24.入部!
候補生第三席という現実を突きつけられて、少しは落ち込んだけれど、より一層奮励するようになった。
まずは自分の強みね。学力の順位でトゥーリ様を超えるくらい……の意気込みで取り組もう。ここでパトリシア様を引き離すのよ。他の分野もおろそかには出来ない。ただあれこれと取り組んでも成果が上がるものではない。それに休息も必要よ。
休息といえば、クラブ活動よね。そろそろ決めないと。
アイリス様は生徒会の合間を縫って刺繍クラブで活動しているらしい。レネ様は絵画クラブ。アーデン伯爵夫妻が絵画のコレクションを趣味にしていて興味を持ったんだって。レネ様の絵画を大広間に飾るんだと言って伯爵が大張り切りしてるそうだ。
アイリス様にお誘いを受けた生徒会には、確かに心は揺れたけどお断りした。色々悩んだけど、せっかくこのファンタジー世界に生まれ変わって、ここで生きていこうと決めたんだ。日本では出来ないようなことをしたい。
そんなわけで、変わったクラブは無いかと色んな人に相談したら、クラブ棟とは別に少人数のクラブが集まる離れの校舎があるそうだ。それを聞いてさっそく足を運んだ。
今日はトゥーリ様とマッキー様はそれぞれのクラブに顔を出しているので、一人での行動だ。
離れの校舎は他の校舎と比べてこじんまりとしているが、清掃は行き届いていて人の気配も多い。クラブの部室の表札を順に見ていく。本当に変わったものがいっぱいあるな……。
「占いクラブ」「速記クラブ」「筋トレクラブ」「昼寝クラブ」「散歩クラブ」「口笛クラブ」「お米クラブ」「ペン回しクラブ」「なぞなぞクラブ」――などなど、怪しげなクラブが色々あるわ待って?
いまちょっとおかしなもの混じってなかった? いやどれもおかしいっていえばおかしいんだけど……。
少し戻ってその部室の前に立つ。確かに……書いてある。――お米クラブ。
え、何? 音楽バンドかなにかのクラブかしら? そうじゃないなら……もしかして。
思い切ってノックしてみた。男子生徒の声で応答があったので、ドアを開けた――。
目に飛び込んできたのは、それなりに混沌とした光景だった。
室内は一言で言えば、前世でいう家庭科室のような佇まいだ。白くて大きめのテーブルが中央にあり、魔道具のコンロが端に備え付けられている。壁際には簡易キッチンや食器棚などが並ぶ。
テーブルに着席しているのは三名。赤い髪の青年が、眉をへにょりと下げた変わった笑みを浮かべながら何かを食べている。背が高くストレートの青髪の、姿勢がきれいな女性も、黙々とスプーンを口元に運んでいる。小柄で淡い水色の髪の少女は、背中を丸め、赤い顔でべそべそ泣きながら食べている。テーブル中央には、大きなお皿に、白くてべちょべちょになった物が盛られていた……。
ええと。まずはお皿に盛られている白い物体ね。うん、ご飯だ。ライスだ。お米だ! しかも短粒種! ――どろどろべちゃべちゃだけど。きっと炊くのを失敗したのね。でもこの世界でお米は初めて見たわ。ここはお米を食べるクラブ……なのかしら。
そしてここにいる三人。どなたも一度はお会いしたことがある方々ね。
「やあ、お米クラブにようこそ。ここはお米っていう珍しい食べ物を研究するクラブさ。――レディは一度お会いしたことがあるね?」
赤い髪の青年に促され、空いた席に着席する。
「ええ。オーンハウル殿下の執務室の前で。私、アマンダルム公爵家のリズリー・アマンダルムと申しますわ」
そう、彼はユージーン・ルドック。『プリ乙』のキャラクターで、帝国からの留学生だ。関わりたくなかったけれど、ここで出会うなんて。
「僕はユージーン・ルドック。ここの部長をしている。入部希望だろうか。それとも見学かな。どちらにしても歓迎するよ」
青髪の女性は、ナターシャ・ユールル子爵令嬢。二年生でアイリス様の側仕え。もう何度も顔を合わせている見知った間柄だ。
「ごきげんよう、リズリー様」
ゆったりとした品の良い動作でのご挨拶。さすがアイリス様の側仕えだけあって、美に関してはアイリス様に並び立って遜色ないレベルだ。姿勢や所作も隙がない。べちょべちょご飯を召し上がっているミスマッチも絵になるくらい。そういえばこういった珍しい食材を好んでいらっしゃったわね。
「ごきげんよう、ナターシャ様」
「おや、ナターシャ嬢の知己だったか。……そうか、候補生のつながりだ。では彼女のこともご存知かな?」
ユージーン様が示した水色の髪の少女はようやく私に気付いたのか、泣きべその顔を上げ私の顔を見た。その途端、赤かった顔が徐々に蒼白になっていく。
「そっ、その節は……、たた大変申し訳なく……!」
彼女は以前Fクラスへ行った時に激しく突っかかってきた令嬢だ。
「お気になさらず。謝罪はもうレネ様から頂戴しましたわ」
「その、あの後レネちゃ……レネ様から噂について、そんな事実は無いと、ものすごく怒られまして、あのっ……反省してます……。私、ミング子爵家のモニカ・ミングと申します……どうぞよろしく……」
思ったより素直な女の子みたいね。仲良くなれそうで良かったわ。ところでミング子爵ですって?
