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10.噂

 

 いくつか公務をこなしたり、クラブに悩んだりして数日が過ぎた。


 その間マッキー様は何度かお茶会を開催し、新たな情報を仕入れてきてくれたようだ。だけど、その顔色を見る限り、あまり喜ばしい話題ではなさそう。


「F組の、レネ・アーデン様に関することなのですが」

 そういえば以前、聖女についての情報を集めるようお願いしていたわね。理不尽に候補生に選出されたことで、他の生徒たちから反感を買ってしまわないか心配だったのだけれど。


「実際はその逆で、どうやら下位貴族を中心に、聖女を支持する声が高まっているようです。……それと」

 マッキー様は言いにくそうに言葉をつまらせて、声を潜めた。

「どうやら、元々の候補生たちが不満に思って、聖女に嫌がらせをしている、などという噂が出ているようです」

「なんですって!」


 非難の声を張り上げたのは、私ではなくトゥーリ様だ。私はゲームの流れからそんなこともあるかも、と予測はしていたけれど、随分早いな。


 そもそも今回のことは本当に理不尽だ。ゲームでは、なんでこんなにリズリー達に敵視されているんだろうって思ってたけど、いやこれ、当事者になってみると当然だよって思う。でも、だからって嫌がらせをしていいわけじゃない。それに、私も他の二人もプリンセスロードを目指し、勝ち抜いてきた矜持がある。こんなことで嫌がらせをするような、低い品格は持ち合わせていない。


 これは放っておいていいことではない。そう思った私は、避けていたけれど、ヒロインに会いに行く決意をした。


 ***


 放課後の、クラブ活動が始まるまでの短い時間、私はトゥーリ様を伴ってFクラスの教室の前まで来た。

 マッキー様にはパトリシア様への伝言をお願いした。当然あちらでも噂は把握していることだろう。彼女が動き出す前に、私にすべて任せるように伝えなければならない。まかり間違えれば、パトリシア様が原作通りに悪役令嬢への道へ進んでしまうかもしれないからだ。未来を知っている私が対処したほうがいい。


 Fクラスは比較的、下位貴族の令嬢が多く所属しているようだ。そして彼女たちのうち、数人から批難めいた視線を向けられた。例の噂のせいで好ましくない印象を持たれているようね。私が悪役令嬢だと気付いたときから覚悟していたけれど、実際にこういう目に遭うと少しきつい。ただ、何もしていないのに変な言いがかりをつけられるわけにはいかない。プリンセスロード候補生として、毅然とした態度を崩してはいけないのよ。


「あら、この香りは……」

 Fクラスの教室は、何やら微かにクセのある香りが漂っているような気がする。

「バルサム系の香りですね。なかなか風流なクラスのようですが」

 トゥーリ様は話しながら、何かを探すようにキョロキョロしている。香りの元になる香炉でも探してるのかな。あっ、窓際にあるあれじゃないかしらと指差すと、トゥーリ様に呆れた目で見られた。

「リズリー様、ここに何のために来たかお忘れですか?」

 あ、あれ。ちょっとぼんやりしてたかな。

 そうだ。Fクラスのレネ様に会いに来たのだ。けれど、見る限り教室にはいらっしゃらないようね。

 それで、近くの生徒にレネ様のことを聞いてみたのだけれど。


「聖女様に、何をされるつもりですか?!」


 いきなり怒鳴られたのだ。

「いえ、私は少しお話をしたいだけなのですが……」


 ざわ、ざわと教室内が騒がしくなってきた。

 遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソと会話する人や、睨みつけてくる人。

「やはり噂は本当だったんだ」「あんな人がプリンセスロード候補生なんて」「聖女様がおかわいそう」など、こちらを批難する声、聖女を擁護する声が高まってくる。うっすらとした悪意がFクラス内に伝染していき、不穏な空気が拡散していく。


 こんな時、マッキー様がいてくれれば。

 マッキー様は、下位貴族の令嬢たちには人気がある。彼女たち子爵令嬢や男爵令嬢たちとも別け隔てなく接し、頻繁にお茶会を開いているおかげで、顔も広く評判も高いんだ。この混乱を鎮めるにはうってつけなのだけれど……。


「黙りなさい」


 ピシャリ、と凛とした声が喧騒に割り込んできた。

 ススッっと私の前に出てきたのは、トゥーリ様だ。


「私たちは、ただアーデン伯爵令嬢の居場所を伺っただけですが。根拠もなく妙な言いがかりをつけるからには、覚悟の上のこと、なのでしょうね?」

 あっ。プチッと切れた。穏便に済ませたかったのだけれど、こうなったトゥーリ様は私でも止められない。ああ、悪役令嬢まっしぐらだ……。


 Fクラスのご令嬢たちはトゥーリ様の剣幕にやや怯んだように見えた。だけど、最初に怒鳴ってきた令嬢が果敢にも応戦してきた。

「あ、あなた。そうやって脅すつもり? ただの取り巻きのくせに! そもそも他のクラスからやってきて名乗りもしないなんて礼儀がなってないわ!」


「あら失礼。わたくし、コール伯爵家長女トゥーリ・ザ・コールと申しますわ。どうぞお見知りおきを」


 トゥーリ様が自己紹介した途端、彼女たちはピタリと騒ぐのをやめた。突っかかってきた令嬢などは青ざめて固まっている。

 そして一斉に頭を下げて畏まった。


 トゥーリ・ザ・コール。


 このミドルネームの『ザ』が示す意味は、王位継承権の保持者。


 トゥーリ様のお母様、つまりコール伯爵夫人は、国王陛下の妹君であり降嫁した元第三王女なのだ。そして、その子息令嬢には王位継承権が与えられる。女系となるので一代限りだが。トゥーリ様のお兄様、トレヴィス・ザ・コール伯爵令息は王位継承権第14位を、そしてトゥーリ様自身も王位継承権第21位を持っている。それを表しているのが、ミドルネームの『ザ』の文字だ。詐称しただけで厳罰の対象となる。それに加え、トゥーリ様の頭上になびくのは国王陛下や第一王子と同じ艶やかな黒髪。流石に疑われることもなく受け入れられたようだ。


 自分たちが突っかかっていた相手が王族に連なる者だと気づけば、真っ青になるのも仕方がない。ここにいるのはほとんどが男爵家、子爵家のご令嬢だったものね。私たち高位貴族からすれば王位継承権第21位なんてあってないようなもの。トゥーリ様に必要以上に敬意を払うことはない。

 だが下位貴族はそうはいかない。場合によっては公爵令嬢や、プリンセスロード候補生といった肩書よりも大きな意味を持つ。下位貴族の子息令嬢にとって、『ザ』の文字を持つ者とはそれだけで雲の上の存在なのだ。


「何やら良からぬ噂が出回っているようですが、リズリー様がアーデン伯爵令嬢に何かをしたと、直接ご覧になった方がいらっしゃるのですか? それともアーデン伯爵令嬢、本人がそのようにおっしゃってるのでしょうかね?」

「い、いえっ、そのようなことは、……ございません」

 先程の令嬢は、可哀想になるくらい震えている。

「ならばこの伝統あるウエストパレス学園の生徒として、根も葉もない噂話などに踊らされて憶測だけで騒ぎ立てるのはおやめなさい!」


 Fクラスの皆さんはすっかり意気消沈し、もう批難めいた視線を向けてきたり、コソコソと話し合うような人はいなくなった。

 はー、トゥーリ様かっこいい。私が何もしないうちに、この騒動を治めてしまわれたわ。これで少しは噂話が減るといいのだけれど、根本的に解決したわけじゃないのよね。レネ様にも会えなかったし。



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