8.魔法
気を取り直してクラブ巡りを再開よ。
クラブ棟では主に芸術系と研究系、それに魔法に関連するクラブが集中している。一階は絵画や刺繍、演奏、演劇などのクラブ。二階は歴史や地理、数学や物理学などの研究系。この世界は魔法もあるファンタジー世界だけど、それなりに文明も発達しているんだ。スマホや自動車は無いけどね。
一階と二階を一通り回って、次の三階は魔法関係だ。ちょっと期待してる。
前世を思い出した時、一番違和感があったのがこの魔法だ。
公爵令嬢だけあって魔力量も豊富だし、王宮でかなり進んだ教育も受けた。あの頃は当たり前のように使っていたけれど、入学式の日の夜、あれ、どうやって使ってたっけ、って感じで、ちょっとだけ魔法が使えなくなった期間があったんだ。次の日には普通に使えてて、あれ、なんで使えなかったんだっけ、って逆に感じたんだけど、意識の違いで魔法の力って変わるのかな、なんて考えた。
それから、もっと深く魔法について知りたくなったんだ。今世では当たり前の存在だけど、前世ではファンタジーだからね。
そんなわけで魔法クラブには興味津々なんだけど……多分、あの人がいるんだよなあ。
そう思いつつも、魔法クラブの門戸を叩いた。
出迎えてくれたのは、思った通り、顔見知りの女子生徒だった。
「あら、リズリー様、ごきげんよう。貴方も魔法クラブに興味がおありで?」
どうあがいても勝てなかった、魔法のスペシャリスト。
真紅の髪と、アメジストの瞳の超絶美女。
「……ごきげんよう。パトリシア様」
同い年のプリンセスロード候補生、パトリシア・メセニ侯爵令嬢だ。
私と違い社交的で、美人で、魔法の天才。私がなんとか勝ってるのは学力の順位だけ。こんな人と競い合わなければいけないのかー、と会うたびに落ち込んでしまうのだ。
ちなみに入学時の学力テストの順位は、一位がトゥーリ様で、二位が私、三位がアレクシス殿下、四位にパトリシア様だ。何気にトゥーリ様すごい。マッキー様は……頑張って。
そんなわけで、唯一勝っている学力もそれほど差がない。そうそう、ヒロインのレネ様は八位に入っていたわ。学年で200人くらいいるはずだから、優秀な方なのは間違いないわね。
「実はリズリー様の魔法って興味深かったの。一緒に入ってくださると嬉しいわ」
そう言って、パトリシア様は優雅に私達を室内へいざなった。私の魔法が興味深い? あのパトリシア様が?
魔法クラブの部室は広さはあるものの、書き殴った用紙や読みかけで伏せた書物などが散乱していて、パトリシア様に似合わない、煩雑な印象だった。パトリシア様はすでにクラブに馴染んでいるようで、他の部員たちとも軽く話しながら、私達を空きテーブルへと促す。
「先輩方から、お二人の勧誘を一任されてしまいましたわ。私も新入生だというのに」
そんな憂いを帯びた息遣いでさえ匂い立つような色気がする。ほんとにこの人同い年かしら。新入生にして、すでにこのクラブの主導権を握っているかのような風格も感じる。
「ああ、私は一通りクラブを巡っている最中でして、簡単に説明だけしていただければ。それとマッキー様は私の付き合いで、すでにダンスクラブに所属していますわ」
「まあ、そうでしたの。もちろん構いませんわ。ではこちらをお読みになって」
そう言ってクラブの資料を手渡してくれた。さり気なくマッキー様にもお渡ししてるけど、引き抜きなんて考えてないよね?
