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前編

初投稿です。よろしくお願いします。

 ここは山々に囲まれた小国クアン。領土に平地が少ないため農耕には向かないがそびえたつ山々が他国の侵入を妨げてきた結果、未だに独立を保ち続けている。そんなクアン王国では今日、5歳の誕生日を迎えた姫君による召喚の儀式が執り行われていた。


この国では王族は5歳の誕生日を迎えると『魂の片割れ』を召喚する儀式を行う。『魂の片割れ』はその人物の本質を表すため後継にだれがふさわしいのかを決める指標にもなり、また召喚した『魂の片割れ』がどのように育てるかによってどんな才能が召喚者にあるのか示す、一目でわかるプロフィールの役割も果たす。小国の王族でも『魂の片割れ』が見栄えする者であれば大国に嫁ぐこともあり得ない話ではない。


しかし、本日の召喚者、第七王女ライカは全く期待されていなかった。なぜなら最も側妃の中で地位の低い第五妃から生まれ、すでに次期国王に決定している年の離れた第一王子の『魂の片割れ』は威風堂々とした大きな雄獅子であり、他の兄、姉たちもそこそこに見栄えする者が多く何人かは他国の王族との婚姻が決まっている。末っ子であり、女ということもあって継承権も無く、他国との関係を鑑みてこのまま順当にいけば国内の適当な貴族に嫁がされることになるだろう。また、容姿も王族としては平凡であった。ゆるく巻いた薄い茶色の髪、肌は白いほうだが第一王女のような白磁のようだと言われるほどでなく、瞳も南の海を閉じ込めたようだと称される第三王女には及ばない、くすんだ青色。



期待されていないことなんてわかり切っている。しかし、ライカは冷や汗をかいていた。


(どうしよう………アタシが5歳児だからってあんまり詳しい説明されなかったけど、これ絶対今後の人生に関わってくる一大イベントだよね?)


ライカは前世の記憶を持っていた。かつて日本という国で安穏と暮らしていた女子高生の記憶だ。死因に関してはすっぽり記憶がなくなっているためわからない。


(立場上目立つと暗殺とかされそうだしわざとバカみたいな振る舞いをしていたんだけど、これ、ばれるんじゃない?)


女子高生だった人格は、「ほどほどに人からよく見られたい、だから恥をさらさないくらいに勉強し努力することができる。」というものだった。


しかし、幼少期から幼児らしからぬ振る舞いをすれば目立つに決まっているため、たいへん子供らしい振る舞いをしていた。ライカにとってはかなりの精神的苦行であったが、そのかいもあって少々手のかかる王女として認識されている。


王宮内ですれ違う時にいつも嫌味を言ってくる1歳年上の正妃から生まれた第六王女は、召喚してすぐでまだ育っていないが気の強そうなつり目の黒い猫のような魂の片割れをつれていた。


(性悪オネエサマが意地悪そうな魂の片割れだったんだからもしかしてアタシの魂の片割れ、すごく賢そうなの、来たりしない?今までの努力がパアになるのは避けたい………)


「第七王女ライカ様、魔法陣のなかへどうぞ。」


白いひげを蓄えた魔導士長に呼ばれ、城にある儀式の間に描かれた魔法陣の中へ入る。


窓一つない石畳がむき出しになった部屋は蛍色の魔法の炎に照らされ、影が妖しく揺らめいている。


陣の中で事前に教えられていた召喚の言葉を唱えた。


「来たれ、我が魂の片割れ!」

(中二病くさくて恥ずかしい!いい感じのやつ、お願いします!)


石畳の上に白い塗料で描かれている魔法陣が青白く発光する。


(眩しい………)


あまりの眩しさにこらえきれず閉じていた目を開くとプレートアーマーの騎士が立っていた。


(ほあぁ………かっこいい!でも、人型?)


