「悪・即・斬!」ですわっ!
「うええええん、お姉さん、こわかったよおおおおお」
「もう大丈夫ですわ! さあ、これで涙を拭くが良いですの」
目の前にはモンスターの類。
怯える幼女に、わたくしはシルクのハンカチを差し出します。
艶やかな橙色の長髪を結え、華麗なる紅のドレスを身につけた高貴な存在。
気高き淑女であるわたくしが自ら、幼女の頭をヨシヨシと撫でてやります。
なんと慈悲深く、寛大なる心の持ち主でしょうか。
さて、ちらりと前を見やりますと。
「此奴は魔獣……ブラッディウルフ、ですわね」
不安げな幼女を後ろに控えさせ、私は剣を抜きます。
数多の血を吸った赤黒く輝く刀身が露わに。
「はあ……やれやれ」
おっと、思わず気の抜けた溜息が漏れてしまいました。
なんならもう少し吐き出してしまっても宜しいでしょうか?
あぁ、言ってしまいたい。ぶちまけたい。けばけばしく毒づいてしまいたい。
いえ、だめですわ。契約を破るわけには!
で、でも我慢できませんわ。……っもう、限界です!
はぁ〜……っと深い嘆息。
そして吸って、一気に吐き出します。
高貴な身分のこのわたくしともあろう存在が童の子守りなど……
まったくもって耐え難い屈辱ですわ!
煩わしい手間を増やしやがって、こんのっくそ雑魚モブどもめがブッ潰す。
てめーら覚悟しやがれ!
ひゃっ!決してこんな下劣な罵声など口に出すことはできません。
何故って? 契約があるのですわ。
心の中でブチ切れ散らしながら、目の前の凶暴な魔物の退治にかかります。
「ガルルルルル!」
3匹の魔獣はしびれを切らし、襲いかかってきました。
ですが怯えなど微塵もありません。颯爽と、しかし怒りに震えて迎え打ちます。
ずしりと重い『魔剣』を構えながら——。
「このわたくしの高潔なる血肉にありつこうなどと、なんたる傲慢。同じ空気を吸うことすら疎ましいですね……」
「──万死に値しますわ!!」
ズサン!グシャアアアア
赤黒い刀身を脳天めがけて打ち下ろし、容易く両断いたしました。
即死でございます。
わたくしにかかれば下級モンスターを滅するなど朝飯前。
なんなら調理場でお野菜を切ることよりも簡単ですわね。
そしてすかさず幼女の機嫌をとりますわ。
「お怪我はありませんこと?さあ、母君のところまで送ってさしあげましょう」
「強いお姉さん、ありがとう!わたしもいつかお姉さんみたいになりたい」
ぎゅっと抱きついてきて、上等なドレススカートに容赦無く鼻水と涙をこすりつける幼女さんでした。洗濯のしがいがありそうですわね。
あら〜、よく見ると可愛らしい子ではありませんか、ムフフ。
おっと、余計な時間を取られるわけにはまいりません。
村まで送り届けることに。
保護観察者としての義務を全うすることに抜かりはありません。
この森は魔獣の巣窟。
ブラッディウルフの縄張りに侵入した人間は容赦無く餌食にされます。
漫然と迷い込んだ小娘が襲われる事など自明の理。
正直なところ、この愚鈍たる小娘が襲われていたとして、何ら気には止めません。自業自得も甚だしい訳ですから。
ただしそれは、本来のわたくしであればのお話です。
……悲しきことに、今のわたくしにはその選択肢は与えられておりません。
そのような行いをすれば契約反故、即座にわたくしの心臓が弾け飛ぶでしょう。
──つまり、わたくしの命は質にとられているのです。
ああ、なんと嘆かわしい。
【次回:悪役令嬢カトレアを善行縛りにした魔剣との契約とは???】
最後までお読みいただきありがとうございます。
いいね、ご感想などいただけると励みになります。
お嬢様キャラが好きなので続きもどんどん書いていきたいと思います!