資料によると、魔法クラブの活動は主に訓練と魔物退治の実施、それに魔法研究まで幅広くやっているそうだ。学園内に専用の訓練施設まであり、歴代の先輩方が残した書物や資料も結構な量が保管されているそうだ。ふむ、魔法研究は面白そうだな。
「ときに、お二人は『究導会』と呼ばれる組織をご存知かしら」
突然の問いに、私達は顔を見合わせた。究導会なんて初めて聞いた単語だ。『プリ乙』でも出てこなかったはず。だけどマッキー様には聞き覚えがあったようだ。
「ここ最近頭角を現してきた、魔法の研究をしている組織……ですよね?」
「さすがマッキー様は情報通ね。リズリー様ももう少し社交をなさったほうがよろしくてよ」
ううっ、手厳しい。でもパトリシア様はマウント取るタイプじゃないから嫌味で言ってるんじゃない。逆にライバルに、少しでも手を抜くことを許さないタイプ。こちらがちょっとでも怠けていると尻を叩いてくるような人なのだ。私がそれなりに成長できたのも、この人の恩恵が結構大きいんだ。
こほん、とパトリシア様が気を取り直して、その組織について補足説明を入れた。
学園の魔法科目の優秀者の進路は魔法師団と王立の魔法研究所のどちらかに分かれる。そして、優秀にも関わらずそのどちらにも入れなかった者たちが集い、新たに研究所を立ち上げたそうだ。それが『究導会』、ということらしい。要するに、優秀だがちょっと素行のよろしくない方々の集まりだったりもするのだ。その彼らが、近年次々と革新的な魔術を発表しているらしい。
「魔術……」
「そう。彼らは魔法を体系的に分類、管理して分析し、再構築することで術式化することを基本方針としているの。威力はともかく、発動速度や魔力量の効率化がこれまでと比較して飛躍的に向上しているらしいわ」
乙女ゲーム『プリンセスロードの乙女たち』では、魔法はあったけど、魔術という単語は出てこなかったはずだ。究導会という組織は一体この世界においてどういう立ち位置なんだろう?
「この魔法クラブにおいても、今後は魔術研究に力を入れていくことになるわ。ここだけじゃなくて世界中の関連組織がそうなるでしょうね。どう? あなたなら魔法の謎を解き明かす研究に大きく役立ってくれると思うのだけれど。一緒にやってみない?」
うーん。面白そうなテーマ、とは思えなかったかな。せっかくお誘いいただいたのに申し訳ないけれど。もちろん、前世を思い出してから魔法に関しては興味があって、夜中にこっそり使いまくったりしてるくらい楽しいんだけど。
なーんか、違うんだよなあ。
魔法を分析して効率化しようっていうのも理解できるんだけど、私のスタンスとしては、よくわからないから魔法って楽しいんだって思ってる。仕組みがわかってしまえば、それはもう魔法じゃなくて科学だ。
そういったことを、なんとか私の言葉でパトリシアに伝えてみた。もちろん魔法クラブの方針を否定したいわけじゃない、ということを付け加えて。
「なるほどなるほど。それがリズリー様の視点なのね」
と興味深そうに納得していただけた。
「どのみち後追いで究導会に対抗できるわけじゃないもの。別視点での思考は必須だわ。本当に貴方の魔法は興味深い。手放すのが惜しいわ」
なんか色々聞きたいことが増えていくんだけど。とりあえず気になったのは。
「対抗、って。究導会という組織と何かあるの?」
「実は……、まだ噂の段階なのだけれど。彼らの研究過程で、非人道的な実験が行われているそうなの」
なんですって! そんな怪しげな組織にパトリシア様は関わろうとしているの?
「ちょ、ちょっと大丈夫ですの? 危険なことはおよしになって!」
「いえ、これは候補生としての責務としてやっているのよ」
そう言われてしまうと、私の立場では何も言えなくなってしまう。選考レースでは王国への貢献度というものが大きく評価される。件の組織が何かしら事件を引き起こそうとしているなら、それを未然に防ぐことで大いに貢献度を稼ぐことができる。ライバルの立場である私が止めるのは、筋違いなのだ。
「実際に被害にあった人に会おうとしたけれど、できなかった。横槍が入ってね。その横槍というのが――」
パトリシア様は声を潜めて、顔を寄せてきた。
「教会の上層部なのよ」