出しを開ければ様々な甘味が飛び出すほどに。
仕事中もほんのり甘い香りがしてるしな。
砂糖まみれの甘味を手に取ろうとしたところで、隣からひょこっと瑚夏さんが顔を出す。
「立野くんって甘いのが好きなんだ」
それを聞いてどうするんだ、なんて思ってしまうのは穿ちすぎだろうか。
「同僚がですよ、自分はどちらかと言うと」
目がコンビニの中を泳ぐ。
「こういう系?」
差し出されたのは、べらぼうにカカオの含有量が高いチョコ。
もうこれパッケージでも苦さをアピールしにきてるだろ。
「方向性は合ってます、苦すぎるのもアレですが」
甘いだけよりは、少し苦い方が。
大人になるにつれて複雑な味を楽しめるようになった。
それが人生経験によるものなのか、単に好みの変化なのはわからないけれども。
「じゃあ私と一緒だね〜」
瑚夏さんはいつの間にか持っていた買い物かごに、チョコをぽいぽいと放り込んでいく。
そのまま俺の手にあった同僚のためのチョコとコーヒーをもぎ取った。
「あ、それは……」
「これも迷惑料ってことで」
目を合わせずに彼女は口ずさむ。
流石に申し訳ない。昨日だってスポドリを奢ってもらってるんだから。そこにたまたま通りかかったってだけで。
「その勢いで迷惑料払ってたら破産しません?」
「誰にでも払ってると思う?立野くん」
やられた。
カウンターパンチはストレート、心臓にいいのをもらってしまった。
「ノーコメントで許されますか」
「ふへっ、許しましょう!会社内でも私と喋ってくれるなら!」
「あ、じゃあ大丈夫です。このまま罪を背負って生きていくんで」
想像してみてほしい。
廊下で通りすがりの瑚夏さんに捕まってこの会話を繰り広げる未来を。
だめだ、針のむしろだ。好奇の視線という名の槍で全身を貫かれてしまう。
剣山をベッドにして寝る方がまだマシなくらいだろ。
「どうしてそうなるのよ……そんなに私とお話するの嫌?」
嫌なわけではないんだ。変に社内で目立ちたくないだけで。
「瑚夏さんが嫌いってわけではないんですが……」
「じゃあ好きってこと!?最初からそう言ってよ〜」
彼女はわざとらしく指をもじもじと動かす。
会話の先回りは瑚夏さんの専売特許か?
「早とちりしすぎでしょ」
「だって好きとか言うから〜」
「ちょ、大きい声でやめてください。ここ一応会社内なんで」
「立野くんがそう言うなら仕方ないね、今度二人きりの時に……ね?」
首をこてんと倒す瑚夏さん。
これに大量のロミオ候補は倒れていったのだろう。毒ではなく、他でもないジュリエットその人の仕草によって。
くすくすと漏れ聞こえる笑い声に目を向ける。
これは俺との会話を楽しんでいるというより、俺で遊んでるだろ。
「はぁ……ほら、そろそろ怪しまれるんで帰りますよ」
「はぁい」
素直に会計へ進む瑚夏さん。
あ、結局払わせてしまった。
これやって関係が続いていくのも悪くな……。
「立野くん用にちょっとえっちなグラビアが載ってる雑誌も買ってあげたよ!」
わざわざレジ袋から取り出して、彼女は俺に雑誌を手渡す。
やっぱり関係を続けるのはナシだ。ガキのイタズラじゃねぇか。
しかし金に執着しないイタズラほど厄介なものもない。
さっきまでの感謝の気持ちを返してくれ。
「せっかく人が素直にお礼を言おうとしたのに……」
「私はそんなお礼より一緒にお話できる方がいいのにな〜〜!」
るんるんと前を進むジュリエットを眺めてため息を吐く。目の前のエレベーターから人が出てこないことを祈りながら。
まったく厄介な人間に目をつけられてしまったものだ。
こんなに時間がかかったことをどうやって隣の席のゾンビに誤魔化そうか。
なんて現実逃避をしながら、妄想よりも非現実な瑚夏さんの言葉をいなすのだった。