今までライカが見たことのある魂の片割れは、みな獣型であった。


「なんと………」

「まさか王女でありながら………」


何やら魔導士達がざわざわしている。


(まさか、やばいもの召喚しちゃった?)


「このお年で、まさかここまで虚栄心が強いとは………」


人型の魂の片割れを召喚するような王族はたまにいる。たいていどの片割れ達も、傍に侍らすだけで場が華やぐような麗しい見目をしている。


そして、王国の民達に伝わることはないが王宮に勤めるものの認識として、「人型の召喚者であるどの王族も王宮内では弱い立場で他の王族と比べられあげつらわれてきた者であり、何としてでも自分を良く、大きく見せようとするあまり、人格がすでにゆがんでしまっている。」というものがある。


要約すると、魔導士達からのライカの評価は


『バカのくせに虚栄心めちゃ高王女』


ハッキリ言ってかなり扱いずらい、これからの教育係達の苦労を思い魔導士長はため息をついた。








皆様ごきげんよう、ワタクシ、10歳になりましたライカです。


召喚の儀式から5年、時がたつにつれて自分の召喚した片割れがどのようなものか、また自分がどう思われているのか、侍女の噂やら他の王族からの嫌味やらでわかってくるようになりました。


まあ、ワタクシとしては

(うるせー!そんなもんアタシが一番知ってるよ!虚栄心の塊?5歳まではデキルけど目立ちたくないからやってなかっただけだし!本当は実質を伴わない外見だけの飾りにすがるなんてせずに努力できる子だし!まさか魔法陣が周りの魔導士達からの評価と召喚者の心の内を反映して魂の片割れを召喚するとは思ってなかったんだってば!)

と心の内で思っておりますが口に出したことはございませんのよ。オホホ。


魔導士達の(この王女いつも頭悪い行動してるなあ………大丈夫かなあ)という考えとライカの(本当はできるもん!目立ちたくないからバカやってるだけだし!)という思いを感知した魔法陣はライカに「思い上がった見栄っ張りの子供」という判決を下し、その結果、人型の片割れを召喚したのだった。


茶番はさておき、ライカの召喚した騎士型の片割れはこの5年間でライカの成長に伴い、大きく変化していた。


まず、見た目では召喚当時、ライカは騎士だと喜んだが、鎧のみで武器や盾などは持っていなかった。これが教育係に王家の淑女としてビシバシ鍛えられるうちに片手剣、盾を持つようになった。教育が進むにつれて鎧の形状や持っている武器、防具がどんどん洗練されていく。また、見かけだけではなく礼儀作法などを学べば学ぶほど魂の片割れの所作がより騎士らしく、優美になっていった。自分の頑張りが認められているようでライカは勉学に励んだ。


始めはハズレの王女だと期待などみじんもしていなかった教育係達もライカを見直し、教育プログラムに遅延も無く、お互いストレスなく快適に職務を全うしている。心の内ではどうせ熱心さなどうわべだけだと思っている者もいるかもしれないが少なくとも努力が認められるほどの結果は出せていた。


どうなることかと思っていた第7王女の学力の伸びが、普通の王族として恥ずかしくないレベルであることが分かった父王は大臣たちとライカの婚約者の選定を進めていた。


他の兄弟たちからは依然下に見られたままであったが。


「あらお姉さま、またご立派な騎士サマをお連れになって………婚約者も決まらぬうちに………あ、そちらの方は魂の片割れでしたわね!さすが見かけだけは壮麗だわ!」


わざわざわかっていることを言ってしょっちゅう突っかかってくるこの幼女は、第四妃から生まれた第八王女ローザだ。先日7歳の誕生日を迎え、本格的に王女教育が始まったがうまくいかず荒れているらしいとおしゃべりな侍女達が話していた。しかし、ローザのお付きの侍女はどうしたのだろうか、撒かれてしまったのか、いないようだ。ライカの侍女はまたか、という顔をしながら壁際に控えている。王族の嫌味攻撃を退ける力は侍女にはないのだ。


