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7.クラブ活動巡り

 

 学園での成績や活動などは、すべてプリンセスロードとしての査定対象になる。だけどただ一つだけ例外がある。それが、放課後のクラブ活動なのだ。


 私たち候補生は幼い頃から厳しい教育を受け、学園でも公務と査定に追われ、デビュタント後は更に公務が追加される。そういう過酷な人生が定められている。そんな中、少しくらい息抜きできる時間があってもいいのではないか、という意見が以前から上がっていたらしい。そうして検討され、出た答えが学園でのクラブ活動だ。

 このクラブ活動での過ごし方は、候補生としての査定には一切影響しない、ということが規定されている。


 つまり、私達候補生にとっての唯一の癒やしの時間なんだ。


 これは迂闊には決められないぞ、と悩みだして数日――。


 そもそも、どんなクラブがあってどんな活動をしているかはよく知らない。

 悩むより実際に見てみましょうと、情報通のマッキー様や知識欲の塊のトゥーリ様に案内されて、これからクラブ活動巡りにいくことになった。


「まずは私が入った文芸部にしましょう」

 トゥーリ様が颯爽と図書室へ向かう。抜け駆けだ、とマッキー様は憤っているけれど、ここからは図書室も近いしね。


 学園の図書室は思ったより広くて蔵書も充実している。とはいえトゥーリ様に言わせれば、まだまだですわね、とのことだ。

 トゥーリ様のお父様のコール伯爵は、蔵書家で有名だ。ご実家にお呼ばれしたときに図書室も見せていただいたが、圧倒的とはこういうことを言うのだ、と思った。立ち並ぶ本棚は私の身長を軽く倍は超え、そこに隙間なく埋め尽くされた本たち。日照を計算し、陽光を取り入れながらも決して本に当たらないように管理された配置。ひと目で、ああ本を愛している人だ、とわかった。

 トゥーリ様はそんな環境で育った上、さらに王宮禁書庫の第一階層の閲覧許可まで持っているのだ。

 彼女からすれば、この学園の図書室は物足りないのも仕方ないのかもしれない。それでも元王宮であるウエストパレス学園の一室に収められた蔵書群は、一般的な生徒にとっては質、量ともに十分魅力的だと思う。


 一通り室内を回ってみて、戻ってきたときにはすでにトゥーリ様は本の虫になってた。

 本を読む姿勢で時折ページを捲る以外はピクリともせず、眼球だけが忙しなく行ったり来たりしている。ああ、こうなるとだめだ。もう絶対動かないのよ。

 私達はトゥーリ様に一声かけると、器用にも顔は本に向けたまま、片手を振って返事する。行っていいよ、ということらしい。なのでマッキー様と図書室を出た。


「マッキー様はどのクラブにされたのですか?」

 と問うと、すこしもじもじしながら、恥じらうように答えた。

「料理クラブか、ダンスクラブかでちょっと迷ってたんです。どちらも捨てがたかったのですが、結局知り合いもいるダンスクラブにしました!」


 ということで、次はダンスクラブに行ってみることにした。


 学内のダンスホールはけっこう本格的で、白黒のチェック模様の床に大きめのシャンデリアの光が反射して、華やかさを演出している。数組のカップルがすでにダンスを踊っていて、ステップを確かめていた。

 ちらちらと、視線を感じる。プリンセスロード候補生として、当然ダンスは必修だ。その腕前を期待されているんだろうな。

 公の場で披露したことはないけれど、厳しい教育を受けてそれなりには自信もある。この流れではダンスを披露するべきか、と悩んでいたら、男子生徒がこちらにやってきた。


「おう、マッキー、遅かったな。……そちらは、っと失礼」

 彼が先程マッキー様の言っていた知り合いかな。私のことはご存知のようね。

「構いませんわ。学園では身分は関係ありませんもの。リズリー・アマンダルムです。どうか気軽に接してくださいな」


 彼はマッキー様の幼馴染で、伯爵家の三男だそうだ。公爵令嬢の私には恐縮しきりだけど、マッキー様には随分気安いようで、二人は気兼ねなく話している。マッキー様の違った一面が見られたわ。私と話しているときみたいに愛らしい少女ではなく、彼には弟を叱るようなお姉さんっぽく接してた。そういえば私にもそんな感じの従兄弟がいたなあ。確か騎士クラブに入るって言ってたっけ。騎士クラブには……行かなくていっか。