「まあ! ミング子爵領といえば、ミング山脈の古代遺跡が有名ですわね。一度行ってみたいと思っていたのですよ」
「ごっ、ご存知なのですか? 地元では有名ですが、まさか公爵令嬢に知られているなんて!」
ミング山脈の山頂の古代遺跡といえばレアアイテムの宝庫よ! 純粋に能力アップする装備品から、キャラクターの見た目を変化させるおしゃれアイテムまで。けれど終盤のダンジョンに分類されてるから魔物が強敵ばかりなのよね。
「いまでは魔物が棲み着いて、観光には向かないのです。隣の山から遠巻きに眺めるくらいで。それでも歴史を感じさせる佇まいは魅力的なんですよ!」
いつの間にか地元トークで盛り上がっていた。感情豊かに語るモニカ様は、地元のことを話せて嬉しいのでしょうね。こんな楽しい子だったなんて、あのまま帝国の茶葉が規制されなかったら気付けなかったわ。――そうだ、帝国といえば、このお米……。
「国内でお米の生産はされてなかったはずですが、このお米はもしかして――ラースロー帝国からの輸入品ですか?」
「うん。――そうかまいったな。君の立場なら知っているか。ナターシャ嬢とモニカ嬢には伝えているが、僕は帝国人だ。父親が大使として王国に駐在している縁で留学させてもらっている」
王国には帝国人に対して好ましくない感情を抱いている人がいることは知っているわ。だからユージーン様も言いにくそうにしているのね。でも帝国と戦争していたのは十数年も前だ。もう停戦しているし、私たち学生の世代ではあまり気にしている人はいないでしょうね。
「えっと、失礼ですが輸入許可は?」
「ああ、当然もらっている。オーンハウルにも食べさせたが、気に入っていたよ」
オーンハウル殿下も認知しているなら大丈夫ね。
「お米は帝国でもそれほど普及しているわけではないんだ。一地方で細々と生産されているのみだ。調理法が難しく、数も出回らないので僕達貴族ではほとんど食されない。だけど好事家の間で徐々に評判になってきてるんだよ。上手く調理できた時の味は格別だって。このお米もなんとか手に入れて、家の者に送ってもらったんだ」
「その、大事なお米を、わだぢがっ……失敗して、台無しにしてしまいましたぁ!」
ああっ、また泣き出しちゃったモニカ様。本当に感情豊かな子ね。――さて、と。室内を見渡すと、フライパンや油は、あるわね。胡椒、ネギなどの薬味も揃ってる。さすがに卵は……無いか。でもマヨネーズはあるのよね、代用できるかしら。
「少し、私が手を加えてもよろしいかしら?」
公爵令嬢が? なんて訝しつつもユージーン様がエプロンを手渡してくれた。さて、まずはこの魔道具コンロ。魔力を注げばそれだけ火力が上がるタイプね。まずはうんと火力を上げてフライパンを熱する。油を引いてネギとマヨネーズを投入。べちょべちょのご飯は小分けにして順次投入し、焼きムラが出ないように素早く混ぜる。マヨネーズを絡ませ、時折胡椒を振りかけながらフライパンを勢いよく振る! 振る!
「随分手慣れてるな……。音もすごい。いい香りがしてきたぞ!」
三人とも私の手元を凝視しているわ。それにしても、里奈の時はよく作ったけれど覚えてるもんだね。
「さあ、リズリー特製チャーハンの出来上がりよ!」
四人分のお皿にチャーハンを盛って、それぞれの前に配っていく。
「帝国では見たことない調理法だが……美味い!」
「すごい、べちゃべちゃしてない! 香りもいいし、噛み応えもあるわ!」
ユージーン様もモニカ様も勢いよくチャーハンを頬張っているわ。ナターシャ様も声こそ上げないものの、珍しく驚いた表情でパクパクお召し上がりになってる。私も食べてみたが、さすがに前世のような味付けではないので物足りなさはある。だけど、懐かしくってついうるっとしてしまったわ。
「リズリー嬢! 家からもっとお米を送ってもらう。ぜひお米クラブに入部してくれないか?」
えっ。ああ、そういえばここはクラブ活動だったんだっけ。うーん、さっき日本では出来ないようなことを、って考えてたばかりなのになあ。でも、お米食べたい。チャーハンだけじゃなくて炊いた白米もいいし、おにぎりとかリゾットとか。そうね、おにぎりなら持ち運びできるから、トゥーリ様やマッキー様に差し入れとして食べてもらえるわ。それと、アレクシス殿下にも……。
三人の眼差しが期待に満ちて私の返答を待っている。たぶん、王国でお米が食べられるのはここくらいなのよね……。よし!
「リズリー・アマンダルム、お米クラブに入部します!」
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