「まあ、ローザ。いくらあなたが幼いからといって自分の魂の片割れを私のドレスの中に忍ばせようとするだなんてはしたなくってよ。いったい何をさせようとしたのかしらね。」


ローザの魂の片割れは薄ピンクのウロコがきれいなヘビ型だ。執念深いローザをよく表しているような気がする。


(そういえばこの前授業で魂の片割れと召喚者は感情のパスがあるため大きな感情であれば少し共有できる、また魂の片割れは形が似ている動物と似た行動をする、なんて話も習ったわね。)


ライカは不穏な気配を漂わせている。


「な、何よ。お姉さまにはしたないだなんて言われたくないわ!着飾った騎士を見せびらかすように連れて!」


「それは私にはどうすることもできないわ。片割れを収納できる魔法石は成人してからでないと使えないもの。さて、ちょっと失礼………」


ライカは自分の足元でとぐろを巻いていたピンクのヘビをつかみ上げ、体をねじってしまわぬよう気を付けながらとぐろを解き、絨毯の敷かれた床に一直線になるように置いた。


ヘビは不満そうにシューシュー言っている。


「私の片割れに何をするのよ!」


ローザはライカの突然の行動についていけず困惑している。

ライカは笑いながらこう言った。


「何って………躾のなっていない片割れに恐怖を教えてあげましょう。」


少々芝居がかって反撃してみよう。前世で読んだ図鑑、試す機会なんてなかったからね。


ライカはおもむろに一直線になったヘビの尾を軽く踏み、尾側から頭側へ、ヘビの体をぐりぐりとヘビがつぶれてしまわぬ程度にこすり上げていた。


ヘビは必死に前進しようと踏ん張っている。


「ひぃ………た、たすけて!飲まれる!飲み込まれちゃう!」


突然ローザが取り乱し始めた。先ほどまでは母が異なるとはいえ姉であるライカに対して見下すような感情を浮かべていた緑の瞳には、今や涙が浮かんでいた。


一部のヘビの習性として尾が固定され尾から頭側へ普通ではない刺激を受けると前進しようとする。これはヘビを捕食するヘビなどに自分の尾がくわえられ、飲まれつつあると感じ、抵抗しようとした結果前進という行動につながると考えられている。


(まさか、生命の危機を感じるとここまで片割れと召喚者に感情共有が行えるなんて………)


適当なところで手を放し、騒ぎを聞きつけた侍女たちが集まってくる気配を感じ取ったライカはきれいな淑女の礼を取る。


「では、この辺で失礼いたしますわ。これから語学の勉強の時間ですので。」


震えて話せない状態のローザに背を向ける。ライカ付きの侍女は何かもの言いたげだ。


(たまには反撃したっていいでしょう。やられてばっかりではなめられたままよ。)


この後ローザが突っかかってくることはなくなった。しかし、ライカは魂の片割れを使いその召喚者に恐ろしい魔法をかけるといううわさが出回ったが真偽は不明だ。


別に第四妃からの抗議も無かったためローザは母親に言いつけるということはしなかったようだ。

まあ、第四妃の娘と今は亡き第五妃の娘、どちらにも継承権はなく少々揉めたところでどちらかを諫めたり、罰したりするような奇特なものは現れない。せいぜいどんぐりの背比べだと王宮に話題を提供するだけになるだろう。






ライカが12歳になった時、婚約者が決まった。相手は侯爵家の長男で魔法の才能もあるという。


「初めまして、セドリック様。ワタクシ、第七王女ライカですわ。」

「これからよろしくね、婚約者殿。」


そう言って薄く微笑み、ライカの手を取って指先にキスをしたセドリックの顔はとても整っていた。くるくるとした巻き毛の黒髪に明るい茶色の瞳、すらりと通った鼻に、形の良い唇、ライカと同い年でまだ幼い顔立ちとはいえ、将来が期待できる要素が存分にある。


(うわあアア!美少年だああ!テンション上がるゥ!)


