1.プリンセスロード
デビュタント前の令嬢たちが、王宮に集合している。
華やかなドレスを身に纏い、優美に微笑む幼き令嬢たち。しかしどこかそわそわと落ち着きがなく、緊張をにじませた表情だ。
令嬢たちはいくつかのグループに分けられて、指定された部屋へと案内されていく。
そんな様子を、私、リズリー・アマンダルムはじっと眺めていた。
――この王国には、『プリンセスロード』と呼ばれる存在がある。
厳しい基準を満たした者の中から選定される、淑女、令嬢たちの頂点。
王国の象徴として、また王国中の女性の憧れとして称えられる、栄誉だ。
本日行われているのは、プリンセスロードを目指す令嬢たちの、選考会なのだ。
ここに集った令嬢たちは皆、プリンセスロードを目指して日々努力し、教育を受けてきた者たち。
この日のために――。そんな意気込みが、どの令嬢からも感じ取れる。
もちろん私もその一人。公爵令嬢として、作法や勉学など、厳しく育てられてきた。
物心ついたときから聞かされていた、憧れの存在。プリンセスロードに選ばれるために、私はこれまで生きてきた。
ごくり。意図せず生唾を飲み込む音が響く。緊張なんてしていないはずなのに。腕の震えを押さえる手が、私の動揺を証明しているかのようだ。
深呼吸、ひとつ。
今日の日を送り出してくれた、両親の顔を思い出す。お父様もお母様も、気負わずに楽しんできなさい、と笑っていた。
我がアマンダルム公爵家は、かつて歴代で二人もプリンセスロードを輩出した名門だ。すでに名誉も地位も十分にある。私がプリンセスロードに選ばれるかどうかについては、期待はしてくれているだろうけれど、それほどこだわってはいないようだった。
だからといって甘えるわけにはいかないわ。私は名門アマンダルム公爵家の長女。その名に恥じない結果を残さなければ。
周りの令嬢を見れば、自らを奮い立たせて気合を入れている子もいれば、萎縮して青ざめている子もいる。
そんな彼女たちと一緒に、私も王宮の一室へと導かれていく。とうとう順番が回ってきた。
***
選考会一日目の内容は、筆記試験だった。
物静かな王宮の室内に並べられた机とテスト用紙。
語学、歴史、算術、政治、経済、魔法学など、科目も多岐にわたる。ここにいる令嬢たちは私も含めて十歳前後くらい。学園入学前の令嬢ばかり。皆、貴族令嬢として家庭教師がつけられ、学んできただろう。
だけどそんな矜持も、テスト用紙に目を通した途端に消え去った。
私も家庭教師の先生からは優秀だと褒められていたので、多少の自身はあった。
あれはやっぱり、お世辞だったのでしょうね。
どの試験も、半分くらいしか解けなかったわ。算術だけは得意だったので、結構解けたと思うけれど。解けなかった問題は帰ったら復習しなきゃね。
筆記試験終了の鐘の音が鳴り響く頃には、もうくたくたに疲れ切っていた。
本日の試験はこれで終了。浮足立っていた他の令嬢の皆さんも、帰る頃には真っ青になって、足取り重く馬車へと消えていった。
選考会二日目はマナー試験。
昨日とは別のグループ分けで臨む。王宮の一室には、貴族名鑑で見た重鎮の方々がずらりと並んでいた。
少しの気の緩みも許されない、厳かな室内には、息苦しい空気が充満している。
試験は実践形式で、あらゆる相手、立場を想定された状況でのシミュレーションだ。王族や他国の賓客など、また上位者、下位者の役割も割り振られて査定される。
公爵令嬢としては一通り覚えていたつもりだったけど、相手はこちらの想定外のシチュエーションや、意地悪な言動で、ガンガン揺さぶってくる。
試験が終わった頃には精神がへとへとになって、泣き出してしまいそうだった。実際に泣いている子も、結構いた。
選考会三日目の午前は魔力検査から始まったわ。
民を守るための魔力も強くないといけないんだって。実践的な魔法はこれから覚えておけばいいということで、魔法の実技試験のようなものは無かった。それよりまず、基礎的な魔力量を備えているかを試されたのだ。
私の魔力は多い方だと聞かされていたけど、どうなんだろう。
魔力検査はすぐに終わった。結果は教えてもらえなかった。何も聞かされないまま別室に移動して、次は面談が行われる。
自己紹介から始まって、どのように王国に貢献したいか、将来の目標、現在取り組んでいることなど。昨日の重鎮の方々が、居丈高に問い詰めてきたわ。
でもね。私は公爵であるお父様に連れられて、それなりに偉い方とも面会した経験は割とあるのよ。
少なくとも権力者の圧力で怯むことは無い――と思っていた。
そんな甘えなど許さない、とでも言うかのように、この試験の厳しさを突きつけられたわ。
重鎮の方々の中には知っている方もいたので、気を抜いてしまった。我が家にいらっしゃったときは穏やかな方だったのだけれど……。
孤児院でのボランティアの計画などを話していると、その方は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、貴族のお嬢さんにまともに務まるのか、などとなじってきたのだ。
