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新人補給兵マールの一日  作者: 礼依ミズホ


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あっけないもの

小説家なろうチャレンジ企画『お題で飛び込む新しい世界』「戦記」参加作品です。

 「マール、こっちのロープを張るのを手伝ってよ。」


荷車の積み荷を覆う防水布がずれていないか確認していた新人補給兵のマールは、声のする方を振り返った。見れば、同じく新人補給兵のデニウスが雑木林の中で天幕を張るのに苦戦していた。


「デニウス。もしかして、ここに天幕を張るつもりだったのか?」

「うん。」


マールがデニウスに近寄ると、デニウスは木の枝に引っ掛けようとしていたロープの先端を回収して来たところだった。


「おい新人っ!こんな所に天幕を張ったらダメに決まってるだろう?ロープを張る前に、場所を確認しろよ、場所!」


たまたま通りかかった先輩の補給兵がちらっとデニウスが天幕を張ろうとしていた場所を見ると、デニウスを小突いて通り過ぎて行った。デニウスは先輩に怒られてしゅんとしている。


「ねえマール、本当にここじゃだめなの?」


デニウスはマールに縋るような眼をして尋ねた。


「ああ、ダメだな。」

「なんで?」

「後で説明するから、今は先に俺達が寝る場所を確保しよう。こっちだ。デニウス、ロープは持ってるか?」

「うん、持ってるよ。」


マールは雑木林の木々の枝振りと地面を眺めると、天幕を張るのに良さそうな木を見つけてスタスタと歩き始めた。デニウスはロープを持って慌ててマールの後をついて行く。


「今夜は雨かなぁ。」


マールは夕焼けの見えない空に冷たい湿り気のある風を肌に感じ、小声で呟いた。


 マールが従軍したのは夏の盛りだったが、配属された補給部隊が北の砦を目指していることもあり、いつの間にか季節は夏から秋へと移り替わっていた。これまでと同じペースで北へ向かうと、寒い冬の領域に入るのもじきだろう。


「デニウス、この木の幹にロープを結んでこれるか?」

「うん、できると思う。」


デニウスはマールに指し示された木にするすると登ると、ロープを結び付けて降りてきた。


「しっかり結んだか?」

「うん。」

「それじゃあ、このロープのもう片方はこっちの木の幹に結んできてくれ。」

「分かった。」


デニウスは再びするすると木に登るとロープを幹に結び付けると、その場からぴょんと飛び降りた。


「おい、デニウス。危ないだろうが!」


木から飛び降りて来たデニウスとぶつかりそうになったマールは、デニウスに注意した。


「平気だって、これくらい。」

「足でも挫いたらどうすんだよ。俺達は歩いて行軍するんだぞ。お前が俺を背負ってくれるのか?」

「はいはい、分かってるって。」


デニウスは困ったときはすぐにマールのことを当てにするくせに、こんな風にマールの注意を真剣に聞こうとはしない。


 ―――何となくだけど、デニウスってお貴族様っぽいんだよなぁ。


マールとデニウスは同じ時期に徴兵され、同じ部隊に配属された同僚である。しかし、自分と同じ平民ではあまり見かけない金髪に空色の瞳と言ったデニウスの外見や、食事の時やふとした時の所作の綺麗さ、雑談した時に自分が知らないことを沢山知っていることから、それなりに高い身分の家の子息なんだろうと推察していた。


