第11話 ちなみにちなむと千波ちな①
「正直悪かったと思ってるわ」
目の前に座る千波が口を開いた。
花弁を模した照明、清潔な木のテーブル。ニンニクとチーズの香りに意識が地中海へと飛ばされる。
絵本に出てくるならこういう店だ、という理想を体現したイタリアンで、俺たちは向かい合っていた。
手元のフォークに絡みついたボロネーゼ。
さて、一体どの悪行について謝罪しているのか。
というかそもそも。
「いや、当たり前のように一緒に飯食ってるけど、これがまずおかしいだろ」
ふと気づいてしまう、この異質さに。
今まで他の同僚を交えてのランチや飲み会でなら千波と会ったことあるが、本当の意味でサシでご飯なんて初めてだ。
「なんにもおかしくないじゃない。久しぶりに私に会いに広報課に来てくれたと思ったら、瑚夏先輩と楽しそうにお喋りして、なんだかもやもやするから美味しいパスタでも食べようとお店に入ったら、つい最近までは私一筋だったのに浮気した立野くんに会ったってだけでしょう?」
一息に言葉の弾丸を吐き出す千波。
「どうも説明をありがとう。偏向報道甚だしいぞ」
これがテレビ中継かライブ配信、はたまたありえないと理解しているけど、俺たちがもし小説の登場人物なら読者はすっかり状況がわかっただろう。
おかしな方向にな!くそ、視線誘導もいいところだぜ。
「合ってるわよ。まぁでも」
彼女はスプーンを使わず、器用にフォークだけでパスタを絡め取ると、ぱくっと小さな口に放り込んだ。
もきゅもきゅと咀嚼すること数秒。
……なんだかハムスターが口を動かしているのを見ている気分だ。
「立野が次のロミオかぁ……瑚夏さんから男性に絡みに行くの珍しいんだからね」
次のロミオって嫌な響きだな。
過去何人の男が勘違いして、毒を飲んだのか。
「そもそも俺あの人のこと顔と名前しか知らないし」
「あんなに有名なのに?」
目を丸くする千波。
いつか隣に座る同僚にも同じ顔をされたっけ。
「あんなに有名なのに、だ。みんな噂にかまけてないで仕事をしてくれ仕事を」
学生の本分が勉強なら、社会人の本分は仕事だろうが。
だめだ……学生が本分を果たすところなんてテスト前しかないわ。
「まぁあんたの言ってることも正しいんだけどね〜みんな飢えてるのよ、ゴシップに」
「知ってもどうにもならんだろ」
「酒のツマミにはなるからね」
それで飲む酒は美味いか?
きゅうりのように叩かれてごま油を垂らされる瑚夏さんの身にもなってやってくれ。
「んで、話が大きくなる前に言っておくんだが」
「やめてよ。まるで私が噂を流すみたいじゃない」
「……え?」
その通りだろうが。
「は?失礼しちゃうわ!こんなおもしろ……ごほんごほんっ!楽しげ……ん゛ん、繊細な話、誰かに話すわけないじゃない」
「本音がダダ漏れじゃねぇか、信用できね〜」
「私とあんたの仲なのに?」
「ただの同期な」
「今となっては少なくなった希少なね」
そう、30も手前になると同期が減るのだ。
自分の可能性を試したくなった、家の都合、同僚や上司と反りが合わなかったなど、理由は様々だが人が減るのだ。
そういう意味では、目の前にちょこんと座ってポニーテールを振り回しながらパスタを頬張る千波も、戦友と呼べるかもしれない。
これが同盟なら、今まさに解消してやろうと思っているが。
「それで、結局どうしてあんたと瑚夏さんが仲良さげなのよ」
はぁ、本題を話すまでに何分掛かったか。
机の上にある皿は全部空だ。
「この前残業終わりに散歩してたらさ」
俺はなるべくフラットに、要らない情報を省くように気をつけながら、あの夜のことを思い浮かべた。




