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25.学園襲撃1

 

 ユージーン様が有望株を逃すまいと、さっそく入部手続きが行われた。

 入部届に必要事項を記入していると、何やら外の方から喧騒が聞こえてくる。何かしらと気にしていると、ナターシャ様が急に立ち上がって声を上げた。


「魔物の気配がします!」


 学園の真っ只中で魔物ですって?


 ナターシャ様はアイリス様の探知役(ソナー)だ。

『プリ乙』でもそうだったが魔法使いのパーティは通常三人一組で戦い、それぞれに役割がある。攻撃役(アタック)補助役(サポート)探知役(ソナー)など。三人とも攻撃役のパーティが多いけど、探知役が組にいるかいないかでは広範囲での探索に大きな違いが出るんだ。とくに私たち候補生のパーティだと、魔物退治に赴く機会が多いので、探知が得意な者が必須になってくる。


 ナターシャ様は優秀な探知役なので、間違いということはないだろう。

 ユージーン様が部室の外に出て周囲の生徒から情報を集めてきた。それによると、グラウンドの真ん中に突如、瘴気溜まりが現れたそうだ。現在魔法の得意な者が対処しているが、数が多く、押されているらしい。


「何だってこんな人の多い場所に瘴気溜まりが……?」

 ゲームでのユージーン・ルドックは助っ人キャラとして時折主人公パーティに加入する、結構頼りになる剣士だった。現実でもそうなのか、防具を身に着け剣を取り戦う準備をしている。


 ナターシャ様はアイリス様と合流するためにすでに出ていった。モニカ様は魔法をどれくらい使えるのだろうか。聞いてみたところ初級の水魔法を使える程度だそうだ。意気込んでグラウンドに向かおうとしていたが、ユージーン様が無理をするなとたしなめて、退避してもらうことにした。そして私とユージーン様はグラウンドへ急ぐ。


 こういう時、通常は武勇に優れるオーンハウル殿下や騎士クラブの生徒が活躍する機会のはずだが。

「オーンハウルは今日は騎士クラブの連中を連れて王宮の騎士たちと合同演習だ。確かアレクシス殿下も同行している」

 走りながらユージーン様が説明する。なんてタイミングの悪い。それに、瘴気溜まりを浄化できる聖女のレネ様も、今頃王宮で教育を受けているはずだ。ミエセス殿下がいらっしゃってくれればいいが、そうだとしてもグラウンドから遠いクラブ棟の三階だ。事態を把握してやってくるまで時間がかかるだろう。それまでに私がなんとか少しでも事態を食い止めておかないと!


 グラウンドに着いた時にはすでに混戦状態だった。


 魔物のほとんどはグラスウルフだ。狼系の魔物で強くはない、が、騎士がおらず魔法使いがほとんどのこの場では厄介ではある。それに、少数だが上位のシルバーウルフも混じっているようだ。


 相手をしているのは上級生の生徒たちだ。


 まだ本格的に魔法を習い始めて間もない一年生は退避を優先している。上級生たちもこの数の魔物を前に余裕は無さそうで、ファイアボールやウインドアローなどの詠唱の短い魔法でなんとかしのいでいる。私たちも速やかに参戦することにした。


「アイスジャベリン!」


 まず中級魔法で、魔物の集団のど真ん中にぶち込んでやった。

 数匹まとめて貫いたが、難を逃れた魔物たちが一斉にこちらを向いて、新たな脅威として私を認識したようだ。


 上級生たちも私に気付いた。

 突然現れた一年生の女生徒に先輩方も慌てたようだが、それがプリンセスロード候補生だと気付くと、納得したように陣を組み直し、私を中心とした迎撃体制へと移行する。さすがは先輩方ね。ここにいる方々は臨機応変に動けるようだわ。


 先輩方は倒すことより、牽制することを優先して魔法を発動。

 私の詠唱時間を稼いでくださるので、私はアイスジャベリンをガンガン撃ちまくる。


 次々と倒れていく狼系の魔物を見ながら、先輩方は眼を丸くして不可解そうな顔をしているけれど……? 魔法の威力に驚いている、というわけではないわよね?


 ユージーン様は離れたところで退避している生徒を援護しているようだ。あちらは任せて大丈夫そうね。

 と、余計なことを考えていたら、先輩方の包囲網をかい潜って魔物が飛び込んでくる。上位種のシルバーウルフだ。


 とっさに障壁――魔力で形成したバリアを張って防ぐ。


 シルバーウルフは障壁にぶつかりつつも勢いは落とさず突き破ってきた。でも一瞬足止めできれば大丈夫。詠唱待機しておいたアイスジャベリンを至近距離から叩き込んでやった。


 さすが上位種、効いてはいるが一撃では倒せなかった。苦悶の表情を浮かべて着地するシルバーウルフ。追撃しようと前に出ると、その狼の背後からもう一体のシルバーウルフが牙を向いてきた。


 まずい、迎撃が整ってない! さすがに近距離で二体同時は凌げない……!