ライカは内心で鼻血をふきながら身もだえしていた。ライカは面食いなのだ。


顔合わせの後、ライカは侍女たちにセドリックの好みについて情報を収集してくるように申し付けた。また、王族としては地味目な見ためを最大限に引き立てるべく美容や魅力的なふるまいについて、より一層熱心に学び、試すようになった。まさに恋する乙女そのものだ。


そのころライカの魂の片割れは兜に羽飾りが付いたり、金糸が使われた豪奢なサーコートを鎧の上にまとうようになったりした。


「ふふ。見事なものね。式典の時の近衛騎士に匹敵するくらい。」

誰の目もない時にライカは己の魂の片割れに語り掛けている。しかし、なにも応えはない。騎士は直立不動のままだ。


「もうちょっと何か反応してくれてもいいのに。」


他の兄弟たちの片割れが仲良さげに召喚者にすり寄るところを何度か見かけたことがあった。


「まあ、人型にすり寄られても困惑するだけかも。」


そう独りごちて軽く鎧を叩くと、カン、と冷たい音が響いた。





ライカの婚約者はいつも微笑んでいる。

何をしても何を言ってもその微笑みが崩れることがない。

もしライカに前世の記憶がなく、考え無しの王女であれば、ひどい言葉を投げつけてみたり、無視をしてみたり、何とかその表情を崩してやろうと躍起になっていたであろう。もっともライカは分別のある淑女として申し分ない域に達していたのでそのようなことはせず婚約者同士の交流を続けていた。


15歳になっても穏やかな関係性は全く変わらず、相変わらず婚約者は薄く微笑んだままだ。


(うーーーーーん。本日も美青年のご尊顔を拝謁出来て恐悦至極に存じます。しっかしセドリック様は笑みを形作る以外の表情筋はお持ちでは無いのかな?)


ライカは(まあ、政略結婚だしね。アタシのほうが今のところ王女として立場が上で何も反論できないのはわかるんだけれども、もうちょっと自分の内部を見せるとかして欲しいんだよね、無理かな?)とちょっとあきらめの境地に入りかけていた。


今日だってセドリックが誕生日に贈ってくれた真珠のイヤリングを付けて、精一杯笑いかけてもその微笑が深くなることはなかった。



そんなある日、ライカは見てしまったのだ。王宮の廊下でローザと語り合い、花がほころぶ様に笑うセドリックの姿を。


(美青年の破壊力抜群の笑顔!でも、相手はアタシじゃない………)


自室に戻り人払いをする。


「………アタシ、じゃ、なかった、………」

嗚咽が漏れないようベッドの枕に顔を押し付ける。



ライカなりにうまくやってきたつもりだった。誕生日にはお互いプレゼントを贈りあったし、手紙だって何通もやり取りをしてきた。セドリックがライカを訪ねてくるときは可愛らしい花束を用意してくれていた。


涙ながらに見上げた魂の片割れたる騎士もなんだか覇気がないように見える。兜の羽根飾りやサーコートもなんだか色あせているようだ。



王宮では姫らしく堂々と振る舞い、教師たちから学びを得て、微笑を張り付けた婚約者と面会する日々。もうハズレの姫とは呼ばせない。


しかし、婚約者の態度は変わることなく、ライカは独りになるたび、セドリックがローザに向けた笑顔が脳裏にちらついていた。表立って嘆くことはないがライカの心の内を反映したかのように魂の片割れの、目立つところではないが鎧が錆び始めた。


(このままくさっててもダメ………でも、侍女に相談なんてすればあっという間にうわさが広がってしまうし………教育も王宮内で行われているから学友がいるわけでもない………どっかに口が堅くて相談できそうな人いないかな………)


