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通りすがりの貴族を魔物退治に駆り出すなど不敬!ですわ ☆その1

 わたくしは王都を目指しておりました。

 何故って? 魔剣の神アーレス様がそうしろと仰るからです。

 色々と不満はございますが、契約なので仕方がございません。


 馬車に揺られながら暗い森を抜けます。

 すると小さな集落が見えました。


 あー、もう完全に失敗。

 どこの村も暗くてあまりいい気持ちはしません。

 これだからど田舎は……。

 近道だからと選んだ経路でしたが、ずっとこんな雰囲気なのでしょうか。

 先が思いやられますわ。


「……やけに霧深いですわね」


 その光景に思わず声を上げます。

 それは幻想的と言うにはかけ離れた、重苦しくて深〜い霧。

 気づけば結構な標高の山岳地帯にいるではないですか。

 眼下には、藍色と深緑のまだら模様がどこまでも広がります。

 やだ暗い。


「お客さん、着きましたよ」

 御者の声に呼ばれて馬車を降ります——。


「やあ、あなたは冒険者様ですか?」


 村の青年から声を掛けられました。

 くたびれた着衣、手には畑を耕すためのくわを持っています。

 仕事中にわざわざ、そんなに気になりましたかしら?


「違いますわ」


「こんな辺境の地に珍しいですね。どういった目的で?」

 少しトーンが下がった感じがわかります。

 ま、淡々とお答えしたので。


「わたくしは只の通りすがりの貴族の娘。宿を探していたところです」


「そうですか、わざわざご苦労さまです」


 もはや期待外れと言わんばかりの表情。

 冒険者様じゃなくて悪かったですわね。

 ですが、何か釈然としない気持ちです。この青年の目、何かに怯えている?


「みすぼらしい宿しかありませんが宜しいですか?」


「ぜひご紹介いただきたく存じますわ」

 わたくしは愛想を絶やさずお答えしました。そこ大事ですわよ、少年!

 ところで、村は畑の手入れも行き届いていない様子。人もまばらです。

 貧しい土地なのでしょう、当然主君は弱小な領主と想像できます。

 治安は最悪ですわね。


 まぁ期待などしておりませんでした。

 しかし日も暮れて参りましたし、渋々ここに決めたのです。

 ——宿は想像していたとおりでした。

 埃っぽくて風情など微塵も感じさせないベッドと机だけの虚しきお部屋。


 やれやれと魔剣を壁にたてかけます。

 そして廊下に誰も居ないのを確認して。


「あのぅ、剣神アーレス様?」

 すると魔剣はぼんやりと光り、声が聞こえて参りました。

 はい、イケボです。


「何か用か? 暇つぶしの雑談ならお断りだ」


「あら、つれないですわね。まあちょっとした愚痴でございます。でもでも、大事なことでもありますわ」


「ほう? 言ってみよ」


「あなた様のご指示に従いまして、ここ2週間ほど旅をして参りましたでしょう。わたくしはこの先、何をしたら良いのですか? いずれ聖剣に戻る日は訪れるのですか?」


「日々の積み重ねが大切だ、小さなことからコツコツと。一日一善はこなさねばなるまい」


「はぁ……ですがそれを何回こなせば? このままではわたくしババアになってしまいますわ」


「なまくらを言うでない。人のために何かをし、人が喜び、人から感謝されることで自分も喜べる。素晴らしいことであろう! 何百も何千もやれば良し、ニッコリ笑顔でみんな幸せ、優しい世界を作るのだ!」


「はぁ……」突然ハイテンションで何を言い出すんすか、新興宗教の勧誘です? てかこのお神、おしゃべり好きなのでは? 湧き出る疑問の渦に飲まれ、眉をしかめるわたくし。


「まあ回数については諸説あるのだ。善行にも種類があってな。小さな善行ポイント、大きな善行ポイント、双方をまんべんなく貯めることこそがランクアップの重要な要素なのだ」


「なにそれ?」


 もうアカン……何を言い出すのかこのポンコツブレードめ。

 ポイント制ってなによ??

 魔剣が会員ポイントカードとでも言うのでして?

