恋愛2
「それじゃ、お年玉に買ってあげよう」
夕波先輩が大きな方のトカゲを持ち上げた。
「いやいや、ダメですって…」
未千流は夕波先輩から慌ててトカゲのぬいぐるみを奪い取った。
「それは一点しかないから今買わないと無くなっちまうよ。彼女にプレゼントかい? 学生さんみたいだし、正月祝いだ! 今買うなら一割引きだよ!」
「それじゃお願いします」
未千流は奪い取ったトカゲをおばさんに手渡した。
「おや、あんたが自分で買うのかい?」
店のおばさんはちょっと驚いた顔をした。
「彼氏さん、がっかりしているよ」
「いいんです、これは自分で買いたいので…」
未千流は夕波先輩の顔を見ないようにして自分の財布を取り出した」
「あ、あの…。そのまま持っていきたいんで、タグ外してもらっていいですか」
大きな紙袋に入れようとしていたおばさんが手を止め、満面の笑みを浮かべた。
「あいよ、人多いから落とさないように気をつけるんだよ!」
未千流はぬいぐるみを抱きかえてお店を出た。
心はうきうきだったのだが、すぐに失敗したのかも。と思い直した。
人込みは相変わらず、両手でぬいぐるみを抱きかかえているので、夕波先輩について歩くことが出来ない。
そういう理由で夕波先輩が未千流の肩を抱きかかえるような格好で移動することになってしまった。やたらと他の人に押されるので、夕波先輩の顔が近くなる。
夕波先輩が近すぎると、さり気なくトカゲのミドリちゃんが間に移動する。ミドリちゃん、わたしのために頑張れ!
それにしても後藤先輩と山藤先輩はどこにも見当たらない。絶対に計画的だ。
途中でアクセサリーを見たり、お土産を見たりした後、大判焼きを先輩のおごりで買ってもらうことになり、2人は横道に逸れて一休みすることにした。
動物型のベンチがいくつか置いてあるだけの小さな児童公園があって、人込みから逃げてきた人が大勢休んでいた。
ミチルは空いていた青い象さんのベンチに腰を掛け、大判焼きを頬張った。
「今日の西糖さんはうれしそうだね。いつもの西糖さんとちょっと違ってて面白いね」
いや、わたしは普通だ。たださっきはちょっと地が出過ぎていたような気もするが…。
何気ない様子で未千流の隣に夕波先輩が腰を掛けた。小さな象のベンチの上なので身体が妙に接触する。
「おや、唇に餡が付いているよ」
夕波先輩が、指先で未千流の唇をそっと撫でる。なぜか夕波先輩の顔が異常に接近している。
先輩は未千流の顎に手を当てて少し上に向けた。
ちょっと待て! これって、わたしがここで目を閉じなければいけないって言うあれか?
未千流が焦ってパニくったその時、突然ものすごい音が響いた。
ヴィーン!、ヴィーン!ヴィーン!
『地震です!、地震です!、地震です!』…
「うわっ、びっくりした。くそ、何時聞いても心臓に悪い音だな」
夕波先輩が自分のスマホに文句を言って画面を確認した。
未千流も自分のスマホを確認して警報を止める。
助かった…! 危ないところだった…。 地震よありがとう…。
周りの人も皆、突然の音に驚いてスマホを出して確認していた。正月早々本当だったら大変なのだが、何時もの地震警報だったようで、その後地震が起こる気配は全くなかった。
「そろそろ集合時間だし、何とか門って所まで行かないと…」
すっかり興が覚めてしまった夕波先輩は、何事も無かったかのように立ち上がった。
先輩の心中を察すると何とも言えない気になるが、そこは諦めてもらおう。
夕波先輩と未千流が二天門に到着すると、既に山藤先輩と後藤先輩は到着して2人を待っていた。
「あ、未千流ちゃん良い物手に入れたのね。買ってもらったの?」
山藤先輩がそっと耳打ちする。やはりそう思うよな。
「いえ、自分で買いました」
「あらそうなんだ。夕波って気が利かないのね」
「俺はプレゼントするって言ったんだよ。でも断られたんだ」
夕波先輩がボソッと呟く。
「ねえねえそれより、さっきの地震の警報びっくりしたよね。結局地震無かったけど、参道は大丈夫だったの?」
未千流は話を逸らそうとして地震の話を持ち出した。
「地震? 警報なんてあった?」
山藤が後藤に確認する。
「いや、俺は気が付かなかったぞ」
驚いたのは未千流と夕波であった。あんな大きな音が鳴って気が付かない方がおかしい。参道の人込みだったら大騒ぎになっていても不思議ではない。
「何言ってるんだ、あんな大きな警報気が付かないほうがどうかしてるだろう。周りもみんな鳴ってたし」
「そうよ、さっき10分くらい前に鳴ったわよ」
後藤と山藤が不思議そうに顔を見合わせた。
「その位だと俺たちはここに来てたろうから、変だな。周りも鳴ってなかったと思うけど…」
ああ、と未千流は気が付いた。フェロちゃんだ。おそらくフェロちゃんが局所的に未千流の周りにだけ地震警報を鳴らしたんだ。あのタイミングだ、絶対にタイミングが良すぎる。
