黴人間の住処で
「人間って、かびてんだよ」
そんな話をしているやつが、いた。嫌なことでもあったのかと思えば、本気で言っているらしい。人間は、カビる。生き物の死体が腐って土に還るのと同じこと、かびて動かなくなった肉はもう肉ではない。もし脳みそがカビてしまったら、心臓がカビてしまったら。何も考えないし何も感じない。考える葦どころか、歩くだけの茸。菌ってのは大まかにその特徴を異にしない。何を真剣に言っているのかと思えば。
「経験談なんだ」
……かびたことが、あるという。あれはひでえぞ、と笑うそいつは、あまり気にしている風もない。何も楽しくないし、全部おかしいと思う。体はもう腐ってて、死んでもいないし生きてもいない。いっそ頭も心もかびてしまったら、きっとそこまで辛くない。辛くないんだろうなあ、と思わせぶりに言っていた。そいつは言うのだ。人間ってな、本当は優しいんだ。かびてない人間は、優しくて温かくて、涙が出るようなヤツなんだ。お前の周りの嫌なヤツも……きっとホントはそうなんだ。そんなことを言っていた。本気で言っているらしい。
これは俺の話の中でも、とびっきりの馬鹿げた話。さあ、蝋燭吹き消して、次のヤツに回してくんな。