34.解析
「学園襲撃の際に使用された、究導会の魔法について。分析がようやく終わりました」
トゥーリ様の発言に、殿下方は目の色を変えた。私は事前に報告を受けていたから知っているけれど、皆様きっと驚くわよ。
その前にオーンハウル殿下が割り込んできた。
「待て、現場の報告からは特にそなたらのことは聞いておらん。その場に居合わせてもいない者らが、何故奴らの分析をしている?」
トゥーリ様は、あーそこからですかー、みたいに呑気にため息をついている。ちょっと! オーンハウル殿下にそんな上から目線で話す人なんてトゥーリ様くらいよ! ヒヤヒヤさせないで~!
「ではちょっと実演してみましょうかね。マッキー様お願いします」
そう言ってマッキー様の手を取った。ガチガチのマッキー様は、ひゃひ! なんて奇声をあげているけれど、大丈夫かしら? なんて見てる場合じゃない! 私は慌てて割り込んだ。
「殿下。今から魔法を使わせますがよろしいですか?」
「かまわぬ」
もう! 殿下方の前で無許可で魔法を使おうとしないで! オーンハウル殿下は特に気にも留めずに承諾したのでよかったけれど。気を取り直して私はマッキー様にゴーサインを出した。
「――不可視」
マッキー様が魔法を唱えると、目の前にいたトゥーリ様とマッキー様が、すっと消えた。
「ほお……」
珍しくオーンハウル殿下が感心している。アレク様もミエセス殿下も目をキラキラさせているわ。ミエセス殿下は数種類の探知魔法で探っているが、全て空振っているみたい。
「これは、なかなかのものだよ。光属性――じゃないな。……そうか、地属性だ!」
ミエセス殿下が言い当てたと同時に二人が姿を現した。
「ご推察の通りですわ。一時的に地母神の守護下に入ることによって周囲の認識を阻害する、地属性の上級魔法です!」
私の仲間のすごさに誇らしくなって自慢げに語ってしまったわ。そんな私を見てアレク様がくすくす笑ってる。恥ずかしい!
マッキー様のモブレット伯爵家は、中央では特色もない凡庸な貴族という扱いだ。けれどその歴史は古く、昔から地属性魔法については代々専門的に探求しているんだ。その辺の貴族とは年季が違うのよ。マッキー様自身も謙虚な性格で侮られることもあるけれど、競争率の高い候補生の側仕えの座を、自らの手で勝ち取ったエリートなんですのよ。
マッキー様の魔法を見て、殿下方も二人が現場で見ていたことに思い至ったようだ。オーンハウル殿下も納得して続きを促したので、トゥーリ様の説明が始まった。
まずはアロー系魔法の連射や、炎の弾丸を飛ばすファイアバレットについて。これらはすでに究導会が公開しているものだ。
確かに一般の魔法使いの技量を超える水準のものだが、ミエセス殿下の見解どおり詠唱の構築に粗があり、一定レベル以上の戦いでは問題視するほどではないと結論付けた。
問題は公表されていない魔法――宵闇の狂風だ。パトリシア様を軽々とふっ飛ばしたあの魔法についてトゥーリ様の見解は。
「完璧に構築された魔法ですね。穴も粗もありません。複数の闇魔法を組み合わせて新しく生み出したものでしょう」
究導会の魔法全てが欠陥というわけではないということだ。彼らは孤児を使った実験を繰り返し、その過程で様々な魔法を生み出した。その中で粗のあるものを魔術と称して公表し、問題なく完成した魔法だけを自分たちで独占しているのだろう。
――以上の推測から、彼ら究導会の真の目的も見えてくる。
「粗があるが見栄えのする魔術をばら撒いて既存の魔法を塗り替え、世間のレベルを一定以下に抑える。自分たちは高レベルの魔法を独占して世界の頂点に君臨する――そんなところか」
ほっほう、さすがはオーンハウル殿下。こんな短時間でそこにたどり着いたのか。
時間はかかるだろうけれど、放っておいたらいずれそのような未来が実現してしまうだろう。すでにこの学園で兆候が現れてきている。
「あの魔法に対抗できるのは、レネ様くらいでしょうねえ」
究導会たちが警戒していた人物の中に、決して戦闘力が高いとはいえないレネ様も含まれていたが、そういうことか。彼らが使っていたのはほとんどが闇属性魔法。聖属性を使える聖女のレネ様とは相性が悪いんだ。
「聖女が居ない場所で奴らが襲ってきたら、複数人で対処する。障壁が得意なものと近接攻撃ができる騎士らでチームを構成しろ」
オーンハウルの指示にアレク様とミエセス殿下が頷く。現状で打てる手では最善だろう。だが一番の問題はそれではない。あの転移ゲートだ。あれがある限り、究導会がどこから現れるかわからず、騎士たちも警戒を解くことができないのだ。トゥーリ様は転移ゲートについても言及した。
「そして、彼らが使用していた転移ゲートらしきものですね。私たちの分析の結果、あれは――」
「えっ! ちょ、ちょっと待ってよ!」
ミエセス殿下が割り込んだ。あのゲートについては、宮廷魔法使いたちが喫緊の課題として最優先で分析にあたっていたはずだが、未だ答えは出せていない。ミエセス殿下も実物を見ていないが、概要を聞いて一筋縄ではいかないと認識しているだろう。その難題に、直接見ていたとはいえ、いち学生に過ぎないトゥーリ様とマッキー様が先に解析したなどと、にわかには信じがたいのだろうね。
「嘘でしょう!? いくらトゥーリ姉でも……。本当に、解析できたの?」
「ええ。それについては――アイリス様の功績が大きいですね」
突然意外な名前が出てきて、ミエセス殿下もぽかーんとしている。
あのゲートは、瘴気溜まりにレオ少年が魔力塊を打ち込んで発生させていた。しかしあの時、一度目はアイリス様の盾に当たって威力が弱まり、失敗したのだ。その後もう一度改めて打ち込むことで成功させていた。そう説明したトゥーリ様は、自信満々に宣った。
「確かに厄介な魔法でしたけどね。このトゥーリ・ザ・コール、失敗と成功の両方を見せられたら、解析できないものなどありませんよ」