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46.ルーベラ・トロアーバ

 

 これまでの人生、何一つ、思い通りにならなかった。


 今から25年前、私は聖女の家系であるトロアーバ家に生まれた。

 トロアーバ家当主である父親は、聖女の血筋を引き継いでいるくせに何人もの妻を持つ、背徳的な男だ。多くの子を成しておきながら、全く興味を向けなかった。おかげで兄弟姉妹は何人もいたが、つながりはほとんどない。


 そんな多数の一人であるにすぎない私だったけれど、美貌と才覚には恵まれた。


 教師役として呼びつけた宮廷魔法使いは、私のことを逸材だと褒め称えた。その時から、魔法に関しては誰にも負けない、と自負していた。

 聖女の末裔で、かつ才能にあふれる私は、それに見合う地位に就くべきだと当然のように考えるようになった。


 11年前、プリンセスロード選考会の二次選考へ挑んでいた。

 競争相手は取るに足らない凡庸な令嬢ばかり。指導者は就任したばかりの女官、テレーゼ・テセーナ子爵婦人。そこそこやるようだが、私のほうが優れていると確信できた。プリンセスロードの座は貰ったも同然。――そのはずなのに、王宮はこの私を、二次選考で落としたのだ。


 その後ウエストパレス学園へ入学したが、あまりのレベルの低さに唖然とした。

 魔力量は豊富だが技術は児戯のような先輩が幅を利かせていた。魔力量の低い私を見下してきたので軽く返り討ちにしてやったら、大騒ぎになった。もちろんいい意味で。いろんな研究機関や貴族から声がかかったのだ。誰もが私を引き抜こうと争奪戦のようになった。私はその中で最も地位の高い、ウォリック侯爵を選んだ。


 もはやここにいる意味はない。早々に学園を引き払って侯爵の支援している組織に加入することにした。

 両親からは好きにすればいいと放置されていた。二つ上の兄であるマナウ兄さんだけは、せめて卒業までは残るように説得された。学園にいる意味は学びだけではない、と。けれど、魔力量などを誇っているような愚物が幅を利かせているところにいて、なんの意味があるのだ。


 ウォリック侯爵に連れられて、究導会という組織に加入した。

 人員は大したことないものの、これまで見てきた中ではましな方だ。私は組織の中ですぐさま頭角を現し、認められていった。


 この組織の中で、私は二つの目標を立てた。

 一つは、魔力量などに頼らない、優れた魔法を生み出すこと。

 もう一つは、私自身が聖女となることだ。調べて分かったことだが、プリンセスロードの候補生としての資格のひとつに、聖女であること、というものがあるらしいのだ。この資格を得て、私を落とした王宮の奴らを見返してやる。私を顧みなかったトロアーバ家の連中も面目を潰されることだろう。


 聖女の血族であることと、私の才能を見せつければ、教会の連中はすぐに釣れた。


 ルーベラ・トロアーバを聖女として目覚めさせよ。


 ハイサンド大聖堂の責任者であるゴドア司教の号令の元、教会の全面的な協力を得た。もともとの魔法の才能の上、貴族令嬢としてのマナーや学力もすでに備えていたので、聖女就任は時間の問題と思われた。


 教会の信奉者で、かつての戦時中の英雄と言われているボードイン子爵からも協力を得られた。なんと長男であるアクア・ボードイン子爵令息を究導会の構成員として差し出してきたのだ。

 彼は無口だが従順な男だった。研究のための実験体が必要だといえば、どこかから孤児を連れてきた。プリンセスロード候補生としての側仕えが必要だといえば、妹であるはずのシエル・ボードイン子爵令嬢、その友人であるアリー・ラージソルト子爵令嬢を連れてきた。

 何故アクアという男はこうも簡単に、身内に不義な行いができるのか。――簡単な話だった。ボードイン家の次期当主に、弟である次男が選ばれていたのだ。ただ、子爵の亡き妻と同じ特徴を備えているという理由だけで。子爵は次男だけを溺愛し、残りの子のことは、帝国への恨みをはらすための道具としか考えていないという。馬鹿馬鹿しい。


 それからは、より研究が進んだ。

 魔力消費を抑えつつも現存する魔法を上回る効果を持つ、魔術。がむしゃらに、寝る間も惜しんでそれを追求した。

 シエルとアリーも使って魔術開発を推し進め、完成度を高めていく。その過程で大量の失敗作(ジャンク)を出してしまったが、中にはレオのように上り詰めてきた孤児もいた。


 だが研究の順調さに反して、いつからか教会からの音沙汰がなくなっていた。


 何でも、レネ・アーデンという聖女の素質を持つ者が現れたというのだ。

 教会はすっかり手のひらを返して究導会から、私から離れていった。しかもこちらで鍛えていたシエルとアリーも引き抜いていったのだ。


 これで、聖女になる道も、プリンセスロードになる道も閉ざされた。


 私は何のためにこれまでやってきたんだ? 私の人生は何の意味もなかったのか?


