8話 対ヨトゥン対策チーム3
† † †
――タルソス大迷宮、四二階。
タルソス『4th』とタルソス『5th』のほぼ中間に位置するこの階は、一種の区切りとして存在していた。
「いやー、空気いいッスね」
スケッギョルドが、気分爽快という表情で笑う。見通せない闇を『空』に、広がるのは山の峰――そう、ダンジョン内に山があるのだ。
ただ、エルンスト・ブルクハルトは生真面目に修正を入れた。
「正確には、山の環境を再現した空間だな。山と呼ぶには標高が低すぎる」
「この空気の薄さは標高三〇〇〇メートル級ってとこッスけどね」
「ほう、わかるのか」
スケッギョルドの言葉に反応したのは、意外にもオズワルドだ。彼は魔法使いであり、学者でもある。ダンジョンの構造を学ぶ勉学が講じて、冒険者になったタイプだった。
「ヴァーラスキャールヴが高い場所にあるっスから、慣れたもんスよ」
「一神話体系の主神が居を構える宮殿が実家呼ばわりってすごいよな」
「お嬢様ってヤツっスよ」
エヘ、と笑って見せるスケッギョルドに、周囲ではパラパラと気安い笑いが起きる。どうやらオズワルドのパーティとイザボーのパーティでは、相応に馴染んだようだ。
「えーと、アレっスよね。昨日の打ち合わせで言ってた、ダンジョン構造学で言う迷宮生物群系って考え方だとこのタルソス大迷宮は複合型って呼ばれる形式なんスよね」
「ああ、そうだ」
アズワルドができの良い生徒を褒める教師のように、鷹揚に頷く。
ダンジョンを分類する時、ダンジョンの環境によって分類される。石壁や石畳によって覆われる迷宮型を基本に、自然の洞窟環境を再現した洞窟型、建物構造を再現する城砦型や塔型、地下墓地型、その他平原型や丘陵型、山岳型。中には海上型や海中型などさまざまな環境が存在する。
本来のダンジョンはこの環境は一種類だけと言われているが、極々たまに階によって環境が違うダンジョンもある――このタルソス大迷宮が、まさにそこだ。
「山岳型ではあるのですが、時折遺跡が発見されることもあるのです」
「それがイザボーさんの宗教に関係する遺跡なんスね、なるほど」
イザボーが信仰するのは、大地母神シアリーズである。豊穣神であり、ただのダンジョンに豊穣に関係のある女神の遺跡があるより、山の中にある方がずっと納得がいった。
「このあたりで“銀剣”がキャンプしていた跡が見つかったんだろ?」
「らしいですね。ただ、雪狼の群れがよく発見されるのは峰一つ越えた場所なんですよね……」
ひょっこりと加わったフェルナンドの言葉に、イザボーが手書きのマップを指差す。かなり丁寧かつ、几帳面に書かれたマップだ、とエルンストは感心する。
「さすがは大地母神シアリーズの神官だな。農地の測量も学んでるから、マップの縮尺も書き方も見事なもんだ。正直、売り物だったら五桁までなら出してもいい」
「あら、お上手ですね。ありがとうございます」
エルンストの手放しの称賛に、オズワルドは納得するがフェルナンドなどは不思議な表情をしている。同じ冒険者でも地図の重要性が違うのは、討伐依頼を主にするフェルナンドと調査依頼を主にするオズワルド、その両方はもちろん採集依頼も行なうエルンストでまったく違うのだ。
ちなみにこの場合の五桁とは一万アス以上、宿屋が簡単な食事付きで一日一〇アスなので贅沢しなければ三年近く生活できる金額になる。また、通常のマップが安くて五〇アスから。高いものになっても一〇〇〇アスがせいぜいと言われている。そう考えれば、五桁と真面目に判断したエルンストの評価はかなり高いと言えるだろう。
「どうする? “剣聖姫”」
「……まずはここにキャンプを張って、先に周辺を探索してみましょう」
ウェンディ・ウォーベックの判断は早い。だが、ここで敢えてエルンストが“聞き役”に徹する。
「まずは“銀剣”の足取りを追う、ということか」