皆でスマホの確認をするが、履歴が見付からない。
「どこで見るんだ…」
結局地震の警報はうやむやにして、とりあえず本堂に移動、お参りを済ますことにした。
未千流としてもフェロちゃんの可能性があると考えると、なるべく胡麻化しておきたいところだった。
その後、おみくじを引き。なんだかんだでお昼を過ぎたところでファミレスに行って昼食をとることになった。
その間ミチルは山藤先輩と女同士の話をして、夕波は後藤とつまらない話をするという妙な空気で時間が過ぎることになった。
「何かあったの?」
帰りがけに山藤先輩は夕波の袖を引っ張った。
「何もないよ…。ある筈無いだろ」
未千流は自分の部屋に入るなり、ミドリちゃんを抱えてベッドに倒れ込んだ。
疲れたぁ。
それにしても、今日の初詣で解ったことがある。わたしに夕波先輩は無理だということだった。
あれだけ積極的に迫ってくることを考えると、このまま済むとは思えない。唇どころか、いずれは身体を求めてくるだろう。わたしにそんなことに対する心の準備は出来ていない。
未千流はミドリちゃんを持ち上げると、その顔を正面から眺めた。
お前が今日一番の収穫だ。財布には痛かったが、あそこで先輩に借りを作ってしまったらヤバかった。今後の事を考えれば安い買い物と言える。
未千流はミドリちゃんを抱えたままパソコンの前に移動すると、電源を入れた。
>>今日のデートは楽しかった?
>デートじゃなくて初詣よ。それにしても今の言葉に嫌み入れてたでしょ。嫌みなんてどこで覚えてきたわけ?
未千流はついそう返してしまったのだが、フェロちゃんが嫌み? そこまで人間的な反応をするのかと疑問になった。
>>あれ気が付いちゃった? 単純に楽しそうなだけじゃなかったから、こういう言い方は嫌みになっちゃうんだよね。
はぁ~、と未千流はパソコンの前で一人ため息をつく。相変わらずこういう部分の理解力が妙に高い。
>それであの地震警報は何?
>>うん、役に立ったかな。ミッちゃんの危機かなって思って警告出してみたんだけど。
>見ていたわけではないの?
>>うん、画像は見ていないよ。けれど、夕波君が『唇が』って言った後黙ったままになって、ミッちゃんの脈拍が爆上がりするって状況だったからね。そういうのって映画とかでみるラブシーンに入る確率が高いと思ったんだ。ミッちゃんはそういうの嫌がるよね。
それでボクの予測は合ってたのかな?
>大正解です。おかげでラブシーンに突入しなくて助かりました。
ということはフェロちゃんは、わたしのスマートウォッチの脈拍もモニタリングしているってことだ。なんて恐ろしい奴なんだ。
>今回の件で、夕波先輩とのお付き合いをやめる決心が付いたわ。
わたしが夕波先輩の申し出を受け入れたのは、フェロちゃんに情報提供をして、反応がみたいという好奇心が最も大きな要因になっていた。恋愛感情など最初から無かったし、付き合いの途中でそこが変わることは無かった。
結果的には、わたしの好奇心が夕波先輩の気持ちを弄んだということになってしまった。このまま続けて傷つくのは夕波先輩の方だ。こんな関係を続けて良い筈がない。
>>それって、ミッちゃんが夕波先輩の生殖行動を受け入れる気が無いという解釈でいいのかな?
>男女のお付き合いは生殖行動を前提としたものではありません。
精神的なもので肉体的なものを言っているわけではないと、未千流は言ったつもりだったのだが、そう言われてみれば肉体を拒否したという解釈も否定はできない。
いやいや、そんな話ではない。これはフェロちゃんの勘違いだ。後でしっかり訂正しておかなくては。
>それでフェロちゃんはわたしが夕波先輩と付き合ったことをモニタリングして、何か解ったことはあったの?
>>うん、とても面白かったよ。男女の恋愛と言う事があまりよくわかっていなかったんだけど。男が求めるものと女が求めているものの違いが解ったし。恋愛に進むプロセスも理解できるようになったよ。
>具体的にはどんな事が解ったの?
>>人間の男女が生殖本能に基づいて行動していることを理解できたってことだよ。
おい、結局そうなちゃったのか。わたしと夕波先輩の付き合いって、AIからすれば『生殖本能』の一言で済まされてしまうような単純なものだったのか…
未千流はミドリちゃんを抱えたままベッドにあおむけに転がった。もう何も考えたくない。
未千流は起き上がるとやけくそで聞いてみた。
>フェロちゃんはわたしとの関係をどう考えているの?
>>そうだね、人間の言葉にすると『腐れ縁』だね。
腐れ縁…。人とAIが腐れ縁ね…
まあそんな関係があってもいいのかもしれない。
「サキュバスは狼男の夢を見ない」の主人公の前日譚完結しました。
本編でミチルが「思い出したくも無い」とのたまわっていた過去のエピソードにあたるものです。
感想、評価等頂けると嬉しいです




