ダメダメ聖女とハイパーエクセレント令嬢!! ~今日も婚約者の王子の胃は痛いそうです~
ロマンティック王国 王都
都の片隅にある教会で、聖女と呼ばれている少女が暮らしていた。
本が山積みになった部屋で、聖女は日々知識を得ている。
訳ではなく。
「ぐおーすぴー」
好きな恋愛小説や冒険譚を読み漁っては寝るを繰り返す、昼夜逆転の自堕落な生活をしていたのだった。
彼女の名は『シャイニー・シーベン』。聖女の力を有したダメダメ少女である。
ちなみに本は国からの支援金で買っている。
そんな彼女の部屋にシスター『アンジェ』が強行突入する。
「いい加減起きろこのダメ聖女!!」
「ふが?!!」
ドアを蹴破った音で目を覚ますシャイニー。
無駄にボリュームのある髪と丸出しになった腹をかきながら、ゆっくりと上体を起こす。
「何ですかシスターアンジェ……。私は勉学の後の仮眠を取っていたというのに……」
「何が勉学ですかこのすっとこどっこい! いい加減聖女として働きに出なさい!!」
シャイニーは『働く』という言葉に反応する。
「働きたくないでございます! 働きたくないでございます!!」
必死な表情で訴えるが、
「しばくぞ」
アンジェの静かな怒りしか返ってこなかった。
シャイニーは渋々体を起こし、寝間着から普段着の白い修道服に着替える。
「あー怠い」
「こんな昼間まで寝ているからです。……どうしてこんなのが聖女なんかに……」
「才能ですよ」
キリ! と決め顔で言い切るシャイニーに、
「神の手違いでしょうね」
アンジェは悪態をつきながら切り返した。
「酷い言い草」
「普段の行いを考えなさい行いを」
グダグダとしたやり取りが始まろうとしたその時だった。
「そんな貴方にお仕事でしてよーーー!!!」
窓から白馬に乗った令嬢が突撃してきた。
窓は粉砕され、部屋には馬が入場していた。
突然のとんでもない来訪者に、シャイニーとアンジェはひっくり返っていた。
「オーホッホッホ!! ワタクシのハイパーでエクセレントな登場に驚愕してますのね!! お可愛いですわーーー!!!」
ハイテンションかつ大声でしゃべり続けるこの令嬢は、ロマンティック王国のベンチャー侯爵の娘、いわゆる侯爵令嬢であり、魔術の天才と呼ばれている『キャメリア・ベンチャー・パーフェクト』である。
高位の令嬢らしいド派手なドレスを身に纏い、髪型は上半身が隠れる程大きい縦ロールにしているのが特徴だ。
(驚愕どころか唖然ですよキャメリア様……)
倒れたまま心の中で思うだけに留めたアンジェだった。(身分の都合上)
馬から颯爽と降り、本の山に突き刺さっているシャイニーの前に立つ。
「今日もダラダラしていると思いましたが、大当たりでしたわね!」
「もうちょっと普通に入って来れないんですかお嬢は……」
怒りマークを頭に浮かべながら、シャイニーは顔だけキャメリアに向ける。
「ワタクシ、ハイパーでエクセレントな令嬢ですので、普通のことなんてできませんわーーー!!!」
「分かってやってるの質悪過ぎますよ」
オーホッホッホと高笑いするキャメリアに、ただただ呆れるしかないシャイニーだった。
「それより!! 貴女にお仕事でしてよ!」
「絶対しませんよ。私じゃなくてもできる仕事でしょうから」
「聞く前に断るとは命知らずですわー!!」
絶対仕事拒否の構えを取るシャイニーに思わずツッコミを入れざるを得なかったキャメリア。
「諦めなさいシャイニー。キャメリア様は一応王子の婚約者でもあるのですから」
見かねたアンジェがシャイニーの説得を始める。
キャメリアは地位のある侯爵令嬢であり、魔術の才能もあるので、王子の婚約者となっている。故に、キャメリアは王族と大して変わらない存在なのだ。
「国からの援助で自堕落な生活をしている貴女が、断れる立場だとでも?」
「ぐぬぬ……」
改めて説明され、拒否できる立場に無い事を指摘され、嫌そうな顔になる。
「わ、分かりましたよ。行けばいいんでしょう行けば」
「分かればよろしいですわ!!」
そう言ってキャメリアは、シャイニーを脇に抱えて乗馬する。
「早速王子の所へ行って仕事を貰いますわよーーー!!!」
「騙したな貴様ーー!!?」
再び馬で窓をぶち破り、教会から颯爽と駆け抜けていった。
「戻って来たら直してくださいねー」
そう言い残したアンジェは、一人部屋を片付けるのだった。
◆◆◆
王都 王城
王城の一室、執務室で事務をこなす一人の青年の姿があった。
イケメンで華麗な彼こそが、キャメリアの婚約者、第3王子『セイント・オラトリオ・ロマンティック』である。
