6話 対ヨトゥン対策チーム1
† † †
冒険者ギルドタルソス『4th』支部に顔を出すと、突然先客に開口一番言われた。
「……エルンスト、なにがあったの? 悩みとかあるなら相談乗るわよ?」
「なんでだよ」
唐突に心配され、エルンスト・ブルクハルトは顔をしかめる。その背後からスケッギョルドが身を乗り出すと、心配そうに見上げた。
「え? ご主人様、なにか悩みあるんスか? 自分も相談乗るッスよ?」
「お前のせいだよ!?」
「ぶはっ」
言い捨てるエルンストに、原因となった少女が吹き出す。銀色のゆるふわの髪に、白銀色ハーフレートアーマー姿の少女だ。繊細に整った顔立ちの美少女だが、それよりも人懐っこい笑顔が印象的だ。
この少女こそがタルソス大迷宮の双璧“剣聖姫”の二つ名を持つAランクパーティのリー、ウェンディ・ウォーベックその人である。タルソス大迷宮のある辺境域の領主であるウォーベック辺境伯家の次女で家柄もよし。眉目秀麗、文武両道、魔法剣の腕前はその二つ名に恥じないレベルで高く、加えて人格も優れているという完璧お嬢様なのだが――。
「だって、私がしつこくパーティに勧誘しても首を縦に振ってくれないくせに、急にメイドを侍らせ始めたっていうでしょ? なにか拗らせたのかと思うじゃない?」
「なにを拗らせたと思えばこうなるのか聞きたいわ」
「んー、それは長くなるわよ?」
「短くしろ」
「性癖」
「短すぎるわ!」
エルンストの実力を買ってくれているのか、真面目に自分のパーティに勧誘してくるのが玉に瑕だ。今のように時々会って話すぐらいならいざ知らず、エルンストは別段“上”を目指している訳ではないので、ウェンディほどの向上心はない。
「あ、私はウェンディ・ウォーベック。よろしくね」
「自分はスケッギョルドッス、よろしくッス」
女性陣ふたりが握手しているのを見て、このまま立ち去ろうかとも思ったが、念の為やめておいた。周囲はこちらに視線を向けたまま近づいてこない、ウェンディを遠巻きに見るだけだ。
「あー、今回は“屠竜者”の旦那は?」
「あの人、五二階に挑戦中で連絡取れないのよ。だから、私のところがが呼ばれたの」
「……ま、順当だな」
このタルソス大迷宮三番目ともくされる“銀剣”ヴィンセントのパーティが全滅したなら、一位と二位を競っている双璧のどちらかが呼ばれるのが道理だった。
「あなたも呼ばれたんでしょ?」
「フォローでな。雑魚はやるから本命は頼む」
「……できればあなたにも手伝ってほしんだけどね、本命の相手」
「そうッスよ! 自分とご主人様のコンビなら――」
「そんなコンビないから無理だな」
「え~っ」
まったく崩れないエルンストの鉄壁の防御に、スケッギョルドが腰にしがみついて来る。頭を掴んで無表情で引き剥がそうとするエルンストと必死にすがりつくスケッギョルド、それを楽しげにウェンディは見ていた。
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「よく集まってくれたね、待っていたよ」
エデルガルドが支部長としての顔で、会議室にやって来る。そこに待ち受けていたのは、総勢二〇名の冒険者たちだった。
メイド服を着ておたおたしていたエルフはもういない――とエルンストが思っていたら、エデルガルドに睨まれた。わかってますよ、と黙秘することを視線で訴える。
「まずはみんな知っているだろうけれど、今回の中心は“剣聖姫”を中心に動いてもらう」
「ウェンディ・ウォーベックよ。立場上、纏め役にされてるけど、意見は遠慮なく言って。まだ、私自身経験が浅い一七の小娘だもの」
ウェンディの言い様に、軽い笑いが起きる。少なくとも、この場にウェンディを小娘扱いできる者はいなかった。彼女を含めて五人中三人がAランクというパーティを纏め上げているのだ、その実績から手腕は疑いようがない。エデルガルドは全体を見て問題はなさそうだ、と判断。視線を次へ送った。
