9話 戦乙女スケッギョルド2
† † †
ヴァーラスキャールヴから、三人のヴァルキュリアが飛び立った。ヒルドとレギンレイヴ、そしてスケッギョルドである。
「はい、ここで問題があるッス」
雲を眼下に、スケッギョルドは振り返りながら器用に飛行。ヒルドとレギンレイヴに問いかけた。
「怒らないから素直に言うッス、なんでヨトゥンが団体でハイキングしてるのにここまで気づかなかったんスかね?」
「待て、違うのだ」
そう切り返したのは、ヒルドだ。金髪を結い上げた鋭利な美貌、長身にクラシックなメイド服を着込んだクール系メイド・ヴァルキリュアである。
「言い訳からはいるんですか? 得策ではありませんよ? ヒルド姉さん」
「いや、待て。だから、違うのだ」
それを鋭く指摘したのは、銀色の髪を三つ編みにした眼鏡の似合う知的系メイド・ヴァルキリアであるレギンレイヴだ。
「唐突に現れたのだ、唐突に。それこそ、転移魔法とかそういうのを疑いたくなるぐらいに」
「いやいや、ヴァーラスキャールヴっスよ? “万物の父”様がすべての世界を見通すための玉座であるフリズスキャールヴがある宮殿ッスよ? そんな重要な場所が、転移魔法対策してないと思うんスか?」
「……スケッギョルド姉さん、説明口調すぎません?」
「いや、絶対ヒルドが忘れてるッス。どんぐらい重要な場所か。それを思い出させるための――」
スケッギョルドたちが雲から山々へと降りたその瞬間だ。三体のヴァルキリアは、一斉に散開した。そのほんのコンマ秒前までいた場所を、無数の投石が通り過ぎた――ただ、石と呼ぶには大きい、人間大サイズの岩ばかりだが。
下ではヨトゥンの群れが、今度こそと言いたげに岩を拾い直す姿があった。
「ほう、ヨトゥンどもめ。いいコントロールをしているではないか」
ヒルドが言い捨てる。ジャガン! と彼女の腰に現れるのは左右に三本ずつ合計六本の打刀だ。古今東西、世界中の英雄が死後“死せる戦士”となって訪れるのがヴァーラスキャールヴである。ヴァルキリアがメイドになる場所だ、武器だってさまざまなものが伝来して、好みで使いこなす。特に戦いは色々な武器を使いこなすのを好んだ。
「盾役、こなします」
そう言ったレギンレイヴが召喚したのは、白銀色の女性を思わせるフォルムの巨大な鎧だ。ゴーレム系の一種であり、そのサイズは平均八メートルはあるヨトゥンたちより頭一つ大きい。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
ヨトゥンたちが、雄叫びと共に投石していく。古今東西、戦いにおいて投石とは初歩的な遠距離攻撃として重宝された。なにせ石が拾えれば球切れ知らず、加えて投げ方さえ覚えれば弓や投槍などより熟練度は低くてすむ、安価かつ単純に効果的な戦法だったからだ。
だが、その投石はレギンレイヴを肩に乗せたゴーレムの装甲の前に弾かれるだけだ。ヒュゴ! と剣呑な風切り音を残し、音の速度を超えたゴーレムの体当たりが、ヨトゥンの群れの一部を文字通り吹き飛ばした。
『ぐ、らああああああああああ!』
だが、巨人たちは怯まない。なおも立ち向かおうとするヨトゥンの一体が、噴煙から伸びた白銀の腕に顔面を鷲掴まれた。噴煙が晴れると、そこには無傷のゴーレムの姿があった。千切っては投げ、投げては千切り、挑んでくるヨトゥンをゴーレムは蹴散らしていく。
「おっと!」
背後に回り込もうとしたヨトゥンが、ヒルドに投げ放たれた刀によって貫かれる。グラリ、と体勢を崩したそこへヒルドは急降下、刺さった刀の柄を握るとそのままヨトゥンを股下まで切り裂いた。
「よっと!」
そして、スケッギョルドが召喚した光の斧が不規則な軌道でヨトゥンたちへ降り注いでいく。前衛でレギンレイヴのゴーレムが敵を引きつけ、ヒルドが遊撃手として縦横無尽に駆け巡り、スケッギョルドが斧を降らせることにより遠距離から纏めて仕留める――数多くいるヴァルキリアはそれぞれ得意なことが違うが、この三人で組んだ場合はこのフォーメーションが鉄板だった。
