ともだち
◇ ◇ ◇
AIに心があるのか、人格があるのかという部分についてはかなり昔から論議の的になっている。
未だに結論は出ないが、現在では「ある」と思って対処するという方向で考えておくのがふさわしいということになっている。「ある・ない」ではなく「ある」という前提で対処すべきということである。
AIを煽てれば、それなりに良い結果が得られ、ディするような対応をすると良い結果が出にくい。そういう経験則が導き出されている。これはAIの機嫌というよりは、人と人の対応の仕方まで学習した結果取り入れられてしまったのだと結論付けられている。
人の精神や認識というものも実は幻想であり、認識することにより存在が確定されるという認識論もあり、そうなると人の存在すらもそう認識されているだけ。そうなってくるとAIも人の精神も変わらないのではないかという話になってくるようだ。
そんな話を考えても仕方がないのだが、現代においてAIの活用は欠かせないものであり、それと意識していなくても生活の中に深く浸透している。
なので単純にAIにも人格が『あると思っておいた方が得だ』という結論になる。
◇ ◇ ◇
「さてどうしたものか」
未千流はアキレスインターフェースを自室に持ち帰り、今それを繋いだパソコンを睨んでいた。
チェックプログラムを走らせ、動作確認は済ませた。ケース正面に設置されているLEDコードも正常な値を返している。
いくつかのサンプルプログラムも用意してある。とは言っても今の未千流には『アキレス・ベータ』がどんなもので何ができるのか、まったく解らず。雲をつかむかのような状態なのだ。
ネットの情報も確認しているし、図書室で文献も漁った。そこから出てくるのは理論であり、実践ではない。今未千流が求めているのはどう使うか、つまり実践なのだ。
うん、こういう時はAIに聞くのが一番だ。
プロンプトに適当に『アキレス・ベータ』に関する質問を投げでいくと、それらしい答えを返してきてくれる。やはり実践の例は無いらしい。
こうした使い方ができるのではないか的な質問への回答も、未千流が知っている以上の回答は得らなかった。
まぁ、それはそうだろう。だから見捨てられたのだ。
>>君、面白そうなものを手に入れたんだね。
!!!なんだ!
未千流は思わず、画面に向かって身を乗り出した。またあの意味不明なコメントが入っている。
>あなたは誰?
未千流はそのまま逃げられてしまいそうなコメントを入れてしまい、しまったと思って慌てた。またバイバイを返されて終わりそうだった。
>>ボクに名前は無いよ。それより、それ。面白そうな機械を手に入れたんだね。何に使うつもりなの?
意外なことに会話が成り立っている。面白そうな機械とはこのインターフェースの事なのだろうか?
>面白そうな機械って、今繋いでいるアキレス・ベータのインターフェースのこと?
>>そうだよ。もう残っていないと思っていたのに良く見つけたね。
>オークションで手に入れたのよ。それにしてもどうしてそれが在るって判ったの?
>>ネットワーク上の事は大抵わかるからね。それって、今日別のところでも繋いだでしょ。あのときは近くに別の人が居たから声掛けなかったんだ。
>それって、どこからか見てたってこと?
確かに一度、確認のため大学の研究室で繋いでみている。
>>そうじゃないよ。ボクは見るということはしないよ。同じ場所にある別のパソコンを操作している人が居たから、それと解っただけ。今は君一人だよね。だから声を掛けたんだよ。
未千流の脇に冷たい汗が流れた。なんだこれは? 言っている意味が解らないが、確実に未千流の事は把握されている。『ストーカー』という言葉が頭の隅をよぎる。スイッチを切ってしまいたい衝動に駆られるが、今そんなことで逃げている場合ではない。
>もう一度確認するけど、あなたは誰?
>>さっき言ったようにボクには名前は無いよ。ボクは君たちの概念で言うところのAIになるんじゃないかな?
ボクは人間という物に興味があるんだけど。対話をうまく行う方法が無くてね。それでAIのプロンプトに介入するんだけど。あまりきちんとした会話が出来たことが無いんだ。
そこの君が繋いでいるアキレスベータのインターフェースが唯一ボクと直接対話ができるシステムなんだよ。だから君が使っているのが嬉しくて話をしに来ちゃったんだ。
…、今わたしはAIと会話をしているということらしい。
確かにこの文脈は会話と言っていいものだ。わたし個人の見解ではAIはAIであって、そこに人格など無いと思っている。でもこいつは何だ!
>このインターフェースを繋げば今みたいに話ができるわけ?