しばらく考えた後、天啓を得たかのようにライカは王都にある聖堂に出かけた。


そう、告解室だ。聖堂には告解室があり紗のカーテンがかかった窓の向こうに司祭が座っていた。司祭はヴェールを被っており顔は見えない。


告解室でされた告解は全て秘匿される。知りうるのは告解をしたもの、司祭、そして神だけだ。もしかしたら神に仕える御使いや自然に生じるという精霊なんかも聞いているかもしれないが。


ライカは妹に笑いかける婚約者が許せない嫉妬深い姉として告解しようと聖堂にやってきた。


むろん心の内では自分の嫉妬深さを懺悔なんてしていない。何でもいいから誰かに話を聞いてほしかったのだ。


護衛も片割れも告解室の外に出ている。


ライカは心の内をさらけ出した。


婚約者と表面上はうまくいっているがセドリックにはライカを愛する気はおそらくなく、何をしても微笑を浮かべているのはきっと自分に無関心だからであろうこと。しかし、婚約者は貴族として全く非がない振る舞いをしていてこのままだと仮面夫婦になるだろうこと。


もちろん政略結婚であるのだしそこに愛だなんて無くて当たり前なことかもしれない。しかし前世の記憶があるがゆえに愛のない結婚に抵抗があるライカには受け入れがたいことだった。尽くした分くらいは愛されたいのだ。いつか本当に愛する人と笑いあって仲睦まじく過ごしたいのだ。


お姫様からの恋愛相談だなんて面倒くさいものを吹っ掛けられた司祭には気の毒に思うが、司祭が黙って聞いているのをいいことに前世に関して以外の愚痴を吐き出しつくした。


ポツリと司祭が口を開いた。


「ライカ様は今婚約者様を愛しておられますか?」


「ワタクシは………」


ぶっちゃけ愛さない人をずうっと思い続けるほどライカは尽くすタイプではない。面食いだが自分が何よりも一番大事なのだ。しかし、ここで婚約者に愛がない、自分が愛されたいだけだと言ってしまえるほどセドリックに対して何の感情も持っていないわけではない。なにせ前世を含めて初恋だったのだ。


その日は沈黙している間に時間切れとなった。


紗のカーテンとヴェールの向こうで司祭が静かにわらったような気がした。



しばらくして、ローザがセドリックと廊下で立ち話をしている姿がよくみられるようになった。


話し込んでいるところにライカが行くと決まってローザはこう言う。


「お姉さまの婚約者がたまたま見えたのでご挨拶していただけですわ。」


ローザは少しうつむきがちに震えている。そしてセドリックはいつも困ったような、でも、ライカを咎めるような、そんな目で見るのだ。

セドリックがライカを訪ねた後、その帰り道に廊下で待ち構えているのは誰だろう?


そしてまた、告解室へ足を運ぶ。

「婚約者は私なのに邪魔者を見るような目で見られているような気がすると悋気を起こす罪深い姉をお許しください。」、と。


お許しくださいなんて思っていないが、悋気を起こしているのは本当だ。婚約者がまだ決まっていない妹が上目遣いでセドリックにブレスレットをねだっているのを思い出すだけで腹が立つ。これだけ心が動かされるということはやっぱりライカはセドリックを愛しているのだろう。


「お姉さまとおそろいのものが欲しくて………」


だなんて、あれは嘘だ。


はたから見れば報われない愛に酔っているかのように見えるがライカは真剣だった。見苦しいだろうが自分には何の反応もしないのにローザには笑いかけるセドリックに対して、どうして、という思いがあった。


「尽くした分だけ愛が欲しい。それは当然のことです。人は他者に与えるだけで自分のすべてが満たされるわけではありませんから。」「しかし、悋気を起こしていても婚約者が戻ってくることはないでしょう。」「今は自分を磨くときです。」「少し、婚約者様から離れてみてはいかがでしょう。何も悲しい思いばかりをする必要はありません。」「聖堂の庭園は見られましたか?今ちょうど花が見ごろですよ。」


