14.オーンハウル殿下からの指令
オーンハウル殿下の執務室は、飾り気など何一つ無く実用一点張り、まさに質実剛健といった様相だ。
その奥、執務机で気難しく書類と向き合っていた。
「用件は?」
入室した私に気付いても手を止めることなく、視線を一度向けて一言発したのみ。私は持ち込んだものを掲げて、用件を告げる。
「こちらは本日のお茶会で、私たち候補生に教会から届けられたお茶とお香ですわ」
「見せてみろ」
教会という単語に即座に反応して手を止めた。こちらへやってきて応接セットの方に促されたので、ソファに掛けてから会話を再開する。
オーンハウル殿下は渡された品々を検品しながら、一言問う。
「飲んだか」
「ええ、少しだけ。私と、パトリシア様、アイリス様も」
それを聞いたオーンハウル殿下は、執務机の引き出しからケースを取り出して、控えている侍従に指示を出した。侍従は白湯と、ケース内から取り出した丸薬を私の前に置いてから部屋を出ていった。
「中和剤だ。飲め。他の二人にも届けさせた」
「ありがとう存じます」
お礼を言って丸薬を飲む。二人にも届けていただいたので、これで一安心だ。
「ところで、これを俺に持ってきたということは、これが何か知っているということだな」
オーンハウル殿下の鋭い眼光が突き刺さってくる。こわっ。
「ええ、ミエセス殿下からちょうど伺っておりましたわ」
執務室を静寂が包む。オーンハウル殿下は渡した茶葉とお香を手で弄びながら、時折それらに目を向けたり、目をつぶったりして考え事をしている。私はそれをじっと耐えて待つ。な、何か変なことをしたかしら?
そうしてしばらくした後、茶葉とお香を置き、再びそのサファイアの瞳がこちらを向いた。
「聖女レネに接触し、その動向を逐一報告しろ。盗み聞きしていた件はそれで不問にしてやる」
ぎっく……! やっぱりバレてたのね。もしくは今のやり取りで確信を持たれたのかしら。それにしても横暴ね、レネ様を調べろなんて……。待って、確かゲームで似たような展開が……?
そうよ! 『プリ乙』のオーンハウルルート! だけどゲームでオーンハウル殿下がそれを命じた相手は、私ではなくパトリシア様だ。
レネ様を調査したパトリシア様は、レネ様の貴族令嬢としての慎みの無さを嬉々として報告していたわ。そして報告を受けたオーンハウル殿下は、レネ様のことをおもしれー女認定して自ら接触することに。そして二人の仲が段々深まっていくのね。それに憤ったパトリシア様がオーンハウルルートの悪役令嬢になってしまうんだけど、もしかしてその役を――私が受け継いじゃったの?! せっかく折ったと思った破滅フラグが~!
この現実世界では何故かパトリシア様はオーンハウル殿下に興味ないのよね。だから、先にオーンハウル殿下に接触してしまった私に飛び火してしまったのか。こうして私はレネ様を調査することに。でもなんでレネ様を疑っているのだろう?
「レネ様が、この件に関わっていると考えてらっしゃるのですか?」
「いや、あの女はただの傀儡だろう。その分隙も多い。教会がボロを出すとしたらそこからだろうな」
うっわ、オーンハウル殿下の聖女への好感度低すぎ。本当に攻略対象者?
教会に対してもかなり不信感を抱いているようね。本当に教会って何を考えてるんだろう。このあたりで教会っていえば王都外れのハイサンド大聖堂よね。候補生就任の儀式とのときに一度行ったわ。大聖堂の責任者は、あの時も対応してくれたゴドア司教だ。ゲームでも出てきたわ。マナウ神父が失脚した後、代わりにヒロインの後ろ盾になった人ね。恰幅が良くて人の良さそうなおじさんだったけれど。
その時、室外に控えている侍従から来客の報告があった。ちょうどいいタイミングだし、さっさと退出しよう。
「それではレネ様の件、承りましたわ」
そう言ってそそくさと退出する。
ふう。オーンハウル殿下との面会は緊張するわね。と一息ついてたら、背の高い赤みがかった髪の青年がこちらを見てくすりと笑った。侍従が告げた来客だろう。
「失礼、急かしてしまったかな。私の用件は後でもいいのだが」
青年のお辞儀が、この国のものではない様式だと気付いた。
「いえ。ちょうどこちらの用件が終わったところなので構いませんわ。それでは失礼いたします」
軽く頭を下げ、その場を辞する。
彼が執務室へ入っていくのを横目で確認しつつ、胸をなでおろした。
あー、またゲーム関係者に会ってしまったわ。ラースロー帝国からの留学生、ユージーン・ルドック。サブキャラだけど妙に人気が出て、後に出たファンディスクで攻略対象者に昇格したキャラだ。オーンハウル殿下の友人枠ね。この時期、彼になにかあるわけじゃないけれど、帝国の関係者か。ちょっと注意が必要かも。例の茶葉、帝国の方から流れてきたっていうし。