39.メデューサと100年前の聖女
この地で100年前にあった聖女と怪物の戦いは、無論、領主である子爵にも語り継がれていた。
禁書庫で調べた情報とも照らし合わせて、その現場はおそらくここだろう、という地点を特定できた。
ミング子爵領は数百年前は銀鉱山で賑わっていた土地だ。現在では銀は掘り尽くされているが、あちこちに坑道跡が残っている。そのうちの一つに古代遺跡郡へと向かう方向に伸びているものがあった。現在では封鎖されているが、子爵から立ち入り許可を得て、そこを調べることになった。
もうひとつ、子爵から興味深い話を聞けた。
当時の領主が、聖女からブライトストーンを拝見させてもらったそうなのだ。言い伝えによると、握りこぶしより少し大きいくらいの丸い珠で、薄っすらと黄色く輝いていたそうだ。その後メデューサを封印した聖女と再び会った時には、彼女はとても憔悴していて、同行していた司教が彼女を隠すようにすぐ連れ去ったといわれている。その時には、すでに彼らは輝きを放つブライトストーンを所持していなかったという。
今更坑道跡を探索したところで、100年前の秘宝など見つかるのか、とも思うが、『プリ乙』のリズリーは確かにここで手に入れていたのだ。
モニカ様は今回はお留守番してもらった。この坑道は現在、魔物も住み着いているのだ。
ゴツゴツした岩肌はやや湿っていて、暗闇が支配している坑道は先まで見通せない。トゥーリ様が探知魔法を放つと、奥の方で強烈な魔力を捉えたらしい。ここに何かがあることは確実となった。
大きな荷物を背負ったジーマを先頭に、五人で坑道を進む。
優秀な探知役がいるので迷宮のような坑道内でも急襲されることもなく、魔物との戦闘は全て先制攻撃で戦えた。『プリ乙』でいえば、終盤のダンジョンの、しかも隠し階層。魔物も強力だ。だけど今日の私は調子がいい。トゥーリ様が事前に教えてくれるので、魔物が出てきた瞬間魔法をぶち込んで蹴散らしていく。数が多いと撃ち漏らしも出てくるけど、マッキー様が足止めしてアレク様とジーマが剣技で処理していく。
思っていたより苦労せずに坑道の最深部までこれた。
古代遺跡の正規ルートじゃないから宝箱やアイテム類は無かったんだよね。注意深く見てきたけどここまでブライトストーンらしきものも無かった。
100年前の聖女がメデューサと対決するときに何故ブライトストーンを持ち出したか。その答えは禁書庫の書物を読み解いていくうちに明らかになってきた。ブライトストーンは所持者の厄災を肩代わりするアイテムだったのだ。おそらくだが、メデューサの石化を肩代わりさせつつ、封印の術を施したのではないか。だとすれば封印後、石化したブライトストーンが残されるはず。すでに誰かが持ち去ったか、あるいはまるで見当違いな考えか。
最深部は広場のようになった開けた空間だった。地面には魔法陣らしき文様が描かれていたが、ところどころかすれている。かすれた部分から魔力が漏れ出ているとトゥーリ様が少し焦りながら告げた。え、ちょっとやばいんじゃないの?