「ほら、デニウス、暗くなる前にさっさと天幕を張るよ。」

「え~?マールが張っといてよ。」

「俺達、従軍してるんだぞ。ここだって、最前線からかなり離れているとはいえ、戦場なんだ。デニウスも一人で野営できるようにしておかないと、後で困るよ。」

「だからぁ~、最前線から離れてるんでしょ?大丈夫だって。」

「ま~た呑気なことばかり言って。ほら、口を動かすんなら、手も同じくらい動かせ。」

「はいはい。」


デニウスは渋々ながらもマールと一緒に天幕を張り終えた。


 「デニウス。天幕張ったからって、明るいうちからダラダラしてんじゃねえよ。ほら、暗くなる前に飯作るぞ、飯。」

「え?いつもみたいに携帯食料齧るだけじゃないの?」

「さっき今日は『火を使用していい』って通達があったから、温かい物が食べられるぞ。」

「それじゃあ、今日はスープも飲める?」

「ああ。」

「やった!マール、何か手伝うことある?」


急に元気になったデニウスは、飛び起きるとマールに手伝いを申し出た。


「ならデニウス、焚き木を拾って来てよ。」

「うん、分かった!」


木の幹に寄り掛かって座っていたデニウスは立ち上がると、いそいそと焚き木を集めに行った。


「相変わらず、現金な奴だなぁ。」


火の側に残ったマールはデニウスの後ろ姿が遠ざかるのを見ながら呟いた。





 「ふぅ~温まるねぇ。」

「ああ。やっぱり温かい物が食えるのは有り難いな。」


マールとデニウスは、干し肉と豆、硬パンの入った物を湯で煮ただけのスープを夕食として食べていた。


「なあ、マール。さっきの場所、何がダメだったんだ?」


デニウスはカップに入ったスープをスプーンでかき混ぜながらマールに尋ねた。


「あそこか。デニウス。さっきの場所はよく見ると少し窪地になってたんだ。」

「くぼち?」

「ああ。さっきデニウスが天幕を張ろうとしていた辺りは、地面が凹んでいたんだよ。」


マールは食事の手を止めてカップを横に置くと、焚き木用の小枝で地面に絵を描き始めた。


「ほら、さっきの場所を分かり易く描くと、こんな感じだ。」


マールは始めに天幕を張るための木を二本描いた。それから、二本の木の間にロープを渡して天幕を張ると、下の地面が凹んでいる絵を描いた。


「デニウス、窪地だと雨が降ったときにどうなると思う?」

「水たまりになる。」


デニウスはカップを持ったまま、マールの描いた絵を見て答えた。


「そうだな。野営地で水が溜まると何が困る?」

「そうだなぁ~まず、水たまりだと寝れないよ。」

「そうだな。他にはあるか?」

「火が起こせない。」

「水溜まりで野営したら着ているものや装備が濡れてしまうだろう?」

「うん。」

「濡れたら身体が冷えて一気に体力を奪われる。こういう長い時間をかけた移動では、ほんの些細なことが命取りになるんだぜ。」

「そっかぁ~。マールって凄いなぁ。」

「まあ、これも親父や兄貴たちの受け売りだけどな。デニウス、感心するのもいいけど、俺の言うことをちっとは頭に入れとけよ。」

「はいはい。」

「デニウス、お前、本当に聞く気あんのか~?」


マールはデニウスの頭をグイっと抱えると、デニウスの頬に拳をぐりぐりと押し付けた。


「ごめん、マール、ごめんってば。聞く、聞いてるからっ、放してくれよ!」


デニウスは腕でマールの背中をバンバン叩きながらマールに謝った。


「とにかく。この部隊は北へ向かってるし、だんだん寒くなってきてるから、身体は冷やすなよ。今夜は雨が降りそうだしな。」

「うん。」

「それにだ。少なくとも俺らは任務が終わらない限り、風呂には入れないと思ってた方がいいぜ。」

「え、そうなの?」

「デニウス、よく考えてみろ。俺達がこの部隊に配属されてから、今まで休憩や野営した時に風呂に入れたことってあったか?」


マールに言われて、デニウスは今までの行軍を思い返した。暑い中での行軍でも、川で水を浴びるか、濡らした布で身体を拭く程度だった。水場が遠い時は、身体を拭く布を水で濡らすことすらできなかったこともあった。


「ない・・・な。」

「ま、俺らはともかく、お偉方はどうか知らんけどな。」

「じゃあ、俺も偉くなったらお風呂に入れるの?」

「知るか。下っ端の俺にそんなこと聞くんじゃねぇって。ほら、明日も朝早いんだから、さっさと寝ようぜ。」


マールはデニウスを天幕の下に押し込むと、自分も天幕の下に潜り込んだ。デニウスは横になると、毛布を体に巻き付けた。


「マール、おやすみ。」

「ああ、おやすみ。」


二人は並んで横になると、短い挨拶を交わした。





 「マール、起きて。」


デニウスが隣で眠っているマールの肩を叩いていた。


「ん~?」


寝起きの悪いマールは、デニウスが起こしているのに全く気付いていなかった。


「ねえ、マール。起きてってば。」


マールは身体を揺すられても起きないので、デニウスは自分の冷えた手をマールの頬にびとっと押し付けた。


「ううぅ~ん、んだよ。冷たいじゃないか。」

「ね、マール、お願い。一緒に来て。」

「んあぁ~またかよ。朝まで我慢できねぇのかぁ~?」

「うん。」

「しょうがねぇなぁ。」


マールは重い頭を持ち上げてよろよろと起き上がった。デニウスとマールは天幕を出ると、近くにいた見張りの兵士に声を掛け、用を足すために近くの茂みに向かった。我慢できないデニウスが先を歩き、後からマールがついて行く。湿り気を帯びた空気が肌にじわりとまとわりつくようで気持ち悪い。


 「デニウス。お前、鎧はどうしたんだよ?」


少し頭がはっきりしてきたマールは、短剣とスコップだけ持って先を歩いているデニウスに声を掛けた。


「鎧を着けたままだと眠れないんだよ。もう我慢できなかったから、鎧なんて着けてくる余裕もなかった。でも、そういうマールは鎧着けてるんだね。」

「皮鎧だしな。俺は小心者だから、寝る時も恐くて外せないんだ。見張りの兵士達みたいな装備だったら外して寝るだろうけどな。もう皮鎧着たまま寝るのにも慣れたよ。デニウスは恐くないのか?」

