第5話 気のつえー女だな
「って、そんな訳ないだろー!」
俺は女装姿のままトイレを飛び出した。
危なく雰囲気に呑まれて、なにか新たな感覚に目覚めてしまうところだった。
「ちくしょー!」
俺は走った。
学校を出てひたすら街を走る。
自分自身に心を奪われそうになった自分が許せない。
そのときだった。
どかっ!
曲がり角で出会い頭に誰かとぶつかったオレは尻餅を付いた。
「あ? どこ見てやがる、気をつけろよ」
目の前に立っていたのは学ランを着た長身の男だ。
オレは男を見上げて睨みつける。
「あんたこそ、どこ見て歩いてんだ!」
普段のオレならこんなことで噛みつくことはしない。
学ランの男は驚いた表情をみせた後で、唇の片方だけを吊り上げて微笑を浮かべた。
「気のつえー女だな……。怪我はないか?」
そう言って手を差し出してきた男にオレは首を振り、その手を握ると彼はオレの体を軽々と引き上げた。
「ん? お前、髪に飴ついてんぞ」
男はオレのウィッグに付着した飴を取ると、そのまま自分の口の中にポイと投げ入れてしまった。
「じゃあな、運が良ければまたどっかで会おうぜ」
ニッと笑った男は俺の横を通り過ぎていく。
「お、おい!」
呼び止めても男は振り返らずに手を振って、そのまま行ってしまった。
それ、さっき山田が便所に落としたヤツなんだけど……。