01話・酒場にて
「レオさんもう一回! もう一回だけお願い! 次こそ当ててみせるから!」
すっかり日も沈んだ宵の口。
フラメル魔術王国の王都のはずれ。
雑然と建物が並ぶ区画の小さな酒場の中で、まだ十代半ばほどに見える少女が大きな声を出していた。
活発そうな雰囲気の少女だ。
名前をラウラというらしい。
肩口までの長さの明るい茶髪に、髪の毛と同色のくりくりとした大きな瞳。
裾の擦り切れた服を着ているが、体には程よく肉がついており、痩せすぎということはない。
同年代と比べると多少背丈は低めだが、女性的な胸の膨らみは、酒場の中を見回してもこの少女が一番大きいだろう。
そんな少女の前のテーブルには、空になったビールジョッキがいくつも並んでいる。
全てこの少女が飲んだのだとすれば、相当な量を飲んでいることになる。
「良いけど、これ以上やってもラウラちゃんには当てられないと思うよ?」
それに応じるのは、レオと呼ばれた若い男だ。
丁寧に撫でつけられた金髪は本物の金糸のようにサラサラとしている。
凛々しい眉、すっと通った鼻梁。
整った顔立ちに、深い海のような青い瞳。
少し低めの、艶のある声。
背丈は高めで、細身ながらも引き締まった肉体。
シワ一つないシャツを着て、首には紺色のネクタイを巻いている。
きちんと折り目が付いた紺色のスラックスを履き、足元はピカピカに磨かれた黒のブーツ。
腰のベルトにはいくつかのポーチがついていて、椅子の背もたれには質の良いジャケット。
遊び慣れた色男、とレオを初めて見た人間は評するだろう。
そして少し話をしてみれば、その評価が間違いではないことを知るだろう。
レオは、そういう男だ。
そんなレオは、整った顔立ちに呆れ半分、からかい半分といった表情を浮かべながら、涼やかな瞳でラウラを見つめる。
「そんなはずないよ! 確率は二分の一なんだから、今度こそ当たるはずだもん!」
うー、と唸りながら、ラウラは対面の男の手元を凝視する。
レオの右手には一枚の銀貨が乗せられている。
よく磨き込まれているのか、酒場内の弱い照明の中でもピカピカと輝いていた。
「じゃあ、これで最後だよ? ……それ!」
男は、手の中のコインを指で宙に弾く。
くるくると回る銀貨はそのまま真下へ落ちていき、それを男がどちらかの手で掴んだ。
「さあ、どっち?」
握り締められた両手の、どちらにコインが入っているか。
それを当てるだけの簡単なゲームだ。
「むむむむ……」
しかし、ラウラは真剣な表情で男の両手を睨む。
それもそうだろう。
この単純な二者択一のゲームで、ラウラはもう九回連続でハズレを引いているのだ。
今度こそ当ててやると、真剣に悩んでいる。
「今度こそ、……右手!」
やがてラウラは、レオの右手を指差す。
レオはその選択に対して、
「本当にそっちでいい? 後悔しない?」
と声をかけた。
「いい! 後悔もしない!」
ラウラは言い切った。
今度こそ当たるはずだ、と祈りを込めて。
「……それじゃあ、当たりの手を開けるよ?」
レオは握り締めた両手をラウラの顔の前に持っていく。
そして数秒焦らしてから、ゆっくりと左手を開いてみせる。
「あっ、あぁ〜〜!?」
銀貨は、レオの左手の中に入っていた。
ラウラはまた二者択一を外したのだ。
悲痛な声を出して、ラウラはテーブルに突っ伏した。
「はい、また僕の勝ち」
「なんで当たらないのー……?」
ラウラにはもう訳が分からなかった。
二分の一をここまで外すなんて、よほど今日はツいてないようだ。
「すいませーん。ビールをもう一杯」
そんなラウラを尻目に、レオは追加のジョッキを注文する。
運ばれてきたジョッキはラウラの前に置かれ、ラウラは涙目になりながら、ビールを一気飲みした。
「かあぁぁ〜〜っ!」
「おおー、良いね。良い飲みっぷりだ」
こうしてコイン当てで負けるたびに、ラウラはビールを一気飲みしている。
だからラウラの前には、空のジョッキが並んでいるのだ。
そしてもうここらへんが、ラウラの限界酒量ギリギリのラインでもあった。
これ以上飲もうものなら、きっとラウラはぶっ倒れる。
「ラウラちゃんは、もうちょっと人を疑うことを覚えたほうがいいと思うし、こういうゲームにはもう手を出さないほうが良いと思うよ。君はこういうことには向いてない」
飲ませている張本人が、そんなことを言う。
「うー。今日は、たまたま調子が悪かっただけだもん」
飲み過ぎて酔いが回ってきた頭で、ラウラは必死に言い返す。
しかし、男は。
「たまたまじゃないよ、ラウラちゃんは負けるべくして負けたんだよ」
そんなことを言ってくる。
「どういうこと?」
「それが分かってない時点で、ラウラちゃんは負ける運命だったんだよ」
「むー……?」
なんだかよく分からないが、けど、納得がいかない。