傍には執事兼補佐の『アンドレ』が待機している。
セイントは王都とその周辺で起きている魔物魔術関連の事件『異変』を解決する『ラファエル王都聖騎士団』の団長を務めており、今は異変の調査結果をまとめている作業中だ。
「……特に大きな異変はなさそうだね。細かい件は万が一があってはいけないから、改めて詳しく調査してもらおうか」
「かしこまりました。すぐに動ける隊長へ当たらせます」
「頼むね」
アンドレに仕事の指示書を渡し、仕事がひと段落する。
セイントは一仕事終えたので、思いっ切り伸びをする。
「今日も平和で何よりだ」
アンドレはすかさずセイントに紅茶を入れる。
セイントは一言お礼を言って口を付ける。
(このまま何事も起きなければいいなあ……)
「お邪魔しますわ王子ーーー!!!」
そこへ白馬に乗って脇にシャイニーを抱えたキャメリアが執務室の窓をぶち破って飛び込んでくる。
「ごぶふ!!?」
突然の闖入者に思わず口に含んでいた紅茶を噴き出してしまうセイントだった。
アンドレがナプキンをすぐに出して、セイントの汚れた口元を拭く。
ぐったりしたシャイニーを床に置いたキャメリアは、
「ご機嫌ようセイント様! ワタクシが参りましたわーーー!!!」
「やあキャメリア、相変わらず凄いテンションだね」
微笑みながら返すセイントだったが、実を言うと胃が結構痛かったりする。
キャメリアとは婚約者として、幼少の頃から知っている。おかげで破天荒な行動に何度も巻き込まれて毎度毎度えらい目にあっている。
今日もまた何か厄介ごとに巻き込まれないかと内心ヒヤヒヤしている。
そんな彼の気も知らずに、キャメリアは相変わらずのハイテンションで話を切り出す。
「今日はセイント様にお仕事を斡旋して頂きたく馳せ参じたましたわ!!」
「僕の婚約者で侯爵令嬢の君がわざわざ危ない仕事をしなくても……」
「仕事をするのは聖女シャイニーですわ!」
「ならこの仕事がいいかな」
「変わり身早くないですか王子!!?」
シャイニーの名前を出した瞬間手のひら返ししたセイントに思わずツッコみを入れてしまうシャイニー。普段の行いのせいである。
その背後でキャメリアの白馬をアンドレが窓から退室させていた。
セイントが提示した仕事の内容は『アスパラガス泥棒』だった。
「泥棒なら衛兵案件では?」
シャイニーは資料を覗き込んで疑問を投げかける。
「そう思ったんだけど、犯行現場には不自然な程痕跡が残っていないんだ。だから異変の可能性が高いと判断されてこっちに回って来たんだよ」
「ほーん」
説明に納得するシャイニーは、資料をペラペラと読み漁る。
「そうと決まれば早速現場へ向かいますわよ!!」
キャメリアが指パッチンでフェニックスを召喚する。
「気軽に神獣を召喚しないで」
歴戦の大魔導士でも召喚が難しい神獣を指パッチン一つで呼べてしまうキャメリアに思わずツッコんでしまうセイントだった。
「行きますわよお二人共!! 犯人をとっ捕まえますわよーーー!!!」
キャメリアとセイントはフェニックスの背中に乗り、シャイニーだけ足で掴まれた後、執務室の窓を爆破して飛び立った。
「私も背中でいいだろー?!!」
叫ぶシャイニーとは別に、セイントの胃が限界寸前で顔色が最悪になっている。
◆◆◆
現場である王都付近のアスパラガス畑に着陸した3人は、早速現場を見ていく。
「す、既に綺麗に修復されてますね……」
ぐったりしているシャイニーだったが、全体を見るだけの余力は残っていた。
「そうだね。盗難にあった畑はもう綺麗に整理されている。かなり酷く荒らされたから、そのままという訳にはいかなかったんだろう」
セイントも周囲を見渡して状況を確認する。
「キャメリア、そっちはどうだい―――」
振り返ってキャメリアの方を見ると、
「多分あれですわー!」
キャメリアが他のアスパラガス畑でアスパラガスを盗もうとしている不審者を見つけていた。
犯人は手の長い翼の生えた『悪魔』だった。
「GEGEGE」
悪魔は滞空しながらアスパラガスを引きちぎっては貪っていた。
「まさかの悪魔ですか?! 厄介な!!」
「丁度いい。君の得意分野だぞ」
悪態をつくシャイニーにセイントがけしかける。
「嫌ですよ!? 【浄化】とかすっごい面倒なんですから!!」
(わあダメ聖女)
シャイニーの呆れた理由に心の中だけでダメ呼びする。
そんなことをしている間に、悪魔がシャイニー達に気付いて飛び去ってしまう。
「逃がしませんわよー!!」