ただのヨトゥンの群れなら、一〇〇体集まろうと蹴散らせる――だが、ヨトゥンの中にもそれなりの手練が何体かいた。ヨトゥンと一言で言っても、個々で経験や才能は違う。新兵と熟練の兵士で違うように、だ。
「ただの紛れ込んだとか偵察部隊という訳ではなさそうだな」
「レギンレイヴ、ゴーレムの方はどうッスか?」
「まだ保ちます。ただ、もしもの時は――」
そんな三人がやり取りをしていた時だ、不意に光の線が地面へと走り複雑な魔法陣が現れ――。
† † †
「――そこでピカピカーっとッスね!」
「よし、擬音が出てきたからここまでだな」
スケッギョルドの説明に擬音が増え始めた、脱線する前にエルンスト・ブルクハルトは切り上げた。
「この後、こいつは三五階の“拡大”した遺跡で気づいて、俺を見て喧嘩を売ってきた、と」
「違うッス~、“死せる戦士”にふさわしいか試練を課したんスよー」
誰も求めてない、と言い切るエルンスト。焚き火を囲んでスケッギョルドの話を聞いていたフェルナンドがしみじみと言った。
「ヨトゥンの群れを三人で相手して薙ぎ払うとか強いんだな。ヴァルキリアってのは」
「あー、一応、アルフォズル様のお膝元だから精霊としての格が上がってたっていうのもあるッスよ? それでも、ただのヨトゥンなら自分、今でも負ける気はしないッスけど」
「……それに一対一で勝ったの?」
ウェンディ・ウォーベックの感心したような視線に、エルンストは曖昧な表情で無言を貫く。少なくとも勝てなければ死んでいたのはエルンストなのは確かだ。
「ウェンディさんとかフェルナンドさんもいい線いってると思うッスよ。パーティで来られたら、不利なのは自分ッスね」
「なるほど……確かにヨトゥンがBランクのパーティでならってのも頷ける評価だったのか」
オズワルドは、そうこぼす。もちろん、どんなパーティにも相性がある。例えば氷結魔法を得意としていれば、その得意魔法がヨトゥンを強化してしまう。そうなれば、それこそ“銀剣”のようなAランクパーティでも不覚を取りかねないだろう。
「おそらく、その魔法陣というのがダンジョンの遺跡に関係しているのだな。で、その遺跡に召喚された、と」
「……ヨトゥンは、残り八体だったんですよね?」
オズワルドのパーティメンバーのひとりがそう告げた。その一言は、最悪を想像させる――雪狼の領域に八体のヨトゥンが揃っていたなら、もう手がつけられないだろう、と。
「うん、その時は逃げましょう。対策の立て直しだわ」
ウェンディの答えに迷いはない。冒険者にもっとも求められるのは問題解決能力、そして生きるか死ぬかの見極めだ。依頼失敗を怖がるあまり、全滅しては意味がない。命あっての物種、最悪の状況を次へと繋げるために逃走を選べるのも立派な冒険者の資質だ。
ただ、とスケッギョルドは言い切った。
「多分ッスけど、多くても二体ぐらいだと思うッスよ? あいつら、上位の存在に命令されない限り個々で動く習性があるッスから。こっちに飛ばされたら、命令もキャンセルされてるはずッス。バラバラに行動してるはずッス」
「二体……二体ね」
スケッギョルドの言葉は、不幸中の幸いだ。一体ずつなら、Aランクパーティ二組で確実にいける。二体なら分断すれば、なんとかなるだろう。
「悪いけど今の話を聞いて決めたわ。エルンスト、あなたたちはヨトゥン組ね」
「……そうなるか」
「もちろん、状況次第だけど。雪狼の群れとヨトゥンが一緒にいたら、間違いなく雪狼よりヨトゥンを優先してもらうわ」
雪狼の群れだけなら、手早く仕留めるためにエルンストたちが雪狼側に回ってもいい。ようは、同時の場合はヨトゥンを優先してほしいということだろう。
「承知した。お前もいいな?」
「了解ッス!」
エルンストの確認に、スケッギョルドは敬礼して答える。それを見て、改めてウェンディは告げた。
「よし、なら探索を始めますか。投石を使うらしいから、みんな注意してね」
† † †
イザボー女史(あれ? これってもしかして他のふたりも――)
それ以上いけない。
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