 他のクラブも回るから、とマッキー様と二人でダンスクラブを後にした。


 マッキー様が所属しているダンスクラブだけど、ダンスは教育で嫌ってほどやらされたんだ。ダンスホールに入った瞬間あの日々を思い出してしまって、癒やしよりも先に緊張感が出てしまったのだ。クラブの雰囲気は良さそうなんだけどね。

 マッキー様も無理に勧めようとせず、それなら、あちらのクラブ棟を順に歩いてみませんか、と渡り廊下の向こうにある棟を示した。あそこはクラブの各部室が並んでいる棟で、新入生は気軽に覗いていいそうなので、二人で行ってみることにした。


 渡り廊下の中程を歩いている時、どこからか男の言い争う声が聞こえてきた。マッキー様と顔を見合わせて声がする校舎裏の方へ行ってみると、声がはっきり聞こえてきた。怒鳴り声と、それに弁明するような声。


「では何故、教会は放置すると決めたんだ! アレを放っておいていいはずがないだろう! よもや教会も関わっているのではあるまいな?」

「殿下、私共は決してそのようなことは……」


 思わず声が出そうになったけど、なんとかこらえることができた。あの二人は……。

「初日に会った神父様ですね。それと――」


 マッキー様も覚えていたようで、萎縮している方は初日に出会ったマナウ神父だわ。そして、マナウ神父を威圧しているあの人は――この国の第一王子、オーンハウル殿下だ。


 オーンハウル殿下は、『プリ乙』では俺様系の攻略対象者だ。王族でも特に優れた才能の持ち主に現れるという黒髪が特徴。性格は苛烈で豪胆。圧倒的な能力とそれに裏打ちされた揺るぎなき自信が凄まじいオーラを放つ。だけど一旦ルートに入ったら、デロンデロンに甘やかして溺愛してくるのだ。

 マナウ神父はヒロインの後ろ盾として、学園生活を支援してくれている。優しいお兄さんタイプで気遣いのできる人。だけど、中盤で失脚していなくなるんだよね。

 正反対のあの二人が、何を言い争いしてるんだろう? ゲーム内では特に絡みは無かったと思うんだけど。


「聖女まで送り込んできて、一体何を企んでいる?」

 オーンハウル殿下は、意味深に声を潜めてマナウ神父に迫り寄った。


 おや、よくわからないけど、関わってはいけない政治がらみの話かも。うん、気づかれないうちに立ち去りましょう。


「殿下、くれぐれも聖女様や、他の王子様方には……」

「ふん、その程度の分別はついている。だが、お前たちの思う通りにはさせないことを覚えておけ」


 おっと、こっちに来る! 撤収、撤収!

 急いで渡り廊下まで戻ってきた時、ちょうど校舎の角からオーンハウル殿下が曲がってきた。あら、偶然ですわね。マッキー様と二人、廊下の端に寄って頭を下げます。

 そのまま通り過ぎるかと思われた直後、大柄な彼は訝しむように私達の前で足を止めた。


「そなたは――。候補生のアマンダルム公爵令嬢か。新入生だったな。学園には慣れたか?」

「お久しぶりでございます、オーンハウル殿下。おかげさまで先輩方のご指導の元、つつがなく過ごしております」


 王子方三兄弟の中で唯一の漆黒の髪が威圧感をいやが上にも増し、サファイアの瞳は私達を射すくめる。画面越しだと魅了するだけだったその低音ボイスは、直接対峙して浴びせられると魅了どころか石化混乱系デバフのようなプレッシャーだ。

 オーンハウル殿下は、何かを見定めるようにしばらくこちらを見ていたが、そうか、とつぶやいた後、何事もなかったかのように立ち去った。


「ふー。緊張しました」

 マッキー様の立場では、オーンハウル殿下と関わることはそうないものね。私も冷や汗ものでしたわ。


 彼は幼い頃からの評判通り苛烈な性格で、先ほどのように比較的穏やかに話されることは珍しい。一応は婚約者候補ということで、それなりの扱いはしてもらえているのかしら。でも……マナウ神父とのやり取りを見る限り、聖女や教会とは敵対的な立場のようね。確かに攻略が一番むずかしいルートのキャラだったけれど。



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