いつ告解室に行っても同じ司祭が話を聞いてくれた。大きな聖堂で司祭など何人もいるだろうに当番制ではないのだろうか。


毒を吐き、司祭になだめられ、時にはたわいのない話もするようになり、ストレスを発散させているライカは表面上は穏やかにふるまうことができていた。


司祭の助言通り、王女としての教育は一通り終えていたが自分磨きのためさらに勉強をすることにした。毎回悲しくなる婚約者との面会の時間は前よりも短くした。


そういえば魂の片割れは騎士の形をしているが戦いを学ぶことはなかったと思いつき、王国騎士団の慰問として演習場に顔を出すついでに、騎士たちにお願いして片割れに武具の扱いを基礎から教えてもらった。


片割れが演習に参加している間はライカは見ているだけだったが、なんだか片割れが楽しそうで自分までうれしくなっていた。


片割れは少し色褪せたものの、相変わらずの豪奢な防具に加え長剣の柄に大ぶりの紫の宝石がはめ込まれ、盾には邪悪を退ける文様が深紅で描かれた姿に成長した。




ライカは18歳になりデビュタントの準備を進めていた。


そんな折にライカの心を叩き潰す事件が起きた。




なんとローザに神聖魔法の才能が見いだされたのである。


先天的ではなく後天的に神聖魔法が使えるようになる原因は熱心な信心が報われた、御使いなどに気に入られるような行動をした、等が挙げられる。


そしてローザは父王にライカの婚約者を自分の婚約者にするよう直談判した。


曰く、「かつて自分を恐怖のどん底に叩き落した姉にセドリックがひどい目にあわされないよう祈るうちに神聖魔法が使えるようになった。きっとこれは神の御導きに違いない。」


これはやられた、とライカは思った。ヘビの執念深さここに極まれり、といったところだろうか。


ローザだって散々ライカを侮辱したではないか、という言い訳は誰にも届かない。それほどまでに神聖魔法は貴重なのだ。


ローザにだってすでに婚約者はいる。


父王がどのような沙汰を下すのかはまだ分からないがもしかしたらライカは蟄居させられるかもしれない。


最後になるかもしれないから、と、ライカは告解室に足を運んだ。


いったいどうしてこうなったのやら。


さすがに司祭に神への愚痴を聞かせるわけにはいかないので今までの助言に対しての礼を言い告解室を出ようとしたところ司祭が今までライカと司祭を隔ててきた紗のカーテンをめくりあげ小瓶を渡してきた。


「………これは?」


「聖水です。あなたに祝福がありますように。」


強烈な皮肉だと思った。でももう腹を立てる気力もわかなかった。


「ありがとうございました。」




自室に戻れば父王の使者が来てセドリックとの婚約が解消されたことを告げた。


また何日か経って、ローザが護衛達を引き連れ自室に訪ねてきた。セドリックもつれて。

セドリックの瞳にはありありと拒絶の感情が浮かんでいた。お得意の微笑すら浮かべていない。

ローザが勝利宣言をした。何を言われたのか覚えていない。


中身がない女だの、外面だけ取り繕っていた報いだの、なんだのと言われたような気がする。


ローザたちが立ち去った後も動く気が起きず、ライカはソファーに沈み込んでいた。前に考えていたよりも現実ははるかに最悪な形で恋に破れたのだ。


ぼんやりしているとライカの片割れは気づかわしげに毛布をかけてくれた。そして司祭からもらった聖水を持ち出してきた。


かちゃりと兜の顔の部分を守る面頬を上げる。


以前気になって覗いた時のまま、兜の中はがらんどうであった。やはりライカは中身のないうわべだけの人間なのかもしれない。


小瓶のふたを開けた片割れはそのまま聖水を兜の中に流し込んだ。


「え………ちょっと、何して………」


中身がないのだ。そんなことをすればあっという間に流れ落ち鎧の隙間、具体的に言うと股間のあたりから流れ出てくるんじゃなかろうか。


予想に反してそんなことはなかった。面頬を元に戻した片割れはなんだか発色が良く錆一つないように見える。


次に片割れは鎧の胴の部分の留め金を外し始めた。


(何するつもりよ?というか、そこ外せるのかよ、アタシ今まで一回も見たことないんだけど………)


