第15話 マッチ売りのジュリエット②
「また悲劇を選んで……」
大晦日の夜、すべてのマッチを売らなければ家に帰れない少女は、暖をとるために売り物であるマッチに火をつける。
するとストーブや七面鳥、クリスマスツリーという少女がついぞ手に入れられなかった「幸せのイメージ」が幻想として現れるのだ。
ただし幻想が見られるのはマッチが燃えている間だけ。
最後は幻影として現れた亡くなったはずの祖母が消えないように、持っているマッチすべて、つまり命に火をつけて彼女も天に昇るという話。
「でも少女は最期、幸せな笑みを浮かべるの。大切なものに抱かれながら天に昇るんだから悲劇じゃないわ」
そう言いきった彼女の顔は、ティッシュの箱を持っているとは思えないほど凛々しかった。
一筋の風が通り抜ける。
もう桜も散り時、かのお話の舞台とは程遠い。
「……雪じゃなくて桜の花びらですね」
「日本ならではじゃん、雅!」
「裸足でもないし」
「現代日本、それもビジネス街で裸足でティッシュ配ってたらやばい人じゃない」
俺たちを追い越すサラリーマンたち。
これが映画やアニメなら、彼らも舞台装置として認識できただろう。
だがしかし、ここは現実。
忘れていた、今出勤中じゃねぇか!他の人より少し早めの時間だとはいえ、ここでもたもたしていると遅れてしまう。
というかそもそも他の人に瑚夏さんと話しているところを見られたくない。
「くちゅんっ!」
そんなことを考えていると、目の前の彼女がかわいいくしゃみをする。
「あ、失礼……花粉がね……ティッシュティッシュっと……」
ポケットをまさぐる瑚夏さん。
しかし一向にお目当てのものは出てこない。さっさと諦めて手に持った配布用のティッシュを使えばいいのに。
「それ、使ったらいいじゃないですか。帰るのがティッシュ1つ分早くなりますよ」
「だめよ〜これは広報用なんだから」
まぁ会社の備品といえば備品だが……。ティッシュ1個分くらい誰も文句はいわないだろう。
これがもし、会社の経費で旅行でもしてました!って話なら別だが。
「じゃあ俺に大量に押し付けるのもだめでしょ、社内の人間なんですから」
「それとこれは話が別〜!あ、そうだ!立野くんから貰えばいいんだ」
言うが早いか、空いた手で俺の手元からティッシュが1枚消える。
前から思っていたが、トンデモ理論の構築で瑚夏さんに勝てる気がしない。
いやそりゃ一度俺のものになったから配る用のティッシュではないかもしれないが……なんかこう、所有権ロンダリングを感じるのは気のせいだろうか。
「ティッシュ配りのジュリエット」
思わず口から出たタイトル(?)は、意外にもしっくりきて。
飴玉を転がすみたいに舌で遊ぶ。
「ずびずび……えー、なんだかそれかわいくないからやだ。そもそも、死の間際まで必死だった少女と早朝からティッシュ配ってる私じゃ格が違うじゃない」
拗ねたように唇を尖らせる瑚夏さん。
かわいいし、ずるい。
「それがジュリエットでも?」
「そう、ジュリエットでも……というかジュリエットじゃないわよ!今更だけど、今更だけれども!あ、待って、くしゃみ……くしゅんっ!」
ちーんっと鼻をかむ音。そんな姿ですら絵になってしまうのは、舞台に立っていた人間だからだろうか。
まぁ貰うものも貰ったし、さっさと退散するか。
彼女が花粉と格闘している間に隣を通り過ぎようと足を踏み出す。
「あ、待って最後にね」
きゅっと、小さな手が俺の腕を掴む。
なんて絵面だ。モブとジュリエットが腕組んでるぞ、配役ミスだろ。
「これしながら何考えてたと思う?」
ポケットティッシュがジャケットの胸ポケットにねじ込まれる。もう何個目だ。
しかし。
この一言だけでわかってしまう自分が憎い。
彼女は言いたいのだ、マッチを燃やして私が見ている幻想は何か当ててみろと。
そしてそれを俺に聞くということは。
原作で命の火であるマッチを……現実ではポケットティッシュだから格好がつかないが、それを渡しているということは。
「……週末、善処します」
絞り出した答えは果たして、正解だったのだろう。
なにせ腕にかかる圧力が強くなっているから。
「ん!よろしい!行ってよし!」
……天国に、じゃないよな?
幻想と現実の区別がついてないのは自分か、なんて虚しいセルフツッコミを入れながら、俺は早足で会社へと向かった。