キャメリアは長いスカートを持ち上げ、走って悪魔を追いかける。50m一桁台の速さだ。
「はしたないよキャメリアー!?」
セイントも慌てて追いかける。
「じゃあ私は増援を呼んできます!」
「君も来るんだよ?!」
逃げようとするシャイニーを捕まえて連行するセイントだった。
悪魔は畑から離れていき、草原へ出る。
「ここなら思う存分暴れられますわね」
キャメリアは指パッチンで魔法陣を出現させる。
「おいでなさい!! フレイムドラゴン!!」
魔法陣から巨大な龍が飛び出し、悪魔を追いかける。
「BUOーーー!!!」
「GEGEGE」
ドラゴンは炎を噴き出し、悪魔を落とそうとする。
しかし悪魔は物理的にあり得ない鋭角な軌道で回避し、ドラゴンを翻弄する。
「素早いですわね! でしたらライトニングユニコーンですわ!!」
「お願いだからホイホイ神獣を出さないで!?」
セイントが追い付いてキャメリアを止める。
引っ張られていたシャイニーは悪魔を見上げていた。
「いやあ、エクセレントの欠片もありませんね」
「こうなった一因が君にもあることを自覚しなさい」
セイントのキレキレなツッコミが炸裂するが、それよりも胃が辛くて仕方なかった。
草原と言っても、王都から見える位置なので、あまり派手に暴れられると、貴族達や偉い立場の人達が騒ぎ始め、その後処理が非常に大変だからだ。そのストレスで胃が痛くなる。
(特に母上の視線が痛い……!)
そんなセイントを尻目に、キャメリアが魔法を乱射していた。
「これでも喰らうといいですわーーー!!!」
しかも一発一発がとんでもない爆音を響かせているため、間違いなく王都まで届いている。
「ふぐう!!?」
後始末の事を考えると胃が痛くなるセイントだった。
「当たりませんわー!!」
「たーまやー!!」
盛り上がっている2人の後ろで膝を付きたくなるセイントだったが、王族としてしっかりしなければならないという教育の賜物で、何とか持ちこたえる。
「ふ、二人共……。早急に事態の解決を……!」
ふらつくセイントを見たキャメリアは、
「大丈夫でしてよセイント様!! 既に悪魔はワタクシの掌の上、ですわ!!」
指パッチンをする。
すると、突然空中に超巨大な魔法陣が生成され、悪魔の真上に出現する。
「GEGEGE!?」
「あ、やべ」
シャイニーが慌てて距離を取ろうとしたが、時すでに遅し。
魔法陣から火柱が発生し、悪魔どころか周囲一帯を巻き込む大爆発が発生した。
「これぞワタクシの最強魔法【ハイパーエクスプロージョン】ですわーーー!!!」
オーホッホッホ!! と高笑いしながら爆発をバックにポーズを決める。
「やり過ぎだわこのトンチキ令嬢ーーー!!!?」
シャイニーが爆風で転がっていきながら叫んでいた。ドラゴンも吹っ飛ばされて遠くへ飛んで行く。
セイントは胃痛が悪化し、ほぼ真っ白になっていた。
爆風と爆炎が霧散し、ようやく悪魔の状態を確認できるようになる。
爆発の中心にいた悪魔はボロボロになってはいたが、まだ動ける状態だった。
「やはり聖女の力で【浄化】しないと完全には倒せないようですわね。後は任せましたわよ」
シャイニーは大きなため息をつきながら戻って来る。
「……今回もお嬢の全力で倒せなかった以上、私が出るしかないみたいですね……」
怠そうな態度で悪魔の前に立ち、手を天にかざす。
『我は聖女。その身は神に愛され、その精神は聖なる光に導かれし偉大なる代行者。善に立ち、悪を断つ役目を受け、役目を果たすために今、天におります神々に願い申し上げる。汝らの威光を持って、悪を断つ断罪の剣をここに!!』
長い詠唱と共に、空から一条の光がシャイニーに届く。
光は2mもある大剣となって、シャイニーの手の中に出現する。
「……やっぱり重い!!」
シャイニーは大剣を地面に叩き落とした。
「何でこんな重い設定にしたんだ神様は!? これで【浄化】しろとか脳筋が過ぎる!!?」
「本当に何でこの子を聖女にしたのか理解できませんわー」
文句ばかり言うシャイニーに疑問を感じぜざるをえないキャメリアだった。
「けどやらないと後が大変そうだからやるしかない!!」
シャイニーは大剣を両手で振り上げ、悪魔のいる方向を向く。
「GEGEGE!!?」
剣の危険性を悟った悪魔が逃げようとシャイニーとは反対方向に逃げ出した。さっきの【ハイパーエクスプロージョン】で翼が損傷したため、走って逃げる他無い。
「私の悠々自適な生活のために、浄化されろ!!」
数十m先にいる悪魔に向かって、大剣を振り下ろした。
【セイクリッド・シャイニング・バスター】!!!!!