他の方も、まるで全てを否定するかのように、わずかな不備を突いてくる。
驚きと悲しさで、涙を堪えるのに必死だった。
面接の時間は五分か十分程度だったけれど、永遠に続くかのような息苦しさだったわ。
***
ようやく最後の試験が終わって戻ってきた控室は、明かりも弱々しく、令嬢たちのすすり泣く声だけが聞こえていた。
令嬢たちは皆、涙をこらえたり、緊張が解けてぐったりしていたり。初日の華やかさはすっかり消え去っていた。
そんなとき、控室の扉が開いて、女官がやって来た。彼女は私たちを、王宮のガーデンへと連れてきた。
柔らかな陽射しが降り注ぐ、アフタヌーンティーにちょうどいい時間帯。
色とりどりの薔薇が咲き誇り、青空の下、たくさんの丸テーブルとスイーツが並んでいた。
「わああ~!」
令嬢たちの歓声が上がる。選考を終えた私達に、慰労会と称したお茶会が催されたのだ。
さっそく、令嬢たちはそれぞれ席につき、お茶とおしゃべりを堪能し始める。私も指定された席につき、紅茶をいただこう。
紅茶に口をつけようとして、気付く。
各テーブルの間には、背筋がピンと伸びた厳しそうなご婦人方が、令嬢たちの様子を観察しているわ。
時折、手元の用紙に何かを記入している。
これってもしかして……まだ試験が続いているんじゃないかしら。
だとしたら意地悪ね。念のためもう一度気を引き締めて、社交の意欲を見せなければいけないわね。
私のいる丸テーブルには、六人の令嬢が座っている。皆様、私と同じ十歳くらい。
左隣には、ずっと本を読んでいる黒髪の方。
右隣には、ひたすらスイーツを食べているオレンジ色の髪の方。
お二方とも、どこかで見たような気がするなあ……なんて考えていたら、ピシリ、と軽く頭に痛みが走った。
一息ついて治まったけれど、何だったんだろう。
気を取り直して、まず左隣の令嬢に話しかけてみましょう。
黒髪の大人しそうな細身のご令嬢。こほんと喉を整えて、声をかけた。
「わたくし、本を読んでますの。話しかけないでいただける?」
ピシャリと釘を差されてしまったわ。これは、なかなか厳しそうな方ね。
読書の邪魔をしてしまったことを詫びようと目を向けると、彼女が手にしていたのは、私も読んだことがある本だった。
小難しい言い回しを好む方の著書で、読むのに大変だった。ためになる教訓が盛り沢山だったのでよく覚えてる。まさか同じ年頃の令嬢が読んでいるとは思わなかったわ。
「まあ! テセーナ夫人の手記ですわね」
と、つい再び干渉してしまい、しまったと思った。
黒髪の令嬢は、本から目を上げて、じい、と私を見つめてきた。というか凝視している。何度も邪魔をして気に障ったのかもしれないわ。
「ご、ごめんなさい」
と、読書を邪魔しないよう、今度は右隣の令嬢に話しかけることにした。
「おいしいい。お城のすいーつすごい!」
オレンジの髪の令嬢は一心不乱にケーキスタンドに手を伸ばしていた。
幸せそう、なのはいいのだけれど、後ろの御婦人がチェックを入れてますよ?
「お口にクリームがついてますわ」
彼女の口の食べかすをハンカチで取ってあげた。あのままだと減点になってしまうかもしれないからね。
令嬢は食べる手を止め、はっと気づいたように顔を赤らめた。マナーを忘れていたことを思い出したようね。
あわあわと焦りだして、どうすればいいかときょろきょろと周りを見回す。落ち着かせようと、つい口出ししてしまったわ。
「こちらは、下段からお召しになるとよろしいですわ」
令嬢はこくこくと頷いて、改めて下段のセイボリーに手を伸ばす。確認するように私を見てきたので、にっこりと微笑み返してあげた。
すると、彼女もキラキラした目で私を見てきた。それがとても愛らしい瞳で、くすりと笑みを返した。
そんなふうにゆるやかな午後を過ごしていると、突然会場の空気が引き締まった気がした。
令嬢たちは自然とおしゃべりと食べる手を止め、背筋が伸びる。
圧倒的な存在感が、その場を支配していくのを感じた。
――現れたのだ。
淑女、令嬢たちの頂点。現プリンセスロードである、キャサリン・ケラ・ヒューグリフェン王妃が。
清浄な空気を纏った妃殿下は、ゆっくりと会場の中央へ歩を進め、慈愛に満ちた笑みで私達を見渡した。美しい金髪は陽の光を受け止め、それ自体が輝きを放っているかのよう。
まさか今日、姿をお見せいただけるなんて……!
「皆さん、楽しんでいただけているかしら。本日はこんな愛らしい皆さんにお会いできて嬉しいわ。この中から、私の次のプリンセスロードが誕生するかもしれないのね。その日を楽しみにしているわ」
まるで無垢な少女のようでもあり、威厳のある支配者のようでもある、茫漠たる声で放たれた一言。それだけで会場の令嬢たちを一瞬で虜にした。
会場の誰もが『私もああなりたい』という思いを強くする。感極まって涙を流す子もちらほら。
私も例外ではなく、王妃の存在感に惹き込まれていった。