 そんな時、いつのまにか組織の二番手に就いていたジョシュアという男が、研究を続けるように促してきた。聖女? プリンセスロード? 所詮は他人が定めた肩書に過ぎないじゃないか。だったら自らで作ればいい。自分だけの肩書を、と。


 なるほどその通りだ。

 研究を完成させ、究導会の名を、ルーベラの名を世間に認知させてやる。聖女より、プリンセスロードより優れた存在として。


 ***


 ようやく準備が整った。表舞台へ踏み出そうと動き出した時、ウォリックの豚が口出ししてきた。

 これまで支援してもらってきたが、奴がすでに凋落へ向かっているのは明白。そろそろ見限るか? まあ頼みだけは聞いてやろう。どうやらアマンダルム公爵令嬢へ恨みをつのらせているらしい。


 リズリー・アマンダルムの所在は、なかなか掴めなかった。


 究導会の代表として使える手駒はいくらでもあるけれど、情報収集という点では不足していると常々感じていた。


「まだ見つからないのかしら?」


 部下を問い詰めたら、なんともいえない微妙な顔をした。


「いえ、見つからない、というよりも、見つかりすぎると申しますか……」

 意味のわからない、煮えきらない返事に苛立つ。別の部下が慌てて補足した。


「リズリー・アマンダルムの目撃情報は、多数上がっているのです。あちこちの孤児院や医療院に慰問に訪れていたり、スラム街で炊き出しをしていたり。街道付近で盗賊や魔物を討伐したり。しかし我々が現場に向かったときには、すでに別の場所で目撃され……」

 やけに活動的ね。候補生として必死に名を売ろうとでもしてるのかしら。そんな情報があるのならいくらでも探しようがあるでしょうに……。


「目撃が多数あるのなら、地図上にその足跡を書き出して次の目的地を割り出せばいいでしょう?」

「すっ、すぐに取り掛かります!」


 王都の方へ人員を割いているからか、ろくな人材が残っていない。アマンダルム公爵令嬢の件は正直どうでもいいからかまわないのだけれど。この際もうウォリックは切り捨てるか。そうすればもう公爵令嬢を探し出す必要など……。


「報告します! ただいまリズリー・アマンダルム公爵令嬢が……こちらへ来訪しました!」


 ――は?


 もういいと断ち切った途端にやってくるなんて、本当に思い通りにいかないわね!

 部下へはここへ通すように指示し、公爵令嬢を迎え入れた。しかし何故、彼女からわざわざやって来るの? どうやってこの隠れ家を探し出した?


「先触れもなく訪問した無礼をお詫びしますわ。私、アマンダルム公爵家長女、リズリー・アマンダルムと申します」


 何のつもりかと考えなしに部屋へ通したことを、すぐに後悔した。


 ――何者だ、こいつ?


 事前情報では候補生の三番手、パトリシア・メセニにすら劣る、ただの賑やかしにすぎないと報告を受けていたけれど――この女、全く底が知れない。

 これまで、大抵の奴からは、会えば私より上か下か感じ取ることができた。けれどこの女は……。


 勝ってるとか負けてるとかじゃない。――異質なのよ。


 異質ゆえ、測れない。

 たいしたことないのかもしれない。臆する必要はない。だが、警戒心がビンビンと込み上げてくるのだ。なんとか平静を装い、用件を聞いてみた。


「マナウ・トロアーバ氏を探しているのですが、こちらにいらっしゃるでしょうか?」


 マナウ兄さん? ああ、なんだか騒ぎを起こして行方を晦ませているみたいね。あの兄さんらしくない……。なるほど、犯罪者を捕まえて候補生としての功績を上げよう、といったところかしら。


 ――功績をちらつかせて、こちらに引き入れるか。


 ウォリックの豚よりは使えるだろう。当て馬の候補生としてくすぶっているよりもいいポストを用意してあげる。この女の現状ならば飛びつくはずだ。アマンダルム公爵令嬢を誘い込む方法を考えつつ、もったいぶって口先でまるめこむことにした。


「残念ながらマナウ兄様はこちらにはいないわ。けれど所在なら見当がついているのよ」


 私の言葉を後押しするように、同時に鐘の音が鳴り響いた。



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