「ファイアストームッ!」


 横合いから炎の暴風が二体の狼を飲み込んだ。この凄まじい勢いの魔法! 先輩方から歓声が上がる。真紅の髪をなびかせて登場したのは……。


「お待たせいたしましたわ」

 火の粉を纏わせ優雅に微笑むパトリシア様だった。


「助かりましたわ。相変わらず凄まじい魔法の威力ですわね」

 お礼を言うと、貴方がそれを言うの? と、呆れた目で見られた。ん? どう見てもパトリシア様の魔法のほうが威力が上よね?


「どうして氷系統の魔法で、耐性のある狼系の魔物を倒せているのかしら? 今度じっくり教えてほしいのだけれど?」

 えっ……。そういえば、狼って寒さに強いんだっけ。試しに別の魔法をシルバーウルフに放つ。


「ファイアジャベリン!」

 炎の槍がやすやすとシルバーウルフを貫いた。あっ、こっちのほうが簡単だ。パトリシア様がまだなにか言いたげにこちらを見ていたけれど、それどころじゃない。シルバーウルフの数が目に見えて増えてきたのだ。こうなると先輩方では対処できないので下がってもらう。だけど、多すぎない? ファイアジャベリンで倒していくけど、瘴気溜まりから次々出てくる!

「仕方ないわね」

 パトリシア様が前に出る。ちょっと、何やってんの? パトリシア様はあっという間にシルバーウルフの群れに囲まれた!


「――豪炎の緋剣(フランベルジェ)


 掲げた右手に魔力が収縮し波打つ剣を形作る。炎をまとったそれを振るうと、パトリシア様を取り囲んでいたシルバーウルフたちが一斉に燃え上がった。それどころか、その背後の狼たちまでまとめて吹き飛ばした。すごい! 最上級魔法だ!


 さすがにかなりの魔力を消費したようで少しふらつくパトリシア様。残党がそこへ襲いかかろうとしていたけれど、私がファイアジャベリンで蹴散らす。駆け寄ってパトリシア様を支えようとしたら……瘴気溜まりから新たな魔物――ウェアウルフが姿を現そうとしていた。


「嘘でしょう……!」

 ウェアウルフは二足歩行で筋骨隆々の、人狼だ。シルバーウルフのさらに上位種。絶望していると、さらに二体、合計三体が瘴気溜まりから這い出してきたのだ。


 パトリシア様がふらつきながらもファイアボールを放つが、ウェアウルフは気にもとめず片手で払った。

 そして私たちを見据え、ニヤリと笑って……。


「絶華――乱れ雪」


 その体から血の華を咲かせた。


 切り刻まれて崩れ落ちる三体のウェアウルフ。その向こうで刀を振り血を飛ばす銀髪の令嬢。凍てついたアクアマリンの瞳で瘴気溜まりを見据えつつ、ゆっくりと納刀する。


「た、助かった……?」

 こちらの無事を向こうからも確認できたのか、にこりと微笑む戦女神。その美貌からは想像もつかないけれど、刀を武器とする魔剣士、アイリス様だ。

 アイリス様のバルコデ公爵家は武闘派で有名だ。アイリス様もご多分に漏れず、魔法を放つよりも魔力を身体強化に使って愛用の刀を振るうほうが性に合っているそうなのだ。


 候補生三人の揃い踏みに、生徒たちはさらに大きな歓声を上げた。私たち三人が並ぶところなんて滅多に見れないもんね。


 瘴気溜まりはそろそろ強敵の打ち止めのようだ。グラスウルフが時折こぼれ出る程度まで落ち着いてきた。遅れてやってきたナターシャ様から魔力ポーションを受け取って、パトリシア様と分ける。あとは残った狼たちを片付けながら、この瘴気溜まりをなんとかしないといけないんだけど。


「それで、どうしてこんなところに瘴気溜まりが発生したのかしら」

 パトリシア様の疑問には誰も応えられなかった。


 これだけの騒ぎだ、もう王宮のレネ様のところまで話は届いているだろう。おそらくすぐにこちらに向かうはずだから、それまで私たちで見張っておく。それぐらいしかできることはない。残った魔物を数えようとして――。


 ――悪寒。


 最初にそれに気付いたのは、ナターシャ様か。


 魔物の死骸があちこちに積み上がっている黄昏のグラウンド。


 長く伸びる影を揺らめかせてゆっくりと歩いてくるそいつを、ナターシャ様が戦慄を抑え込んで睨みつける。


 なんだ、あいつ?


 逆光でよく見えないけれど……。


 ローブを着ているように見える。その手元が一瞬、煌めいて――。


「全員至急退避! リズ、アイリス姉! 全力障壁ッ!」


 パトリシア様の叫び声でとっさに張った障壁に、凄まじい瘴気の波動が襲いかかってきた。



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