第54話 広報課のシンデレラ②
キーホルダーを拾った翌日の昼休み、俺は自席で悩んでいた。
デスクには自分の部屋の鍵と拾ったクラゲ。
どう見ても完全一致、あの水族館産です。
さてこいつをどうするかが問題だ。
一番早い解決は瑚夏さんにチャットを入れて「落としましたか?」と聞くこと。しかしできない……というかやりづらい理由があるにはある。
おい、今誰か煮え切らないつったか?この立ち位置変わってやろうか?
俺と契約して残業戦士にならないか?
ふぅ。脳内に出てくる架空のアンチにタンカを切ったところで、クラゲの処遇を考えなければ。
実は千波と花火に行った日から、どことなく瑚夏さんに避けられている気がする。
もちろん仕事での関わりはあれど、いつものようにその先へはいかないのだ。用件を話してそれで終わり。
あと目が合わない、まるで誰かのことを気にしているかのように、きょろきょろと辺りを見渡しているのだ。
もし社内に彼氏ができて俺と話すのが気まずいなら、言ってくれればいいのに……そんなことあるか?いや、あるか、初めて会った時も告白を受けようとしてたって言ってたし。
自分の想像に少し心が傷付きながらも、一つの結論に行き着く。
ここで悩んでても仕方がない。もしこのクラゲのキーホルダーが瑚夏さんのでなければ、総務に届けておけばいいだけだし。
さっさと聞くに越したことはない。
俺はテーブルの上の2匹をむんずと掴むと、重たい足で広報課へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇
「お、これはこれは立野くんじゃないですか〜〜!」
後ろからバシッと肩を叩かれる。こんなことをするやつは一人しかいない。
声でわかる。
「千波か」
「ノンノン、違うでしょ?」
口の端をこれでもかと持ち上げた彼女は、俺の前へと躍り出る。
何を求められているかわかってはいるものの、気恥しさが邪魔をする。
「ちな……み」
「ん〜惜しい!もう一声!」
なんてわがままなんだ。
だが、これくらい聞けないでどうして男かと強気の自分が俺の背中を勢いよく押す。
「ちな、これでいいか?」
「ちょっと恥ずかしがってるところも含めて100点よ、圭」
他の社員の気配に身体が強ばる。
こんなところで名前を呼び合うの、やめないか?リスキーがすぎるだろ。
「それで私を振った色男がなんの用よ」
「言い方に棘しかねぇな」
「いつかあんたの心臓まで刺したげる」
「防弾チョッキでも着とかなきゃいけないな」
「え、それって脱がせてほしいってこと?ちょっと付き合ってもない男性とそういうことするのは……」
わざとらしく手を頬に添えながら、千波は恥ずかしそうに俯いた。まったく、女優なことで。
この会社には役者が多すぎる。
「白昼堂々何言ってんだ。話が逸れてるって」
逸らす本筋もないんだが。
「ちょっとは付き合いなさいよ、あんたを良心の呵責でいじめようとしてるんだから」
「んなことわざとするな、わざと」
「それで?何しに来たのよ。この前打ち合わせしたばっかりだけど、変更とかあるの?」
ケロッと元の顔に戻る千波。こいつ……!
「あー……いや、仕事の話じゃなくてだな」
「何よ、歯切れが悪いわね」
「瑚夏さんっているか?」
言い終わる直前、彼女が一瞬目を細めた。
心の奥の奥まで見透かされたような感覚に居心地が悪くなる。
千波はふっと表情を緩めると、短く息を吐いた。
「今日はいないわ」
出張にでも行ってるんだろうか。チャットの一本でも入れておこうかな。
「そうか、じゃあまた来ようか……」
「んーとね、風邪ひいてお休みなのよね〜熱出てたって言ってたし」
あー夏風邪だろうな。ずっと気温が高いままだと体調一つや二つ、悪くなってもおかしくない。
また復活したらキーホルダーを見せよう。
「ちょっと心配だから、ゼリーとか持って帰りにお見舞い行こうと思ってたんだけど、仕事が燃えかけで行けなさそうなのよね〜」
チラッチラッとこれまたわざとらしく千波が視線を送ってくる。
何が言いたいんだ、こいつは。
「大変そうだな」
「ちーがーうでしょ!」
バシンっと胸を叩かれる。
触れた場所から熱が移る、あの日のように。
「ん?」
「は?」
「目が怖いって、ステイステイ」
「誰が犬よ」
「犬はどちらかと言うと俺だろ、会社のな」
「……苦労してるのね」
慰められてしまった。
帰っていいか?もう昼休みも終わってしまう。
「代わりにあんたが行けって言ってんの!」
「どうして俺が……」
「もう瑚夏さんにお見舞い行くって言っちゃったし!ほら!決定!わかったらさっさと行った行った!あんたが行くってことはチャットしておいてあげるから!家の場所も送っとくね!あ、瑚夏さんに伝えてね。『お礼ならいつでも受け付けてますよ』って」
一息にそう言い切ると、千波は俺をグイッと廊下へ押し出した。
と思えば、最後ひょこっと顔を覗かせて吐き捨てるように言葉を放った。
「うまくやんなさいよ、圭」
◆ ◇ ◆ ◇
side:千波 ちな
「あの時見逃してくれた借りは返しましたよ、瑚夏さん」
一人ぽつんと呟く。
「正々堂々だなんて、強い方の戯言だわ」
結局私は負けた。それでも、それでも立野圭という人間を愛しているからこそ、瑚夏ゆりという先輩に恩義を感じているからこそ、私の本心が口を動かした。
いくら鈍いあの男でも、ここまで言えばわかるでしょう。たとえそれが敵に塩を送ることになっても。
いいえ、相手があの瑚夏ゆりなら「シンデレラにガラスの靴を送る」かしら。
誰が魔女よ。腹立たしい。
あーあ、サブヒロインも楽じゃない。
でも全部上手くいくのは癪だから、私だって観客や裏方じゃなくて役者だから、ほんの少しの悪戯は許してちょうだいね。
お見舞いなんて元々行く予定はなかったし、瑚夏さんにチャットなんて送らない。
その方がきっと、楽しいから。




