43.各地の動き
ウォリック侯爵は苛立っていた。
自領で王宮の騎士たちが巡回し、睨みを効かせている。
帝国からの支援は完全に途絶えた。アレクシス第二王子が検閲を厳しくしたせいだ。
「あの小僧! 目をかけてやったのに! だいたい聖女を紹介してから、一向に仲が進展していなのは何故だ!?」
ギロリと家令を睨みつける。
「それが……、噂によるとアレクシス殿下は、アマンダルム公爵令嬢と懇意にしておられるとか……」
「何だと!」
ウォリック侯爵は聖女を手駒にするために、相当の金額を注ぎ込んでいた。
教会にも手を回して、愚図だと聞いていた第二王子と番わせて権力を与え、裏から思うままに操る算段だった。しかもかつての敵国だったラースロー帝国とも通じ、武力も確保して、いざとなったら実力行使も辞さないという念の入れようだった。
万全の体制で臨み、計画も順調に来ていたはずだ。
だが、蓋を開けたら王宮からは警戒され、第二王子も思うように動かない。さらには帝国も教会も、こちらの要求をのらりくらりと躱して距離を置いてきた。難民街に潜ませている帝国兵も、後続が来ないことに不信感を抱き、抑えが効かなくなってきている。
どういうことだと間諜に調べさせたところ、検閲の強化にも、アマンダルム公爵令嬢が一枚噛んでいるという。小娘ごときがことごとく邪魔をする……!
いずれ王宮の騎士共も、こちらの企みに気付くだろう。
もうウォリック侯爵に残された手札は少ない。焦燥に駆られ、全ての手駒を総動員して、事を起こすと決めた。
「究導会を呼べ! すぐにだ!」
***
ルーベラ・トロアーバは呆れていた。
「堪え性のない豚が暴発したわ」
ウォリック侯爵の呼び出しから帰ってきて、組織の根城のソファで寛ぎつつ、目の前の男たちに愚痴を吐く。
究導会の代表であるルーベラの前には、幹部クラスのローブの男が三人。ルーベラの言葉に、招集された三人はすぐ状況を察する。
「ちっ、めんどくせ。俺は一番楽なところにしてくれよ」
「…………」
「全ての責任を侯爵に押し付けて好き勝手に暴れられる、絶好の機会ですね」
ローブの男たちは三者三様に反応を示した。兼ねてより準備はしていたのですぐに動ける。ルーベラはテーブルに王都の地図を広げ、ペンでバツマークを付けていく。
標的は――ウエストパレス学園、王宮前広場、ハイサンド大聖堂だ。
「おい、私怨を混ぜてんじゃねえよ。教会はあんたがやるのか?」
少年のような背丈のローブの男が詰め寄ってくる。確かに教会に関してはルーベラ個人による怨恨が入っていることは否めない。だがウォリック侯爵からは詳細な場所は指定されていないので、こちらの都合で選んでも問題はない。それに大聖堂には、今回の計画に利用できる施設もあるのだ。
「私は別で動くわ。豚が何故かアマンダルム公爵令嬢にご執心でね。ご挨拶に伺わないといけないの。教会はアクアに任せるわ。レオはもう一度学園に。王宮前には、ジョシュアが行って頂戴」
***
その頃、社交界ではちょっとした波乱が起きていた。
リッチヒル伯爵夫人が主催した小さな夜会で、リズリー・アマンダルム公爵令嬢がひっそりとデビュタントを果たしたのだ。令嬢のデビュタントとしてはギリギリの規模の夜会であったため、このことについて社交界で様々な噂が飛び交った。
「バルコデ公爵令嬢の華々しいデビューに比べてあまりにも地味だわ」
「アマンダルム公爵令嬢は選考会を諦めたのかしら?」
「いえ、メセニ侯爵令嬢が落ち目なのをいいことに、引き離そうと先走ってしまったのではなくて?」
「でもリッチヒル伯爵夫人は大喜びよ。プリンセスロード候補生のデビュタント主催なんて滅多にできることじゃないもの」
「リッチヒル家といえばアマンダルム公爵夫人の生家よね。もともと結びつきの強い両家だから政治的な意味も大して無いはずだけど」
「あっ、リッチヒルの坊っちゃんといえばほら、第二王子の!」
「ええっ、じゃあ、噂は本当なのかしら?」
「ちょっと、リズリー嬢をエスコートしたのはどなたなの? 誰か知ってる人はいないの!?」
多くの貴族たちが真相を知りたがった。
だが噂の夜会の参加者たちは皆、秋の収穫時期に向けて自領に帰ってしまっていたのだ。詳細を知っている者はすでに王都にはおらず、憶測だけが独り歩きしていた。
じわじわと、リズリー・アマンダルムに注目が集まってゆく。
***
レネ・アーデンは憂いていた。
ハイサンド大聖堂前に到着した馬車を降りて、空を見上げていた。
「聖女様、お急ぎください。この後の予定が詰まっておりますので」
何度お願いしても聖女呼びをやめてくれないアリーとシエルのことを。
そして、暗雲が垂れ込める王都の空模様のことを。