11.毒
結局レネ様には会えずじまいだった。どうやら聖女としての役割で数日のあいだ公欠を取っているらしい。この件は一旦お預けね。
Fクラスを出た私たちは、どうしようかと考えたところ、そういえばクラブ巡りがまだ終わってなかったことを思い出した。確か、クラブ棟では薬学クラブだけ行ってなかったんだっけ。時間もあることだし行ってようかな。
トゥーリ様も了承したので二人で行くことに。ちょうど同じ階の魔術クラブにマッキー様もいるはずだから、合流できるかも。
そんなわけでやってきましたクラブ棟三階の薬学クラブ。
ポーションなんかも作ってて、ファンタジー感漂う雰囲気だったらいいな、とちょっと楽しみだ。
ノックして、応答があったので室内に入ってみる。
薬品や保健室のような匂いがするのでは、と予想していたけれど、それほど匂いはきつくなく、微かに植物の青っぽい匂いを感じる程度だ。棚には書物やポーション瓶などが並び、机には実験用の器具や何かを書き殴った用紙が散乱している。ちょっとした魔女の隠れ家のようなテイストに、心が弾む。
そして部屋の奥、実験をしていた白衣の人物が入室した私たちに気付いて、こちらを向いた。
「あれっ、リズリー嬢にトゥーリ姉じゃん。もしかして入部希望?」
そこに――天使がいた。
その天使がゆっくりと振り返り、ふわっふわの癖っ毛のクリームブロンドが揺れた。くりくりのサファイアの瞳が私たちを見上げる。
ぶかぶかの白衣を、袖を折り曲げてなんとか羽織っている。声変わりも終わってるはずなのに、少女のような声。
「ど、どうしてミエセス殿下が学園にいらっしゃるのですか?!」
薬学クラブの室内にいたのは、第三王子ミエセス・ザ・ヒューグリフェン殿下だった。
14歳で私たちより一つ年下。天才児と評判で、魔力量は国内トップクラス。すでに宮廷魔法使いの地位まで得ている。この学園には飛び級制度は無いので、ミエセス殿下の入学は来年のはずなのだけれど。
「王宮の、魔法省からの出向だよ。薬品についてちょっと調べもの~。っていうか、このクラブ棟の三階は前からちょくちょく来ているよ。資料や道具も揃ってるし、ついでに学生に指導もしてほしいって言われてるからね」
ああっ! パチリと天使のウィンク! 可愛い!
さすが攻略対象の破壊力だわ。そう、ミエセス殿下も『プリ乙』の攻略対象だ。できれば関わらないほうがいいんだよなあ。まさかすでに学園にいるとは思わなかった。
「なに調べてるの?」
そんな私のためらいもお構いなしに、トゥーリ様が気安く話しかける。王子殿下相手だけどトゥーリ様から見たら従弟だからね。
「毒だよ」
王族にそんなもの調べさせていいの? と、ちょっとびっくりしたけど、王族と毒は切っても切り離せない関係でもある。
王族は皆、少しずつ毒を接種して耐性をつけることが義務付けられているんだ。毒に関してはかなり敏感で、新種の毒が発見され次第、研究され、王宮に回される。もちろん安全を確認してからだが。おかげで王族は皆、ちょっとした研究者レベルの知識を有している。
そして、プリンセスロード候補生も、多少ながら毒の耐性をつけさせられる。私もそれなりに毒には造詣があるよ。
「最近、ラースロー帝国の方からいくつか新種が流れてきてね。魔法省の方でも把握してたから、国内では即時に規制したんだけど――」
ミエセス殿下は、棚から円筒形の缶を取り出した。
「まあ座って。お茶でも飲んでいきなよ」
と、殿下手ずからお茶を入れてくださった。恐れ多いと少しためらったが、トゥーリ様は気にせず飲んでいるので私も普通に頂くことにした。香りも、味も初めてのもので、さすが王家は多様な品種を扱っているなあ、と感心した。
「そうそう、それでさっきの続きだけどね。魔法省の管轄では規制できない種類のものもあってね。それをどうにかしようってことで調査してるんだあ」
「へえ、そうなんですね。って、大変じゃないですか! その、規制できなかった毒って、国内で出回ってるんですか?」
「まあまあ、慌てないで。その品種は毒っていっても、とても効果の弱いものでほとんど人体に影響の無いものだから」
ミエセス殿下の様子から、それほど大事ではないってことはわかったけれど。それでも危険なものには変わりないわ。あとでどんな影響が出るかもわからないし。
「それでね。教会の方に依頼して禁種指定するように要請を出したんだけどねえ。拒否されちゃったんだよね」
ん? 教会が……って、最近似たような話をきいたような。そうだ、数日前オーンハウル殿下とマナウ神父が似たような会話をしてたわ! この件と関係あるのかしら。盗み聞きだったから直接聞くことはできないけれど……。
「教会は問題ない、と認めてるんですね。ところで、魔法省では規制できないって、どんな種類の毒なんですか?」
やはり少しでもその毒について知っておくべきだ。私は逸る心を落ち着けようと、殿下が入れてくださったお茶を口に含んだ。
「うん。ラースロー帝国では普通に市場で売られているんだ――――茶葉として」
ブフッ…………。
思わず吹き出しそうになったけど、まさか……?
「あのう、殿下?」
「察しが良いね。今お二人が飲んでいるのがそれだよ」
ちょーっ! 私たちは慌てて吐き出そうとしたけれど、流石に殿方の前でそのような真似はできない。
「ミーエーセースー殿下?」
あっ、トゥーリ様ブチギレだ。
「トゥーリ姉落ち着きなよ。ちゃんと弱毒化してるからバケツ一杯飲んでも大丈夫だよ。それに、二人ともしっかり味と匂いを覚えておいてね。今後どこで飲まされるか分からないからね」
そういうことですか……って、先に言っておいてほしかったよ。でも確かに今後、知らずに出されてたら飲んでも気づけなかったかも。
「それでね。この毒は単体で使ってもほとんど影響はないんだ。だけど研究を続けてようやく分かりかけてるんだよ。とある要素を組み合わせることで、効果を発揮するものだって」
その、とある要素というのが今研究中で、もう少しで確定できそうだ、ということらしい。ただ、それが判明したところで教会を動かすことは難しいとのこと。
問題になるのが、毒の効果だ。
この毒が効果を発揮すると、肉体より精神に栄養を及ぼすのだ。自覚のない酩酊に襲われ、自我が薄れて周囲の意見に同調しやすくなるというものだ。要するに他者の思考を誘導しやすくなる、というもの。
話に聞くと極めて危険なものに感じるが、実際にはアルコールに近い扱いで、何かしら被害が発生したわけでもないので、教会は規制すべきではないとの見解を示しているそうだ。
――さて。色々聞けて為になったけれど、早く口を濯ぎたくておいとますることにした。
薬学クラブに加入するのはナシかな。またいつ変なモノ飲まされるかわかったものじゃないわ。
洗い場でじっくり口を濯いで、念のためたっぷり水を飲んでから、Dクラスの教室に戻ってきた。そこにはすでにマッキー様がいて、私たちを待っていた。そして白い封筒を差し出した。
「リズリー様、こちらパトリシア様からです。お茶会の招待状ですわ」