02話・お買い物日和
「なんでこんなところに……って、聞くまでもないか」
奴隷市場の商品として並んだラウラに、レオは優しい笑顔を向けた。
ラウラの目の前まで行ってしゃがみ、目線を合わせる。
「誰に騙されたの?」
「……っ!」
ラウラは、口を開いて何かを言いかけたが。
「…………」
直前で口を閉じて、顔を伏せた。
「言えないの? それとも、言いたくないの?」
「……わたしが、……ダメな子だったの」
俯いたまま、ラウラはそれだけ絞り出した。
「ふーん? ……ねぇ、ラウラちゃん。僕が買ってあげようか?」
ラウラは、しばらく無言の後、静かに首を振った。
「どうして?」
「……わたしに、レオさんにお金を出してもらう価値はないから」
どうやらだいぶ重症のようだ、とレオは思った。
「……悪いけど、僕が欲しいものの価値は、僕が決める」
それだけ言うとレオは立ち上がり、奴隷市場の従業員に声をかけた。
「そこで売ってる明るい茶髪の女の子、いくらなの?」
「へぇ、旦那。あれはほんの十日ほど前に入荷したばかりで、処女ではありますが、ほとんど仕込みらしい仕込みも行ってません。乳はデカくても特別な技能は何もなく、それでもよければ金貨三枚でお売りしますぜ」
金貨三枚とは、すなわち三百万Gだ。
この国の一般的な成人男性の年収に相当する。
ひとりの人間の人生を買う値段として高いか安いかはさておき、そこらへんの一般人が気軽に買える値段ではない。
「分かった、買うよ」
しかしレオは即決すると、金貨三枚と大銀貨三枚を懐から取り出し、従業員の手に握らせた。
従業員は、ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
「ちなみに聞くけど、ラウラちゃんはどうしてここの商品になったの?」
「へへ、どうにもあの娘、賭場で身の丈に合わねぇ額の勝負をして大負けしたようですぜ。売値の大半は負け分の負債で、あの娘自体の価値は、いいとこ小金貨換算で……っ!?」
従業員は、それ以上話す前に口をつぐんだ。
「君のおしゃべりは美徳でもあるけど、悪徳でもあるね」
レオの視線の温度が下がったことを、敏感に感じ取ったのだ。
「僕が欲しいものの価値は僕が決める。君の口から聞く必要は、ない」
ゾッとするほど冷たい、氷のような視線に、従業員の男はゴクリとツバを飲んだ。
「へ、へぇ。すんません。無駄口叩いてないですぐに売買手続きを進めます」
「そうしてくれ。それと、首輪はともかく服はもう少しまともな物を着せたい。お金は払うから、近くの店に遣いの者を走らせてくれないか」
「へい、直ちに」
「それと……、着替えさせる時に、水浴びをさせてやってくれ。石鹸や香油が必要と言うならそのお金も払う」
そうしてあれよあれよという間に、契約魔術で作られた契約書にレオがフルネームをサインして、ラウラの所有者はレオになった。
◇
買ってこさせた服一式(無地の白ワンピース、木綿の白下着、木と皮のサンダル)を着させて、首輪をはめたまま暗い顔をしているラウラを連れて歩く。
途中にある食堂で、焼いた鶏肉とレタスとトマトの挟まったサンドイッチと、シロップ漬けの桃を挟んだサンドイッチ、瓶詰めの炭酸水をいくつか買ってさらに歩く。
レオは、自分が借りている宿にラウラを連れてくると、ラウラを自室のベッドの上に座らせた。
不安げな表情を浮かべるラウラ。
買ってきた食料は、壁際のテーブルの上に置いた。
天井から吊るされた魔導ランプの灯りは小さく、部屋の中は薄暗い状態だ。
レオは、出入口のドアとベッド脇の窓を施錠すると、ラウラの向かいに椅子を置いて、そこに腰を下ろした。
「まず、これは命令。僕の言うことには従うこと。僕の質問には正直に答えること。返事は?」
「……はい」
「じゃあまずは、着ている服を全部脱いで」
「えっ……?」
ラウラが思わず聞き返すと、レオは不思議そうに首を傾げた。
「聞き取れなかったんならもう一度言おうか? 僕の目の前で全裸になるんだ。ついでにそうだな、そのベッドの上で四つん這いになって、お尻をこっちに向けて。僕になにをされても全て受け入れて、僕が『もういいよ』と言うまでベッドから降りることを禁ずる」
