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第13話 ちなみにちなむと千波ちな③

機嫌のいい千波と会社に戻ると、昼休みの終わりギリギリだった。

 危ない危ない。やっぱりあいつのペースは人を狂わせる。


 ついつい話し込んでしまう……というか雑なボケを拾わなければいけないから時間が経つのだ。


「はぁ……どっと疲れた」


 椅子にドカッと体を預ける。

 この会社で俺の味方なのはお前だけだよ……。いつだってふかふかの包容力で俺を包んでくれる。


「今日は遅かったな、店混んでたか?」


 眠気覚ましのコーヒーを飲んでいると、隣の同僚がアイマスクを外して話しかけてきた。

 よく会社の椅子で眠れるな。いびきや寝言が怖くて絶対できないわ。


「ちょっとパスタを食らう悪魔にあった」


「ん?」


 これはこいつの寝起きのせいじゃなくて俺が悪いな。

 瑚夏さんと千波のせい(おかげ)で、言語野がバグってる。

 普通の人間は婉曲した表現で日頃から遊ばないんだ。


「いや、千波に会った」


「へぇ〜〜珍しい。あの人、いつもお弁当だろ?」


 さも当たり前のことを話すみたいな同僚。


「なんでお前がそんなこと知ってるんだよ」


「ふっふっふっ……この会社のアーカイブと呼んでくれ」


 どこに女性のプライベートっぽい情報だけを載せたアーカイブがあるんだ。

 まじでこいつ、法に触れてないよな?


 くぁ〜と大きな欠伸をかました同僚は、PCに向き直る。

 こんな感じだが、仕事は早いんだよなぁ。


 さっさと進めて今日こそは定時で帰ろう、なんて夢物語を想像しながら、俺も同じようにキーボードへ手を乗せた。


◆ ◇ ◆ ◇


『さっきはありがと。ご馳走様』


 そんなチャットが広報課から幾枚もの壁を通り抜けて俺のPCへと投げ込まれた。


『何の話だか』


 こういう時に偉ぶらないのが大切だって、飲み屋で隣の座敷のオッサンが言ってた気がする。


『かっこつけなくていいわよ』


『お代は仕事で返してくれ、主に俺への契約案件を持ち込まないことで』


『嫌よ』


 バッサリと切られる。戦国武将も真っ青な切れ味だ。

 せめて正規ルートで申請してくれ……。個人で案件を抱え込むといずれ爆発してしまうのだ。


 法務課もそこまで人数がいるわけでもないし、緩くではあるが暗黙の了解で担当が分かれている。

 今まで見たことのないケースだと時間もかかる。そして広報課から回ってくる案件は、大体そういう類のものなのだ。


 モデルを使った撮影ひとつとっても、相手方の要求によって契約は形を変える。

 契約書に何を盛り込むか、逆に何を盛り込まないのかは契約担当の腕の見せどころだ。


 しかし俺たちが先方の担当者と折衝をすることはない。

 営業なり企画なり広報なりが自分の必要な要素を先方と調整したうえで、俺たちのところに案件として持ってくる。


 簡単に言えば、合意形成までに踏むべきステップが多すぎるのだ。


『知ってるだろ、俺も案件抱えすぎたら爆発するって』


『前までそんなこと言ってなかったじゃない、まさか瑚夏さん専属になるつもり?』


 また誤解を招くような……。


『そんなわけないだろ、というか社内でそんな私情に塗れたことしてみろ、後ろ指が100本を超えるぞ』


『喜び勇んで私がその先頭に立ってやるわ』


 どんな顔して彼女がPCの前に座っているか想像できてしまう。

 いやいや数少ない同期を労れよ。


『ちなみになんだけどさ、』


 一言だけ残して途切れるチャット。

 待つだけの時間にじりじりと焼かれる指。


 一秒が世界共通だなんて嘘だ。夜は早く進むし、返信を待っている間は遅く進むに違いない。


 何分経っただろう。

 諦めて仕事に手を付け始めたところで、ポコンッとモニターの右下が瞬いた。


『ちなみにちなむと、』


 社会人の勘は当たるのだ。

 水面に水滴が落ちるように、凪いだ湖に風が走るように、これからの関係に一石が投じられる。


『私とも遊びに行こうって言ったの、本気だからね』


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