カパリ、と鎧の前面がドアの様に開き、毛布にくるまれ、片割れにそっと持ち上げられたライカは鎧の中に押し込められた。



真っ暗だ。しかし狭いことも息苦しいことも無い。どんなに手足を伸ばしても何かに触れるということはない。そんなことってあるだろうか。


真っ暗といっても気が狂うような絶望的な暗さではなく、優しい夜を煮詰めたような、安堵して休息が取れるような、そんな暗さだ。


精神的な疲れもあってライカは意識を手放した。






気が付けばライカはステンドグラスの光の中に立っていた。


ここは王都の告解室のある聖堂だ。しかし見渡してみても、いつもは信者たちがたくさん座っている長椅子には人っ子一人いない。


恐ろしく静かだ。


燭台には灯がともっているが祭壇の後ろのステンドグラスからの光が強すぎて祭壇の前にだれが立っているのかよく見えない。


「もっと近くにおいでなさい、第七王女ライカ。」

聞きなれた声だ。


ふらふらと、吸い寄せられるように祭壇の前に近づく。


目が慣れてきたのか祭壇の前に立つ長衣を着た男がはっきりと見えるようになった。


純白の長髪に同じ色の睫毛に縁どられた紫水晶のような瞳、シミやしわの一つもないような肌。


セドリックが人間的な美であるならばこの目の前の男は天上の美とでも言おうか。


「契約をしましょう、ライカ。貴女が私を愛する限り、私は貴女に尽くしましょう。そうすれば貴女はすべてを手にすることができるでしょう。」


朗々とした声が響く。この声は、告解室の司祭だ。


「一つお聞きしたいわ。あなたはいつからワタクシを見ていらしたの?」


「貴女がこの聖堂で洗礼を受けたその時から。」


何ということでしょう。いつも私の告解を聞き、助言をしていた司祭がヒトではなかっただなんて。しかも何やらとんでもない粘着宣言をされたような気がする。クアン王国では洗礼は生まれて7日目にするものなのだが。


そういえば王女教育の域を超えた自習で読んだ本の中に、教会や聖堂にいる人外は『神はいつでもあなたを見守っていますよ。』を地で行く粘着気質なものもいる、だなんて書いてあった気がする。


ライカは遠い目をした。


いったいいつからこの司祭に化けた人外の手のひらの上で踊らされていたのだろうか。


「いつだって私は真摯に貴女の悩み、婚約者や妹への憤り、悲しみを聞き、助言をしてきたでしょう?貴女の価値観ではこれは貴女に尽くしたことになりませんか?もし私がただの司祭であれば口をつぐむことしかできなかったでしょう。そもそもどうして私がヒトの姿を取り司祭として聖堂で働いているか、理由など貴女と接触できるからに決まっているでしょう?護衛が王宮でおしゃべりに興じるわけにはいきませんからね。いつだって貴女を見てはいましたが王宮は守りが固くてヒトとして紛れ込むのは難しいのですよ。」


めちゃくちゃ饒舌に畳みかけてくる。


ライカは困惑している。ずっと告解をしてきた相手が真性のストーカーだったのだから無理もない。



人っ子一人いない聖堂に連れ込まれている時点でもうアウトな気もするがなるべく刺激をしないよう契約から気をそらそう。



「え、えと、お互いのこと、まだ何もわかっていないのですから………そ、そう!お友達から始めませんか?」



「何も怖いことはありませんよ、ほら、ここにあなたの名前を書くだけです。」


ダメだった。


男の差し出す書類を手に取ったら負けな気がするため目だけ通す。きっと些細な抵抗だろうが。


(これ、婚姻届けじゃないですか………!)


