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どうやら甘く見ていたようですわ

「そのような行いは契約違反であるぞ。この場であるから大目に見てはやるが」


「契約……。契約?」


 そういえばこの剣は何でしたでしょうか。

「うぅ、わたくしは善行縛りの……契、約に……、はっ! いけませんわ! 例えどんなに憎い相手であれ、せめて半殺しで止めておかなければ」


「半殺しもどうであろうか?」


「お神様! そうでしたわ。このようなくだらぬ幻想にとらわれて」


「ようやく思い出したか。あとは良いな?」


 寝ぼけていたようです。握りしめていた魔剣の存在を認識します。

 わたくしは魔剣と契約させられて、今はその呪いを解くために……!


 ——まだ終わるわけにはいかないのです。

 そう、君主を失ったカトリアーヌ家の復興のために、わたくしは前に進まなければなりません……。


「お父様、見ていてください」

 世界が真っ白になってゆきます。


 このような度を超した愚行の数々、断じて許すことなどできません!


 ——魔剣を地面に突き立て、わたくしはゆっくりと立ち上がりました。

 赤黒く、鈍い輝きを放つ刀身。まさか幻惑耐性すら持ち合わせているとは。

 この剣があれば負ける気などしませんでした。

 そして思わず呟きます。


「……どうやら、甘く見ていたようですわ」


「へ? ……そ、そうだろ。どうだ、強いだろう?」


「ええ、とっても」


 おこがましいにも程があります。

 目の前の腑抜けた声に対して、わたくしは表情一つ変えずに答えました。


「ふ、フヒヒ、君も僕の偉大さに気づいたのかい。良いだろう」


 そうして愚か者は霧を解き、自ら身をさらけ出しました。


「その魔剣を置いていくのなら、君の命は助けてあげるよ」 


「……何を言っているのです?」


「え?」


「勘違いしないでください」

 たじろぐ魔族に逃げる隙など与えません。

 一瞬の跳躍で間合いを詰めます。


「わたくしは、この魔剣の強さに感心しているのです! ゴミ屑めが!」


「な、ゴミ屑!?」


「ええゴミです」




「——万死に値しますわ!」



「あ、があああああああああ! 仕事、仕事……お!」

 一刀両断。

 即死でございます。


「これでもう働かなくてもよろしいでしょう? ご安心してお眠りなさい」

「永遠に!」

 グシャリ。


 念には念を。

 ザクッ、ザクッ。


 真っ二つになった胴体を魔剣で突き刺し、更にみじん切りにしておきました。

「息を吹き返されても嫌ですからね。これで万全でしょうか」


「ほほう。上級魔族相手に上出来であった。褒めてしんぜよう」


「こんなところで止まるわけにはいきませんことよ!」


「うむ。……止まるんじゃねえぞ」


 ? 今なんか変なことを言われた気がしますが気にしません!

 やれやれ、上等な召し物だというのに泥まみれの血まみれです。

 お洗濯しませんと。


「さて、大変よく働いたことですし、村に戻るといたしましょうかね」


                 ◇ ◆ ◇


 生き残った村人達に一部始終をお伝えしました。

 仲間を失って泣き崩れている者や、生存を確認して涙する者等、村は錯綜しておりましたわ。


「おーい、お嬢ちゃん!」


「あら、ボロ宿のご主人様ではないですか」


「おいおい容赦ねえな。それより村を救ってくれてありがとう! 感謝する」


 主人は深々と頭を下げました。

 その横にいるのは奥さんと娘さんでしょうね。


「主人からお聞きしました。この子も無事で。あなた様は命の恩人です」


 腕の中の赤ん坊は、穏やかな顔で眠っています。

 う〜む、なんでしょう、このむず痒い感覚は。


「まあ、良きですことよ。やったのはわたくしの気まぐれです」


 ……とりま一件落着で良かったですわ。

「なあ、俺たちでやれる事があったら何でも言ってくれ。恩返ししたいんだ」


「あ、まだ自己紹介してなかったな、ロベルトだ。妻のセリーヌと娘のリザ」


「カトレアです。では、今晩一泊お泊まりしたいですわ。あとお洗濯も」


「お安いご用だぜ!」


「私たち、大サービスでおもてなしいたします!」



 ——その夜。


「さあ、沢山お召し上がりください!」


 奥さん渾身の手料理が振る舞われました。

 川魚のバターソテー、きのこと野草の炒め物、山菜のお浸し、その他盛りだくさんでのおもてなしです。

 恐らくは厳しい経済状況のなか、無理をしているのが分かります。

 しかし、その厚意を無下にするのも興ざめというもの。


「いただきますわ」

 一口ほうばると……。


「!」


 美味しゅうございました。とても下人の食事とは思えません!

 手応えを感じたのか、ロベルト氏は得意げな表情で言います。


「取れたての魚と野菜だ。それにうちの嫁の腕は天下一品だぜ」


「あらやだ、この人ったらすぐ持ち上げたがるんです、お恥ずかしい」

 たしかに絶妙な塩味と焼き加減。侮れません。


「いやいや、なかなか上等なお味でございます」

 お腹がすきましたから、とってもお箸が進みます。


 モグモグ……。

「苦労した甲斐がありましたわ」

 パクパク……。

 夢中でお口いっぱいほうばるわたし。

 だめですわ、無我夢中で口数が減ってしまいます。


「おぅ。嬢ちゃん面白い奴だな」


 とっても不思議そうな目で見られております。

 どんな理由かわかりませんが、お恥ずかしいですわね。


「……それ位に美味しいということです!」


「わははは!」


「? わたくし、なんか変なこと言いましたかしら?」


「すまんすまん。嬉しいぜ! そんなに一生懸命になって食べてくれるなんて思わなかったからな」


 顔を見合わせて笑う夫婦。

 わたくしは顔を赤らめてしまいました。

 このような質素なお料理に現を抜かすことになるとは。くやしいです!


「驚きましたわ。お魚もお野菜も、新鮮だとこんなに美味しいのですね」


「ああ、こうやって開拓地で暮らすのは大変だが、良いことだってがたくさんあるんだ。全部、嬢ちゃんが守ってくれたんだぜ」


 穏やかな瞳の先には、赤ん坊がはすやすやと眠っています。


「ただの気まぐれの結果です。守ろうとしたつもりなどございませんわ。ただ……」


「ん? なんだ?」


「……こういうのも悪くないですわね!」


「だろ? また腹すかせたら、いつでも来いよなっ」



 そこには、生き生きとした夫婦の笑顔がありました。

 下人にもこのような楽しみがあるとは存外なことでしたわ。

 え? 決してほだされてなどおりませんことよ!


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