「ええ、ヨトゥンと“銀剣”が接触した場所を足がかりにしたいもの。ヨトゥンって巨人でしょ? 戦ったなら痕跡はかなり残っているはずよ」
「なるほどな。わかった、理解した」
エルンストはそこですぐに引き下がる。ウェンディの意図まで話させたのは、この場にいた全員の共通認識とするためだ。それに加え、ウェンディがきちんと聞けば答えてくれるということを“剣聖姫”のパーティ以外のメンバーにも示し、質問しやすい環境を作るためでもある。
(……もったいないなぁ、リーダーじゃなくて補佐役としてすごく優秀なのに)
ウェンディが評価してパーティに誘うのは、エルンストのそういう一歩引いた視線を持つ点だ。自他共認めるぐらいには情熱はないが、それを補って余りある広い視界と判断力がある。絶対に、パーティを組んだ方がいいタイプだ。
そう本人に言えば「ソロの方が気楽でいい」の一点張りなのだが。こうして合同で依頼を受けた時には、やはり欲しいと思ってしまうのだ。
「ま、手早くキャンプの準備を整えましょう。各々のパーティで――」
とはいえ、また“口説く”のは依頼が終わった後でいい。ウェンディは、今は目の前の依頼に集中することにした。
† † †
「……なんスか? これ」
「いや、テントだが?」
「じゃなくてっ」
手慣れたようにテントの用意を終えたエルンストに、スケッギョルドが不満を口にした。
「どうしてテントがふたつなんスか!?」
「いるだろ、ふたつ」
「一緒のテントでいいじゃないッスか~!」
「元々ひとり用だから、ふたりで使ったら狭いだろうが」
抱きついてこようとするスケッギョルドの頭を抑え、エルンストは半顔する。ちなみにキャンプなどの冒険に必要な準備はスケッギョルドの分もエルンストが整えてやった。昨日、オズワルドやイザボーのパーティと打ち合わせをしていたからだ。
なお、スケッギョルドの分は大部分が冒険者ギルドからの貸し出しである。今回は依頼のために使うので、いくらか経費で落ちるためかなりお安く抑えられるのだ。
「ぶーぶー!」
「うるさい、豚か」
「はっ! ご、ご主人様はメイドにそういうの求めるタイプッスか!?」
「……メイドと豚、両方に土下座してこい」
傍から見るとテンションの高い子犬が迷惑そうにしている大型犬に構わず絡んでいるように見える。が、微笑ましいのは見ている側だけである。実際にやられる方は、たまったものではない。
「……エルンスト、少しいいか?」
「おう、なんだ?」
オズワルドが仕方なさそうに声をかける。救いの声だ、と思いながらエルンストが答えるとオズワルドは口を開いた。
「彼女と遭遇したのは、三五階の“拡大”した領域の調査依頼中だったらしいな」
「ああ、そうだが――なるほど」
首肯し、エルンストは途中でオズワルドの意図に気づく。
「ヨトゥンも同じように、この階の“拡大”した領域に出現したって言いたいのか」
「その可能性はある。いつどこで“拡大”するのかわからないのがダンジョンだ」
オズワルドの意見には、確かに信憑性がある。スケッギョルドは元はヨトゥンを追っていたというのだから――。
「おい」
「なんスか?」
「お前、もう一回こっちの世界に来ることになったきっかけをみんなに話せ」
「お、いいんスか! いいんスか!?」
自分の冒険譚の出番ッスね、と目を輝かせ身体を左右に振るスケッギョルドにエルンストは一言で切り捨てる。
「あの最後だけでいい。途中はいらん」
「そんな~っ!」
ご無体な! と抱きついてくるスケッギョルドの顔面を掴んで止めながら、エルンストは心底鬱陶しいという視線を見せる――そのやり取りに、オズワルドは珍しくしかめっ面から苦笑に表情を変えた。
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