『婚姻届け』

実はこれトンデモ魔法がかけられている。そこに名前を書いた2人は愛の神の名のもとに結婚したことを主神に報告するための書類としてどの教会や聖堂でも取り扱いがあるものだが、嘘を書くことができない。裏を返せば相手がヒトだろうがヒトでなかろうが真実が書かれているならば婚姻届けは神のもとへ届く。


(うわ~~~…この人外、アタシのことガチで愛しているってのは本当みたい。でも、でもね………

)


「怖っ………人間そこまで急激な変化に耐えきれないと言いますか、愛が育つにも時間というものがかかるのですよ………」


「時間をかければよいのですね。」

男は何やら不敵な笑みを浮かべている。







聖堂からライカは男に連れられて一瞬でどこかの屋敷に転移した。聖堂では姿が見えなかったが今度はライカの魂の片割れも一緒だ。品のいい調度品が並ぶ部屋の椅子に案内された。


(転移した、しかも複数人………やっぱりあの聖水の仕掛けもこの男の仕業ね。しかし、そんな芸当ができるとはよっぽど高位の人外、下手なことは言えない………手遅れ感はあるけど。)


人外、しかも高位の存在に人間から名を尋ねるのは不敬にあたる。


「そうだ、まだ名乗っていませんでしたね。グレースと呼んでください。」


「わかりましたわ。グレース様。」

恩寵(グレース)とはなかなか大きな名前だ。しかし地球では女性名だった気がするが。


「そう固くならず、気軽にグレースと呼んでいただけると嬉しいです。」

グレースは愛おしげに目を細めて笑う。


「じゃあグレース、あなたは何者なの?」

「おや、私に興味を持ってくれるんですね。」


満面の笑みだ。


「私はこの国を守護する神の一つです。かつて野にあった精霊の私をこの国の民が祀り上げた結果神格を得ました。まあ、元が精霊なだけあって純粋な神よりも厳格ではないですよ。」


この国の守護神は確か国を囲む山を神格化した鎧に身を包み大きな盾を持つ男神だったはずだから、おそらく従神なのだろう。


とんでもないものに目をつけられたものだ。



それから屋敷での生活が始まった。使用人がいる風ではないのに何もかも至れり尽くせりで居心地がいい。


「今日は湖に行きませんか?」「今夜は晴れているのでバルコニーから星が見えますよ。」

グレースはライカの好きそうな場所に連れていきライカの反応のすべてを嬉しそうに眺める。


そして全力で口説いてくるのだ。

「愛している。」「貴女の反応すべてが愛おしい。」


また、グレースはライカを着飾らせることを喜んだ。

「ああ、この深い紫のドレスも貴女の白い肌に映えますね。大粒でもルビーのネックレスが上品で女性らしさを引き立てています。」


「………聖堂の主は清貧であることを良しとするものじゃないの?」


「私は厳格な方じゃないので。愛する女性が自分の選んだもので着飾るのを見て喜ばない男はいませんよ。」


結論から言うとライカは『婚姻届けいやくしょけ』に名前を書いた。

どれだけ愛されているのか身をもって体感させられたからだ。


(これだけ愛されてるんだし愛に応えないで振るだなんてアタシにはできない………イケメンだし!これはきっと誰でも落ちるんじゃない?しかも全てに反応をきちんと返してくれる。これが何よりもうれしい!)


ライカはたとえ相手がヒトではなかったとしても愛されるのならば気にしないたちだった。

婚姻届けに署名したときのグレースの反応はすごかった。


うるんで光を孕む紫の瞳、歓喜で上気した頬、何というか、破壊力抜群だった。



初恋には敗れたもののすべてを覆す恩寵を手に入れたライカは幸福に違いない。




後にクアン王国周辺で白髪の美女と鎧をまとった剣士のコンビとして有名になることをライカはまだ知らない。















拙作をお読みくださりありがとうございました。

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