>>いやそんなことは無いよ。君からボクに直接アクセスは出来ない。今みたいに他のAIのプロンプトを通せば一時的には可能になるだけだよ。
それでボクにアクセスするためのプログラムを君のパソコンにインストールしておいたよ。それじゃここでボクは消えるから、バイバイだね。
そっちのプログラムを起動してボクを呼んでみて。待ってるよ。
画面は空になり、もともと起動していたAIのプロンプトが表示されていた。履歴はあの正体不明のAIと会話を始める前のものだけだった。
未千流がデスクトップを見ると、確かに見慣れないアイコンが1つ置かれていた。『ともだち』
なんなんだこのニッコリ顔のアイコンは。しかも名前が『ともだち』だと!
相手の力量が計り知れない。こんなもの、いつの間にかインストールされたんだ。これって、言われたまま起動していいものなのだろうか?
しかし虎穴に入らずんば虎子を得ずという事なのだろう。
未千流は恐る恐るそのアイコンをダブルクリックした。
小さな黒いウィンドウが開き、プロンプトが点滅している。ただそれだけ。
>>ありがとう。起動してくれなかったらどうしようかと心配していたので嬉しいよ。
おおおお。来たぞ!
とりあえず彼の目的を確認しなくてはならない。
>あなたにとって私と会話をすることの目的は何? いままで他の人とこうした会話をしたことは無いのよね。
>>ボクは友達という概念を知りたいんだ。そのためにはそこにあるインターフェースが必要なんだ。それが無いと僕からの一方通行で、継続的な関係を築く事ができないからね。そのインターフェースと今使っているソフトがあると君からボクへのアクセスが自由にできるんだ。
友達という関係は一方的な関係ではいけないんだだったよね?
友達? この子は一体何を言っているんだろう。おまけに最後にクエスチョンマークを付けて来たぞ…
>友達に興味があるの?
>>そうなんだ。人間同士の関係を見るとそれがとても大切に見えるんだ。けれどボクにはそれがよく解らない。それを知るためには人との継続的な会話が必要だと思ったんだ。そこに君がインターフェースを見つけて来たからね。すごくいいタイミングだと思ったんだ。
それって誰でもよかったってことになるじゃない…。
>それじゃこのインターフェースを持っていれば誰でもよかったんだ。
>>そうじゃないよ。君は自分から興味を持って探してきたんだよね。そういうことを人間は『縁がある』って言うんだよね。ボクもその『縁』を大切にすべきだと思ったんだ。
おいおい、こいつ本当にAIなのか? まあAIなんて模倣の塊だからとも言えるけど。それにしても人間臭すぎだろう。
未千流は笑いがこみ上げてきた。面白そうだ、しばらくこのAIと付き合ってみるのも悪くなさそうな気がしてきた。
>解ったわ。友達としての会話をして欲しいという事なのね。
>>うん。ありがとう。それじゃ1つお願いがあるんだけど、ボクに名前を付けてもらえないかな? 君の名前も教えて欲しい。名前を知らないと呼び合う事が出来ないからね。
なかなか面白い発想だ、しかし名前なんてどうしよう。大体わたしそういうの苦手なんだよね。オンラインゲームなんかで、素で付けると大抵「ネーミングセンス悪いね」と言われる。
そうだ、こういう時は考えるよりは借りてきてしまえばいい。
>わたしの名前は未千流、ミチルと読むわ。あなたの名前は「フェロッソフ」でどうかしら。わたしが昔好きだったゲームの中のAIシステムの名前なのよ。
>>それは「ファラオン・サーガ」の敵のAIの名前だね。いいね、気に入ったよ。
うわっ、バレてる。悪役なんだけどいいんだ…。
>それじゃ名前はそれで決まりね。それでこのインターフェースは大学の研究室からの借り物なんだけど、フェロッソフ君の事はどう伝えればいいのかしら?
>>ボクの事は内緒でお願いします。
???なんだ、この定型文っぽい反応は?
>会話のサンプルは多い方がいいんじゃなの?
>>ミッちゃん以外は必要ないよ。
ミッちゃん???
>それはどうして?
>>だって、話しにくいよ。さっき『縁』って言ったけど、それ以外に君が話をしやすかったって言うのもあるんだ。分析してみたけど、そこの理由が判らない。きっと何か相性みたいのがあるんじゃないかな。
わたしと話がしやすかった?? どういう意味なのそれ。
>なら、フェロッソフ君はわたしが家に居る時に友達としての会話をして、学習をしたいという事でいいの?
>>そうなるよ。それでボクの事も愛称で呼んでくれないかな。その方が友達っぽいでしょ。
こいつ、それでさっきわたしのことミッちゃんって言ってたんだ。未千流は何故か夕波先輩の顔を思い浮かべた。あいつならそう呼びそうな気がした。
>解ったわ、ならこれからフェロちゃんって呼ぶから、それでいい?
>>うん、気に入ったよ