「用を足しに行く位なら、平気だっ―――」


ぽつっ。


マールの頬に雨粒が当たったのと同時に、マールと話していたデニウスの言葉が途切れた。


「デニウス?」


先を歩いていたデニウスの身体がゆっくりと後ろに倒れてきた。見ると、デニウスの胸に一本の矢が深々と刺さっている。


「デニウスごめんっ!ここで耐えてくれっ!」


マールはデニウスに謝ると、デニウスの身体を慌てて近くの茂みに押し込んだ。


「て、ててて、敵襲ーっ!敵襲ーっ!」


マールは叫びながら、もつれる足を必死に動かして見張りの兵士がいる所へ走っていった。マールの部隊が野営している雑木林にも雨粒がパラパラと落ちてきていた。





 気付けばいつしか雨は止んでいた。どうやら、雨は大雨にはならず、戦闘中に少し降っただけで止んだようだった。先程の戦闘は、敵の襲撃に早く気付くことが出来たため、補給物資を奪われることなく敵を追い返すことができた。だからとはいえ、犠牲が全く無かった訳ではなかった。


戦いが終わった後、マールはデニウスを押し込んだ茂みに向かった。茂みに辿り着くと、残念ながら既にデニウスは事切れていた。


「デニウス・・・。」

「息があったら今運んでやれたんだが、こうなっちまったら明日の朝だな。」


 怪我人はなるべく早く野営地に連れ戻すが遺体の回収は翌朝行う、という部隊長の判断で、生き残った者達を野営地まで連れ戻すと、見張りの人数を増やして部隊の者は交代で休むことになった。マールは事切れていたデニウスのことを想うと、天幕の下で毛布にくるまりながらもなかなか寝付けなかった。しかし、マールは明日も徒歩で行軍だ。


「眠らないと。」


寝不足では明日の行軍が厳しくなる。マールは鎧を着けたまま横になると目を瞑った。マールは毛布を体に巻き付け直すと、眠れないながらも体を休めることに専念した。


 翌朝、今回の戦闘で命を落とした者達の亡骸が雑木林の開けた所に集められた。護衛兵達が、彼らを埋葬するための浅い穴を掘り始めていた。補給兵達は、その横で亡くなった仲間達の遺品を整理していた。


「デニウス・・・。」


マールはデニウスのうっすら血の付いた服を遺体から剥ぎ取った。そして、マールは懐から小さいナイフを取り出すと、デニウスの金髪を一房切って束ねた。マールはデニウスの服と遺髪を、他の遺品と共にデニウスが使っていた背嚢にそっと収めた。


「マール、他の奴はいいのか?」


マールがデニウスの遺品を背嚢に収めた後、他の兵士の遺品を整理している様子を見て仲間の補給兵がマールに尋ねた。


「うん。デニウスだけは、何か『ああしなくちゃならない』ように思えてさ。」

「まあ、マールが一番デニウスに懐かれてたからなぁ。お前がそう思うんなら、きっと、デニウスにとっては、それで良かったんだよ。」

「そうだな。俺も、そう思うことにするよ。」


戦士した兵士達を埋葬する穴が掘り終わり、彼らの遺品が入った背嚢が新たな積み荷として追加された。亡くなった兵士の亡骸が穴に順番に並べられると、その上に土が静かに被せられていった。夕べの雨で土がほんのり湿り気を帯びており、心なしかスコップですくう土も重そうに見えた。遺体を埋めた穴の傍らに、遺体の数と同じ数だけ新しい木の枝が地面に突き刺された。


「死ぬのって・・・あっけないんだな。」

「ああ。」


マールはデニウス達が埋葬される様子を見て呟くと、隣にいた兵士が相槌を打った。


「戦争だからな。」

「うん。」


二人は口を閉じると、戦死した仲間達へ静かに祈りを捧げた。





 「ほら、そろそろ行くぞ~。準備はいいか~?」


上官がわざと明るい声を出してマールたちの背中をバシバシと叩いて回り、出立の準備を促した。


「マールだ。昨日の襲撃で一人になった。宜しく頼む。」

「俺もだ。名前はテッド。こちらこそ、宜しく。」


マールは今日からテッドとペアを組むことになった。テッドも、昨夜の襲撃でペアを組んでいた者が死んだのだそうだ。マールはテッドと一緒に昨日まで並んでいた所とは違う場所に並ぶと、のろのろと動き出した隊列を追って歩き始めた。


「そっか。これが・・・戦争なんだな。」


こうして、マールの新人補給兵としての一日が再び始まったのであった。

手術など医療関連のドキュメンタリー映像は平気で見る(むしろ興味津々で前のめりで見る)のに、実写のドラマや映画で残虐なシーンを見るのが苦手(本当にしんどいので普段はほとんど見ない)私が戦記など書けるかしら・・・と思いながらも挑戦してみた結果が本作品です。お楽しみ頂ければ幸いです。

執筆当初は後書きに後日談を書くつもりでしたが、長くなりそうだったので連載版として別エピソードとして独立させることにしました。次話は本日23時投稿予定です。


今回も最後までありがとうございました。

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