18.レネとの出会い
原作の『プリ乙』では、まだこの時期ヒロインと、その側仕えのシエルちゃん、アリーちゃんはぎこちない間柄だった。だけど今日のこの危機を経験することで、少しずつ仲良くなっていくんだ。
ここで私たちが割り込んだら、その展開の邪魔をしてしまうことになるかもしれない。だけど二人が怪我を負うことをわかっていて放っておくことは、してはだめだと思うんだ。乙女ゲームの展開に振り回されて、するべき事を見誤るな。
この先、瘴気溜まりから溢れる魔物に対処しきれなくなったシエルちゃんとアリーちゃんがいるだろう。少しでも遅れれば怪我どころじゃ済まないかもしれない。そう考えたらつい気が急いて、先行してしまう。後ろの三人から叱り声が飛んできたので、はぐれないギリギリの速度で走った。
そしてようやくトゥーリ様の指定した地点に到着した時、目にしたのはちょっと予想外の光景だった。
レネ様らしき人物は意識が無いようで木の根元に寝かされており、それを守るように護衛の聖騎士が数人囲っていたが、全員疲労困憊で膝をついているか、怪我をして倒れていた。
瘴気溜まりからは時折魔物が溢れてきている。しかしその周りには魔物の死骸が山となって積み重なっていたのだ。
そしてその前に立っているのは、淡々と魔法を行使する、シエルちゃんとアリーちゃんだった。
いや、この世界では初対面だ。ゲームプレイ時のようにちゃん付けで呼ぶのはおかしいか。
彼女たちは多少の疲れは見せているが、後ろの騎士たちのように怪我を負ってもいないし、堂々とレネ様の前に立ちふさがって魔物に対処している。また新たに瘴気溜まりから魔物が現れた。フォレストウルフだ。アリー様がそれを見て詠唱――疾いッ!
「転倒!」
転倒の魔法……! 相手を見てから詠唱して間に合った?!
「ウインドアロー!」
それに合わせてシエル様が攻撃魔法を発動。風の矢が三本飛んでいき、すべて命中。フォレストウルフは息絶えた。
「うそ……、三連射!」
ウインドアローはアイスジャベリンより下位の魔法だが、流石に連射できるほど簡単な魔法じゃない。パトリシア様やミエセス殿下にだってできるかどうか。
いや、見とれている場合じゃない。私たちはすぐ現場に駆けつけた。
「助力しよう。浄化が使える者は……いないようだね。仕方ない、僕が瘴気溜まりの対処をするよ。リズリー嬢たちは回復を!」
そう言ってミエセス殿下はバッグを私たちに渡して、瘴気溜まりの方に向かっていった。
流石にシエル様とアリー様はミエセス殿下に任せることにしたようで、お辞儀をしながら一歩下がる。聖騎士たちは浄化を使えないだろうし、レネ様は魔力枯渇で倒れている。一時的な対処になるだろうが、ミエセス殿下が力技で瘴気溜まりを散らすようだ。
「マッキー様はそちらの令嬢たちに魔力ポーションを! トゥーリ様は騎士たちに治癒ポーション! 私はレネ様の方に行くわ!」
手分けして、シエル様たちや騎士たちにポーションを飲ませていく。そして私は特別性の魔力ポーションを引っ掴んで、レネ様の方に駆けていった。
レネ様は少し顔が青ざめていたが、呼吸はしていたので命に別状は無さそうだ。
肩口で切り揃えられたピンクベージュの髪。長いまつ毛。ぷくっとした薄ピンクの唇。『プリ乙』ヒロインのレネ・アーデンだ。
膝枕してポーションを飲ませようとしたが、意識がないのでなかなか飲んでくれない。どうしよう。こういう時ってやっぱり――よね。
百合属性とかは無いんだけど、でも緊急時だし……、思い切って! とか考えていたら、トゥーリ様とマッキー様がものすごい目でこちらを凝視していた……?
うーん、レネ様めちゃくちゃ可愛いもんね。お二人に任せようかしら、なんて考えてたら、膝の上の長いまつ毛がぴくぴくして……ゆっくりとまぶたを持ち上げた。
まぶたの下から、きれいな琥珀の瞳が現れた。
そして、何度かぱちぱちと瞬きをして、徐々に丸く見開いていく。そしてかああって音が聞こえるくらいお顔を真っ赤にしたレネ様が飛び起きた。
「わ……なっ……えっ?」
「ああ、いけませんよいきなり飛び起きては。ご気分はいかがかしら?」
飛び起きたものの、レネ様はまだ意識がはっきりしないのか、ぽーっとしながら私の顔を見つめて、可愛らしく小首を傾げながらとんでもないことを言い放った。
「ええっと、女神さま、ですか?」
「た、大変! 意識が混濁していらっしゃるわ! マッキー様、バッグに状態異常回復ポーションはおありかしら?」
***
瘴気溜まりはミエセス殿下がようやく除去したようだ。瘴気溜まりを浄化以外で対処するならば、相当高位の魔法使いでなければできないらしい。宮廷魔法使いの地位にあるミエセス殿下でもようやく、といったところだ。
「おそらく数ヶ月で元に戻るかもね。その時はまた聖女に頼ることになると思うよ」
今回は対症療法なので、後日また浄化の必要があるらしい。他の地域は浄化が終わってるから、再度対処する必要があるのはここだけだ。今回のように魔力枯渇に陥ることは無いだろう。
「分かりました。今回はご助力、ありがとうございました」
特別性ポーションで元気を取り戻したレネ様は、ミエセス殿下にペコリと頭を下げた。あっ、これがヒロインとミエセス殿下の出会いイベントになるのか。うーん、だけど色っぽい雰囲気は全く無さそうだぞ?
レネ様はミエセス殿下よりむしろ私の方をちらちら見ているし、ミエセス殿下はレネ様よりもシエル様とアリー様に興味があるようだ。まあ私はミエセス殿下とアイリス様のカプ推しなのでこれで良かったんだけど。じゃあ、レネ様は……どのルートに行くんだろう?
すっかり夜も更けてしまったので急いで森を出ることに。
回復した騎士が先行して迎えを呼んできたので、私たちとレネ様たちはここで別れてそれぞれ帰ることになった。
帰りの馬車の中では、シエル様とアリー様のことが話題になった。ミエセス殿下は彼女たちに目をつけたようだ。
「いやあ、凄かったよね、彼女たち」
「本当に。すごい魔法を使ってました」
そう褒めると、トゥーリ様が割り込んできた。
「すごいのは魔法ではなく、情報収集力だと思いますよ」
えっ? 十分すごい魔法だとおもったけど。情報収集力?
「トゥーリ姉は気付いたようだね。彼女たちが使っていたのは、究導会がつい最近発表した『魔術』だよ」
究導会……! パトリシア様から聞いていた組織だ。魔法を研究して次々と新しい魔術を発表して最近話題になってるとか。
「彼女たちが使っていた魔術は、今月公開されたものばかりだ。それからすぐ習得したとは思えないんだ。公開前からあらかじめ知っていたとしか、ね」
ミエセス殿下は意味深に微笑んでいたけれど、それってつまりシエル様とアリー様は、究導会と何らかの関わりがあるってことだろうか。
それも気になるけど、それより、先程からずっと元気がないマッキー様のことがもっと気がかりだった。