どのみちブライトストーンが石化しているなら、メデューサを倒してその呪いを解かなければならない。
ジーマが背負っていた荷物をおろし、覆っていた布を外す。現れたのは姿見だ。メデューサ退治だと鏡は定番よね。100年前は銅鏡を磨いたものか凸面鏡しか無かったはず。上手く反射できず使えなかったのだろう。
石化さえ封じてしまえば、あとは蛇となった頭髪からの攻撃に気をつければいいだけだ。離れて遠距離攻撃で対処できる。
アレク様とジーマが剣を構えて前に出る。
「こいつを消せばいいんだな?」
ジーマが魔法陣の上に足を置く。少し動かすだけで地面に描かれた魔法陣の一部が消えるだろう。皆が準備オーケイの合図を出し、司令塔のトゥーリ様がゴーサインを下した。
ゴシゴシと、力いっぱい足を動かして慌てて飛び退くジーマ。コミカルな動きに表情を緩めてしまったけれど、すぐに真顔に戻る。坑道内が大きく揺れだしたのだ。同時に魔法陣が光の粒となって消えゆき、姿見が倒れて砕け散った。仰天しそうな大きな音に目を向ける間もなく、ゆらりと一体の魔物が目の前に現れた。
その姿は一見大柄な女性だが、頭髪は数十匹の毒蛇だ。薄布一枚をまとっただけの体は、文様のような入れ墨が全体に刻まれている。
封印が解かれたばかりでまだ意識が朦朧としているようだが、徐々に顔を起こし、首をこちらへ向けようとしている。
鏡は砕け散って使えない。あわてて目を伏せようとした時――アレク様が私の手を握った。すぐにその意を汲んで、魔法を発動する。
メデューサがこちらを向くと同時に、虹色の障壁が私たちの前に立ち塞がった。
以前使った無敵障壁だ。メデューサの石化攻撃すら物ともせず弾き返し、逆にメデューサを襲う。
「ギャアアア!」
耳障りな金切り声を上げ両目を押さえるメデューサ。
その隙を逃さずジーマが剣を振り下ろし、メデューサを真っ二つにした。
メデューサの体はボロボロと崩れ落ち、塵となって消滅した。どうやら倒したようだ。全員の無事を確認してみんなでハイタッチ。戦い自体はすぐに終わったけれど、あの障壁がなければ危うかっただろう。復活した直後でメデューサが本調子ではなかったこともあるのだろうが、ジーマの剣技も見事なものだ。
割れた鏡を片付けつつ、辺りを探してみたがやはりブライトストーンは見つからなかった。それは残念だけど、トゥーリ様が言うにはメデューサを退治したお陰で周囲の瘴気が薄まり、古代遺跡群に群がっていた魔物も弱体化するみたい。ならばいずれは冒険者たちが退治して元の観光地に戻るだろう。このメデューサ退治も無駄ではなかったんだ。今から古代遺跡に行けばおいしいレアアイテムもあるんだけど、それは冒険者たちに譲ろう。一日も早く、このミング子爵領に安全が戻ることを願って。
***
「やあ、マナウ。よく来たね」
ミング子爵領の教会は他の教会から遠く離れた位置にあり、他領から訪れる神官は少ない。
いつも突然の来訪に驚く神父だが、今日は予想していたかのような対応だ。そうか、アマンダルム公爵令嬢が立ち寄ったのか。だから私が来ていることも伝わっていたのだろう。彼の大げさなリアクションは毎回ちょっとした娯楽として密かに楽しみにしていたが、仕方ないな。
いつものように礼拝堂でお祈りをし、祭壇の修繕などを手伝った後、至聖所と呼ばれる神聖な部屋へ向かう。そこには宝座という、いくつか祭器などを収めた特別な祭壇がある。その中に、ただの石にしか見えない丸い物がある。私はこの地に来訪するときには毎回これを確認している。
「マナウは毎回その石を気にしてるよな。この教会を引き継いだときに大切に保管するように言われたが、何なんだそれ?」
神父は詳細を聞かされていないようだ。不思議そうに彼が石を眺めていたら、前触れもなくその石は淡い輝きを放ち、黄色い宝玉へと変化した。――今、なのか?
「何だ……!?」
「も、戻ったのか! これは、ブライトストーンという秘宝だ。……至急このことを領主に知らせたほうがいい」
「分かった、ここは任せたぞ」
彼は大慌てで領主邸へ向かった。私はそれを確認して――。
***
ミング山脈から子爵邸に戻ってきたら、ちょっとした騒ぎになっていた。
子爵がどなたかとお話されているようだ。私たちが帰ってきたことに気付くと、二人は慌てて駆け寄ってきた。
「ブライトストーンが見つかったんです!」
子爵が話していた相手は、この領の神父だった。彼の話では、教会に保管してあった石が急に光を放ち、宝玉に変化したという。同席していたマナウ神父によると、それがブライトストーンだということらしい。マナウ神父はすぐに領主に報告するよう提案し、その場をマナウ神父に任せて報告に来た、ということだ。
話を聞いて、皆で教会へ向かう。
「あれ? マナウの馬車が無いぞ?」
教会に着くと神父が声を上げた。すぐに神父に至聖所へ案内してもらう。だがそこは、マナウ神父もブライトストーンも、消えた後だった。