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第58話 広報課のシンデレラ⑥

 髪に何かが触れる感覚に目が覚める。

 見慣れない天井……じゃなくて、見慣れない布団。冷房のサーッという音と衣擦れの音が耳に飛び込んできた。


 うつ伏せになった俺を誰かが撫でていることに気付く。


「う……」


 寝起きの喉はまだ震えることを拒んでいるのか、言葉にならない音が出る。


「あ、起きた〜〜?」


 明るい声に顔を上げると、なんとも優しい表情の瑚夏さんがこちらを覗き込んでいた。


「っ!す、すみません。寝てしまって」


 彼女が視界に入るやいなや、急激に脳が冴えてくる。

 高速で弾き出した答えは寝落ち。あ、そっか俺支援物資を届けに来たんだった。


「んーんこちらこそ、先に寝ちゃったのは私だよ」


「その、体調は……」


「良くなった!とっても!それもこれも立野くんが持ってきてくれたお薬とスポーツドリンクとゼリーのおかげね〜」


 小さな違和感が俺を襲う。

 あれ、俺って寝落ちする前にこの部屋に何も持ってきてないよな……?

 どうして瑚夏さんは、俺が買ってきたものを知ってるんだ。


「ちょっと待ってくださいね」


「私はずっと待ってるよ?ずっとずっと」


「いや、そんなややこしい話ではなく」


「ややこしい女かな?私」


 だめだ、このままだと瑚夏さんの面倒くさいスイッチが入ってしまう。


「今って何時ですか……?」


 強制的に軌道修正する。

 病人に聞くよりスマホ見ろよって話だが、リビングに忘れてきてしまったのだ。


「んー、私が起きたのが18時だから〜その後買ってきてくれたスポドリ取りに行って〜」


 俺が来たのが昼過ぎだから……。


「え!もうそんなに!?」


 急いで立ち上がってカーテンの外を見ると、既に太陽はかなり低い位置に。

 部屋に押しかけた挙句、いや半分は千波のせいだが、病人の家に長居してしまうなんて。


「申し訳ないです、すぐに帰りますね」


「だめだめ!もうちょっとお話しよ?なんなら泊まっていこ?」


「そんな倒れた人間の家になんて泊まれないですって。瑚夏さんはさっさと寝て治してください」


「目が冴えちゃってもう寝れないよ〜」


 ばしばしと掛け布団を叩く瑚夏さん。やっぱり熱が出たからかここが自宅だからか少し幼いよな。

 うーん、そんなところもかわいい。


「……じゃあちょっとだけ」


「ちょっとじゃやだ!ずっと一緒にいて」


 ぐいっと身体が引っ張られる。

 その力はこの家に来た時より断然強い。元気になってきたのは嘘じゃないみたいだ、よかった。


「このまま布団に上がるのはちょっと……働いてきた格好のままですし」


「そんなこと気にしなくていいの、いいから布団の中おいで」


 そう言うと彼女は、寝転がって布団の端を持ち上げた。


 ええいもうどうにでもなれ。

 半ばヤケになった俺は、彼女に言われるがまま身体を布団に滑り込ませた。


 彼女の体温という名の安心感に包まれる。

 いつもより近い距離に綺麗な顔があるのに何故か緊張しない。

 自分の心が決まったからだろうか。それとも……。


「寝落ちする前にこれを見せようと思ってて」


 ポケットからクラゲのキーホルダーを取り出す。


「あ、それ……!」


 両手で作られたお椀の上にそっと乗せる。


「会社に落ちてました、瑚夏さんの……で合ってますよね?」


「うん、うん……ありがとう……」


 ぎゅっと握りしめられたクラゲはそのまま彼女の胸へ。


「立野くんが持っててくれたんだね」


「えぇ、瑚夏さんのじゃなかったら総務にでも届けようと思ってたんですが。というかそれを渡しに広報課に行ったら、今日はお休みだって」


「全部全部この子のおかげだ」


 長く息を吐いて彼女は目を閉じる。

 刹那、次に何を言うかがわかってしまった。人間は学習する生き物だ。

 長く近くにいると、次の行動、言葉でさえ。


「「なんだか、ガラスの靴みたいじゃない?」」


「ふへっ?」


「なーんて言うと思いましたよ、シンデレラ」


 目を見開いた瑚夏さんがどうにも綺麗で。

 照らされているのはどこにでもあるLEDライトのはずなのに、どこぞの舞台照明かと見紛うほど、その目鼻立ちをくっきりと映している。


 思わず彼女の頬に手が伸びる。だめだ、止められない。

 ……止める必要もなければ、止めるべきでもない。心のどこかにいる「面倒事は避けるがモットー」の俺ですら、ここで押せ!と手を振っている。


 なら、後は気持ちを言葉にするだけ。

 人類史上、どの戯曲においてもメインの見せ場となるシーンだ。


 主演は瑚夏ゆり。メインヒロインを張るには十分すぎるキャスティング。

 考えた末に行き着いたのは最もシンプルでありふれた言葉。


 これでいいし、これがいい。


「瑚夏さん、好きです」

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