振り下ろすと同時に、大剣から光の一撃が悪魔に向かって飛んで行く。
「GEGEGEGEGE!?!?!?」
断末魔の叫びと共に、悪魔は一刀両断される。
光の中に消えていき、完全に消滅したのだった。
キャメリアとセイントは、その光景を見届けていた。
「悪は去りましたわね!」
「アスパラガス泥棒からここまで発展するとは思ってもみなかったけどね……」
問題が解決した事に一安心したのか、セイントの胃痛が少し良くなっていた。
一方で、大剣を振り下ろしたシャイニーは、草原の上でうつ伏せで倒れていた。
「うぐう、身体がダル重い……」
一度に魔力を大量に使ってしまったため、強烈な脱力感に襲われているシャイニーだった。
「だから【浄化】なんてしたくないんですよお……」
「日々の鍛錬不足ですわ。毎日ちゃんと運動をなさい」
厳しい言葉をぶつけるキャメリアだったが、
「私が頑張るのは結果的にダラダラできなくなる事を回避する時だけですから!!!」
シャイニーは全力で拒否した。
「だからダメ聖女なのですわーーー!!!」
キャメリアは思わずツッコみを入れてしまうのだった。
ちなみにシャイニーが悪魔を切った際に、地面に巨大な傷跡がついた。
これによりセイントの胃痛が限界突破したのは言うまでもない。
◆◆◆
その後、異変を解決したことを報告したセイントは【ハイパーエクスプロージョン】と【セイクリッド・シャイニング・バスター】の件で上から呼び出しをくらい、散々小言を言われた。
「僕は何もしてないのになあ」
落ち込むセイントだったが、それを慰めるのは執事のアンドレと、後から労いの品を持って来たキャメリアだった。
シャイニーはというと、
「ぐがーすぴー」
また本の積まれた自室で昼夜逆転した自堕落な生活を過ごしていた。
窓は帰って来たその日にキャメリアが魔法で直してくれた
「またこんな時間まで寝て。いい加減起きなさい!」
アンジェが部屋に入り、無理矢理シャイニーを叩き起こす。
「う、う~ん。まだ魔力が……」
「魔力なら昨日のうちに回復したでしょう! 下手な言い訳しないで起きて仕事をしなさい!」
シャイニーは怠そうに身体を起こす。
「働きたくないでございます!! 働きたくないでございます!!!」
「しばくぞ」
心からの絶叫を出すシャイニーだったが、そんなものはアンジェには通用しなかった。
アンジェは軽く溜息をつく。
(まあ、キャメリア様との異変解決の時間が一番好きなのは、皆知っているけどね)
そんな事を思っていたアンジェは、今日は少しだけと大目に見てやろうと考えていた。
だが、
「ワタクシが参上いたしましたわーーー!!!」
窓をドラゴンの頭でぶち抜いてキャメリアが入って来たので、そんな思考も吹っ飛んでしまった。
「ま、またですかこのトンチキ令嬢……!!」
頭が入って来た衝撃で、またもや吹き飛ばされたシャイニーとアンジェ。
「今度は王都の中で異変が発生しましたので、早速行きますわよーーー!!!」
「話を聞け!!?」
キャメリアは、シャイニーに思いっ切り手を伸ばす。
「さあ行きますわよ!!」
シャイニーは軽く溜息をつき、
「ハイハイ、分かりましたよ」
小さく微笑んで、キャメリアの手を握った。
「次の異変もワタクシ達が解決してみましてよーーー!!!」
「ですね」
ドラゴンに乗った2人は、現場へと急行する。
それを窓から見ていたセイントは、紅茶を口から少量零し、気絶寸前までいっていた。
こうして騒がしい日々を過ごす、ダメダメ聖女と、ハイパーエクセレント令嬢のお話は、これからも続くのであった。
完