「あ、あの、レオさん……?」
「ラウラちゃん、早くしないと強制力が働くよ? あれの苦痛は、なかなかに強力だ。生爪を剥がれるほうがまだマシなくらいで、君がその痛みと苦しみに耐えられるとは、とうてい思えないけど」
ラウラの顔がさぁっと青くなる。
その痛みなら、ラウラも知っている。
奴隷市場に売られた初日に、奴隷契約がきちんと締結されたかを確かめるという名目で、強制力を使われたからだ。
ほんの十秒ほどの出来事だったが、あまりの痛みと苦しみで声を出すこともできず、ラウラは地べたでのたうち回ったことを覚えている。
そして市場の支配人に、「もし逃げ出せばこの苦痛がずっと続くからな」と脅されれば、奴隷市場から逃げ出す気力も失せたのだ。
「うっ、ああ……」
ラウラは、泣きそうになりながら、震える手でワンピースの裾を掴んだ。
そしてゆっくりと、レオの目の前で裾をまくり上げていく。
異性に裸を見られることの恥ずかしさと、苦痛に対する恐怖で頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
ワンピースを脱ぎ去り、下着とサンダルを脱ぐと、ラウラは恐る恐るといった様子で、ベッドの上で四つん這いになった。
お尻をレオに向け、顔は壁に向ける形だ。
「こ、これでいい……?」
背中越しに振り返って問うと、レオが自分のお尻をじっと見つめているのが分かった。
一気に恥ずかしさが増してくる。
ラウラの顔が、一気に赤くなる。
「もっとお尻を突き出して。あと、こちらを振り向くのも禁止」
「は、はい」
ぐっとお尻を突き出すと、レオの顔がお尻のすぐ近くに寄ってきたような気配がある。
女の子としての大事なところを、全てレオに向けてさらけ出している。
何もかもを見られている。
その事実は、ラウラの胸中に判別不能な昂揚感を与えた。
「はぁっ、はぁっ、」
あまりの恥ずかしさに心臓がドキドキしている。
体温が上がってきたのか、額からは汗が流れた。
やがて、自分の背後でカチャカチャという音と、衣擦れのような音が聞こえてきた。
ラウラの心臓が、よりいっそうドクンと跳ねた。
このシチュエーションで、この後の展開など、ラウラの脳内に思い浮かぶものは一つしかない。
「レオさん、わたしその、こういうことをするのは初めてで、……だからあの、や、優しくしてほし、ひゃあんっ!?」
突然、ラウラの丸いお尻に冷たい物が触れ、ラウラは悲鳴を上げた。
「ラウラちゃん、『もういいよ』。脅かして悪かったね」
「え、」
ラウラが振り返ると、悪戯っ子のような笑みを浮かべたレオが、炭酸水の入ったビンを手に持っていた。
先ほどの冷たい感触は、あのビンをお尻に当てられたからのようだ。
「期待していたようなら悪いけど、僕はそういうことをするつもりで君を買ったんじゃあないんだ。けど、今の君がどれほど危ない立場にいるのか分かってもらうには、こうするのが一番早いと思ってね」
「き、期待なんかしてないけど!? うっ……!?」
軽く強制力が働いて、胸が詰まる。
「正直に答えないとダメだよ?」
レオは、意地の悪い笑みを浮かべている。
ラウラは、仕方なく正直に答えた。
「うー……、ちょ、ちょっとだけ、……物語の一幕みたいで、こういう初めても悪くないかもって思ってた。レオさん、顔はカッコ良いし……」
「ははは。そういうの、言ってて恥ずかしくない?」
「レオさんが言わせたんじゃん!! 恥ずかしいに決まってるでしょ!?」
あまりの物言いに、思わずベッドから飛び降りてレオに詰め寄る。
するとレオが。
「ラウラちゃん。怒るよりも先に、前を隠したほうが良いんじゃない?」
言われて、ラウラは自分が全裸であることを思い出した。
同年代の平均より遥かに豊かな双丘や、逆に同年代と比べれば遥かに薄い茂みが、丸出しのままだ。
「〜〜〜〜〜っっ!!? レオさんの、馬鹿ぁ!!」
ラウラは、もうどういう感情でいればいいか分からないまま、先ほど脱ぎ散らかした服を着直し始めた。




