7話 対ヨトゥン対策チーム2
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「では、今日一日は準備に当てて明日から行動を開始しましょう。それぞれのパーティで準備を整えるってことでいい?」
「ああ、問題ないだろう」
ウェンディ・ウォーベックがそう会議を締めくくると、フェルナンドがそう全員を代表して同意した。このふたりが最高位のAランク冒険者であり、主力のパーティリーダーということもあって自然と纏め役となるのは当然だった。
それぞれが立ち上がり、会議室を出ようとした時だ。オズワルド・スペンサーが、声をかけてきた。
「ブルクハルト、彼女を借りていいか」
「俺はそのままくれてやってもいいが――」
「謹んで辞退する。ヨトゥンに関しての情報をイザボー女史のパーティと共有して確認しておきたいだけだ」
エルンスト・ブルクハルトとオズワルドのやり取りに、メイド戦乙女ことスケッギョルドは「んー」と小首を傾げた。
「自分はいいんスけど……『テメェみてぇな新人のEランクごときが上のランクのやり方に口出しすんじゃねぇ』とか、言わないんスか? お約束的に」
「……少なくとも、私の常識にそんな言葉はないな」
今のスケッギョルドの言いようを聞いていたのだろう、Bランク冒険者であるところのイザボーもクスクスと笑みをこぼした。
「そうですね。ランクで決まるのは冒険者ギルドからの評価であって、冒険者の間ではあまり意味をなしませんから」
「Fランク冒険者にできることでも、Aランク冒険者にできないなんてことはザラにある。あくまで下が上を尊重するのが、マナーの問題というだけだ。上が下の意見を握りつぶしてどうする?」
「はぁ、なにかすごいまともなこと言われたッス……」
「お前、いい加減自分のとこの常識が場所が変わったら非常識になりえるって学べよな」
グリグリと頭を押さえつけるエルンストに、スケッギョルドがキャッキャッとはしゃぐ。駄目だ、お仕置きにならないとすぐに止めると、エルンストは首根っこを掴んでスケッギョルドを持ち上げてオズワルドとイザボーに差し出した。
「コツは必要な情報だけに聞くことだ。擬音が増え始めたら、大体横道にそれ始めた前兆だ」
「……承知した」
「では、お借りしますね」
オズワルドとイザボーに、スケッギョルドは大人しくついていく。手を振るスケッギョルドを見送ると、会議室の出口でウェンディとフェルナンドが待ち受けていた。
「ちょっと一杯付き合え、色男」
そう切り出したフェルナンドに、エルンストはため息をひとつ。気怠げに答えた。
「アルコールなしで、少しならな」
「……相変わらずね」
「仕事の前日に酒を入れるヤツがいるか」
笑うウェンディにエルンストが言い返すと、耳が痛いとフェルナンドは苦笑した。
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冒険者ギルドにも、飲食を行えるスペースはある。そして、少し割高になるが席代を払えば個室も用意されている――多くは商談や高ランク冒険者たちが静かに食事を楽しみたい時に用いる場所だ。
「俺たちの中じゃ“銀剣”が一番長生きすると思ってたんだがな」
弔いに一杯もやらないヤツがいるか、とフェルナンドに押し切られ、エルンストも一杯だけ付き合った。自分の主義主張を曲げてもいいぐらいに、故人であるヴィンセントやそのパーティメンバーは顔見知りだったからだ。
「私的には一番無茶をする“屠竜者”さんが、結局一番生き残る気もするわ」
「殺しても死ななそうだからな、あの旦那」
ウェンディの自嘲気味な笑みに、エルンストも同意した。結局、どこまで慎重であろうと対策を練ろうと、ダンジョンでは死神に肩を掴まれた者から死んでいく。そして死神はほんの些細なミスさえ見逃さないのだ。
「あれは多少の運の悪さを暴力でねじ伏せるからなぁ、『竜殺し』は伊達じゃないってことだろ」
「Aランクってのはどいつもこいつも化け物ばかりだな」
「ふうん、あなたが言うの? それ」