「パーティ単位で挨拶をしてもらおう、頼んだよ」
「Aランクパーティを率いさせてもらっている、フェルナンドだ。普段はタルソス『5th』の領域で依頼を受けている。今回は“剣聖姫”のサポートとして、本命との決戦に呼ばれている。もちろん、他に適任がいれば露払いに回っても構わない」
黒髪褐色の偉丈夫、フェルナンドがそう名乗る。彼のパーティも五人、彼以外は全員Bランクであるものの高い練度と対応力はこの四桁の冒険者が存在するタルソス大迷宮でも、十指に入る安定感を持つパーティだ。特にフェルナンドに関しては、槍の腕前ではタルソス大迷宮の全冒険者の中でも間違いなく最強と言っていい。
「タルソス『4th』周辺で活動しております、Bランクパーティリーダーイザボーです。四二階の構造に関して、おそらくこの支部では我々が一番熟知していると思います。今回に関しては雪狼の群れを対処するよう、申しつかっています」
大人びた女性神官、イザボーが率いる四人のBランクパーティは、普段から四二階前後の階で積極的に活動している。なんでも、大迷宮のその周辺に彼女の宗派にとって重要な遺跡が見つかったらしく、その調査を行なうためだという噂だ。このタルソス『4th』支部でももっとも雪狼の討伐数が多いのが、イザボーのパーティだ。
「タルソス『3rd』支部から派遣された、Bランクパーティを率いているオズワルド・スペンサーだ。我々は本命側と雪狼側、双方のつなぎ役として呼ばれた。機動力はあるつもりだが、攻撃力はこの階層では役者不足だ。そのことは事前に承知してほしい」
神経質そうな魔法使いオズワルドは、そう無愛想に言い捨てる。だが、そこに波風を立てる意図はない。ただ、事実を語っているだけなのだ――エルンストも何度か組んだことのあるパーティだが、やれることとやれないことを明確にしたパーティははまった時に実力を発揮し、その状況を作れるのがオズワルドという男だった。
ここに呼ばれたパーティは、どこも一線級で活躍するパーティばかりだ。その中に放り込まれ、居心地の悪そうにエルンストは口を開いた。
「俺はエルンスト・ブルクハルト、この支部で活動しているソロ――」
ソロ、の言葉に、エルンストの横でスケッギョルドが身体を左右に振って自己主張する。笑いが起きる会議場、それにこめかみを押さえながらエルンストは訂正する。
「――Bランク冒険者だ。一応、こいつはEランク冒険者だが実力は保証する。グレーター・ガーゴイルをひとりで一分で倒せるくらいには腕は立つ」
「……は?」
オズワルドが目を見張って、メイドを見た。ダブルピースするスケッギョルドに、オズワルドが吹き出す。止めろ、と無言で頭を抑えると、エルンストは補足した。
「こいつは精霊ヴァルキリアだ、戦闘能力はそこそこ期待していい。俺も、サポートが基本になる、よろしく頼む」
「彼女は特にヨトゥンの生態にも詳しい。知識面でも力になれるはずだよ」
そうエデルガルドが言い足すと、改めて全員を見回した。
「改めて、状況を説明させてもらう。この先を聞いたら、この依頼を受けたものとして扱うが構わない――」
ね、と続くはずだったが、エルンストが咄嗟に立ち上がって退室しようとするのを、ウェンディとスケッギョルドが抑え込むのを見て、エルデガルドは苦笑する。
「……満場一致だね。誰も退室しなくて良かったよ」
いや、俺としてはもうこのメンバーなら自分はいらないだろうと思うんだが……そう思うのだが、ウェンディとスケッギョルドに左右から抑え込まれてしまうとどうしようもない。
これで了承の意志を取られ、会議は先へと進んだ。
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主人公だけが優秀、ということのない世界となっております、はい。念の為。
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