「ねぇ、負ける運命だったってどういうこと? レオさんには、わたしの運命が見えるの?」
レオは、もちろんとばかりに頷く。
「見えるよ。世間知らずの女の子の運命なんてものは、特に」
そう言うと、レオは左手の銀貨をラウラの目の前に置いてみせた。
「このコインをよく見てみて」
「?」
言われたとおり、ラウラは目の前の銀貨をじっと見つめる。
しかし、特に変わったところはない。
手に取って裏返してみても、使い古されて色褪せた、いたって普通の銀貨にしか見えない。
「このコインが、なんだっていうの?」
「分からない? じゃあ、このコインは?」
レオは、右手に持っていたピカピカの銀貨を、ラウラの前に置いた。
「え、あれ? ええ……? ……あー!?」
気付いたとたん、ラウラは大声を出した。
「さっき最後に投げたコイン、こっちでしょ!?」
レオは、ニコリと笑った。
「大正解。ここまで気付かなかったのは、きっとお酒の酔いが回ったせいかな?」
ラウラはさらに叫ぶ。
「じゃあ今までのも全部!?」
「もちろん最初から。コインは二枚あったんだ」
「えー!?」
ラウラはあんぐりと口を開けてレオを見つめる。
まさか、これほど堂々とイカサマをしていたなんて。
「わざわざ綺麗さの違う二枚のコインを使っていたのに、ちっとも気付いてくれないんだもの。逆に感心しちゃったね」
「けどそんな、まさかレオさんがイカサマをするなんて、」
「思わなかったって? それはどうして?」
僕と君は今日が初対面なのに?
と、レオは優しく問う。
「え、だって、レオさん優しそうに見えたから……」
「人を騙す人間は、今から貴方を騙します、なんてことは言わないよ? 見た目やその場限りの言動で他人を簡単に信じるのは、とっても危ないことだね」
「それは……」
ラウラは言葉に詰まる。
レオが、ずいっと顔を寄せてきた。
「たとえばさっきのゲーム、負けた時の罰がビールの一気飲みだったわけだけど。これは後でイカサマがバレた時に、負け分を取り返されないようにするためさ。金銭のやりとりだと後で取り返されることがあるけど、飲んだお酒はなかったことにできないからね。そうして君を限界以上に酔わせて、倒れた君を介抱するふりをして、どこかに連れていくような悪い人間もこの世にはごまんといる。そんなことに気を付けて、君はこういう酒場に来ているのかい?」
「……ちっとも考えてなかった」
そうだろうね、とレオは笑う。
「もっと気をつけたほうがいいよ。特に、君みたいな純朴な子は。全てを失ってから失ったことに気付いても、遅いからね」
そう言うと、レオは二枚の銀貨の上にさらに大銀貨を三枚置いて立ち上がった。
背もたれのジャケットを羽織る。
「ラウラちゃんの必死な表情を見てるのはわりと面白かったから、ここの飲み代は出してあげる。お釣りも持って帰っていいから、今日はもう早く帰るんだよ」
悪い大人にまた騙される前にね。
それだけ言い残して、レオは酒場の出入口に向かう。
ちょうど入ってきた友人らしき背の高い男に声をかけると、そのまま連れだって店の外に出ていった。
ラウラは酒場にポツンと取り残されて、はぁ、とため息を吐いた。
「レオさん、良い人なのか悪い人なのか分かんない人だったなぁ……」
イカサマゲームでハメられたのは間違いないし、お酒を一気飲みさせられて、からかわれたのも間違いないが、それでも前後不覚になるギリギリでやめてくれたし、ここの飲食代も出してくれた。
先ほどの話も、よく分からなかったが自分を気遣ってくれたからこその話だったようにも思う。
ただまぁ、それは結局、初対面の人からも心配されるほど自分が不用心そうに見えるということなのかもしれないが。
そう考えると、ちょっと、いや、だいぶ落ち込みそうだ。
「けど、こんなことで挫けちゃダメだよね!」
ラウラは自分の心を「えいやっ!」と奮い立たせる。
せっかく田舎の漁村から、なけなしのお金を使って都会に出てきたのだ。
ちょっと脅されたからって、ここですごすご帰ってしまっては何の為に王都まで来たのか分からない。
「レオさんが置いてってくれたお金、ここの代金払っても全然余るし、このお金を大事に使いながら頑張ろう! 大丈夫、わたしならできる!」
心地良いくらいの酔いも手伝ってか、ラウラはひとりで大きな声を出す。
今後の具体的な計画など何もないが、明日は何事も上手くいきそうな、そんな気がしてきた。
「頑張ろー! 頑張ろー! おー!!」
そして、しっかりお金を稼げるようになったら、レオさんに今日のお金を返して、逆にお酒を奢ってあげるんだ。
ラウラはそう思って、翌日から頑張ることにした。
◇
そして、二週間後。
「あれ、ラウラちゃん?」
ラウラは、レオと再会を果たした。
「…………レオ、さん?」
その時のラウラは、王都の奴隷市場で、新商品として売られていた。