三人の内唯一のBランクであるエルンストの感想に“剣聖姫”がからかうように指摘する。ウェンディもフェルナンドも、どちらもエルンストがBランクに甘んじているのはソロで活動しているため、実力相応の評価を得られていないからだと思っているのだ。
「俺はお前たちほど冒険にこだわっていないからな。日々生きて、貯蓄に回せるだけの稼ぎがあればいいんだ」
「お前、貯金してるのか? すごいな……」
「一緒にしないでよ。私だってお金溜めてるわよ?」
「――そういえば、五〇階で第三階位天使からドロップした魔法剣、おいくらだっけ?」
「駄目よ! 私、それ買うために溜めて……あ」
誘導尋問だ! と騒ぎウェンディを無視して、チビチビとグラスを傾けるエルンスト。それにフェルナンドも苦笑した。
「そういえば、ヴィンセントのヤツも金貯めてたっけ?」
「ああ、故郷に豪邸建てるんだって言ってたな」
「そうなんだ……」
「酔うと良く言ってたもんさ。冒険者なんて止めとけって言ってた連中を見下ろして酒を楽しむのが目標だって」
「ワイングラス持って、膝に猫を乗せて撫でながらな」
「なによ、それ。どこの三文小説の悪役よ」
吹き出し、故人の悪口に花を咲かせる。これは冒険者なりの、ひとつの儀式だ。故人にほんの少しでも想いを残し、死神に足を引っ張られないために吐き出すための。
少なくとも、この三人の間では長々と語らなくては吐き出し切れない程度にヴィンセントという冒険者は、馴染み深い存在だった。
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ダンジョンとは一体なんなのか? それは、多くの賢者が挑むなお出ない答えである。
最下層に存在するダンジョン・コアが、ダンジョン全体を管理しており、このダンジョン・コアが健在である限りモンスターは生み出され続け、拡張し続けるというのがダンジョンの基本的定義だ。
またダンジョン内で独自の生態系を構築されるのも特徴で、そのダンジョン固有の植物や鉱物などの資源が採集できる――場所によっては貴重かつ他では得られない資源があるために、保護されているダンジョンさえあるほどだ。
タルソス大迷宮はレクタ王国の辺境域にある、王国はもちろん大陸でも五指に入る大規模ダンジョンである。今現在、一〇年以上隅々まで探索が行われダンジョン・コアすら発見されていないというのは大小数百のダンジョンの中でも一〇個とない、例外中の例外だ。
(……あまりに、私たちはこのダンジョンのことを知らなすぎる)
エデルガルドは資料室で資料に目を通しながら、ため息をこぼす。エデルガルドも元は冒険者であったが、もうかなり昔の話だ。Bランクまで昇りつめたが、そこが自分の限界だと悟り、引退後はギルドの支部長として後進の育成に専念してきたが――。
(ヴィンセント君が……か。冒険者は危険な職業ですが……)
誰の目もないから、素の自分でエデルガルドは志半ばで倒れた冒険者たちを思い出す。印象に残っている子は、それこそ冒険者になったばかりの頃から憶えている……ヴィンセントは特に、印象に残った者のひとりだ。
「……こうして、若い子から先に亡くなってしまうのは……」
やっぱり辛いですね、とエデルガルドは何度繰り返しても慣れない寂しさと悲しみに吐息をこぼす。エルフとして人間とは寿命が違う、それもあるが――なんの覚悟も前触れもなく、唐突にいなくなってしまうのはやはり堪える。そういう仕事だと言えば、そうなのだが……。
「あの子たちには、そうなってほしくありませんね」
せめて、明日依頼に出向く彼らは無事に帰ってきてほしい。そんな身勝手な想いをいだきながら、エデルガルドは少しでも有用な情報がないか、資料に目を通していった。
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死の絶えない仕事だからこそ、向き合い方はそれぞれです。
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