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4.乙女ゲーム開始?

 

 15歳になって、今日は今年度の新入生が学園に初登校する日――入学式だ。


 国中の貴族の子息令嬢たちが通うこのウエストパレス学園の校舎は、かつては王宮として使われていた荘厳なロマネスク様式の建築物を流用している。とても広大で、訪ずれた者を一瞬で魅了する美しさだ。王宮が現在の位置に移された時に、この施設は残すべきだとの声が大きく、学園として再利用されることになったのだ。


 馬車を降りてその美しさを目にした時、ピシリと軽い頭痛が走った。

 初めて見るはずなのに、どこかで見たような、淡い刺激が私の古い記憶をくすぐった。最近は人と会ったり景色を見たときに軽い頭痛がすることが増えて、少し悩みの種なんだ。


 半円のアーチ状の窓が並ぶ校舎へ、広くて長い道が続いている。その上を、これからの学園生活に思いを馳せながらゆっくりと歩く。

 私と同じ新入生と思しき生徒たちが、春の花びらの舞う校庭を、校舎へ向かって同じように歩いてゆく。

 そんな眺めの中、前をゆく女生徒がふと舞い踊る花びらに手を伸ばした。


 春風が、花びらを纏いながら、その女生徒のピンクベージュの髪を揺らす。


 ――その場面を目にして思った。


「オープニングのシーンだわ」


 聞き慣れない、だけど馴染のある言葉をつぶやいたと同時に、気付いた――。気付いてしまったその瞬間、ピシリとした頭痛はひび割れるような痛みに変わり、記憶の洪水が頭の中になだれ込んできた。

 何度も繰り返し見たオープニングスチルを皮切りに、関連のある映像や言葉、音楽、スマホの手触りやココアの匂い。


 だけどそれ以上思い出す前に、思考回路を焼き切るような大きな痛みがして、視界がブラックアウトした――。


 ***


「……様! リズリー様っ!」


 私を呼ぶ声が意識を浮上させた。私は――里奈という名前のはず。だけど、私に向けられているリズリーという名もまた、私だと自覚する。そうだ、私は公爵令嬢リズリー・アマンダルムだ。


 目を開けると、私を心配そうに覗き込む可愛らしい女の子が二人。

「リズリー様っ! お気づきになられたのですねっ!」


 知っているわ。あなたたちのことを。そう、いつも一緒にいた二人だ。ようやく意識が明確になってきた。

「まあ。トゥーリ様、マッキー様。ご心配をおかけしましたわ」


 あたりを見回すと、先程までいた校庭ではなく、室内のようだ。体を起こそうとすると、掛け布団がかかっていることに気づく。

 どうやら学園の保健室に運び込まれたようで、少し薬品臭のするベッドに寝かされていた。起き上がろうとするけれど、まだ少し頭痛が残っていたみたい。少し顔をしかめてしまった。


「無理なさらないで。まだ横になっていた方がよろしいわ」

 マッキー様に大人しく従って、もう一度枕に頭を預けた。頭痛が幾分和らいだので少し落ち着いてきたわ。


 私の名はリズリー・アマンダルム。リズリーとして生きてきた15年間の記憶がある。そして今は、それ以前の、里奈という名の日本人として生きた記憶を思い出してしまった。その記憶には靄がかかったみたいに全てを思い返せるわけじゃなかった。里奈という名前と、社会人として働きつつ、休日は乙女ゲームを楽しむ日々だったことくらい。


 そうだ、里奈の記憶にはリズリー・アマンダルムに関するものもあったんだ。

 それは――よく遊んでいた乙女ゲーム『プリンセスロードの乙女たち』に登場するキャラクターだ。

 それに、トゥーリ様もマッキー様も、この学校の校舎も『プリンセスロードの乙女たち』に関連している。


 えっ、どういうこと?

 リズリーとして生きてきたこの世界は、乙女ゲームの世界ってこと? 私、ゲームのキャラクターになっちゃった!?


 落ち着いたはずの意識がまた混乱してきた。私は里奈であり、リズリーでもあり……。

 いえ、リズリーである意識が強い。私は――過去、里奈だった。だけど今は公爵令嬢として、プリンセスロード候補生として生きてきた。その経験は、私をみっともなく狼狽えることなど許さなかった。泰然自若たれ、と。


「私はリズリー・アマンダルム」

「ええ、ええ。そうですとも」


 さすがはトゥーリ様とマッキー様ね。突然自己紹介を始めた私に動揺することなく、さらりと流してくれたわ。

 ゲームではリズリーの隣に添え物のように描写されていただけの、ただの脇役キャラだったはず。だけど私の15年間の記憶には、お二人と過ごした日々の記憶が刻まれている。脇役でもゲームのキャラでもなく、大切なお友達だわ。


 そうよ。ゲームの世界だとしても、私はこの世界で生きている。

 混乱してるけど、でもちょっと喜んでいる自分もいるよ。だって、あれだけ好きだった乙女ゲームの世界だもん。だからこそ、乙女ゲームの世界だからこそ、私はこの世界を思う存分楽しもうと思った。公爵令嬢のリズリーとしての生を――待って。


 ゲームでのリズリーの役割は確かヒロインのライバルである悪役令嬢だ。ヒロインに嫉妬して、嫌がらせをして、その先に待ってるは――破滅!


 だめよ、のほほんと学園生活を送っている場合じゃないわ! なんとかしなきゃ! ちゃんと思い出して!


 ゲームでの私は、第二王子アレクシスを攻略する時に邪魔をしてくる悪役令嬢だ。


 第二王子アレクシス殿下――。幼い頃は評判がよくなかったが、最近メキメキと頭角を現してきて立派な王子になってきていると噂を聞く。反面、あまりに優しく穏やかで、王族としては頼りなさを懸念されて、他の王子達よりも一段下に見ている貴族もいるらしい。


 王宮で過ごした日々があったとはいえ、王子たちとの交流はほとんどなかった。あの頃は一日をやり過ごすのに必死で、他のことに目を向ける余裕なんてなかったんだ。


 アレクシス殿下。

 そう、彼に関わらなければいいのよ。そうすればゲームのように破滅せずに済むはず。

 そんなことを考えてたら、胸の奥がちりりと疼いた。それは――何だか嫌だなあって。それで本当にいいのかなあ、って。


 脳裏には薄ぼんやりと、木陰に隠れる金髪の男の子を思い浮かべていた。



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