 真面目な顔で推理するわたくしですが、次第に馬鹿馬鹿しくなってきました。


「つまり……。どういうことかサッパリでございますわ」


「今の貴様には理解できまい。魔剣ポイント制度のことはいずれ時が来たらわかるのだ。貯めれば貯めるだけ優待を受けられる、それが魔剣ポイント会員たる貴様の特権でもあるのだ。ファファファ」


 なーに笑ってんですかね? 口下手にもほどがありますわ。ぺちゃくちゃと喋っている割に全く内容が入ってきません。


 ふぁ〜あ。——もう眠くなってきたです。


「まあ良きでございます。今日は幼女さんの件で疲れてしまいました。ゆっくりした後お風呂に入って、おねんねするでありますわ」


                 ◇ ◆ ◇


 ——翌朝


「だ、だれか! 助けてくれえ! うわああああああ」


 穏やかでない雰囲気。外で何か騒ぎが起きているようです。

 目が覚めました。というかたたき起こされました。


「騒がしいですね〜、何か事件でも?」

 起き上がり、お目目をごしごしこすってから、宿の窓を開けます——。

 すると……びっくらこきました。


「ひゃあ〜、今日はまたやたらと霧が深いですわね〜」


 一面霧だらけ。こいつは状況がさっぱりでございます。


「うう、寒いですっ」

 パタリと窓を閉めました。 

 なにはともあれ、急いで外行きのお洋服にお着替えして、バチこりとお化粧を決めてから階段を駆け下ります。


「お客さん、外に出るのは危険だぞ! 霧の魔物だ」

 宿の主人の引き留めにあい、わたくしは足を止めました。


「魔物ですって!? 詳しく聞かせていただけますでしょうか?」


 主人は沈んだ表情で説明を始めました。

「そいつは霧の中に人を誘い込み、幻覚を見せて襲う化けもんだ。ここらに住み着いてしまったみたいで何度か襲撃されたことがあるんだ」

「ギルドに退治の依頼を出し、冒険者を募っていたところだったんだが。クソッ」


 机を叩く音が響きます。

 ふと村に来たときのことを思い出しました。

 なるほど、それで青年が私を。


「だめだ……この村も何もかも、もうおしまいだ」


 この世の終わりとばかりに頭を抱える主人。

 あらあら、絶望するにはまだ早いですわよ。


「このわたくしが何とかいたしますわ!」


 面食らった主人でした。またまた懸命に引き留めてくださいます。


「お嬢さんじゃ到底適わねえんだ。凶暴な魔物の返り討ちにあうだけだぞ!」


「わたくしには、この魔剣がありますの」


 ザンッ どや顔で鈍く輝く刃を降りかざします。


「それに、お断りする権利がないですことよ! オホホホ」


 高笑いするわたくし。

 事情を知らぬ者から見れば、何という強者の風格でしょうか。

 まあ面倒くせえし最早やけくそなのです。

 控えめにいって一宿一飯の恩義にしておいてあげましょうか。


「お嬢さん、冒険者なのか?」


「いえ、通りすがりの貴族でございますわ。伝説の魔剣持ちですが」


「伝説の魔剣? そうか……昨日あんたを一目見て強そうだって思ってたんだ。冒険者かと思ったんだぜ」


「悪かったですわね」


「すまねえ、そんなつもりで言ったんじゃねえんだ」


 わたくしは思わずムッとしましたが、そんなことは気にもかけずに主人は続けました。


「でも……あんたならきっとやってくれるって気がしてたんだ。俺にはまだ生まれたばかりの赤ん坊もいる。死にたくねえ、頼む、その魔剣で俺たちの村を救ってくれえ!」


 涙ながらに訴えかける宿の主人。

 これを捨て置くのは契約違反というものでしょう。……チッ。

 私は快く、そして颯爽と引き受けましたわ。舌打ちなんて断じてしてません。


「良きですことよ! このカトレア・カトリアーヌにお任せなさい!」


 宿の主人は泣いて喜びましたわ。


「お嬢ちゃん、すまねえ。本当に……うぅ。その勇ましい姿、娘が大きくなったらしっかり語り聞かせとくからなあ」


「言い方! まだ死んだわけじゃ無いのですわよ。気が早いんですから」


 やれやれ、なんというぼんくら共でいやがるのでしょう。

 とっとと麓の村に引っ越しておかんか! この愚図どもめ!

 などと罵倒して……いけませんわね。わたくしには契約がございます。


「さぁて、語り継がれる程の我が勇士、見せつけてやろうじゃあないですの!」


 気合いを入れてドアをブチ開け、外に飛び出しました。

 ……朝風が頬を冷たく撫でます。


「さむっ、ちょっと出鼻をくじかれましたわね」


 アカン。なんも見えへん。

 耐えかねたのか、お神様のツッコミが。


「調子に乗るのは勝利した後にするのだな」


 うう、耳がいたいです。


「高貴なる者というのは、下民に対して気高く、格好良くあるべきですから」


「……」


 まあいいでしょう。

 無策で飛び出し、お間抜けを晒したのでございました。

 気を取り直して周囲の状況をチェック——。


 霧は二階の窓から見るよりも一層濃く見受けられます。

 ぼんやりと建物のかげが浮かんで見えるだけ。

 無闇に動き回るなど危険なだけでしょう。作戦を考えることに。


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